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【7】加護を受けて

 俺は目を見開きながら大樹と並ぶほどの氷の竜――アイスドラゴンを見上げた。

 アイリスも俺と同じように、剣を構えたまま頭上のドラゴンを見ていた。


「水や氷を司る特殊な力……やっぱり、みぞれ殿は流帝国の血統者」


 アイスドラゴンは氷のはずなのに透明じゃなくて青色をしていた。大きな二つの目はそれよりも濃く、まるで深海の底のような色だ。その大きな瞳は真下に立つアイリスを見下ろしていた。凄い気迫だ。離れている俺でも分かる。さっきまでの寒さなんて比じゃないくらいに、このドラゴンが現れた途端に体が凍ってしまうかと思った。

 きっと目の前に立つアイリスは、もっと感じているはずだ。


「……精霊でもないドラゴンに見つめられただけでこの圧倒か。凄いな、血統というものは。けれども、みぞれ殿のことを待っている家族が居るんだ。早く目を覚ますんだ」


 ぎゅっと剣の柄を握り直しアイリスは眠るみぞれの元へと走った。

 アイスドラゴンは動き始めたアイリスに呼応したかのように、長い頭を素早く動かしアイリスに向かって冷たい息吹を吹きかける。


「くっ!」


 なんて向かい風だ。アイリスは走っていた足を止めざるを得なかった。

 風の中に氷の粒が混じっていて、アイリスの顔や体を痛めつけている。風を受けることで必死なアイリスが持つ剣は仄かな緋色を放っているだけだった。


「なんであのドラゴンはアイリスに攻撃するんだよ!?」


 後ろで見ていることしかできない俺は歯がゆくて仕方がない。隣で同じように隠れているモゲドンにつっかかることしか出来ない。


「モ、モグフッ……、少年よ胸倉を掴むなモゲ。恐らく少女は目を覚ましたくないんだモゲ」

「はあ? 目を覚ましたくない? なんで!?」


 モゲドンの言う意味がさっぱり分からない。モゲドンを掴む腕を更に強く前後に揺らす。

 すると気持ち悪そうな表情のモゲドンの口から何かが出てきた。


「うわっ、モゲドンから小さなモゲが!」

「ゲップ……驚いたモゲか? 俺はモゲの集合体だからモゲが出るのは当たり前モゲ。……それにしても、君は少女の気持ちが全く分かっていないモゲね」

「みぞれの気持ちって何だよ?」

「ふむ、人間は鈍感モゲね。精霊の俺にはあのドラゴンから少女の気持ちがビシビシと感じるモゲに」

「アイスドラゴンから伝わるだって?」


 アイリスと対峙している竜を見る。四柱氷の中で眠るみぞれの気持ちが、まさかアイスドラゴンだって言うのかよ?


「アーロスに来た途端に現れた自分の不思議な力のことを少女は恐れているモゲ」

「そりゃそうだ。魔法みたいな力が使えるなんて現実では有り得ないことだよ。でもそれは、みぞれが本当はこっちの世界の住人だったから……」

「そうモゲ。しかし少女はその事実をまだ知らずにいるモゲ。少女はその不思議な力を恐れ、そして少年に知られたくはないと思っているモゲ」

「……俺に?」

「自分が普通の人間ではないということを、少年……君に知られたらきっと気持ち悪がられてしまう。そう思って少女は永遠に眠ってしまおうと思ったモゲ」

「……そんなこと、あるはずないじゃないか」


 なんでそんなこと考えるんだよ、みぞれ。俺達はずっと、小さな頃から一緒で、何でも知ってる。そんなことで嫌いになるはずないじゃないか。

 モゲを掴んでいた両手を放し、膝の上で固く拳を握る。


「……きゃあっ!」

「!」


 アイリスの悲鳴が聞こえて、俺達は振り返った。そうだ、アイリスは一体どうなったんだ!?


「アイリス!」


 アイスドラゴンの息吹を剣で持ちこたえていたのに、ドラゴンの太い左手がアイリスの華奢な体を弾き飛ばした。アイリスは弧を描くように宙を舞い、そして強く落ちた。アイリスの手から細長い剣が離れ、彼女の傍らの地面に突き刺さった。


