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鍵番の乙女  作者: ふさふさ
8/19

最初の朝

 夜の世界を、金色の太陽率いる朝の世界が押しのける。

 ハルシオンが塔から出て、最初の夜が明けた。

 朝の光と空気が混ざり合って、ハルシオンへと届く。

 大きなベットの上で、ハルシオンは薄く瞳を開けた。

 しばらく横になったままで、ぼんやりと朝陽の差し込む部屋を眺めていた。

 こん、こん。

 扉を誰かが小突いた。そして扉の向こうから、未だに聞きなれない低い音階の声がする。

 「ハルシオン、入るぞ。」

 がちゃりと開けて入ってきたのは、赤毛の少年、メゾ。

 ハルシオンは顔をしかめて、布団の中へ隠れた。

 目だけを布団から出し、不満そうな表情を見せる。

 「なんだよ、まだ寝たいのか?」

 「ちがう。」

 メゾに力尽くで布団を剥がされそうになり、ハルシオンは布団を思い切り引っ張った。メゾの手から、布団を無理やり奪い取った。

 「いってぇ! なんでだよ!」

 メゾの文句から背を向け、ハルシオンが仏頂面でぼやく。

 「やっぱり女の子が良かった……」

――なんか男の子に、寝起きというか寝間着姿を見られるのすごく嫌。

 ハルシオンの胸中いざ知らず。メゾはハルシオンを布団から出すことに腐心して、最終的には仏頂面のハルシオンから強めの平手打ちをくらった。


 ほほほ、と、しきりがわりのカーテンの向こうから、ヴェール・レースの笑い声が聞こえる。

 「メゾ、それはあなたが悪いですよ。」

 しゃっ、しゃっと、ハルシオンはカーテンの中で召使いに髪をとかされていた。

 メゾの声も聞こえてくる。

 「なんでだよ。俺はただ起こしに来ただけだなのに。」

 「駄目ですよ。もし寝乱れでもしていたら、鍵番の乙女が恥ずかしいでしょう。」

 ヴェール・レースのその言葉に、カーテンの向こうが静まる。

 おかげでメゾは納得したらしい。しかしそれを例えにされた自分は何だかだらしない子みたい、と釈然としない気持ちを抱えて、ハルシオンはされるがまま、身支度を整えてもらっていた。






 身支度は、なかなか時間がかかった。

 メゾは何をそんなにやることがあるんだ、と思いながら、何度も時計をちらちらと見ていた。

 カーテンを透かして、ハルシオンと召使いのシルエットがうっすら見える。

 昨日、初めて本物のハルシオンを見て、メゾは思わず息を飲んだ。

 人間ではなく、妖精のようだと思ったから。

 光に透けていきそうな白さに。消えてしまいそうな儚さに。

 鍵番の乙女の中でも、ハルシオンが民衆から特に人気があるのも、頷けた。

 ただ彼女は、無機質というか、言動が淡白すぎる気もした。

 平坦な喋り方、笑わない、愛想がない。

 最初は「鍵番の乙女」様だから、ちやほやされて育ち、こんな風になったのかと思った。

 つまり「下民に振りまく愛想なんてありませんわ。」という意味か、と。

 しかし話を聞いてみると、彼女は鍵番の乙女がなんなのか、自分がどういう存在なのか全く分からないらしい。

 なのでそれは育ちというよりも、ただ単に、生来の性格ってだけなのかな、と思った。そっちの方がよっぽど問題がある気もしたけれど。

 このお嬢様と俺はこれからやってかなきゃならないのかと思うと、メゾはため息がこぼれ出た。

 「なぁに、ため息なんてついて。」

 シャッ、と。カーテンを開けて出てきたハルシオンが、あの淡々とした喋り方で問いかけてきた。

 「別に……」

 言い終わるが先か、顔を上げたのが先か。

 ハルシオンの姿を見て、やっぱりメゾは、また息を飲んだ。

 真正の鍵番として、お披露目される日だからか、花冠と白いワンピースという点では同じなのに、ハルシオンは昨日よりも、もっときれいな格好をしていた。

 白い衣をまとうハルシオンは、やっぱり人間ではなく、妖精か何かのようだった。その姿にメゾは、何故だか すごい、と感動させられた。

 ヴェール・レースが こちらへ、と言ってハルシオンを呼ぶ。ハルシオンはヴェールを引きずりながら、従順にそちらへ向かう。

 白と金でできた部屋、ヴェールで顔を隠した女性、妖精のような女の子。メゾの視界に映る光景の何もかもが非現実的で、自分がこんな場面に居合わせるなんて、とメゾは頭がくらくらした。

