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【1】それは、帰宅途中に訪れた

 今朝は降っていなかったのに、夕方になると雪が降っていた。


 歩道はうっすらと白くなっている。もしかすると明日になったら積もるかもしれないな、なんて考えながら、俺は高校からの帰り道を一人で歩いていた。

 しばらく雪が降ってくる空を見上げながら歩いていたが、前方に濃紺の髪色のとても見慣れた人物が佇んでいるのを見つけたので、俺は声をかけた。


「そんなとこで何やってるんだよ、みぞれ?」

「あ、しょうちゃん。あのね、雪だるまを作ろうとしてるんだあ~」


 緑と黒の中間みたいな色のセーラー服にピンクのマフラー。俺と同じ高校の制服を着ているが、俺より学年はひとつ下の芝宿しばじゅくみぞれは素手で地面を触っていた。


「雪だるまを作るって……まだ全然積もってないだろ?」

「でもね、こうやって周りの雪を集めれば小さくてもちゃんとした雪だるまが作れるよ」


 みぞれは尚も屈んで雪集めをしている。降ってくる雪によって白っぽくなっている歩道によく映える濃紺の長い髪の毛が下に垂れて歩道に着きそうだ。みぞれの手はいつもは雪みたいに白いのに、気温の低さと雪の冷たさで真っ赤になってしまっていた。


「明日まで待てばもっと立派な雪だるまが作れるようになるぞ? ほら、こんなに手が赤くなってるじゃねーか……って、めちゃくちゃ冷てえっ!」


 俺は自分の手袋を外し、小さなみぞれの両手の平をぎゅっと握りしめた。


「あはは~、しょうちゃんに握ってもらうとすぐにあったかくなるね。小さな時からこうやって、寒い時はしょうちゃんに暖めてもらってるもんね」

「人より少し体温が高いだけだよ。ほら、赤いのが治ってきたぞ」

「ありがとう、しょうちゃん。よ~し、雪だるま作り再開だ!」

「まだやるのかよ!」


 みぞれは雪だるまを作らなければどうにも満足しないらしい。このまま一人置いていくわけにはいかないし、どうせ帰るところも一緒だ。


「仕方ない、それじゃ俺も雪だるま作りを手伝うか」

「わあ、しょうちゃんありがとう!」


 両手を高く挙げてみぞれは喜ぶ。そうやって感謝されるのもまんざらじゃない俺は、いつもこうしてみぞれの思い付きに付き合っている。


「お、ここらへんは結構雪があるな……」


 まだみぞれが手をつけていない地面から雪をかき集めようとするも、少量の雪はすぐに水になってしまった。とてもじゃないが両手で掬うことも出来ない。


「ダメだ、俺の手じゃ熱すぎて雪を集められないぞ」

「そうなの?」

「ああ、体温が高いっていうのもこういう時は役に立たないな、悪いなみぞれ」

「ううん。やっぱり、明日沢山積もったら大きな雪だるまを作ることにする。しょうちゃん、帰ろ?」


 みぞれを満足させられなくて少し落ち込む俺の右手を掴んで、みぞれは歩きだした。雪が降るくらいに寒い今日でも、みぞれは手袋を使わないらしい。さっき暖めた小さな手は再びひんやりとしていた。


