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鍵番の乙女  作者: ふさふさ
6/19

真正

一箇所、「ブドウ」が「ぶどう」になっていたので直しました。

 ハルシオンの吐いた生きものは、すぐにヴェール・レースによって回収された。

 いつも優雅で機械的なヴェール・レースにしては珍しく、ハルシオンが生きものを吐いたと聞いた時は、興奮気味にざわざわとヴェール・レース同士で話していた。

 とても嬉しそうに、そして祈り、何かに感謝を捧げるような声色で。

 当のハルシオンは、遠くからそれを静かに見つめていた。

 心配そうにしていた他の鍵番の乙女たちは、ヴェール・レースの様子を見て、悪い症状か何かではないと察して、ほっとした顔を見せていた。

 ヴェール・レースが小走りで、ハルシオンに近づく。ヴェール・レースたちは持っていた、水晶のついた杖を床に置き、ハルシオンの前に跪いた。

 その三人の様子に、ハルシオンは思わず後ずさった。

 どうしたの、と聞くよりも早く。ヴェール・レースがヴェールの奥から声を漏らした。

 「真正の、鍵番の乙女よ。あなたの力を待ち焦がれていました。」

 きれいに唱和する三人の声に。ハルシオンは言葉をなくした。

 ヴェール・レースはまるで発表会のように、交互に、すらすらと台詞のような言葉を話す。

 「鍵番の乙女に唯一無い能力は」

 「命を作り出す力でございます」

 「しかしあなた様はとうとう、命を作り出すための知識を体に携えました」

 そして、三人が声を合わせる。

 「あなた様を、世界の象徴として、我らの城に歓迎いたします。」

 そう言って、ヴェール・レースは開け放たれた大きな扉をゆっくりと指し示した。

 鍵番の乙女たちが、さわさわと何かを話している。

 「ま、待って。状況が全然分からないのだけれど。簡単に言うと、どういうことなの?」

 ハルシオンの声に、ヴェール・レースが喜びをたたえた柔らかい声音で返した。

 「あなた様の食べたブドウですよ。」

 「あのブドウから、生き物の情報を得ることに成功したのですよ。」

 ハルシオンは眉根を寄せて、再び聞いた。

 「つまり……?」

 「普段と違うブドウをお食べになったのではないですか?」

 ハルシオンの脳裏に、ブドウの中にあった、固いものの感触が蘇る。

 「あ……。」

 「それですよ。真正、鍵番の乙女よ。」

 ブドウの種を食べた。ヴェール・レースがどんなブドウでも食べなさいと言っていたのは、こういうことだったのかと、ハルシオンは思った。

 そして恐らく、絶対にその当たりのブドウを食べ損なわないようにだと。

 「あのブドウは、そういうことだったの? そもそもあれを食べたところで、一体どういう、」

 「真正、鍵番の乙女よ。私どもは、あなた様が知りたいと思うのならば、どんな情報も開示いたします。ですが、まず城へ向かいましょう。話はそれから……」

 そう言って、ヴェール・レースは ぐい、とハルシオンの腕を掴みあげた。

 有無を言わさぬ力で、扉に向かって引っ張られる。

 他の鍵番の乙女たちの横を通り過ぎ、ハルシオンは歩みを進めることになる。出口からの光が当たる床に、ハルシオンの足の指が触れる。

 「みんなっ……!」

 ハルシオンは体をよじらせて、他の鍵番の乙女たちを見た。

 出口からの光の届かないところで、鍵番の乙女たちはハルシオンを見つめていた。

 言葉をなくし、戸惑う目で。

 そのまま、また ぐいと引っ張られ、ハルシオンは足を前に出した。

 さわ、と足の指に何かが触れた。

 若葉色に輝く、柔らかい草を踏んだ。

――きっと忘れているだけで、何度も踏んだだろう感触でしょうに。

 それなのにハルシオンは、その感触に涙が出そうになった。

 外に焦がれていたハルシオン。こんな形で願いが叶うとは毛頭思わなかったものの。

