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【4】ゲートを超えたら

 暗がりの中をどんどん走る。俺の前を走るアイリスの背中は視界が暗いせいでぼんやりとしている。

 地面を蹴っている感覚は無く、本当に前に進んでいるのかも分からない。

 周りが見えにくい中では、繋がれたアイリスの手の温もりだけが唯一の道標だ。


「ショウ殿の手は暖かいな」


 アイリスは前を向いたまま俺に話しかけてきた。


「みぞれにもよく言われるよ。だからかな、寒い冬はよく握ってくる」

「ふふ、みぞれ殿の気持ちが良く分かる」


 アイリスが笑っている。俺の手で笑ってくれるなんて凄く嬉しいぞ。

 だけど、喜んでいられるのも少しだけ。いつまでも続く暗闇の中で気が滅入ってしまいそうだ。


「それにしても……このまま走ってて本当に君の世界に着くの?」

「むう、疑っているな? 大丈夫だ、間もなく前方に光が見えてくるはず」

「う~ん、ずっと先まで暗いままみたいだけどな……」

「ショウ殿には分からないのか? 私の輝力はみるみる潤っていくというのに。出口が近い証拠だ」

「そんなの分からないよ」


 俺にはアイリスみたいに精霊の力を使うことなんて出来ないんだから。

 でもアイリスは故郷であるアーロスに戻れるから嬉しいみたいだ。表情は見えないから分からないけど、声色が明るい。


「あ、少しずつ明るくなってきた」

「私の言った通りだろう? さあ、もうすぐ我がルードヴィク焔国がショウ殿を出迎えよう!!」

「良かった~」


 暗闇の先に一点の光が差す。目映い光はどんどん近づいていき、俺は喜びで目を細めた。

 やっと暗かったゲートを越えたんだっていう安堵が、俺の心も体も軽くしているって思ったけれど、そうじゃなかった。


「何これ……お、お、落ちてる~~~っ!?」


 ゲートから出た先は、東西南北どこを向いても果てまで続く空。なんと地上からとんでもなく離れた高さから出てきてしまったみたいだ。なんでこんなところにゲートが開くんだよ!!

 成す術もなく重力に従って落ちていくしかないじゃないか!


「うわ~~~~~~っ!!」

「ショウ殿、私の手を放してはいけないっ」

「うわ~~~~~~っ!!」


 アイリスが何か言ってるみたいだけど俺は手も足もバタつかせて頭がいっぱいいっぱいだった。だってどんどん地上の森に近づいているんだ。


「だめだ……、死ぬ―――っ!!」


 風圧で目も痛いし、怖いし、俺は思わず目をつぶった。

 でも、体はペチャンコになることはなかった。何かに掴まれたおかげで落下を免れることができたのだ。


「あ……あれ?」

「少し焦ったぞ、だから私の手を放すなと言ったのに」

「アイリス、君、空を飛べるの……?」


 アイリスの声が後ろから聞こえてくる。

 振り向くとアイリスの優しい笑顔と目が合った。俺の体を後ろから両手で抱えてくれているアイリスの背中には黄緑色をした半透明な羽が付いていた。


「言っただろう? 私は風の力を使うことができるのだ」

「すげえ、本当に魔法が使えるんだね」

「ここに戻れば今までの無様な私ではないぞ。そう、ここが私が住む世界―――『アーロス』だ!」


 アイリスが声高らかに告げる。

 俺は再び、周りの風景に目を向けた。もうさっきまでの恐怖はなんてどこにも無い。

 目の前に広がるのは、澄みわたった広大な空。そしてその下にはどこまでも続くかのような深い森。

 柔らかな風が気持ち良い。空気や、森の葉が揺れる音。それぞれに確かに温もりのようなものを感じる。

 この世界の至る所で精霊が確かに宿っているんだって、こんな俺でも分かる。


「この世界は、全てが生きているみたいだ……」

「ショウ殿にも分かるか? 精霊の息吹を、自然の営みを」


 アイリスは嬉しそうにゆらゆらと宙を舞う。

 俺を落とさないようにしてくれているらしい、力強く両腕で俺の体を掴まえてくれるおかげで体同士が密着する。

 そう、俺の背中とアイリスの胸が隙間無いほどに。

 アイリスが着用してる鎧は心臓を守るために片側にだけ付いている。つまり、もう片方は布なわけで……。


「ア、アイリス……。もうそろそろ降ろしてくれても良いんだよ?」

「どうした耳が赤いぞ? 空の怖さなんてすぐに慣れるさ。この風の心地良さをもう少し満喫すると良い!」


 アイリスは全く気が付いていない。それよりもさっきよりも強く抱き締めてくるから、柔らかな感触が背中に伝わってくる。


(風よりも、君の胸の方が心地良いんだよ……っ!)


 こうなったら仕方がない。アイリスが気が付かないなら幸いだ。このまま心地良くさせてもらおうと、俺はこの状態を大人しく受け入れ続けることにした。


「ショウ殿、東の方に城が見えるだろう?」

「へ? ……うん、あのでっけえ要塞みたいな建物だろ?」


 しばらく空中散歩していると、確かにアイリスが言う通り巨大な鈍色の城が見えてきた。

 周りを城壁に囲まれた立派な城は、森の中に壮大に君臨している。


「あそこが私が騎士として仕えているルードヴィク焔国だ。君を是非案内してあげたいのだが、今はそれどころではないな」

「みぞれを助けたら是非お願いするよ。でも、俺たち異世界の人間がいきなり来て驚かないかな?」

「私たちはショウ殿が住む精霊が居ない世界のことを関知しているから大丈夫だ。昔はゲートに迷いこんでこちらの世界に来てしまう人間が何年かに数名居たようだよ」

「そうなの!? でもなんで俺達の世界には全く知られてないんだろう?」

「迷いこんだ人間は記憶を消して返すらしいからな」

「まじか、魔法って怖い……」


 もしかすると、みぞれを無事連れ戻すことが出来たら俺たちも記憶を消されてしまうんじゃないか?

 そんな恐ろしいことを考えていると、アイリスは俺が何を思ったか分かったみたいに笑い始めた。


「安心してほしい、私は記憶の忘却術を使うことはできないし、このことを焔国に報告しようとは思っていないよ」

「え? どうして?」

「私はずっと騎士として焔国に仕えてきた。毎日鍛練し、焔王と国民の為に訓練することは苦ではない。けれども、私には友と呼べる人は居ないんだ。……ショウ殿は、私にとって初めての友達だ。だから……忘れないでほしい、私のことを」

「アイリス……。勿論、俺だって忘れたくないよ。君みたいな可愛い子、滅多に会えないんだからさ」

「や、やめてくれ! そうやってまた私をからかわないでくれ!」


 みるみる頬を真っ赤に染めたアイリスは、恥ずかしそうに顔を両手で覆った。

 だから、当然だ。

 今までアイリスに抱えてもらっていた俺が、そのまま真下の森の中に落ちていってしまうのは。

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