第一章 シンクレア戦記 2
2
世論の動向や報道内容を把握するため、殆どの庁舎には各社の新聞が網羅されている。
エントランスや各事務所、食堂や待合室などに同じ物を何部も置いていた。日頃から非難の的にしている行政が、報道機関にとっても大口顧客であることはなんとも違和感を覚えてしまう。しかも顧客に留まらず、ブンヤの食い扶持となるネタまで提供しているのだ。これがマッチポンプなら面白い構造だと思し、精神疾患の気すら感じてしまう。
まあそんな事は無いが、もし金が動いているのなら、自分にも是非一枚――いや、一部噛まさせて貰いたいものである。
何気なく手にしたピッコロ社の新聞には一面に白黒写真が掲載され、こうあった。
『貴公子マイヤー ミッドガーズを粉砕 堂々凱旋』
それは賢天の魔術師マイヤーの活躍を報じた内容だ。
グロージア大陸南端の国、ラシン半島にあるラーシア自治区にて、マイヤーとその部隊が反乱軍を完全に制圧した旨が綴られていた。彼こそ次代の英雄であるという記述に目を這わせ、なんとなく面白くない。
自分以外が賞賛されたところで一々目くじらを立てることはないが、歳も近いマイヤーとなると話は別だ。手柄を見せ付けられているような気がして癪に障る。
他の新聞にも目を通してみたが、揃いも揃ってマイヤー一色。
ブンヤ共がこれほど注目している理由は、アルビオンの仇敵ミッドガーズ絡みだからだろう。
神秘主義国家としてアルビオンと双璧をなすもう一つの王国――ミッドガーズ。
どのような国か。一言で言えば『嫌な国』である。アルビオンの覇権に異を唱えるべく、こちらの求心力を弱めようと世界中で離反工作や反乱分子の育成、テロの助長を行っている。とにかくアルビオンの手を煩わせることに心血を注いでいた。しかも彼の国は、北方大陸の最北端に位置し、エイソン海峡を挟んでアルビオンと対峙する隣国だった。
なまじ国力があるため、こちらも迂闊に手を出すことが出来ない。そのもどかしさは報道を通じて国民に浸透していた。だからこそ、対ミッドガーズは常に国民の関心ごとで、庁舎の外では民衆が熱狂している。あのミッドガーズに一泡吹かせたと。
首都ロンデニオンの中心地にある『大ロンデニオン特別区』。
そこに国防省の下位組織である陸軍庁の庁舎がある。五階の待合室には、シンクレアとケメットの姿があった。二人はそこから外の催しを眺めて時間を潰している。
「凄いですニャ! 出店があんなにいっぱい。お祭りみたいです!」
庁舎は目抜き通りに面しており、大通りでは華やかな軍装を身に纏った軍隊による行進が行われている。一見して凱旋パレードのようだが、実態は異なる。
窓にへばり付いて大きな瞳を殊更大きくして、ケメットは子供の様にはしゃぎながら尻尾をゆらゆら。
「そうね」気の無い返事をしていると、見物している市民の歓声がひと際大きくなった。
視線をずらせば二頭立ての馬車が前進してくる。
白馬に牽かれるのは、天蓋が取り払われた豪奢な装飾の馬車。そこには一人の男が凛として立っていた。
賢天の魔術師エンドルフ・マイヤー。
彼は純白の儀礼用軍装を纏い、誇らしげな胸には数々の光り輝く勲章が散りばめられている。
この歓声、とりわけ女どもの黄色い声は車上の優男へ向けられたもので、マイヤーはさながら王太子のように振る舞い、彼女らに手を上げて応えていた。
この軍隊は彼の私兵――自分と同じく、賢天に与えられた戦力であり「地位」と「力」の象徴だった。
賢天には「地位」「名誉」「力」が与えられるが、その代償に様々な義務が課せられる。
その一つが植民地への駐留だ。
隔年ごとに任地を移し、その度に本土へ呼び戻される。
酷く手間に思えるが、その理由は、本国においても任地においても有力な地盤を作らせない為だ。賢天の魔術師とは唯一無二の大魔術――賢天の秘奥の保有者であり、敵味方双方にとって危険視される。だからこそ飴と鞭で手綱を握り、手懐けておく必要がある――というのが為政者たちの思惑なのだ。
定期的な任地の変更は、大昔のセレス地方にあった国の制度を模しており、“サンキーン”と呼ばれていた。このパレードはその一環であり、勝利を祝っているわけではない。そう、断じて違う。
……違うのか?
