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鍵番の乙女  作者: ふさふさ
5/19

ステンドグラスの階

挿絵(By みてみん)


 新しい別の部屋に着くやいなや。

 少年は、その話を話し始めた。

 それは少年の知る、鍵番の乙女の話。






 高い場所から、民衆を見下ろす女の子。

 それはさっきまでの仰々しい登場の演出や前口上に相応しくない、いたって普通の、ちっぽけな女の子に見えた。

 確かに容姿はそれなりには整っている、そのくらいだ。


 各国の者たちが交易で入り乱れる、中立の土地。この土地はそんな、世界の中継場所だった。世界中から守られている土地。

 そこを人は、「解放の土地」と呼んだ。

 そして解放の土地の中心となる建物。そこは世界の象徴である鍵番の乙女を、世界の象徴を人々に見せるための場所であった。

 巨人でも通すのかというくらい巨大な扉が備え付けられた建物。そこから、鍵番の乙女は出てくる。

 その鍵番の乙女が出てくる前の様々な挨拶やセレモニーで、それは説明された。

 「我々は、今まで国同士、人同士争ってきた。それは、ひとつの鍵を争ってきたためだった。その忌まわしくも、今の平和のためには無くてはならなかった鍵の名を、森羅万象の鍵と呼ぶ。その鍵には、原子を作る方法も、風を生み出すにはどのような材料がいるのかの情報も全て入っている。そして世界に存在していない事象や原子のことも。生まれなかったはずのそれらのまで、全てを見通す”知識”が入っている。鍵を手に入れた者は万能の神になるとすら言われた。

 だからこそ、争いは起きた。しかし争いの果て、ようやく我々は全員で鍵を共有することができるようになった。

 世界で持つとなれば、誰がその鍵を体に宿すかという話になる。結果、どこに属すことのない、中立の者に託されることとなった。

 それが今の、鍵番の乙女たちである! 

 少女はかつてより、平和の象徴とされていた。それを元に、鍵番は成人前の乙女と決まった。

 鍵番の乙女にふさわしい、清らかであり存在感のある姿形を持つ者。彼女たちは鍵番の乙女になるにあたって、国籍も、親も捨てることとなる。代わりに彼女たちは、世界で最も力を持つ者へと昇華する! 

 その鍵は使い方一つで、争いを招くことも平和を作ることもできる! そして我々は今、平和を作り出すことに成功したのだ!

