【5】見つけた!
「イッテテ……。あのさ、本当に俺はからかうつもりなんて無いんだよ……?」
「わ、分かってる! 頭では分かってはいるんだ! でも体は勝手に動いてしまうから、つい……」
「つい、ね……」
優雅に観光気分で空中散歩していた焔国近くの森の中、運良く服が木の枝にひっかかってくれたおかげで命は助かった。幸いに骨も折れていない。俺の体って思ったよりも頑丈なんだな。
「まあ、随分良い思いをさせてもらったからおあいこかな……」
「? どうしておあいこなんだ?」
「いや、何でもないよ。独り言!」
不思議そうに聞いてくるアイリスに、俺は手を振りながら苦笑いした。今まで背中に幸せを感じていました~なんて、言えるわけないもんな。言ったらどんな反応するのか気にはなるけれど。
「それよりも、これからどこに向かったら良いんだ? 見渡す限り森って感じだけど」
「この森の中心に樹齢千年を超す大樹があり、モゲの住処になっている。おそらくそこにみぞれ殿はいるはずだ」
「モゲは地の小精霊だっけ? 確か大地が熱くて住みにくくなってるって言ってたけど、見た感じは森に別に変わったところはないんじゃないかな?」
俺は森を見渡して異常を確認したが、いたって普通の森だと思う。いや、こんなに深い森の中に入るのは初めてだから、普通なのかは良く分からないけど。青々とした木々がまるでジャングルって感じだ。
でもアイリスは首を横に振った。
「いや、良く見てくれ。あそこの草が枯れているのが分かるだろう? 地面は確かに熱くなっているんだ」
アイリスが人差し指で示した方を見ると、確かに緑色に繁った草の中で、茶色く枯れかけている数本が見える。
「このままではいずれこの森は無くなってしまう。困るのはモゲ達だけじゃない、私達も同様だ」
「焔国の偉い人でどうにか出来ないの? 焔王って王様なんだろ?」
「……それは」
何故かアイリスは苦い表情で俯いてしまった。
「焔王は優しい方だ。今のこの状況を嘆いておられる。けれども最近変なんだ。どこか無気力というか、放心状態というか……」
「なんだよ、それ。王様なのに何にも役に立ってないじゃん」
「きっと様々なことに尽力して疲れているんだ。焔王は何でも抱え込んでしまう性分だから」
「う~ん。王様も色々と大変なんだな……」
魔法が使える世界って魅力的だけど、このアーロスでも沢山の悩みの種はあるみたいだな。こんなに緑豊かな森が枯れて消えてしまうなんてもったい無さすぎる。
「なんとかならないのかな……」
ポツリ、と俺が一言漏らした時、前方の茂みがガサガサ揺れた。
「何だ!?」
「ショウ殿、私の後ろにさがって!」
アイリスが腰の剣柄に手を添えながら身構える。
「あ、モゲだ! 見つけたぞ!」
茂みから現れたのは、小さくて丸くて緑色の生物。モゲだ。俺は思わず大きな声を出した。
だけどモゲの様子が何だか変だ。向こうの世界で俺を襲ってきたような元気がまるで無い。
「なんか頭の方、凍ってないか?」
緑色のフサフサした毛が一部固く凍っているみたいだ。よく見ると、モゲはとても寒そうに震えていて焦燥しきっていた。
「モゲ、一体何があった? みぞれ殿は何処だ!?」
「モ……モゲピィ」
元気が無い。
一言無いてモゲが倒れたのをアイリスは両手で掬い上げる。小さいから両手にすっぽりと収まってしまう。
「なんて冷たいんだ。地面は熱くなっているはずなのに……どうして?」
「モゲを俺に貸してくれないか?」
「ショウ殿?」
アイリスは疑問に思いながらも俺にモゲを預けてくれた。
両手の中でぐったりしているモゲは本当に冷たい。氷を直接触っているみたいだ。
俺はモゲの凍っている毛を数回撫でた。すると次第に固まっていた毛は柔らかくなっていく。
「モゲピ~……」
モゲは暖まってきたのだろうか、固く閉じていた目は穏やかになっていくように見える。ゴマ粒みたいな目だからなんとなくだけど。
「どうしてショウ殿に触られると凍った毛が早く溶けていくのだろう?」
「俺って体温が普通の人より高いんだ。雪がすぐに溶けて無くなっちゃうくらいに。こんな時に役に立つとは思わなかったけど、良かったよ」
「体温が高いというだけで、こんなに早く暖められるものなのだろうか?」
アイリスは一人で何かを考え始めたみたいけど、俺は手の中で動き始めたモゲに気を取られてそれどころではなくなった。
「モ~ゲピ!」
元気になったモゲはピョンピョン跳び跳ねて俺の頬に擦り付いてきた。
「こら、くすぐったいだろ」
「モゲモゲピ~」
「なんだかなつかれちゃったみたいだ。こうやって見ると案外可愛いかもな。よし、お前の名前は今からモゲピーだ!」
「モゲピー!」
「安直すぎじゃないか!?」
アイリスは驚いてるけどモゲピーは喜んでるみたいだ。俺の頬にまだくっ付いている。
「……精霊がこんなにすぐに人に懐くなんて信じられない」