「はぁ……やっぱりマイヤーはハンサムなだけあって凄い人気ですニャ。ウチもあのような賢天の魔術師に召し抱えられてちやほやして貰いたいものです」
うっとりとして腰をくねらせるケメットを思わず二度見してしまった。おかしい。賢天はここにも居る。お前の最愛のマスターは隣に居るぞ。これに思わず腹が立ってしまい、「でも彼早漏よ」とあの煌びやかな魔術師を貶める言葉を吐いてしまう。
「ニャッ!? 天は……二物を与えず……」
「しかし、一物は与えたもうた」
やや間を空けて、女達のゲラゲラと下品な嘲笑で空間が埋まっていく。
先に我に返ったケメットが「お待ちくださいなぜそのことを?」と素で尋ねてくるが、優先順位はこちらではない。ノックと共に、陸軍のオリーブ色の制服を着た士官が入室してきた。
「シンクレア大佐、将軍がお呼びです」
士官に通されたのは小さな会議室だ。簡単な打ち合わせに使用される場所で、手狭な上に夜通しの作業が必要になった場合には、飲料水や夜食などの補給物資集積場となる。
つまりは倉庫程度の扱いを受けている哀れな部屋で、こんな場所に呼ばれたからには、さほど重要案件ではないだろうと当たりをつける。
気を抜かざるを得ない――と、中央即応軍司令官コモス・トロン大将と、その麾下にある特殊戦闘群の郡長カトーという上官二名を前に、腑抜けた顔のまま着席した。
「ああ、シンクレア君、またそんなヤクザ者のような格好をして……その、制服は……」
開口一番弱々しい声で着衣の乱れというか反骨を咎めてくるカトー。
彼はその広すぎる額に浮かんだ汗をハンカチで拭い、太い額縁メガネを光らせる。軍属にある賢天の大半が特殊戦闘群に属している為、直属の上官はカトーだ。しかしながら、彼の禿げ散らかして脂ぎった頭や全身の風貌からは威厳というよりも哀愁が漂う男で、軍人よりも会社員の方がお似合いの人物である。
涼しい顔でカトーの指摘を聞き流し、早速本題に入る。
「今日はどういったお話でしょう? 閣下」
わざわざ休日の映画館にまで使いの者を寄越したのだ。チケット代以上の話でなければ、カトーのだらしない毛根を根絶やしにしてやるところだ。
慇懃無礼とも取れる態度を示していると「これままだ公になっていない情報だ」と神妙な顔つきのトロンが口を開いた。
「我が国は、ラブラス共和国から宣戦布告された」
「まあ! なんですって!」
大儀そうに言うから何かと思えばそんな事。
老人に合わせてわざとらしく驚いて見せたが、心情としては椅子にだらしなく腰掛けて足を投げ出したい気分だった。流石に大将を前にしては出来ないので自重している。
「それまた忙しくなりますね。ではわたしはこれで失礼しますご機嫌ようさようなら」
全くの他人事のように振る舞い早々席を立つと、「ちょま、ちょ、ままま待ちたまえよシンクレア君! 話はまだ終ってない」追い縋るカトーに引き止められ「うちの娘みたいにゴミを見るような目をしないでくれ」と鼻を鳴らしながら言う物だから渋々席に戻る。
