【2】金髪少女、その名は――
俺を取り囲む緑色の物体は機械なのかもしれない。最近の科学の進歩は目まぐるしいからな。……俺は文系男子だから分からないけど。
「ここからは見えないけど撮影隊のカメラマンが居るんだろ? 俺、邪魔だろうからもう行くね。だからその緑色達退かしてくれないかな」
こいつらがうじゃうじゃいるせいで教会に帰れないじゃないか。なのに俺の迷惑に気付いていないのか、金髪美少女は不思議そうに首をかしげている。
「かめら、まん? 何だそれは。それよりモゲ達だ、あの者達を早く抑えなければ」
「まだ役になりきってるのかな? とりあえず撮影は中止だろ、おーいカメラマンさーん、出てきてくれないとこの子終わらないですよ~」
「君こそ一体誰に向かって話しかけている? もしかして、かめらまんとはこの世界の霊主のことなのか?」
「う~ん、話が噛み合わないな~」
女の子と不思議な押し問答を繰り返す。
近くで見ると、やっぱり日本人とは違う端正な顔立ちをしているのが良く分かる。曇り空の下だというのに眩しく輝く空色の瞳で見つめられたら、恥ずかしくなってしまうじゃないか。
「モゲモゲ、モゲモゲ」
「モゲモゲ、モゲモゲ」
するといきなり、さっきまで静かにしていたモゲ達は一斉に鳴き始めた。
「うわ、びっくりした! こいつら、どこかに移動し始めたぞ!?」
「! 待て、モゲ達。一体何処へ行く!?」
「それにしても良くできてるな~、こいつら機械でしょ?」
「機械ではない、れっきとした地の小精霊だ!」
「あ、まだその設定が続いてるの?」
全くブレてない。この女の子は将来、とてつもない女優になるかもしれないぞ。
女の子はモゲ達を追いかけようとする。全くの無関係な俺はその後姿を見送ろうとした時、頭上から聞き慣れた悲鳴が聞こえたもんで、思わず上を見上げた。
「なんで上の方から声が!? ……って、みぞれ!?」
「しょうちゃーん! 助けてー!」
何なんだ、一体。
どうしたことか、俺の頭上をみぞれは誰かに抱きかかえられながら飛び越えていく。
「しょうちゃーん!」
「みぞれーっ!?」
みぞれを抱えているのは若そうな男だった。緑色の髪。そして焦げ茶のマントを纏っている。まるで飛ぶように、男はもの凄い速さで教会から西の方向へと行ってしまった。
呆然と顔を上げたままの俺と同様に女の子も驚いているみたいだった。
「まさか……モゲ達の狙いはあの少女?」
「なんなんだよ一体、なんでみぞれが拐われてるんだよ!? これは撮影じゃないのか!?」
「待て、君一人では危険だ!」
抱えられたみぞれを追いかけて、女の子が止めるのも聞かずに俺は男が去っていった方向へ走った。
モゲ達も俺に追いつくように、いや追い越しながら同じ方向へと進んでいる。もう俺なんかには目もくれないって感じだ。あの男はモゲ達の仲間ってことか?
「おいお前ら! なんでみぞれを連れていく? 一体どこへ連れていくつもりなんだよ!」
走る俺の周りに居るモゲ達に聞くが返事はない。モゲ達は一目散に目的地に進んでいる。
教会の周辺は雑木林が埋め尽くしている。この林は小さな頃から俺達が遊んでいた場所だ。地形はもう頭の中に入っている。
だからこの先に何があるのかは知っていた。
「こいつら、ひょうたん池に向かって進んでるのか?」
でも池に向かったとして一体どうするんだ? むしろ池しか無いんだけど。
林を抜けて、思わず走っていた足を止めた。何故なら目的地であるひょうたん池を目の前にして俺は驚愕したからだ。
「なんだ……? 池の真ん中に扉がある……!?」
見慣れたひょうたん池のはずなのに、見たこともない大きな扉があった。扉は池の上に浮いているようだ。炎のようなものに包まれて扉は開いていた。そして開いている扉の中にさっきの男とみぞれが入っていくのが見えた。
「あ、待て! みぞれをどこに連れていくつもりだ!」
俺は急いで扉へと走っていった。モゲ達もどんどんと扉の中へ入っていく。
無我夢中で進んでいくと、当然だが池の中に落ちてしまった。
「つつつつつ冷てえ~~~~っ!」
今日は雪が降るほどの寒さだということを忘れていた。しかも思いの外、池は深くて、みぞれの事で頭が一杯だった俺は溺れそうだ。いや、溺れていた。
「これに掴まれ!」
追い付いてきた金髪の女の子が溺れて慌てる俺に何かを差し出してきてくれた。
「って、剣に触れるわけない、だろ……っ! 手が切れる!」
「これしか無いんだ! ああ、どうしてこの世界では風を使うことが出来ないんだ!?」
女の子は両手で頭を抱えて嘆き始めてしまった。
「それより、みぞれが……!」
「はっ、そうだった! ……ああっ、ゲートが閉まってしまう!!」
「え!?」
女の子が慌てて見る先を、溺れつつも俺も振り向いた。
沢山居たモゲ達は全て扉の中へ入ってしまったらしい。大きな扉は音を立ててゆっくりと閉じてしまった。すると驚くことに扉はどんどん薄れていき、炎と共に消えてしまったのだ。
「消えた……」
池の中で、俺は目の前で扉が消えてしまった場所を呆然と見つめた。
あまりの驚きでもがく事も忘れてしまった。すると背後で女の子の嘆き声が聞こえてきた。
「ああああああ……どうしようどうしよう、ゲートが消えてしまうなんて! 私は……もう戻れないのか!?」
剣が音を立てて落ちる。力が抜けたように地面にぺたん、と座り込んでしまった女の子は涙目になってしまっていた。
何なんだよ、なんでみぞれは消えた? 一体、目の前の女の子は……君は……
「君は一体何者なんだ? あの扉は何!?」
「どうしよう、帰れなくなっちゃった……どうしよう……」
女の子の大きな目からポロポロと、ついに涙が出てきてしまった。白い頬が真っ赤になっていく。少し尖った耳までも赤い。
「落ち着いて、俺の質問に答えてくれ!」
池から這い出た俺は落ち込む女の子の肩を掴んで問い詰めた。
女の子は俺の言葉にはっとすると、涙を手の甲で拭い始めた。
「ダメよアイリス。私は騎士、泣いてはダメ」
自分自身に言い聞かせるように話すと、気分を切り替えたように俺の顔を見つめてきた。
「あれは、私の世界とこの世界を繋ぐゲート。モゲ達がさっきのゲートからこの世界へ来たのを尾行していたのだ」
信じられないが、信じるしかない。この女の子は嘘なんか言っていないのは分かっている。周りにカメラマンなんか居ない。この女の子は演技なんかしていないんだ。
さっき見たことを信じるしかないんだ。
「君は、ここではない異世界から来たっていうの?」
「そうだ、私はアーロスという世界から来た。私の名前はアイリス・テトラフィルス。ルードヴィク焔国に使える騎士だ」
―――異世界からやって来た女性騎士。アイリスとの突然の出会いだった。