「そうなの? 俺、そういうの分かんないからさ。なあモゲピー、みぞれは何処にいるか教えてくれないか?」
「モゲピ!」
モゲピーは俺の言うことに従ってくれるみたいだ。肩から大きく跳び跳ねて北の方に進んでいく。そのモゲピーの後を、俺達は歩きだした。
「ショウ殿は精霊に好かれる素質でもあるようだな」
「精霊に好かれるって言われてもね。俺はアーロスの住人じゃないし、喜ぶべきなのか分からないな」
「アーロスでは精霊はとても大切な存在だ。まだショウ殿には説明していなかったな。この世界は主に四体の霊主によって構成されているのだ」
「四体の霊主? サラマンドっていうのも、そのひとつなの?」
「その通り。サラマンドは火の霊主。他には、水・風・地の霊主が居て、それぞれ加護を受けた国が存在している……いや、していた、というのが正しいかな」
「存在していた? それってどういう……」
歯切れの悪いアイリスに聞き返そうとしたけど、突然激しい寒さが全身を襲ってきて身震いをした。
「なんだ!? いきなり真冬みたいな風が吹いてきた!」
少し暑いくらいの森だったはずなのに、凍るような冷たい風が容赦なく吹いてくる。
「確かに、この冷気は通常ではない……、っ!」
アイリスは前方に何かを関知したらしい。腰に携えていた剣の柄に手をかけて身構えた。
「ショウ殿、注意するんだ。誰かがこっちに向かってくる」
「……あ、あいつは!」
「モゲピ~~ッ!!」
前を進んでいたモゲピーは、風が吹きつけてくる方向に駆け出していった。
俺達の前に現れたのは、緑色の髪の男。間違いない、みぞれを連れていった男だ。
「お前、みぞれはどこだっ!」
「ショウ殿、人間がモゲドンに近づいたら危険だ!」
男に進んでいく俺を止めようと、アイリスは俺の右腕を掴んだ。
「モゲ、ドン……? もしかしてあの男の名前?」
奇っ怪な名称を耳にして、かっとなっていた俺の頭は少し冷静になった。
「ああ、モゲ達の頭領。モゲドンだ」
「モゲのドン……」
「どうしたんだ、ショウ殿?」
「いや、なんでもないよ!」
目の前に現れた男―――モゲドンは何やらとても苦しそうな表情をしている。力無く両膝が地面に着いた。近寄っていったモゲピーはモゲドンの足に付いて鳴き声を出している。
アイリスは鞘から抜いた剣をモゲドンに向けて問いかけた。
「モゲドンよ、答えろ。一体何が起こっている? どうやってゲートを開いた? どうしてゲートから人間を連れてきた?」
「……ゲートは俺が開いたわけではない、既に開かれていたモゲ」
「モ、モゲ?」
「だからどうしたというのだ、ショウ殿?」
つい二人の会話に飛び込んでしまった俺に振り向いて、アイリスは尋ねた。しまった、アイリスは少し不機嫌そうな顔をしている。
アイリスはモゲドンのことを元々知っているから何とも思わないんだろうけど、普通は驚くだろう。だってモゲドンの容姿は二十代前半の男。悔しいけど高身長で整った顔立ちをしているのに、語尾にモゲが付くんだから。面白いことこの上ない。
「いや、俺のことは気にしないで! モゲドンを殴ってやるとか、そんな事は考えてないからね!」
「……それでは続けさせてもらう」
少し唇を尖らせていたアイリスはモゲドンに再び視線を落とした。
「ゲートが既に開いていたとは驚いたな……しかし、それでどうしてみぞれ殿を連れてきた? 彼女は輝力を持たない人間だ。それは精霊である貴方達も気がついているはずだろう?」
アイリスの質問が可笑しいのか、モゲドンは力が無くとも笑っていた。
「ふん、輝力を持たない? 焔国の騎士よ、お前は分からないようだな。あの少女は今の我々にとって非常に必要な力を持っているということを」
「みぞれ殿か必要……?」
「おい、モゲドン! みぞれは普通の女の子だ。俺達はずっと一緒に暮らしてたんだ、普通に学校に行って、普通に遊んで……普通に生活してたんだ! 嫌がるみぞれを無理矢理こんなとこに連れてきて、一体みぞれの何が必要だって言うんだ!?」
モゲドンの言っている意味が分からなくて、俺は襟首を掴んだ。睨みつける俺の瞳とモゲドンの深い土色の瞳がばっちりと合う。
「我々は感じるモゲ、同じ精霊の力を。……けれども誤算だったモゲ。まさか、あれ程の輝力が少女に宿っていようとは」
「何?」
聞き返す俺から視線を逸らし、モゲドンは自身の後方を顎で示した。
「あの少女が力の無い人間? お前達、アレを見てもそう言えるモゲか?」
「なんだって?」
モゲドンが示す深い森の先。空気が凍てつくような冷気がその方向から漂ってくる。
一歩、一歩と俺とアイリスは進んでいく。歩いていくと、青々とした樹木の葉に霜が付着していることに気が付いた。吐く息が白い。北国のように凍った森の中を抜けると、俺は信じられないものを目の当たりにした。
「み、ぞれ……?」
森の中で一際大きな樹木が氷に覆われている。
その巨大な氷塊の中に――みぞれが居た。瞼を閉じて、眠ったように氷の中に閉じ込められていたんだ。