心底どうでもよかった。
戦争なんて年がら年中引き起こしているのがこの国だ。
超大国として、覇権国家として、武を示し続けることでこの世界の盟主たらんとすることがアルビオンの国是である。ラブラスなんて名前もうろ覚えの小国なぞ鎧袖一触で屠れば宜しい。
ただ――喧嘩屋が喧嘩を売られた事は確かに珍しいかもしれない。
「わたしと何の関係が?」
まあ聞きなさいとトロンは続ける。
「事が明らかになったのは、ラブラス駐留軍のレッドシール基地から送られた救援要請だ。ラブラスにある領事館より、戦線を布告されたとの第一報が入り、直ちにアルビオンに伝えられた。これが一週間前のこと。ラブラスは元々アルビオン移民からなる。我が国とは歴史的に見ても親交の深い友好国の一つだったのだ」
「ではなぜ宣戦布告されるんです」
うちの首相がラブラス大統領の目の前で、大統領夫人でも寝取ったのだろうか。中々燃える趣向と気概を感じられる。
「それがわからんのだ」
違うらしい。
「政治的に見ても安定しているはずだった。だが突然、何の前触れもなくこれが起きた。何かの間違いではないかとレッドシールを問質せば、今度は領事館とも連絡が途絶えた。それどころか、ラブラス政府とも連絡がつかない。かの国の大使館も同様に本国と連絡が取れずに困惑している。レッドシールから特使を出したが、彼らは謎の疾走を遂げた。僅か百人ばかりの基地だ。不測の事態に備えて待機を命じたが、未だに無事だ。攻撃すら受けておらん――君の好きそうな話じゃないかね?」
トロンは片眉を上げて尋ねてきた。確かに、奇妙な話だ。戦争を仕掛けられたものの、仕掛けた本人が雲隠れし、近づいた者たちは姿を暗ます。まるでミステリーだ。しかし、
「つまりあたしに行けと」
「端的に言えばそうなる」
「お言葉ですが自分は賢天の魔術師です。件の小国に切るカードとしては、自分で言うのもなんですが……やりすぎでは?」
地位に胡座かいて驕り高ぶる態度で応えた。
自分は安い女じゃない。ダンスをするなら安酒を出すパブで飲んだくれの相手をするより、格式高い舞踏会で高貴な殿方と一曲一夜を共にしたいと思うのは当然だ。マイヤーに送られる賞賛の声がまだ耳に残る今、かような頓珍漢が相手では得られる物は無い。
「そうは思わん。レッドシールには翼竜も居ないため事態の全容把握は困難だ。不確定要素の多い戦場に格下の部隊を投入して、徒に戦力を損耗する事態は避けたい」
「我が部隊ならば損害を被っても構わないと?」
「君ならば出来るという評価だよ、シンクレア。それにこの戦争は君に必要だ」
「必要な、戦争?」
聞き慣れない言葉を反芻して困惑していると、続きをカトーが継いだ。
「シンクレア君、王立会計検査局が君の周りを嗅ぎ回っている」
「……会計検査? なんです、お勘定?」
「誤解を恐れずに言えば、彼らは君の横領を疑っている」
どっと汗が噴き出した。
息が詰まる。
――胸が苦しい!
