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鍵番の乙女  作者: ふさふさ
13/19

メゾ

 「どういうことだよ、鍵番の乙女が、恋って。」

 「メゾ。」

 またあのねっとりした声。親が子どもをたしなめるように、メゾの名を呼んだ。

 「あなた確か、前にも色々な護衛をしましたよね。」

 「……そう、だけど。」

 「その中であなた、一体何回、護衛対象や依頼人家族の乙女に好意を寄せられましたか。」

 嬉しそうに言うその口ぶりに、メゾは かっと頭に血を登らせた。

 「てめぇ……!」

 「おお、怖い。」

 わざとらしいその物言いに、さらにメゾは目を鋭くさせる。

――人の嫌な思い出、さらしくさって!

 ヴェール・レースは構わず続ける。仕返しと言わんばかりに、楽しそうに。

 「あなたはどうしてか、会う女性会う女性に言い寄られる不思議な特性を持ってらっしゃいますよね。ここまでくると、魔性とでも言うべきでしょうか。」

 くすりと笑うヴェール・レース。

 メゾの顔が怒りに歪む。

 「あら、私共はそんなあなたの特徴を評価していますのよ。私たちが用意した、知性や気品、美しい顔を兼ね備えた選りすぐりの護衛ですら、ハルシオン様を夢中にさせるのは難しいかもしれない……。そんな不安がありました。魔性の魅力を持つあなたならもしかして。そう思い、部外者ですがあなたを護衛候補に入れることを認めたのですよ。」

 ぎりり、と歯をくいしばる音がした。犬歯をむき出しにして睨むメゾに、ヴェール・レースは優雅な立ち姿で向き合っている。

 うなり声のような低い声で、メゾが言葉をもらした。

 「それ以上俺の昔をほじくってみろ。お前が依頼人だろうがぶっ飛ばすぞ。」

 「あなたがそんな不義をするわけがない。それも含めて、我々はあなたを信頼しているのですよ。」

 怒りの火にかけられ、感情が沸騰する鍋のようにぼこぼこと音を立てている。

――魔性で悪かったな。

――ああそうだよ。色恋が原因で、友達に嫌われたり、変な噂を立てられたり。

――迫られたり怖い思いして、それで断ったらこっちが悪役にされて!

――でもその中でも、こっちとしては深刻な悩みを、こうやってからかわれたりするのが一番胸くそ悪い!

 耳鳴りのする中、うまく頭が回らない中。メゾはただヴェール・レースを睨むことだけはやめなかった。

 「恋、恋って。ハルシオンが恋したら、何かあるのかよ。不思議な力でもつくのか。」

 「いいえ。そんなことはありません。」

 けろっとした様子で、何でもないことのように彼女は言う。

 「ただ単に、鍵番の乙女を思い通りにしやすくするための保険ですよ。」

 メゾはそれを聞いた瞬間、は。と声を漏らして、ぽかんと口を開けた。それまで煮えたぎっていたはずの怒りも傍に避けさせられてしまって。

――何言ってるんだ、こいつは。

 せめて悪い笑みを浮かべて言っていたら、なんぼかマシだったのに。頭の隅でメゾはそんなことを思っては、苦笑した。何言ってるんだ自分は、と。

 ヴェール・レースはそんなメゾを見て、首をかしげた。

 「何を笑っているのです?」

 「笑うしかないからだよ。」

 メゾは間髪入れずに答えていた。すぐには言葉にならなかった感情が、遅れて頭の中で具体化してきた。

――呆れた。

――こんな悪役みたいなセリフ、本当に言う奴がいるんだ。

 耳鳴りも収まり、一瞬感じた目眩も収まり。

 メゾはさっきまで熱くなっていた何かが冷えていくのを感じた。

 どうしようもないものを見る目で、ヴェール・レースを見やる。

――どうして、こういう奴はわざわざ自分を落とすような言動をするんだろう。もう少しきれいごとかなんかでごまかしてた方が、よっぽど事はうまく進むだろうに。

――馬鹿なのかな。

――それとも、きれいごとなんてもう言えないくらい、心が翳ってしまっているのか。

 メゾはため息をひとつついて、静かな声で言った。

 「そうだ……お前、ハルシオンのこと、ずっと鍵番の乙女って呼んでたもんな。お前はハルシオンを鍵番の乙女としか見てなかったどころか、鍵番の乙女を人間としてすら見てなかったんだな。」