 さあ、鍵番の乙女の登場に拍手を!」

 途端、ファンファーレが爆発するように鳴り響き、一拍遅れて大きな拍手が会場を包んだ。

 僕は申し訳程度に拍手をして、その大きな扉がゆっくり開く様を見ていた。

 そこから出てきたのは、ちっぽけな、僕となんら変わりのない女の子。

 でも彼女の挙動が、目が、なんだか他の者とは違う何かを物語っていた。

 裸足で建物の上を歩く少女。

 彼女の周りだけ、まるで音が無いようだった。

 彼女は足を止め、どこかを見て、高らかに声をあげた。

 私は、全てを知っていると。世界に生まれなかったはずの全てまでもを見通している。

 そう言うと、彼女は手を合わせた。

 すると彼女の指の隙間から、何か煙のようなものがもわもわと出てきた。

 目を細めて じっと見つめていると、その白い煙はだんだんと形をはっきりさせ、大きく、黒くなっていく。

 そしてその不思議な物体の中では、ちかちかと閃光が走り出していた。

――雷雲だ。

 彼女は手のひらの中で、雷雲を作り出したのだ。

 人知を超えた力。これが神と呼ばれる所以なのかと、その不思議な技に見入っていた。

 すると彼女は ぱっと組んでいた手を離し、雨雲を解放させた。すると雨雲はもくもくと大きくなっていって、雨粒を垂らし始めた。

 彼女は、その後雨粒に何かした。

 雨粒の中に浮かぶように、そこに虹が生まれたのだ。

 そして稲妻が、虹の周りを走り出す。

 目の前には、虹と稲妻が共演している不思議な光景があった。

――まるで、魔法だ。

 しかし鍵番の乙女の力としては、こんなものはまだ序の口だったらしい。

 僕はまだこの頃、鍵番の乙女が神と呼ばれる所以を、本当に意味では知らなかったんだ。






 「……それが、鍵番の乙女?」

 少年の話を静かに聞いていたハルシオンがようやく口にした言葉は、それだった。

 少年はただにやりも笑って、頷いた。

 その笑顔が、ハルシオンにはどこか自虐的なものに見えた。

 移動した先の、ステンドグラスの階。二人の周りでは、ステンドグラスから差し込む陽光が、床に横たわっている。

 彩られた光が目の端できらめくなか、ハルシオンは続けた。

 「私たちは意識のない間に、それをしているってこと?」

 「そうだね。説明には、鍵を差し込まれた乙女はトランス状態になって、神に等しい存在になっているとかいうよ。」

――神……

 ハルシオンは心の中で復唱した。

 少年の後ろでは、ステンドグラスが光を透かして輝いている。

 この壁に埋め込まれたステンドグラスは、暗闇の中まるで浮かんでいるかのようだ。

 そして花冠同様、ステンドグラスは鍵番の乙女ごとに作られたもので、いわゆる肖像画だった。

 暗闇の中で浮かぶ、かつての鍵番の乙女を模した絵。その神々しさは確かに神様のようだとハルシオンは思った。

 少年が続ける。

 「君たち少女が選ばれたのも、少女崇拝の時代だったからなんて。びっくりだったよ。」

 「そうね、気持ち悪いわね」

 ハルシオンは ふう、とため息をひとつついて、座りなおし膝を抱えた。

 ハルシオンの白金色の髪に、ステンドグラスの光があたり、幾筋もの光へと形を変えて輝く。

 ハルシオンは、しばらく黙っていた。そして遠い目をして話し始めた。

 「なんだかね、すごく現実感のない遠い話……って言いたいんだけれども、私、あぁ、やっぱりって思ってる。」

 ハルシオンの花冠にも光が当たり、花冠は眩しいほどの光を返した。

 「夢で……見たの。」

 「夢?」

 「そう、夢。私だけじゃなくて、他の子も見てた。……さすがに神様とかそこまでは考えてなかったし、それに関してはなんとも言いづらいけれど。でも、やってることは、覚えがあった。」

 「覚えがあるだって?」

 途端、少年の声が鋭く差し込まれた。そして少年に、肩をガッと掴まれる。

 ハルシオンは驚き仰け反り、体勢を崩した。反射的に少年の方を見て。

 ハルシオンは言葉をなくした。

 少年の切れ長の目が、恐ろしいくらいつり上がっていたから。

 肩に少年の爪が食い込む。痛い、と言いかけて、ハルシオンは止めた。

 何故だかその言葉を言うのは、危険な気がしたから。

 少年の恐ろしい顔に、ハルシオンの血の気が引く。まるで殺意に満ちた獣だと、ハルシオンは思った。

――殺意に……

 ハルシオンはハッとして、少年を突き飛ばした。

 少年は簡単に突き飛ばされて、床に尻餅をつく。表情は、彼の黒髪に遮られてよくは見えない。

 ハルシオンは、はっ、はっと短く息をしながら、震える足で少年から距離をとった。

 「あなた……」

 垂れる黒髪の隙間から、見えそうで見えない少年の表情。

 ただ、静かに口を動かすところしか見えなかった。

 「ひどいなあ、ハルシオン……。」

 その言葉が、厳密には何に対してひどいなのか。ハルシオンには分からなかった。

 少年が顔を上げる。剣のように鋭い前髪の隙間から、少年の暗い瞳がこっちを覗いていた。

 「やったのは、君じゃないけど。やったのは鍵番の乙女なのに。ただの人間に、どうしてあんな権利があるんだよ。それを、覚えてもいない、罪悪感もないなんて、許さない、許さない……」

 「あ、あなた、さっきは覚えていることに怒り出したくせして。一体何を……」

 その時。

 少年の見せた恐ろしい顔に、ハルシオンは全身が凍りついた。

 そして、少年が口を開き、何かを言うその前に。

 ハルシオンは震える足でそこから逃げ出していた。

 もう役目を終えた鍵番の乙女を描いたステンドグラスしか無い、鍵番の乙女の墓場のような部屋から。

 ハルシオンはひたすら通路を進んだ。

 帰り道を覚えているかは謎だった。

 でも、無我夢中で見たことのある景色を目指した。そうしないと、死ぬと思ったから。

 少年がいつ追ってくるか、考えるだけで足が震えた。しかし、少年が帰路に姿を表すことは無かった。

――亡霊……

 少年の言葉が頭をよぎる。

 ハルシオンは、あの少年を亡霊だとは思っていなかった。ただあの少年に自分たちとは何か違う、明らかに異質な何かを感じた。

 見慣れた場所に戻ってこれたのは、陽が傾き出している頃だった。

 夕焼け色の光に満たされた階に足を踏み入れ、聞きなれた皆のさわさわ声が聞こえた瞬間。

 ハルシオンは涙が出そうになった。

 ハルシオンの姿を見つけた鍵番の乙女たちが、笑いかけ、手を振り、どこ行ってたの、と声をかけてくる。

 ハルシオンはその場にへたり込んだ。

――あぁ、もう安全だ。ここなら安全だ。

 ミルクにバラを溶かしたような色の建物。固くてひんやりした床の感触。

 光の届く場所。

 皆の、自分の背をさすってくれる感触をハルシオンは噛み締めながら。

 元いた世界に戻ってこれたことを、深く感謝していた。

 途端。

 「うぅっ……」

 喉の奥から、何かが湧き上がってきた。せり上がってくる。

 吐き気とは違う、しかし何か、生暖かいものが喉の奥から。

 ハルシオンは咳とともに、それを吐き出した。

 「ごほっ……」

 ぽた、と、音を立てて何かが喉からこぼれ落ちた。

 嗚咽かと思った。安心感からくる何かかと思った。

 しかしそれは違った。それは、唐突に訪れた。

 吐瀉物とは違う、形のはっきりしたものが、ハルシオンの口から出てきたのだ。

 それはもぞもぞと、小さな手を動かしていた。

 手のひらにも満たないような、薄紅色のしわくちゃの小さなもの。

 「赤ん坊……?」

 誰かが呟いた。

 それは、ヴェール・レースらが待ち焦がれていた、鍵番の乙女の力だった。

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