それはまるで好意を寄せる相手と上手く接する事が出来ずにやきもきする時の――馬鹿を言うな。
甘ったるい芳香は皆無。代わりに饐えた臭いが漂ってきそうなほど背汗が酷い。
思わず握りしめた掌にもジットリと汗が滲んでいる。
これはあれだ。
子供の頃、初めての誕生日会に初めて出来た友達を招く許しが出た日。嬉しくてはしゃいでしまい、言いつけを守らずに洗濯物を振り回しながらソファーで飛び跳ねていた時だ。母が大切にしていた磁器製の花束を母の派手なブラジャーで巻き込み、投石紐の要領で窓の外に放り投げた――その時以来の感覚だ。
隣家のハドスン夫人の悲鳴が上がり、母の忙しない足音が二階から迫ってくるのである。あの時は生きた心地がしなかったし、今と同じく震え上がりながら嘘八百を並べ立てる為に頭を働かせていた。
結果はどうだっただろう。
げんこつを喰らったせいで良く覚えていない。
「勿論、名誉ある立場である君にそのような問題があるとは千に一つも――いや、万に一つも、いやいや億に一つも思ってはおらんよ。これは恐らく、君の戦車を始めとした新世主義国に傾倒した思想を快く思わない評議会と、政府内の神秘主義派閥による警告だ」
「なぜわたしが目の仇にされるんです!」
「君が新世主義国……アステルスから買い付けた無線機や戦車の技術を盗用した挙句、勝手に生産ラインを立ち上げ外交問題に発展している。これは理由に当らないかね」
「当りません」「当るんだ」即答である。
「これが無くとも、神秘主義を軽視するかのような君の部隊は、彼らから白い目で見られている」
面白くない。
自分は最善を尽くしているというのに主義もクソも無いじゃないか。
「若い娘がそんな顔をするな。それに軍は今のところ君の味方だ。上層部も君を高く買っているし、戦乙女は国民の注目を集め戦意高揚に大いに働く。政府にも国威発揚になると肯定的に捉えている者も居る。だからこそ、君は英雄である事を証明する必要がある」
渋ったところでもどうにもならない事を悟り、ため息混じりに息をついた。
「下種の勘ぐりを自ら勝ち取った勝利で退けるんだ。いいな、シンクレア」
「はい、かっか」もう一つ、とトロンは付け加えた。
「ラブラスには邦人も住んでいる。彼らの保護も君の任務だ。その中には、モリス・エルドランという君と同じ賢天の魔術師も含まれている。この数週間、彼との連絡も途絶えている。問題があったことは明白だ。安否を確認し、生きているのなら戦地より救い出せ」
「はいかっか」
「よろしい。では部隊を率いて我国の障害を取り除け。ラブラス共和国に対する先遣隊として、第七独立連隊の出動を命じる」
シンクレアが会議室を去ると、カト―は心許ない様子で手元を遊ばせていた。
「閣下、本当に彼女の部隊だけで大丈夫でしょうか?」
これにトロンは曖昧に頷くと、一枚の航空写真を書類の束から抜き取った。
「[王国の庭師]から送られてきた情報が正しければ、この作戦は彼女でなければ収拾がつけられないだろう。でなければ――アルビオンの覇権に、最悪の形で楔を打ち込まれる事となる。この戦争はあの魔女を欲している」
写真には、上空から撮影された町の様子が写っていた。都市区画は酷く荒れ果て、市街戦の後を彷彿とさせる光景があった。しかしそこには、夥しい数の市民が佇んでいた。
庁舎から出ると、既にケメットが車両を横付けして待機していた。助手席に乗り込むと、彼女はさっそく呼び出しの理由を尋ねてくる。
「休暇はお終い。戦争に行くわよ」
「ニャア! 出陣です! この新しい『バンカーフラッペ』も街乗りでは持て余していました。こいつもさぞかし喜んでいるでしょう。ところで、目的地は?」
「ラブラス共和国。宣戦布告されたわ。現地の駐屯部隊と邦人の救出。あと賢天の魔術師エルドランもね。賢天会議で何度か顔は見た気がするけど……あんまり記憶にないわね。で、何よそれ」
隣で話を聞いていたケメットは、どこからか取り出した小冊子に目を通していた。
「ラブラスの観光パンフレットですニャ」「なんであるの」という疑問を彼女の大きな耳は受け付けてくれない。
「ラブラスはテンドー・ハルジャーなる遺跡が有名です。このマイルキッパーなる料理も食べてみたいですニャ。マイルキッパーは漁師の食べ物らしいです。『漁に出た漁師が釣られてしまう』ほど美味い! というのが名前の由来だそうで。これは垂涎ものです!」