 それでもここから解放され、何かが始まることに対して「嬉しい」と思ってしまっていた。






 がたごと。がたごと。

 白い馬車の中で、ハルシオンはレース生地の目隠しをされていた。

 目隠しの一つにも細かい刺繍や宝石が付いていて、それはまるでお姫様のハンカチのようだった。

 「まだ着かないの?」

 「まだまだですよ、鍵番の乙女よ。」

 ヴェール・レースの声音は、やはりいつもより柔らかい。声に喜びが滲み出ている。

 鍵番の乙女が居る塔は極秘の場所らしく、ハルシオンでさえ場所が分からないように、と目隠しをさせられた。

――外の景色が見れると思ったのに。

 本当は、他のみんなはどうなるの、など気になるべきことはたくさんあるはずだった。それなのに今心の中を一番に占めているのは自分が外に出られる興奮だなんて、自分はなんて薄情なんだろう、とハルシオンは思った。

――でも、やっぱりこの気持ちは抑えられない。

 ハルシオンは小さな頭をこつん、と馬車の壁に当てた。壁に施された細かい装飾の感触がした。

 その後、馬車を降りて海を渡り、大海原の真ん中でハルシオンはようやく目隠しを外された。

 「うわぁ……」

 ハルシオンは思わず声を漏らしていた。

 目の前いっぱいに広がる光景に、感極まって。

 空も海も、何もかも青い世界。海は一面きらきらと輝いていた。星空よりも明るく大きく、たくさんの光の粒を水の上に浮かばせて。

 ハルシオンにはそれが、奇跡のような光景に思えた。

 不思議な匂い、足元のぐらぐらした感覚、風を切る感触。

 ヴェール・レースが後ろから声をかけてきた。

 「鍵番の乙女よ。お腹が空いたでしょう。ご飯になさいましょうか。」

 「ご飯って、ここ……えぇと、船っていう乗り物にもブドウがなっているの?」

 「いいえ。あなた様はもうブドウを食べる必要がなくなりました。これから食べるのは、シェフが腕によりをかけて作るランチですわ。」


 かぼちゃのポタージュ、ハムや野菜の入ったサンドイッチ、イチゴのジャム、ミートパイ。

 どれもこれも、ハルシオンにとって信じられないほど美味しかった。

 生まれて初めて食べるブドウ以外の食べ物に目を輝かせ、夢中になってそれらを食べた。

 食べている間ずっとヴェール・レースに見られていて、最初は落ち着かないと思ったものの、そんなことはすぐに頭から飛んでいってしまった。

 食べ終わったあとは、フルーツティーが振る舞われた。カップの周りやフルーツティーの中に桃色の花びらが入っていて、とても良い香りがした。

 少しずつ口を付けながら、ハルシオンはヴェール・レースにあることを聞いてみた。

 「私だけこんな、良いの? 皆はこの後もずっとあそこに?」

 ヴェール・レースが喋るたびに、顔にかかっているヴェールがかすかに揺れる。

 太陽の光の下、レース生地がきらきらと輝いているのがきれいだった。

 「ええ。でも、もしあなたが望むのなら、少しくらいならあそこに遊びに行くこともできますし、何か差し入れをすることもできますよ。」

 ハルシオンは、空になって運ばれていったお皿を見た。

――じゃあ、何か食べ物を皆に差し入れしよう、かな。

 ハルシオンの頭の中に、まろやかで美味しいかぼちゃのスープの味や、濃厚であつあつのミートパイが浮かんだ。

 塔の中で出会った少年のことは、話す気にならなかった。あの少年を野放しにすることで、皆に危険が及ぶとも考え難かった。

――きっとあれは、私の前にしか現れない……

 そんな確信がハルシオンにはあった。

 「さあ、そろそろ解放の土地に着きますよ。鍵番の乙女よ。」

 解放の土地、それは、様々な人が交易するためにあり、そして鍵番の乙女をお披露目するためにある、中立の土地。

 ハルシオンの目に、お城のような建物がそびえる光景が映っていた。

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