朝の喧騒
更新が遅くなってしまい、すみません。
先週分の更新です。
楽しんでいただけると幸いです。
よろしくお願いします。
ほーぅほーぅほーぅ
朝日が差し込むカーテンの向こう側から、陽気な鳩の鳴き声が聞こえてくる。
シャー――
「ふわぁ、朝日が目にしみる……」
閉じていた部屋のカーテンを開け、窓から差し込む日の光に眼球を刺激されつつ春奈は大きな欠伸をし、床に敷かれた布団に目を落とす。
「すぅ、すぅ、すぅ、すぅ……」
「起きなさいよ智花。原稿、なんとか仕上げられたわよ」
布団の中では智花がスヤスヤと気持ちよさそうに寝ている。そんな智花を起こすべく、春奈が声をかけている。
「んんっ、はるなしゃん、そのお肉は私の……むにゃむにゃ……」
徹夜の原因の一端となった智花は呑気に肉を食べる夢を見ており、かたや、やりたくもない徹夜を敢行し、原稿を書き終えた功労者である春奈が起こすというこの状況に、徹夜明けの春奈は少し、いや、かなり、いや、結構な怒りを覚えていた。
「あんったねぇ、運転する必要があるから寝てもいいって言ったのは私だけどさ、声をかけたらすぐに起きろって言ったわよね!」
「ひゃい、すみません、すみません、すみません! 編集長!」
沸々と湧き上がってきた怒りを声に乗せ、智花に向かって大声で言い放つと、焦った智花が起き上がり、ペコペコと頭を下げた。
「いや、私、編集長じゃないわよ」
「ふぇ、あれ、春奈さん、どうしたんですか? っていうか、なんでここに居るんですか?」
「あ、ん、た、ねぇ!! 私がここに居るのは、ここが私の部屋だからで、何してたかって、あんたが昨日持ってきた仕事を徹夜でこなしてたのよ!」
智花のあまりの寝ぼけっぷりに、春奈の言葉にさらに怒気が増す。
「えっ、春奈さん、原稿を書ききったんですか!」
「じゃなきゃ起こさないわよ! ったく……」
そう言いながら書いた原稿をその場でチェックしてもらうよう智花にパソコンを渡した。
「ありがとうございます。確認しますね」
智花がパソコンに集中したのを確認したのち、春奈はキッチンに向かい、冷たいコーヒーを入れて飲み始める。
「ふぅ、よかった、やっと一息つけた」
コーヒーを飲みきり左右の肩を交互にぐるぐると回しながら、安堵の一言を漏らし、少し目を瞑ると一瞬意識が飛びかけた。
昨晩からコーヒーの一杯も飲まずにずっと原稿に向き合い、本日までというプレッシャーのなかずっと書き続けていた春奈の体力も限界が近かったのだ。
「うわ、一瞬落ちてた……ふぅ、ちょうど眠くなる時間帯だしね。でも、あとちょっと智花のチェックが終わるまでは踏ん張らないと」
客用のコップにコーヒーを入れてキッチンから出ると、リビングの扉が開き、智花が入ってきた。
「あぁ、やっぱりキッチンにいたんですね。ずるいなぁ」
「ずるいって、何がよ……」
少し思案したのち、春奈はピンと来た。
「あぁ、私、徹夜するときは朝食まで何も食べない派なのよね。太るし」
「食べ物の話じゃないですよ! 少しお腹空いてますけど、でも、食べ物の話しじゃないですよ!」
パソコンを持った両手をブンブンと上下に動かしながら、智花は春奈に反論する。
「ちょっ、パソコン持ったままはやめてよ。じゃあ、これ?」
春奈がコーヒーの入った客用のコップを差し出すと、智花はリビングのテーブルにパソコンを起き、即座に春奈からコップを受け取った。
「んー、寝起きはホットって決めてるんですが、まぁ冷たいコーヒーでいいでしょう」
「あんたね、本当に反省してないようね……」
「わーい、寝起きの冷たいコーヒーサイコー。これが飲みたかったんですよね」
二人はリビングの椅子に対面になるように座った。
「春奈さん、急遽原稿を書いていただき、本当にありがとうございました」
「まっ、仕事だしね」
「それでですね、ちょっと修正をお願いしたいところがあります」
「どこよ?」
「この部分なんですが……」
「あー、その部分はツッコミ入ると思ってたわ。それなんだけど……」
修正についてあれこれ話しているうちに、さらに時間は進み――
「おはようございます。春奈さん、犬養さん」
「おはよう、明人」
「おはようございます。明人くん」
「まだ白熱してたんですね……」
「細かな修正部分で智花と意見が合わなくてね。私の方が正しいことをを言ってるのに」
「いやいやいや、私の方が正しいことを言ってますからね、春奈さんこそ間違いを認めたらどうですか」
このままここで意見を聞いていても平行線が続くだけだと思った明人は、キッチンに向い朝食の準備を始める。
明人がキッチンに入って少しすると、今度は洗濯かごを持ったレフィアがリビングに入って来た。
「おはようございます。春奈様……えっと、あと、犬養様でしょうか?」
「あー、レフィアちゃん、こいつに様とかいらないから」
「…………えっと、春奈さん、こちらの綺麗なメイドさんは……」
「あんたには関係ないでしょ。とにかく、その箇所は修正しないからね」
「わかりました。修正はしなくて大丈夫です。春奈さんの意見を尊重します」
「えっ、なによその物分かりのいい反応、気持ち悪い……」
「気持ち悪いって何ですか! そんなことよりも、彼女のことを教えてください!」