「あのね、観光に行くんじゃないの」
困った奴だと呆れていると、背後から黒服の男二人組が近づいてきた。
如何にも文官な風貌で、融通の利かない官僚みたいなオーラがじりじりとにじり寄ってくる。
そしてその予感は的中した。
「失礼、もしや賢天の魔術師……シンクレア大佐ではありませんか」
「そうだけど? どちら様だったかしら」
「わたくし会計検査局からやってまいりました、国防検査第一課の検査官シューイン・チューです」
それを聞いて瞬時に表情に強ばってしまう。
言われた傍からこの不意打ちで、今すぐこの場を離れたかった。
「本日はあなたの上官であるカトー准将にお話がありまして伺ったのですが、大佐がここに居るのならば話が早い。お時間いただけますか?」
「……悪いけれど、任務があるのよ。今日からまた忙しくなるわ」
「そうですか。ではまた後日ということに――」
「そそ、また日を改めてちょうだい」
聞き分けの良い文官で助かった、そう思ったのも束の間だ。
検査官はメガネを光らせながらこちらを覗き込むように体を傾けた。
「――時に、大佐。我々はあなた方、第七独立連隊、延いては“あなたの”賢天機密費に興味がある」
「何が言いたいのかしら」
わかっているけどドスを利かせて威嚇する。
関わるな。あたしの財布に関わるな! だが通用するはずもなく、彼はずけずけと核心に触れてくる。
「勝手ながらあなた方の所有する装備を精査させて頂きまして。与えられている予算に対し、装備の調達価格が定価と異なる物が多い。他の部隊装備と比較してしまうと、帳尻が合わないのです。そこで、もしや予算の私的流用を行っているのではないか――と。間違いであれば良いのです。詳しいお話を伺いたくて」
この疑念に対して真っ先に反応したのは、怒りに駆られたケメットだった。
「キサマ何を言うかと思えば大佐に不正の嫌疑をかけているのニャ!? 祖国の為に身命を賭し、鉄風雷火の戦場に立つ一輪のバラに向かってにょくもそんな口が利けたものな!」
「ケメット、噛んでる。落ち着きなさい」
いきり立つ彼女を宥めようとするが、それを振り切って面罵と擁護が綯い交ぜになった言葉を吐き出してく。
「大佐は公明正大にして清廉実直。たかが文官風情が、大佐の高潔さを貶めようなどとは一〇〇年早いニャ!」
「ケメット、止めて」あまりにも誇張された人物像が内心の疚しさを煽り立てる。
忸怩たる思いで彼女を肩を掴んで座らせた。
「ごめんなさいねチューさん。あたし達急いでるのよ。話はまた今度」
相手の言葉を待つことなく会話を打ち切ると、ケメットに車両を発進させた。
何とかやり過ごすことは出来たものの、ケメットの方は憤懣やるかたない様子だ。
「酷い言いがかりです。大佐も何か言い返してやればよかったですのに!」
この自分を信奉する見込みある従兵には、早急な再教育を施しておくのが吉といえる。ボロを出してしまわぬ内にだ。
「ケメット、縦しんばあたしが横領に手を染めていたとしても、それは罪ではないわ」
「ど、どういうことです?」
「もしそんな事をするのだとしたら、あたしはその公金を有効活用して、更に多くの運転資金を獲得するからよ」
「なぜ、それは罪ではないのです?」
「良く考えて。部隊で使用できる資金が多ければ多いほど、兵士達に優れた装備を与えることが出来る。そうすることで彼らの生存率が少しでも上がれば、任務の達成率も上昇する。これによるあたし達の成功とはつまり、国家に寄与することになる。それだけではなく、兵士達を無事祖国へ帰すことができれば、彼らの家族が悲しんだり、今後の生活に途方に暮れなくて済む。それにより更に有望な人材が未来へと繋がれ、その某が国家に貢献する可能性も生じる。誰も傷つかないし、誰も損はしない」
「つまり、どういうことですニャ?」
「あたしの横領は綺麗な横領なの。わかる?」
それからケメットはしばしアホ面で考え込み、「はいニャ! さすが大佐ですニャ!」と甚く感心した。
それで良い。それでこそ我忠実なる従兵である。
そして、幾多の困難(部隊の経理部と口裏を合わせたり裏帳簿を隠匿したり)を乗り越え、我ら第七独立連隊はアルビオンを後にした。