入学式と転校生_SideN
今週分の更新です。
楽しんでいただけると幸いです。
宜しくお願いします。
窓から見える桜の木が緩やかな風でゆらゆらと揺れている。
「ふぅ……暇ね……」
職員室の一角にある来客者用のスペースのソファに腰掛け、ニーニャはぼんやりと窓から見える桜の木が揺れるのを見ている。
「ずずずっ……いいじゃないですか、今後はこんな静かな環境でお茶を飲むことはできないんですから、今を謳歌するということで」
ニーニャの隣に座り、緑が入れてくれた温かいお茶を口に含み、レフィアはこの静かな時間を謳歌している。
「だって、せっかくの異世界の入学式よ! 私たちの世界ですら魔法やなんやで先輩たちがド派手にいろんな演出をして入学を祝ってくれたのよ! この世界の入学式は私たちの想像を超えるほどの何かをやってるに違いないわよ!」
「そうですね、そうかもしれません。しかし、森山先生から『私が戻るまではここで静かにしていてくださいね』と釘を刺されたではありませんか」
お茶を口に含みつつチラリとニーニャの方に視線を向ける。
「うっ、でも、でも、やっぱり、見てみたいじゃない! 一年に一度の学校行事なのよ! 今見れなかったら来年は見れるかわからないのよ!」
そう言いながら、ニーニャはソファに両手を付き、前のめりになり、吐息がかかるくらいの距離までレフィアに顔を近づける。
「んぐっ……ゴホゴホ……ケホケホ……ケホッ……はぁはぁ、ゲホッ!」
「ちょっと、レフィア、大丈夫?」
「ケホッ、す、すみません、ちょっと神界が見えてしまい、驚いただけです」
「えっ、此処にも神界が存在するの!? レフィア、どうやってみるのよ!」
「ニーニャ様にはみることができません」
「なんでよ! いいじゃないやり方くらい教えてくれても!」
「いえ、ユグドで共通認識の神界ではなく、私にとっての神界ですので、ニーニャ様が見たとしても、それを神界と認識されないと思いますので」
ニーニャの吐息が頰にかかったことにより、上昇した体温を平常に戻そうと、パタパタと手を振りながらニーニャの問いに応えている。
「レフィアにとっての神界ね。己が内に神が宿るってやつね。私は未だに私の中の神を見ることができないし、それが見れてたら、此処からユグドに帰る方法もなんとかできそうよね」
レフィアの答えを聞き、真剣な表情で考えをまとめているニーニャだが、それもつかの間。
「まっ、どうせ今はまだ帰る気なんてないから、別にいいわね。それよりも、入学式よ! ねぇ、レフィア、職員室を抜け出して、入学式を見に行きましょうよ」
元の議論に戻り、体温の冷めてきたレフィアが『はぁ』とため息をつく。
「ですから、ニーニャ様……」
ガラララ――
「あれ? どこに置いてたっけな」
ニーニャを注意しようと口を開いたタイミングで、教員が忘れ物を取りに職員室に戻ってきた。
教員の声を聞いたニーニャが何かを思いついたのか、ニヤリと笑みを浮かべ、ソファから立ち上がり、来客スペースから教員の方に向かって歩いていく。
「に、ニーニャ様」
レフィアが小声でニーニャを呼び止めようとする声が聞こえたが、聞こえないふりをして、ニーニャは教員の方に歩みを進める。
「すみません、先生」
「ん? えっと、君は?」
「はい、今日からこの学校に転校してきました、ニーニャです。ちょっとお聞きしたいんですが、入学式ってどこで行われるんでしたっけ?」
「入学式は体育館で行われるよ。でも、転校生は入学式に出なくても……ってあれ?」
転校生は入学式に参加しなくても良いということを伝えようと机から視線をニーニャの方向けると、そこにニーニャの姿はなかった。
「えっ、お化けとかじゃなかったよな……」
「ふっふふーん! 我職員室を脱出したり!」
そう言いながら廊下を歩きキョロキョロと視線を移す。
「体育館って言ってたわね。どこにあるんだろう。館内案内みたいなのないかな」
「いいえ、そんなものは必要ありません」
1人で廊下を歩いていたニーニャの後ろから、聞き慣れたドスの効いた声が聞こえてきた。
ギギギっと錆びついた機械のようにニーニャが後方に首を回すと――
「……ダメじゃないレフィア、緑先生から言われたでしょ、あそこで待機だって」
「そうですか、では、ニーニャ様もお戻りになられると良いでしょう。私もお供致しますので」
満面の笑顔のレフィアだが、その笑顔からは想像できないような怒気がレフィアから発せられている。
「おねがい! レフィアこれは絶対に必要なことなの。私が小説を書く上で絶対に、絶対に必要なのことなの。だから、だから、お願いします!」
ニーニャが本気であり、必死であることをレフィアは知っている。それを知っているが故にこうやって頼まれると弱いのである。