「私が純粋な焔国の者ではないから、エルフの私では駄目だというのか……サラマンド」


 俯せになり苦しそうな顔でアイリスは呟いた。数センチ先に突き刺さる剣を掴もうと手を伸ばすが届かない。アイリスは悔しそうな目で剣を見ている。


「アイリス、危ない!」


 アイスドラゴンが横たわるアイリスに容赦なく冷たい息を吹きかける。

 その風によって、アイリスの足は段々と凍り付いていく。


「まずいモゲね、焔国騎士はサラマンドの加護を扱いきれていない様子モゲ」

「アイリスを移動させないと!」


 駆け出そうとした俺の腕をモゲドンは掴んだ。


「駄目だモゲ、輝力の無い少年では何も出来ないモゲ」

「放せモゲドン! このままじゃアイリスが凍っちまうだろ!」


 輝力が無い俺に出来る事なんて無いなんて、俺がよく分かってるんだよ。

 だけど……だけど……


「私が未熟なせいで、みぞれ殿も、モゲドンも……救うことが出来ない。私は一体何の為に……」


 アイリスはまだ諦めていない。まだ必死に手を伸ばしている。でも、あと数センチの先に刺さる騎士剣には、やはり届かない。


「私は……焔国に認めてもらいたいのに。私は、皆の役に立ちたいのに!」

「アイリス!」


 もう無理だ、見ていることなんて出来ない。

 モゲドンの腕を振り切り、俺は無我夢中で駆け出した。走らずにはいられなかった。だって、目の前でアイリスが苦しんでいるのに、みぞれが苦しんでいるのに、何もしないでいるなんて、そんなこと―――


「男に生まれた意味が無くなるじゃねーかっ!!」


 俺はアイリスの隣に刺さる剣を抜いた。細い剣は見た目に反して重かった。両手で柄を持ち、がむしゃらにドラゴンに向かって走り出した。


「うおあああああああっ!」


 近づくとアイスドラゴンはやっぱりとてつもなく巨大だ。ドラゴンの青い瞳は小さな俺を高みから見下ろしている。畜生。目が合うドラゴンの瞳を見つめながら突き進んでいた。頭は走ることしか考えていない。だから横から受けた衝撃に備えることなんて不可能だったんだ。


「……ぐふっ」

「ショウ殿!」


 いきなりのことで頭はスパークした。


 あれ、なんで地面に俯せになっているはずのアイリスが上空に浮いているように見えるんだ? ああそうか、俺の視界が反転しているんだ。


 俺の体は二メートル以上は飛んだと思う。地面に思いきり頭を打った。

 馬鹿だ、走ることに夢中になって、横から来た竜の太い尾に全然気が付かなかった。


「そんなの……反則だろ……ごほっ、ごほっ」


 なんだ? 口の中から温かいものが出てきた。なんだ血か。血を吐くなんて、初めてだ。当たり前か。

 ぼんやりとする視界の中で、眠るみぞれを見上げる。


「……みぞれ、俺は嫌いにならないよ。嫌いになるわけない、だから……目を覚ましてくれよ」


 聞こえるわけないけど、みぞれに話しかけていた。くそ、血が口の中に溜まっていて上手く話せないや。


「少年、無茶なことをするモゲ!」


 モゲドンが俺に駆け寄ってきてる。けどドラゴンはモゲドンにも容赦なく尾の鉄槌を下した。モゲドンは逃げるのが遅れてそのまま見事に潰れてしまった。

 と思ったけど尻尾の下から一斉に無数のモゲ達が四方に逃げ散っていった。そういえば、モゲドンはモゲの集合体だったな。


「やばい……もう何も考えられないや」


 とうとう重力に従って俺の瞼は閉じていった。口を開けたまま思考停止。思考も視界も真っ黒な闇――








 ――でも、何でだろう。何か暖かいものを感じるんだ。

 感じるのは、右手。正確には右の手のひら。

 何を持っているんだっけ?


 そうだ、アイリスの剣だ。細い騎士用の剣。


「感じる……これがサラマンドの加護?」


 どうしてこの暖かさをサラマンドだって分かるんだろう。

 閉じていた瞼を開き、右手に掴む騎士剣を見つめた。


「剣が、刀の部分が燃えてる」


 いつのまにかピンポン玉みたいな大きさの光る球体が俺の周囲を漂っていた。光はどんどん吸い込まれるように俺の体の中に入ってくる。それが溶け入るように滲み込んでくると、体中が熱で浮かされるようジュワッと熱くなる。


「この光、森から……地面から出てきてる。俺を回復してくれてるのか? すげえ、めちゃくちゃ痛かったのが引いてくる……それだけじゃない、俺の中で、何かが……」


 俺の中で何かが生まれてくるような気がするんだ。


 手の中の騎士剣が眩しく輝く。すっかり元気になった俺は立ち上がり、倒れるアイリスへと近づいた。

 可哀想に。もう首まで氷で覆われている。

 アイリスの力無い空色の瞳と目が合った。


「もう大丈夫だ」


 俺はにっこりと彼女に微笑んだ。


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