【6】みぞれの正体、アイリスの正体
「モゲドン! みぞれに何をしたっ!?」
凍り付いた大樹の前で驚き見上げる俺達の後ろをついてきたモゲドンの胸元を思いきり掴んだ。
モゲドンは抵抗しようとせずに淡々と話し始めた。
「俺達は少女に大地の熱を冷ましてもらおうとしただけモゲ。しかし、少女は自身の輝力に混乱してしまい、自ら氷の中に閉じこもってしまった……。俺達の大樹は見ての通り、灼熱から氷点下の世界に変わってしまったモゲ」
「本当だ、モゲ達が沢山凍ってしまっている」
「モゲピー……」
モゲドンの話を聞きながら周囲を見回していたアイリスは驚いた。大樹の周りにポツポツと点在している氷の柱だと思っていたものは、よく見ると氷漬けとなったモゲ達だったからだ。
「これだけの輝力を持つあの少女は、流帝国の血統者だと思うモゲ」
「馬鹿な! 流帝国は十数年前に滅んだと聞いている!」
「もし生き残りが居たならばどうモゲ? 少女の輝力が証明しているモゲ」
「確かに……これほどのことをみぞれ殿がやったとするならば。しかしまさか……」
「おい、アイリスまで変なこと言わないでくれよ。みぞれは小さな頃から俺と暮らしてたんだ。こんな凄い力持ってるわけ無いだろ?」
「……ショウ殿、思い出してほしい。君が住む向こうの世界では輝力は使えないことを」
「嘘だ……そんなの、嘘だ!」
みぞれが普通の生活していたのも、精霊が居ない世界だったからだっていうのかよ?
モゲドンを掴んでいた手に力が入らなくなった。どうしても認めたくないのに、それなのに、どうしてアイリスもモゲドンもこっちを見るんだよ。
「少女も同じことを言っていたモゲ。嘘だ、嘘だ……と。そうして瞬く間に氷の中に閉じこもってしまったモゲ」
「みぞれ……」
俺は大樹を――氷の中で眠るみぞれを見上げた。
知らない異世界に突然連れてこられ、そして自分に不思議な力が宿っていることを知って、驚くみぞれを容易に想像できた。だから、悔しい。そんな時に傍に居てあげられなかった俺自身が不甲斐なくて、悔しさで一杯だった。こんなんでよく今まで兄貴面できたもんだ。大事な時に頼りになってねえじゃねえか。
「モゲドン、みぞれはどうやったら目を覚ますんだ?」
あんな冷たい氷の中にみぞれを居させられない。なんとしてもみぞれを助けないと。
なのにモゲドンは顔を左右に振ってくる。
「我々ではどうしようもないモゲ。少女本人じゃないとこの氷を溶かすことは出来ないモゲ。けれども、そこの焔国騎士なら……」
「アイリスが?」
「私?」
モゲドンが指さすアイリスに振り向いた。同時に二人の注目を浴びたアイリスは動揺しているようだ。背筋をピンと張って、両頬がほんのり赤い。
「わ、私にそんなとてつもない力があると言うのか、モゲドン! 精霊から見て、私が強大な炎を操ることが出来ると分かるのか! 今までの訓練の成果が現れると言いたいのかモゲドン!」
「いや、お前自身ではなくてお前が持っている剣モゲ。それはサラマンドの加護を多少なりとも受けている剣モゲな」
「そうか、この剣か~。確かにこの騎士剣は加護を受けている」
アイリスは明らかに落胆している。腰に携えた剣を鞘から抜き、なんとも情けない表情で刀剣をモゲドンに見せた。
「そうか、これならみぞれ殿の強い輝力で作られた氷を溶かす力があるということか! ショウ殿安心してくれ。私が責任を持ってみぞれ殿もモゲ殿も助けてみせる!」
「おお! 頼むアイリス、みぞれを助けてくれ!」
アイリスは親指を勇敢に立てて勇ましい表情で大樹の氷塊の前へと進んでいった。
さすが騎士! 俺は初めてアイリスの事を頼もしいと思ったぞ!
俺とモゲドンは離れた茂みの中からアイリスを見守る。みぞれを助けるって言っといて何もできない自分が情けない、なんて心の中で少し考えていた。
輝力を使えるアイリスが羨ましいとさえ思う。無力な俺はアイリスの背中を見守ることしかできない。
「……落ち着け、アイリス・テトラフィルス。大丈夫、私にも炎を扱うことが出来る。訓練を思い出せ」
アイリスは目を閉じて、騎士剣を真っすぐ胸にくっ付けて呟いていた。
「すごい、アイリスの剣が光ってるぞ……」
「騎士剣と彼女の輝力が反応しているモゲ。半分は焔国の血が流れているお陰モゲな」
「半分? アイリスは焔国の人間だろ?」
「だから半分モゲ。最初見た時はあの容姿からしてエルフ族と間違えたモゲが、彼女はハーフエルフモゲな」
「ハーフエルフ! だから耳が少し尖ってるのか~。可愛くて神秘的でおっちょこちょいで……アイリスってハイスペックだな!」
アイリスが集中しているの後ろで興奮してきた。だってエルフとなんて初めて会ったんだ。ファンタジーな世界といえば、やっぱりエルフだよな。
そんな事を考えている内に、騎士剣の光は段々と強くなっていく。と同時に、なんだか大樹の動きが怪しくなってきた。
「な、なんだあれ!? 氷が……動いている!?」
「まずいモゲ……少女の力が活発化しているモゲ!」
「はあ!? みぞれの力が!?」
今までスカしてクールぶっていたモゲドンが初めて驚いた声を出したから俺もびっくりした。
みぞれを囲っていた氷から、別の氷が分裂し始めた。凍っているのに水のように形を変えていき、細長く伸びていく。それはまるで――
「なんだこりゃ、まるで竜みたいだ」
十メートルはある大樹と匹敵するくらい、いやもっと高いかもしれない。氷によって作られたドラゴンは本当に生きているみたいに動いている。巨大な牙が見えている口からは冷気が目に見えて寒そうだ。
「みぞれ、一体なんつーものを出しちゃったんだよ……」