「はぁ、仕方ありませんね。いざとなったら2人で怒られましょうか」
「レフィア! ありがとう!」
「あと、1つだけ。くれぐれも、他の生徒や教員の方には見つからないように行動してくださいね」
「わかったわ! 大丈夫よ、こっそり入学式を見学させてもらうだけだから」
そういうとニーニャは館内案内を探すため一旦学校の出入り口の方に歩みを進めた。
■
「さて、出入り口に着いたけど、ここに案内とかないかしら」
「そうですね」
そう言いながら2人はキョロキョロと出入り口を見回すが、それらしいものが見当たらない。
「うーん、ユグドだと出入り口に着いたら精霊が案内してくれてたけど、あれって凄く便利だったのね……」
そう言いながらもあたりを見回していると、出入り口のガラス越しに白い紙を発見し、紙を見ようと外に出ると、そこには入学式会場への行き方が書かれていた。
「レフィア、レフィア! あったわ、この通りに行けば行けそうよ!」
ニーニャの声が聞こえたが方に向かい、レフィアも案内図に目を向ける。
「流石です、ニーニャ様。ではこの図を覚えましょう」
「え? 持ってっちゃだめなの?」
「ダメです。張ってあったものがなくなったら教員の方も混乱されるでしょうし」
「うーん、それもそうね」
レフィアとニーニャが地図を眺めていると、校内の方からざわざわと声が聞こえてきた。
「ニーニャ様!」
「ええ、とりあえずなんとなくわ覚えたわ。行きましょう!」
校内を移動するのはリスクがあると思ったニーニャは外を移動することを選択し、そのまま校舎外を移動した。
「ニーニャ様、この履物は外用のものではないのでは……」
「仕方ないじゃない、外用の履物を手にしようとしたら確実に誰かに見つかっちゃうわ」
「これは確実にお叱り決定ですね……」
「うっ、何かを得るためには何かを犠牲にしなければならないのよ!」
そう言って、ニーニャは一歩を踏み出した。
■
「ニーニャ様」
「なにかしら、レフィア」
「ここはどこでしょうか」
「……ここが体育館じゃないの?」
「なるほど、私たちの敗因は、場所がわかったとしても、体育館がどういう建物なのかを知らなかったことですね」
コケッ?コッコッコッコッ――
目の前に広がる風景は、白い羽と赤いトサカを携えた鳥類が入った小さな小屋。つまりニワトリ小屋が眼前にあった。
「どう考えても、体育館じゃないわよね」
「この中に人が大勢格納されるのであれば、それはもう異世界ならではの技術でしょう。それこそ小説のネタにぴったりですよ」
「そうよねー……ここ、どこよ」
「さぁ……」
ニワトリ小屋を目の前に途方に暮れていると――
「おや、君らこんなとこでなにやってるんだい? もう直ぐ入学式だから早く体育館に行かないと」
と声をかけられた。
ニーニャとレフィアはやっちゃったと思いながら恐る恐る声がした方に視線を向けると、そこには箒を持った老人が立っていた。
「えっと、おじいさんはここの教員ですか?」
「あーん、いや、ワシはこの学校で用務員をやっとる。教員かちゅわれると、教員じゃないわな」
ニーニャはグッと小さくガッツポーズを取り、レフィアだけ聞こえるくらいの声で――
「教員じゃないから大丈夫ね」
と呟いた。
「すみません、私たちのここにきたばかりで体育館の場所がわからなくて……」
「なるほどのー、じゃあワシが案内してやるよ。ついてきなさい」
そういうと用務員は歩き始めた。
「ありがとうございます」
そう言いながら用務員について、ニーニャとレフィアも歩き始める。
「ええわい、ええわい、ところでお嬢ちゃんら外国の人かい? そんな色の髪しとるからの」
「はい、そうですよ」
「はぁー、その割には日本語上手じゃな。ワシは最初声をかけた時、英語で返されたらどうしようかと思っとったよ」
「あははー、よく言われます」
そこからは会話という会話はなく、用務員さんの後ろをついて歩き、暫くすると――
「ほれ、あそこが体育館じゃ」
と指を刺された場所は、ニーニャたちが移動した方向とは逆方向にあった校舎横にあった建物であった。
「ニーニャ様、あとでお話が……」
「ねぇ、レフィア、今回の件はあなたも同罪だと思うのよ」
「…………」
「ねぇ、レフィア」
「そうですね、私も反省いたします」
「「はぁーーーーーー」」
2人はおもむろに長いため息をついた。
「どうしたんじゃい?」
「いえ、なんでもありません。ありがとうございました!」
「この度はありがとうございました」
「ええってことじゃ」
体育館まで連れて来てくれた用務員さんにお礼をいい、ニーニャとレフィアは体育館のに向かい歩き始めた。
校舎と体育館が繋がっている渡り廊下に差し掛かったあたりで、ふと渡り廊下の方に視線を送ると、そこには明人と瑞波が歩いていた。