 すると、いきなりハルシオンがこちらを向いた。化粧もしているらしく、ハルシオンの肌はきらきらと輝いている。

 どうしたんだよ、とメゾが聞く直前。

 ハルシオンの後ろで、何かが きらっと反射した。

 メゾが何かと思い目を凝らすと、ヴェール・レースが何かを持っている。

 金色の、不思議な材質でできた何か。きゃしゃな形のそれは……。

 「鍵?」

 メゾは思わず呟いた。

 ヴェール・レースが持っていたのは、鍵だった。

――「鍵番の乙女」って言うけど、もしかして本当に鍵を使うんじゃ……。

 「メゾ。こっちに来て、見てみますか?」

 ヴェール・レースが誘いかけてくる。鍵は、ハルシオンの首筋に当てられていた。メゾは好奇心に負け、その呼びかけに従うことにした。

 回り込んで、メゾはハルシオンのうなじを覗き見る。

 その途端、なんだかすごく悪いことをしているような気になったけれども、もう後には引けないと思った。目をそらしかけた光景を、もう一度ちゃんと見やる。

 ハルシオンの細く白い首筋には、白金色の髪が垂れている。

 なるべく余計なことは何も考えないようにしながら、首筋に押し当てられた鍵をどうするのだろう、メゾがそう頑張って思っていたその時。

 鍵の先が、ハルシオンの首筋にめり込んだ。

 「っ!」

 小さく声を漏らしたのは、メゾだった。

 ハルシオンは微動だにせず、されるがままになっている。

 今思うと、鍵の先だけ不思議な光沢があった。鍵はずぶずぶとめり込み、光沢の無い部分まで到達して、ようやくその動きを止めた。

 そしてヴェール・レースは鍵が奥まで到達したのを確認して、扉の鍵を開けるように手首を回した。

 かしゃんという音こそ聞こえないが、何かが解錠されたことをメゾは察した。

 そのまま鍵はハルシオンの首筋に刺さったままヴェール・レースの手から離され、そしてさらりと流れたハルシオンの髪によって隠された。

 絹糸のような髪からは、時折ちらりと鍵の金色がのぞいて見える。

 言葉をなくしているメゾに、ヴェール・レースが話しかけた。

 「あなたは初めて見ますからね、メゾ。」

 「なに、したんだよ。」

 メゾの口からようやく出た言葉は、それだった。

 「乙女を、鍵番にしたのですよ。」

 メゾの脳裏で、昨日の自分の言葉が蘇る。

――挨拶や仕事をやるのはハルシオンじゃなくて、その、さっきの話で言う、鍵番の状態のハルシオンだ。

 鍵番の状態のハルシオン。

 自分の言った言葉と、今の状況が重なった。

――そうか。こうやってハルシオンたちを鍵番にしてたんだ。鍵番ってのは、本当に鍵の番人だったのか。

 ヴェール・レースが付け加える。

 「鍵を開けられている最中、鍵番の乙女はすべての知識を預け渡されているような状態であるゆえか、皆同じような人格に行き着きます。落ち着いていて、達観したご様子の少女に。」

――もしかして、だからその間の記憶はないのか? 別の人格がハルシオンを操っているようなこと、なのか?

 メゾは、恐る恐るハルシオンの顔を覗き込んだ。そして、そっと呼びかける。

 「ハルシオン……」

 「なぁに、メゾ。」

 彼女の普段の物言いに、メゾは思わず え、と呟いてしまった。

 「あ、あれ。俺のこと、ちゃんと分かるのか……。」

 首をかしげるハルシオン。メゾの後ろから、ヴェール・レースの笑い声が聞こえてきた。

 「鍵を開けて人格が多少変わっても、人格が消えるわけではないのです。ですから、あなたのことを忘れたりはしませんよ。ただ、鍵番をしている時の記憶は、鍵を閉めてしまえば無くなりますが。」

 なんてことでもないように話すヴェール・レース。

 確かに、それだけといえばそれだけだが。

 その言葉が、メゾの心にひっかかる。

 ハルシオンは、鍵番の終わった乙女は水の上で死んだように眠ると言っていた。

――きっとそうなるってことは、かなり負担が大きいんだ。

――人格が変わるとか記憶が無くなるとかも、負担が大きすぎるから起きる現象なんじゃないのかとか、思わないんだろうか。

 メゾは、この公務が終わる時のことを思い浮かべ、人知れず肝が冷えた。

 そしてヴェール・レースの当然のことのように話す口ぶりが、恐ろしいとも思った。


 この後に行われた民へのお披露目会、各国の主要人物との個別に行われた挨拶、そのたびにハルシオンが見せた自然現象を生み出す力は、以前見た他の鍵番の乙女たちと比べて桁違いのパワーだった。そういえば、一人だけ鍵番の期間が長い子がいるって、誰かが言ってたっけ。

 ハルシオンは他の乙女たちよりも、鍵の力を引き出す力と、鍵による負荷を持ちこたえる力がかなり強いのだと、ヴェール・レースが教えてくれた。

 なんだよ、やっぱり無理がかかってるんじゃないか。

 そのことだけは、よく心に留めておこう。メゾはそう、心に決めた。

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