「みぞれ、神父から手袋買ってもらったんだから使えば良いだろ? もしかして気に入らなかったのか?」

「ううん、凄く嬉しかったよ。でも、冷たくなったらしょうちゃんがあっためてくれるんでしょ?」


 みぞれは振り向いて、なんとも無邪気な笑顔を俺に向ける。


「みぞれは甘えん坊だな」

「えへへ~」


 そうやって俺達は雪が降る中を、二人で一緒に帰る。

 俺達が住む教会へ。


 俺、小泉翔こいずみしょうと芝宿みぞれは家族が居ない、いわゆる孤児だ。

 決して都会とは言えない町でそんなに大きくない教会で神父に育てられている。孤児は俺達の他にも5人居るが、俺が一番年上のお兄ちゃんだ。


 教会といっても何の宗教なのか俺達は知らないでいる。よくある十字架の宗教ではないということは確かだ。何の宗教だか分からない奇妙さと、周りに何も無い小高い場所に教会があるのであまり人は立ち入らない。でもそれによっていじめられている訳ではなく、触れものに触るな、という方が正しいかもしれない。それでも俺は大いに結構。家族が居なくても普通の学校生活を送っているのだから。義務教育を終えても高校にも通わせてもらっているのから、神父には感謝をしなければならない。俺も今年で高校二年。そろそろ将来の事を考える時期がやって来ているのだ。


「しょうちゃんと離れるのは、いや」


 木々が生い茂る坂道を登り、すぐそこまで教会が見えているというところで、みぞれは握っていた手の力を更に強める。


「なんだよ、唐突に?」

「しょうちゃんは来年は三年生。卒業したら教会から出ていくんでしょう?」

「いつまでも神父の世話になるわけにいかないし、働いて自分で生活できるようにならないとな。それにみぞれだって自分の進路を考えるようにって学校で言われてるだろ? どうなんだよ?」

「……しょうちゃんと一緒に居る」

「俺に合わせてもダメだ、ちゃんと自分のことを考えないと。みぞれのやりたいこと、あるだろ?」

「しょうちゃんが教会を出ていくならみぞれも一緒に出ていく! それがみぞれのやりたいことだもん!」

「だから、それじゃダメなんだって!」

「!」


 しまった、と俺は内心焦った。

 声を荒げてしまったせいでみぞれの顔はみるみる真っ赤になっていく。やばい、なんとか落ち着かせないと。


「俺達はガキの頃から一緒だったよ。俺達は家族だ。でもいくら家族でも、いつまでも一緒ってわけじゃないだろ? 俺のクラスにも大学進学で遠くへ行くって奴も居るし、独り暮らしを始める奴だって居る。みんなそうやって自分の道に進むんだよ」

「……しょうちゃんは、みぞれと一緒に居たくないっていうの?」

「いや、そういうんじゃなくて……」

「もういい、しょうちゃんなんて勝手にどっか行っちゃえばいいんだ!」


 思いきり手を払い除けられて、みぞれは教会へと走って行ってしまった。


「またやっちまった……」


 俺が高校生になってから、こんな風にみぞれは駄々をこねる回数が多々ある。

 離れたくないと思ってくれるのは、まあ、正直嬉しい。みぞれは可愛い妹みたいな存在だし。でもそれじゃ駄目なんだ。みぞれはみぞれのやりたいことを見つけてなくちゃいけないんだから。


「な~んて言っても、俺もまだ見つかってないんだけどな……やりたいことなんて」


 具体的なことなんて何ひとつ考えてなんかない。ただ漠然と、働いて自分で稼いで生活しなくちゃいけないんだってことしか分からない。


「みぞれに偉そうなこと言えないんだよな、俺も……ん?」


 みぞれに放された右手を見つめながら自嘲気味に笑っていると、何やら足元に違和感を覚えた。雪が降っているせいではない、何かが動いている気が、する……。


「なんだこの緑色のは!?」


 足元に視線を向けると、俺は素っ頓狂な声を出してしまった。しかしそれは仕方の無いことだろう。だってこんな、緑色で丸くて毛深い物体を見るのは初めてなのだから。

 この、緑色で丸くて毛深い物体は俺の足にくっ付いている。


「生きてるのか?」


 この物体を蹴ると変な呻き声(?)を出してコロコロと転がっていくが、すぐにまた俺の足元に近づい

てくるのだ。

 何回か蹴って転がしたところで、物体は動きをピタリと止めた。するとモゾモゾし始めたかと思うと、

ニョキニョキっと上下左右に細長い紐のようなものが伸びてきた。素早く動いている。もしかしたら手足、なのだろうか?