 「当然です。鍵番の乙女は私たちより崇く……」

 「道具としてしか見てないんだろ。」

 二人の間に沈黙が訪れる。

――まあ、ハルシオンもヴェール・レースを一体、二体って数えてたし、人間として見てないのはお互い様かもしれないけど。

 それは、メゾは言わなかった。

 ヴェール・レースは未だに沈黙している。ヴェールの下では、間抜けに口をぱくぱくしてたりしないだろうか。そんなことをメゾは、心の奥底で微かに期待した。

 口と同様に、ぴくりとも動かなかとヴェール・レースの体が、沈黙の後に動いた。

 ゆっくりと右手を動かし、まるで演説をする人のように、その手が掲げられた。

 そして、不思議なことを言う。

 「今、ヴェール・レースとして。道具扱いしているという事実はあり得ないという結果が、満場一致で決まりました。」

 「……は?」

 厳かに、当然のように言われたその言葉。メゾの顔が、訝しげな物に変わる。

――満場一致で? ヴェール・レースとして?

 眉にしわを寄せたままのメゾに、追加の説明もないまま。

 言葉の断片だけを落として、ヴェール・レースは身を翻してしまった。

 「待てよ、意味わかんねえよ!」

 思わず張り上げたその声に、ヴェール・レースは反応すらしなかった。それどころか、とっくに止まっていた馬車から降り、杖をつきながら外へと歩き出してしまっていた。

 かつ、こつと杖を鳴らしながら遠ざかっていく彼女は、音が届かないどころか、まるで手の届かない異空間にいるようだ。

 メゾはいつの間にか、何も言わずにそれを見送っていた。そして、無意識に伸ばしていた、自分の右手を見つめた。

 虚しく空中を掴んでいた、やり場のない右手。

 「くそっ……」

 右手をぐっと握りこぶしに形を変えた。短く切ったはずの爪が食い込んで、痛みを覚える。

 「俺はなんで、ここにいるんだよ……」

――自分がわざわざここにいる意味なんて、ないじゃないか。

――何も分からない、何も知らされない。……何もできない。

 自分はなんでここにいるんだ。そう、メゾはもう一度自問した。






 「……ハルシオン。」

 その名を呼び、ノックの後、メゾは扉を開けた。

 ヴェール・レースとの会話の後、メゾは一人、適当な椅子のある広間で座り込んでいた。

 護衛の本当の目的、ヴェール・レースの不思議な言葉。

 自分はどうしてここにいるのかぐちゃぐちゃになってから、一つの疑問が差し込んできた。

――ハルシオンは、どうして自分を選んだのだろう。

 一度気になると、どうしてもそれが気になって。

 もしかしたらそれを聞くことで、この気持ちが少しでも晴れるんじゃないか、そんな根拠のない期待が押し寄せてきて。

 気が付けば ふらふらとハルシオンの部屋の前に来ていた。

 少しの間メゾは扉の前で考えもしていたものの、結局は扉を叩いた今に至った。

 部屋に入ると、花のような、石鹸のような香りが鼻をくすぐった。

 研ぎ澄まされたその香り、ハルシオンから香る香りに、何故だかメゾは心が少し落ち着くのを感じた。

 しかし、当のハルシオンからの返事が無い。居ないのかと一瞬思ったものの、すぐにベットに目がいった。

 ベットには、簡素な似顔絵と文字がびっしり埋まっている本が、開かれたまま置かれていた。何かの資料らしい。開かれていたページを見失わないように指を挟んで、背表紙に目をやる。するとそこには「死刑囚」と書かれていた。

――ハルシオン、やっぱりこれまでに生命の水にされて来た人たちのことを気にして……。

 ちらりと、その本たちに囲まれて眠る少女を見る。

 白金色の、絹糸のように美しい髪。

 ベットでなめらかに広がるその髪に、メゾは少し触ってみたいとも思った。

 それまでの当惑した感情も忘れて、静かに寝息を立てるハルシオンの顔を、メゾはじっと見つめた。普段はこんなにしげしげと眺めることなんてできないから、つい。

 初めてハルシオンを間近で見た時のことを思い出す。

 その美しさ、とやらは人から聞いていたけれども。似顔絵や遠くから見た姿以上に、近くで見た彼女は人間離れした姿を携えていた。

 あまりにも白く、光に透けていきそうなその姿。

 本当にこれが同じ人間なのか。

 他の護衛候補と一緒にこの部屋に入った時、そういえばそんなことを考えていたっけ、そんなことを思う。

――そう、自分はハルシオンに見とれていたんだ。

 そして今、すぐそこで眠る彼女を見ている自分も。

――あまり、誰かに見とれるとかが無かったから、最初は何というか、そんな自分を認めたくなかった。けど……。

 「やっぱり、きれいだよな……」

 メゾは、ぽつりと呟いていた。

 その声に、ハルシオンは小さな声をもらした。

――起きる!

