【8】氷という閉鎖空間で彼女が思うこと
アイリスは指一本動かすことも出来ないくらいに氷で覆われてしまっている。俺はしゃがんで氷に手を添えた。冷たい。モゲピーを触った時よりも冷たく、痛みまで感じるみたいだ。
「辛いだろ、アイリス。今溶かしてやるからな」
両手で触れたところから固い氷は次第に溶けていき、そして水になっていった。
脚や腰、背中に手を当てていき、体全体の氷を溶かしていく。解放されたアイリスは目を見開いていた。
「ショウ殿どうして……さっきの攻撃を受けたのに体が動くのか?」
「俺にもよく分かんないけどさ、この周りに漂っている光が助けてくれたみたいなんだよ。不思議だけどサラマンドの炎の暖かさを感じるんだ」
「ああ、私にも感じる。焔国全域の加護がこの光となって君に集まってきているようだ」
光がフワリと、またひとつ俺の体に吸収されていった。
「……さっぱり分からん」
焔国の加護がどうして俺の傷を癒してくれるんだ?
疑問に思いながら俺は光る騎士剣を見つめた。
「分かんないけど……炎の霊主なんて見たことないのに感じるんだよ……俺の中で」
「ショウ殿の中で?」
「うん。なんの根拠もないけど今ならみぞれの氷を溶かすことが出来る気がする」
「まさか!」
アイリスの言う通り、俺もまさかって思うよ。でも妙な自信があるんだ。
止めようとするアイリスに背を向けた。そして、真っすぐ視線を見上げる。
視線の先は巨大なアイスドラゴン。さっきは恐怖心でしかドラゴンを見ることが出来なかった。今は全く無い。
剣先をアイスドラゴンに向ける。アイスドラゴンの背後に眠るみぞれに向かって、大きく声を出した。
「みぞれ、ずっと一緒に居たのに俺の事何にも分かってないのかよ。お前が輝力を持ってるって知っても、俺がみぞれの事嫌いになるなんて絶対ないってこと、なんで俺を信じてくれないんだよ!」
一気に駆け出す。構える剣を、もう重いなんて感じなかった。
アイスドラゴンは長い尾をくねらせ、向かってくる俺めがけて再度振り下ろしてきた。
「ショウ殿、危ない!」
アイリスは後ろから心配そうに俺を見てるだろう。でもドラゴンに向かう足を止めたりなんてするつもりはなかった。
「邪魔だああああああっ!」
俺を吹っ飛ばした時と同じように右側から尻尾が降りかかってくる。こんなめちゃくちゃ痛い攻撃を二回も喰らってたまるか。でも逃げることなんてしない。剣を両手で構えなおして尻尾に大きく振りかぶる。
剣先から放たれた豪炎が刃を形作って尻尾を真っ二つに切断する。切り取られた尻尾の先は水になることもなくすぐに蒸発していった。
「……凄い。ショウ殿は騎士剣の能力を最大限に……いや、それ以上の力を引き出している!?」
「消えて無くなれえええっ!!」
尻尾を切断した俺は再びドラゴンの頭を目指して走り出した。巨大な鉤爪を持ったドラゴンの両手が俺を捉えようと降ってくる。
不思議だ、ドラゴンの手が俺のすぐ真上まで来ているっていうのに走る足は止まろうとしない。そしてそのまま手のひらが俺に触れようとした途端、氷は水蒸気となり大気と混ざっていった。
チャンスだ。ドラゴンの腕に飛び乗り頭目がけて走り続けた。二つの大きな青い目の中間くらい、こめかみ辺りに騎士剣を思いきり突き刺す。刺さった箇所から炎が放射状に吹き上がる。
『ギャオオオオオオオオオッ!!』
「……っるせえ!」
ドラゴンの地鳴りのような鳴き声が周囲を響かせた。炎はドラゴンを鳴き声ごと包み込み、次第に体の形は消えて無くなっていった。
「みぞれっ!」
ドラゴンは消えたけど、みぞれを囲む大樹の氷はま溶けていない。俺の体は眠るみぞれのすぐ下へと爆炎で吹き飛ばされた。良かった、騎士剣を氷壁に刺したお陰で地面に落ちずに助かった。
「くそっ、まだ目を覚まさないのかよ。そんなに俺に会いたくないっていうのかよっ!?」
氷に刺した剣を右手で掴みながら、反対の左手でみぞれを覆う氷に触れる。みぞれの瞼は相変わらず閉じたままだ。
騎士剣が刺さった部分から溶ける音が聞こえる。みぞれが出てくるのも時間の問題かもしれない。
『……い、怖いようっ』
「!? みぞれ!?」
頭の中にみぞれの声が響いてくる。でも氷の中のみぞれは眠ったまま何の変化もない。
もしかして、氷を刺した騎士剣を通じて俺に伝わってきているのか?
『助けて……しょうちゃん、助けて! 怖いよう……』
ああ、やっぱりみぞれは変わってない。
輝力が使えても泣き虫の女の子だ。氷を出せるようになっても雪だるまを作って喜ぶ女の子なんだ。
俺が守ってあげなくちゃいけない、大事な女の子なんだ。
「みぞれ、一緒に元の世界に帰ろう。そして雪だるま作ろう」
じわ、と氷に触れる手の感触が変化していくのが分かった。
「こんな氷の中に居たら体中冷たいだろ。寒いの嫌いだろ? 早く教会に帰って暖かいココア飲もうぜ」
俺は手のひらに力を集中させた。手を中心にしてどんどん体が熱くなっていく。
体内からマグマみたいな熱いものが溢れてくるようだ。それは尽きることなく大きくなり、俺の全身を駆け巡っていく。
「溶けろおおおおおおっ!!」
叫んだ。今まであんまり大きな声なんて出したことなかったのに、今、俺史上最高の声を出している。
体の熱を一気に外へと放出する。
あれ、おかしいな。俺の体から煙みたいなのが出てる気がする。顔を上げて周りを見るとそこは紅蓮の世界だった。紅い、とにかく全ての色が紅かった。
大樹を紅蓮の炎が包んでいく。氷の森と化していた周辺の氷は一気に蒸発してしまったが、炎によって燃え尽きるということはなかった。
何かの気配を感じた。その大樹を包む紅蓮の炎の中に巨大な何かがいる。巨体から伸びる手足。左右に翼を広げ、先になるにつれて細くなる尾。
俺の瞳の中にそれは映った。そうだ、教会の礼拝堂に描いてある絵と一緒なんだ。
「サ、ラマンド……?」
炎の中で、俺は自然とその名前を口にしていた。