「やばっ……」
っと声を漏らしながらニーニャは踵を返して校舎の陰に隠れるように校舎方面に戻った。
「? どうされたのですか、ニーニャ様」
「校舎と体育館は外に面する廊下で繋がってるみたいで……そこに明人と瑞波がいたの……」
「そういうことですか……」
「うん、ざわつきが聞こえてたけど、外だから大丈夫だと思っていたけど、甘かったわ……気づかれてないとは思うけど」
そういいながらニーニャとレフィアは校舎の陰から渡り廊下の様子を伺い、明人たちの団体がいなくなった後にコソコソと体育館の方に移動した。
「さて、ここからどうされますか? ニーニャ様」
「そうね、あの下のあたりから入学式を見れないかしら」
そう言ってニーニャは体育館の下にある空気を入れ替えるための小窓を指差し、コソコソと近づく。
「うん、見れそうね。ここで待機するわよ」
そうして、ニーニャとレフィアが待機して数分後、入学式が始まった。
■
「ニーニャ様、そろそろ終わりそうですね。早く職員室の方に戻らないと」
「…………」
「ニーニャ様?」
「えっ? ああ、そうね、戻りましょうか」
そういいながらニーニャとレフィアは体育館を後にし、職員室へと戻った。
「どうでしたか? ニーニャ様」
「どうもこうもないでしょ、もっと何かあると思ってたのに、まさかこっちの入学式がこれほどつまらないものだなんて思わなかったわ」
ニーニャは肩を落とし、落胆していた。
「まぁ、過度な期待はよくないということですね。ずずずっ」
レフィアは飲み残していたお茶を啜りながらニーニャの様子を伺っている。
「そうね……さすがにこの入学式はネタにはできそうにないわね。まぁ、そういうこともあるかー。はぁ」
落胆のあまり、ニーニャはソファに寝転び始めた。
ニーニャがソファに寝転んでから暫くすると、職員室に教員が戻って来た。
「ニーニャ様、そろそろソファにお座りください」
「そうね、っと」
ニーニャが寝転んだ体制からソファに座る体制に戻しているタイミングで――
「ニーニャさん、レフィアさん、お待たせしました。これからHRですので、そこで転校生の紹介をしますからクラスの方にいきましょうか」
来客用のスペースに現れた緑から声がかかった。
「…………」
「ニーニャさん、寝転んでたんじゃないでしょうね」
「ちっ、ちがいますよ、ソファから降りようと思ってただけなんです」
「じぃーーーーー」
「…………すみませんでした」
「はい、まぁ、今回は長時間待たせてしまいましたし、仕方ないですね。ですが、今後は気をつけてくださいね」
「わかりました」
「それじゃあ、ニーニャさん、レフィアさん、いきましょうか」
そういって緑はニーニャとレフィアを連れて自分が担当するクラスである2年7組へと向かった。
先に教室に入った緑が前振りをすると、教室内がざわついた。
「ねぇ、レフィア、ざわついてるわね」
「はい、転校生は珍しいようですから」
ニーニャとレフィアがコソコソと話しているうちに、ニーニャはあることを思いついた。
「そうだわ、私が明人の家で一緒に住んでいることを自己紹介で話したら、面白い反応が見れるかもしれない」
レフィアにも聞こえないほどの小さな声でボソボソと考えを口に出し、よしと1つ頷いた。
『はーい、静かにしてね』
教室内から、嗜めるような緑の声が聞こえて、続けて――
『じゃあ、1人づつ紹介するわね。ニーニャさん入って来て』
と教室内から声が聞こえたので、ニーニャは教室のドアを開け緑の隣に歩いていき、クラスメイトの方に向き直った。
「それじゃあ、ニーニャさん、挨拶してもらえるかしら」
この時はまだニーニャの目に入らなかった。いや、明人を視界に入れないよう努力した結果、明人の隣にいる人物を認識することができなかったのである。
そして、簡単な自己紹介を終え、ひとしきりみんなからの歓迎の声を聞いたのち、その時はやって来た。
「えっと、もう1つ自己紹介があるの!」
そう言って明人の方に視線を向け、同時に、明人の隣にいる人物も視線に入って来た。
そこでニーニャはフリーズした。
”えっ、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで!!”そんなことを頭で考えながら、口からは驚きとともに1つの言葉が言い放たれる。
「おっ……」
ニーニャの言葉を聞き、緑が聞き返す。
「お?」
「お父様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
そこにはニーニャの父親であるミルストリア王国国王と思われる人物が座っていたのであった。
そして、クラス内に響いた声を聞いたレフィアは慌てて教室の扉を開けることになった。