その言葉を聞き、春奈は額に手を当て、明人もキッチンでやっちゃったと思いながら額に手を当てていた。
一人だけ状況が把握できていなかったレフィアはリビングの入り口で洗濯かごを持ちながら、首をかしげている。
「えっと、レフィアちゃん、とりあえず洗濯物を干して来てくれる?」
「承知しました」
春奈からの指示を受け、レフィアは洗濯物を干すため、リビングにある窓から裏庭へと出て行った。
智花は「ぐへへ」という擬音語が似合いそうな表情で、洗濯物を干すレフィアを窓越しに見つめている。
そんな智花を横目に、春奈は一旦キッチンに向かい、明人とどう説明するかを考えることにした。
「どうする? 明人」
「そうですね、どうしましょう」
「私的には、春休み中だけ預かっているホームステイの女の子でいいと思うんだけど」
「ですよね。期間限定で預かっているってところは強調しておかないと、色々と大変そうですね」
「じゃあ、そんな感じで説明しましょうか。まぁ、その後バレたとしても色々説明はできるからね。ってことで洗濯物が終わったらすぐにレフィアちゃんにキッチンに入ってもらって、口裏合わせるよう説明しといてもらえる?」
「わかりました」
ガラララ――
「あの!」
「すみません、レフィアさん、ちょっとキッチンの方に来てもらえますか?」
「はい、承知しました」
洗濯物を干し終えてリビングに戻ってきたレフィアに、智花が声をかけようとした瞬間、明人が見事なインターセプトを決めてレフィアをキッチンに呼び寄せた。
「何でしょう明人様」
「すみません、レフィアさん、朝食の準備を手伝いつつ、小声でしゃべってもらっていいですか?」
「かまいませんが、一体どうされたのですか?」
「えっとですね、レフィアさんにお願いがありまして……」
「はい」
キッチンで明人がレフィアに状況の説明をしている間、春奈はリビングに移動して携帯を触りながらテレビを見始めた。
智花は余韻に浸るように机の上で目をつぶりながら「ぐへへ」と気持ち悪い声を出している。
その姿を見た春奈は、「やばい、こいつ気持ち悪いな」と心の中で思いつつ明人とレフィアの会話が聞こえないようにテレビの音量を少しずつ上げていく。
「春奈さん、テレビの音量を大きくないですか? 集中できないんでもう少し音量を下げてもらえます?」
「いや、ここ私の住んでいる家だから私の好きなようにするに決まってるじゃない。嫌なら原稿持って会社に帰りなさいよ」
「うわっ、辛辣ですね。いいですよーだ。先ほどの綺麗なメイドさんの紹介をしてもらったら帰りますから」
そう言いながら智花は春奈のパソコンを触り始めた。
「春奈様、何か私にご用があると明人様から伺ったのですが」
しばらくして、手伝いを終えたレフィアがキッチンからリビングに戻って来たので、春奈はテレビを消した。
「ごめんね、レフィアちゃん。そこの編集がどうしてもレフィアちゃんを紹介してほしいて聞かなくて」
「いえ、自己紹介だけでしたら全然問題ありません」
「だ、そうよ、智花」
そう言いながら春奈が智花の方に視線を向けると、先ほどまでの気持ち悪いニヤケ面をどこかに捨て去り、何かの面接を受けるかのような綺麗に姿勢に、笑顔を作り座っていた。
「えっと、じゃあ、紹介するわね。彼女はこの春休み中だけ預かっているホームステイの女の子で、レフィアちゃんって言うの」
「レフィアと申します。宜しくお願い致します」
「レフィアちゃんって言うのね、可愛い名前。それにしても海外の方なのに、日本語がお上手なんですね」
「はい、子供の頃から日本に興味を持っていましたので、色々勉強していました」
「そうなんですね。私は犬養智花と申します」
「はい、明人様よりお伺いしております」
レフィアと智花のやりとりを近くで見ていた春奈は、取り繕った智花の話し方にとてつもない寒気を覚え、腕に鳥肌が立っていた。
「えっと、春奈様、自己紹介ってこれだけでよろしいでしょうか」
「まぁ、紹介って意味では紹介できたしいいんじゃない?」
「って、ちょっと待ってください! 色々お聞きしたいことがあるんですが!」
春奈のいいんじゃない宣言に、智花が待ったをかけるが、その待ったを打ち返すように春奈が時計を指差した。
「あのさ、智花、今からここ出発しないと、本当にやばいわよ」
智花が時計に目をやると時計の針は8時10分を差していた。入稿やらは先ほど春奈のパソコンを使用して済ませているが、今からここを出ないと智花は会社に遅刻してしまう。
時計を見てからの智花の行動は早かった。
「ありがとう、レフィアさん、またお会いしましょう。春奈さん、原稿ありがとうございました」
ざっと挨拶をすると、リビングから飛び出し、春奈の部屋から荷物を回収し、車に乗り込み、朝からエンジン音という騒音を撒き散らしながら、嵐のように去っていった。
「ナイスです。春奈さん」
「まぁ、時間的にやばかったのは事実だからね」
「もう大丈夫かしら」
智花が玄関から走り去るのを階段の上から見ていたニーニャがリビングに入ってきた。
「おはよう。ニーニャ。今日は遅かったね」
「おはよう。明人。春奈からメッセージをもらったからね。起きてたけど降りてこなかったのよ」
「なるほどね。流石は春奈さん、ぬかりないですね」
「当然!」
こうして、朝の喧騒は幕を閉じた。