 メゾは反射的に体をのけぞらせた。それと同時に、今さっきまで自分の思っていたことに対し、我に帰る。

――何考えてんだ、おれ! ヴェール・レースの思惑通りにはならないためにここに今来たのに、それできれいだな、とか……。いや、おれがハルシオンに恋してるとかそういうのではなく!

 「お、起きろ! ハルシオン!」

 このままじゃ自分が埒あかないと思って、メゾはハルシオンに早く起きてもらうことを選択した。ハルシオンは びくっと体を震わせてから、慌てて起き上がった。寝ぼけた目でメゾを見てくる。

 「あ、わ、悪い。乱暴な起こし方して。あの……。」

――よく考えたら、『どうして自分を選んだの?』って質問するために起こすってなんだよ。

 メゾはそう思い、二の句が継げられなくなってしまった。人差し指をくるくると空中で回し、強張った笑いを浮かべたまま沈黙する。

 ハルシオンの顔は、メゾから見てかなり訝しげだった。寝起きなこともあり、なんだか自分を睨んでいるようにも見える。

 より一層聞き辛くなってしまって、メゾは完璧に黙り込んでしまった。

 そんな中、先に沈黙を破ったのは、ハルシオンの方だった。

 「あの、あなた……誰?」

 「……え?」

 唐突にその弊害は、姿を現した。






 「ヴェール・レース!」

 ハルシオンの腕を掴んだまま、ばたばたとメゾは廊下を駆けていた。

――早くヴェール・レースに伝えなきゃ。ああでも、さっきのこともあるし。

 そんなことを考えながら、メゾは急いでヴェール・レースを探していた。

 腕を掴まれ走らされているハルシオンから、避難のような目を向けられているのは知っていたものの、今はそれに構っていられなかった。

 廊下の向こうで、顔を隠した、全身白い服を身にまとう女性が目に入る。彼女が、さっき話したヴェール・レースと微妙に体型が違う、いわば別のヴェール・レースであったことにメゾは人知れず安堵しながら、彼女を大声で呼び止める。

 彼女はくるりと振り返り、あら、と声を漏らす。

 「メゾ。さっきのこともあるから、話しかけてくれないかと思いましたよ。どうなさいました?」

 「え?」

 メゾはヴェール・レースの姿をもう一度 さっと見た。

――うん、明らかに、さっきのヴェール・レースとは違うヴェール・レースだ……。

 「な、なんだよ。別のヴェール・レースからさっきのこと、聞いたとか?」

 メゾの質問に、彼女は穏やかな笑い声をもらした。

 「ヴェール・レースは、皆で一つですので。」

 またもや聞かされた意味深な言葉に、メゾは掘り下げて質問したくなったものの、それどころじゃない、と我に返り、急いで話を変えた。

 「そ、それよりも! ハルシオンが大変なんだよ!」

 「え?」

 ヴェール・レースの声に真剣味が帯びた。顔は見えずとも、笑顔が消えたのが分かる。

 メゾはハルシオンの肩を掴んで、 ぐっとヴェール・レースの方に押し出した。

 ハルシオンは掴まれた肩に嫌そうな目を向ける。

 メゾは早口でまくしたてた。

 「ハルシオン、なんか、ここに来てからの記憶が無くなってるんだ! 塔にいた時のことは覚えてるみたいだけど、ここがどこか分かってないみたいだし……。とにかく、変なんだ!」

 さすがのヴェール・レースにも、驚くような仕草が見られた。

 なんですって、そう言い、ハルシオンの頭や腕を触る。どこか打ったりしていないか、確かめているようだ。

 メゾは言葉を続ける。

 「……ハルシオンは、最近眠ってる時間もさらに増えてきてた。やっぱり、無理させすぎたんだよ! 鍵番なんて、体に負担が大きすぎたんだ!」

 「メゾ! 落ち着きなさい!」

 「そっちだって!」

 お互い、震える声で叫んでいた。

 しかしメゾは、きっとヴェール・レースが動揺している理由はしょせん自分と違うだろうな、と思った。

――こいつらは、ハルシオンを心配なんてしてない。鍵番の乙女を失うことを恐れてるんだ。

 ヴェール・レースはハルシオンに何かを質問していた。しかし、それはメゾの頭には届かなかった。

――護衛しないとならないのはは外の敵からじゃない、目の前にいるこいつらからだ。

 ハルシオンに触れて質問をまくしたてているヴェール・レースを鋭く睨み。

 メゾは、拳を固く握った。

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