「モゲモゲ!」

「うわ、同じのが沢山出てきたぞ!」


 目の前の一体が大きな鳴き声をすると、どこからともなく全く同じ緑色で丸くて毛深い物体がワラワ

ラと出てきた。もしかしたら百くらいはいるかもしれない。変な物体どもは俺を四方囲みながらモゲモ

ゲ言っている。


「モゲモゲ……モゲ、モゲーーーーーッ!」

「なんだよ、俺が何したって言うんだよ! うわあ、こっちくんな!」


 物体どもが一斉に俺に飛びかかってきた。一つひとつは小さいんだけど、こんなに大勢で来られる

とさすがに恐怖する。俺は両手で身を守りながら目を閉じてしまった。


「モゲ達、やめなさい!」

「……え?」


 遠くで誰かの声が聞こえた。女の子の声だ。その声は変な物体達にも聞こえたようで、一斉に動きがピタリと止まった。と、同時に俺の目の前に声の主であろう女の子が現れた。

 金色の長い髪を左右に結び、綺麗な空色の瞳。肌は白い。颯爽と、まるで風を纏うかのように軽快に俺の前に現れたんだ。


(飛んで、来た……? それにしても、凄く、可愛い……)


 こんな緊急事態のパニックになっている時にどうかと思うが、突然現れた女の子は凄く可愛いと思ってしまった。だってそれくらいに、見たことが無いくらいに可愛い女の子なんだ。


「外国人か……?」


 可愛いんだけど、女の子は変な格好をしている。スカートから見える細い脚は素晴らしい。でも肩とか胸の周りには鎧みたいなものを着けているんだ。何かのコスプレか?


「この世界にまで危害を加えるようなら、私は許さない」

「モゲモゲ……」

「モゲ達、どうやってゲートを開いた? 何の為にこの世界へやって来た?」


 女の子は俺に背中を向けたまま、変な物体達に問い詰めていた。

 モゲと呼ばれている変な物体達(鳴き声そのまんまだけど)は、さっきまでの勢いはどこえやら、女の子を警戒しているように後ろへ退がっている。

 警戒するのも仕方がないと思う。何故なら女の子は右手に長い剣を持っているのだ。

 一体なんなんだ? この目の前で繰り広げられているファンタジーな展開は? 何かの撮影か?


「どうした? 質問に答えろ!」

「あの~」

「最近のお前達の行動がルードヴィク焔国に危害をもたらしているということ……それと今回の行動は何か関係があるのか?」

「あの~、ちょっとお嬢さん」

「そうか……何も答える気は無いと言うのだな。それなら仕方ない、少し懲らしめる必要があるようだ。私の風撃の餌食となるがいい!」

「ダメだ、全然聞いてない」


 俺の呼び掛けは全く女の子の耳に届かないらしい。残念だ、とても可憐な耳をお持ちだというのに。特殊メイクかな、耳の先が少し尖っているような気がする。

 モゲ達も距離を保ったままピタリと止まったままだ。俺は仕方がないので、しばらくそのまま静観してみることにした。


「お、剣を構え直してブツブツと何か唱え始めたな。それにしても白熱の演技って感じだな」

「風の霊主よ、我が混沌たる魂に響きあえ―――」


 女の子は呪文めいた言葉を口にした。そして細長い剣を弧を描くように振りかざし、モゲ達に向かってこう叫んだ。


「フローリアン・エッジ!!」


 女の子は高らかに叫んだ。――叫んだのだが、何も起きはしなかった。当たり前だ。現実世界で魔法なんてものが使えるわけがない。それにしても感嘆する演技力だ。もしかしたら本当に魔法が出てくるのかと少しわくわくしてしまったじゃないか。だけど、何故だか女の子は困惑した表情をしている。


「ど、どうしてだ……? 何故、風が出てこない?」

「あの~、そろそろ良いかな? これは一体何? 何かの撮影?」

「はっ!? 君は一体誰だ!?」

「いや……それはこっちの台詞」


 女の子は初めて俺の存在に気がついたとでも言うように驚いた表情をしていた。いや、驚くのは僕の方だろ。


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