塔の中の少女たち
ほのかなバラ色のさすレンガの塔。
そこで女の子たちは、窓辺に寄り添い夢を見る。
20の年を迎えれば、女の子はどこかに連れて行かれる。
そして新しい女の子が、静かな寝息を立てながら、きれいに飾られやってくる。
白いワンピースと、甘い香りの花冠で着飾った女の子たち。ラグの上で、寄り添うようにまどろんでいる。
窓からさす光を避けた、階段の踊り場のくぼみ。女の子たちは、薄暗がりで静かな寝息を立てていた。
きれいに着飾られた女の子たち。
どの子もきれいだったり、可愛かったり、美しい姿形をしている。
私は鏡に手を置く。
うつる少女は、白金色のプラチナブロンドをしていた。
瞳は青いバラのように、とても淡い青にわずかな赤がさす、不思議な色。
肌は他のどの子よりも白くて、うっすらと桃色が差している。
吐息をひとつこぼし、鏡から離れる。
白金色の髪に光が当たり、きらきらと鏡の中で輝いた。
「皆起きて! 箱が届いてるよ!」
下の階から、誰かが声をあげた。
まどろんでいた女の子たちが、ぱちりと目を覚ます。
さっきまで寝てたとは思えないほど、女の子たちは軽やかな足取りで箱の元へと駆け寄っていく。小鳥のさえずりのような話し声をたてながら。
「ハルシオン、行こ?」
そのうちの一人、艶やかな黒髪をした女の子が、私に声をかけた。
「うん。」
私はその子たちと共に、”箱”を目指して階段を降りていった。
ぐるぐると回る大きな螺旋階段に、窓から溢れる光が当たっている。その光の柱をくぐりながら、整然と並んだ段差を駆け下りていく。
一階の床に私の素足が触れる。一階で最初に目につくのは、高い天井と大きな扉。窓からこぼれ落ちる光と建物の影の対比。
塔の一階では、もう箱を名前ごとに振り分けていた。
「こっちが、アリソンの。こっちがルーチェのだって。」
箱を手渡された黒髪の女の子は、自分の名前の書かれた箱を受け取り、嬉しそうに笑う。
やがて、私にも箱は振り分けられた。
私の白い箱には、白い花の彫刻が浮き彫りになっている。花とそのつるをほどき、箱を開ける。
そこにはいつも通り、私用の白いワンピースと、花冠が入っていた。
周りを見ても皆、入っているのはシンプルな白いワンピースと花冠。けれど白いワンピースも花冠も、一人一人に似合う形にあしらわれていてる。薄いレース地の服を持っている子もいれば、同じ白地でも光沢のあるワンピースを持っている子もいた。
どの子も皆一様に嬉しそうで、楽しそうに見せ合いっこをしている。
そして、花冠。オレンジやピンクの、春の色のような可憐な花冠をあつらえられる女の子。虹のようにたくさんの色を使って作られた花冠を渡される女の子。
白く、シンプルなワンピースに反して、花冠は皆華やか。
私は、手元にある自分の物を見る。
シミひとつない、純白のワンピースを手にとって。
そして箱の中に残る、私の花冠を見る。
そこにあるのは花冠とは言いがたい、葉とつるで作られた、華奢な月桂冠のような品。花はひとつ、乳白色めいたコーラルピンクのバラがついているだけ。
派手とはいえないけれども、私にはその花冠がとても神秘的に見えた。
毎回、満月の夜が朝日に溶ける頃にこの”箱”は届く。
それぞれの子の名前が書いてある箱の他に、生活に必要な物が入ったひときわ大きな箱。
これは誰が届けているのか、そんな話にはよくなる。
でもきっと、これはヴェール・レースが届けているのだろうと考えていた。
数週間に一度来る、あの人たち。
ヴェール・レースは時々来ては、女の子を一人連れて行く。
扉が ごん、と開いた。
重く大きな扉。太陽の光が剣のように差し込み、少しだけ目が眩む。
「皆さん、御機嫌よう。」
そこから、背の高い影が出てきた。
そのひとは、白いレースでできたヴェールを顔にかけていて、いつも声も体型も、定まらない。ヴェール・レースはそんな生き物。
三体のヴェール・レースに連れられて来たのは、華やかな花冠に、黒いウェーブがかった髪をした女の子。
この子は一、二週間前に同じようにヴェール・レースに連れて行かれた女の子だった。
周りの子が話しかける。ベラ、大丈夫。
ベラは何も言わない。虚ろな目で、ただ立っている。
ヴェール・レースに連れて行かれた後の子は、いつもこうだ。
どんなに明るい子も気丈な子も皆一様に、魂が抜けたようになっている。
この塔には、十数人しか女の子はいない。
だからその番は、交代でやってくる。
何も言わないベラ。ヴェール・レースも、何も言わない。ヴェール・レースの顔にかけられた、レースにあしらわれた透明な石が、ゆらゆら揺れてきらきら輝いている。
まるで、それが彼女たちの、表情の表現のようだ。
ヴェール・レースはこう言っていた。
貴女たちは鍵番の乙女。
交代で鍵の番をするのです。
貴女たちは美しく、純粋無垢な乙女たち。
鍵番の乙女であることは、崇高な役割なのですよ。
ヴェール・レースの言う”鍵番の乙女”になった後の、女の子たちは何も覚えていない。それは私も同じだ。
どうやらその間のことは、皆記憶が抜けているらしい。今連れてこられたベラのように魂が抜けたようになって、その後一週間は眠り続ける。そして目覚めた時にはその子は元通りになっていて、その時の記憶も全部無くしている。
疑問なんて持たなかった。
だってそれが、私たちの普通だったから。
とりあえず、この時は。
ベラをひたすら見つめていたら、そっと肩に手を置かれた。
ゆっくりと振り向く。白いレースに刺繍された、可憐な花模様が目に入る。ヴェール・レースが立っていた。
「乙女よ。次は貴女が、鍵番ですよ。」
近くで下から見れば、ヴェールの隙間からヴェール・レースのあごが見えた。
そのヴェールの下に、本当に顔があるのか。口すらもそこからは見えなかったけれども、喋るたびに顔の筋肉が動いていることは見えた。
「……はい。」
無感動に、無表情でその言葉に従う。
ヴェール・レースに連れられ外に出る時、皆の見送る目が見えた。
面倒臭いな。早く終わらないかな。
どうしてだか分からないけど、「鍵番」の時はすごく疲れる感じがするから。
何も覚えていないのにね。