第四話 妖花の森
第四話です。
今回から会話が増えます。
鬱蒼と木々が生い茂る森の中にスライム一匹、妖精一人。
奇妙なコンビは深緑に包まれた道なき道を進んでいた。
「異世界からの転生者? はー、道理でスライムが喋るわけだ」
ひらりひらりと木々をすり抜け宙を舞う妖精アイゼルネ。その声はどこか弾んでいる。
「喋るスライムってそんなに珍しい? ボクはレベルアップの過程で【発声器官】を習得したけど…」
「スライムくん。愚者は好きに吠えるがその言葉に意味はないのだよ」
君はどこの悪政統治者だよ。
「ところでスライムくんは異世界人なのにどうしてこちらの言語を話せるの?」
「それはボクが知りたいって言うか、そもそもこっちの言語で喋ってる覚えは一度もないよ」
「現にスライムくんはエルスティア言語で私と話してるじゃない?」
エルスティア言語…?
「エルスティアってこの世界の名前?」
「そうだよ〜。この世界はエルスティア。そしてここはアスキラム大陸。アルマロ地方とマウマ地方を繋ぐ森の中♪」
地名がどんどん明らかになる。異郷に現地ガイドがいるとホント助かるよ。
「自分でもわからないけど不思議と会話出来て、不思議と文字も読めるんだ」
「やっぱりあれかな? さてはキミ【言語理解】系の特性持ってるでしょ?」
「そんな大層な物、ボクに…」
『保有特性【全異界言語理解】』
「…あった」
PCのフォルダを開くような感覚で頭に浮かんできた。
特性【全異界言語理解】、会話の意思が有る者と間で口語が自動変換。異文字の解読も可能になるらしい。
「全異界…!? それ私の【精霊言語理解】よりも上位! 最上位の奴だよ!?」
アイちゃんは目を丸くして驚いている。
「…そうなの?」
とりあえず発声器官がなければ宝の持ち腐れだった感が半端ないような気はする。
「スライムくん、これは凄いことだよ」
確かに凄いけどアイちゃん。これはきっと誰かに与えられた力だ。誇るなら自分で手にして自分で磨いた力を誇るべき!
とボクはそう思うんだけど…
「私、凄いのと友達になっちゃった〜♪」
キラキラしたアイちゃんの目を見てると何も言えないよ。
切り株の周りでスライムのボクはぽよんぽよん、どろりどろり。
アイちゃんは高い緑木の枝に腰掛けそんなボクを眺めている。
「さっきから固まったり溶けたり何してるの? スライムくん」
「スキルを成長させたいんだけど。これがなかなかね…」
ボクは【形態変化LV0】を早く成長させどろどろスライムから脱却したいのだ。
…ふーん? とアイちゃんは興味無さげに。小さな木の実なんかをかじっている。
『スキルが成長しました』
『【形態変化LV0】→【形態変化LV1】』
『解放【ぷるるん形態】』
「キ、キター!」
今、確実に僕の中で何かが変わった!
「チェンジ!ぷるるん形態!」
お、おお! ゴムボールのような安定感と弾力性を得たボク。これが今、自然体となる!
気を抜くと流れてしまいそうなどろどろより遥かに可愛いこの姿!
今からこっちがデフォルトだい!
「プッ…水まんじゅう…」
「!?」
ひ、酷いよアイちゃん!
ぴょんぴょんと森を進む水まんじゅ…じゃなくてスライムのボク。
細い木々の合間に綺麗な赤い花が咲いていた
あら素敵なお花、どんな香りがするのかしら…?
ボクはお嬢様のように花の香りに誘われて…
「スライムくん、それ食獣花!」
「え?」
グバァア! 鋭い棘を剥き出し花が襲いかかってきた。
妖花ブラッディープ。
花弁の中に牙に似た鋭い棘を持ち深き森で獲物を待ちぶせる。
可憐な見せかけとは裏腹に小動物から時に人間をも喰らう食獣花。
「モガッ、モー!!」
「スライムくんッ!」
スライムも喰う時は喰う。
捕らえた獲物を消化するべく妖花は花弁を閉じていく。
「放せ! その子は私の友達だ!」
アイゼルネは自分の身の丈半分程の針をどこからともなく取り出し花に突き立てる。
「エモノ、ワタシノ、エモノ…」
ブラッディープの祖となる種は太古の花の妖精が魔素に当てられ変異した物だという。
アイゼルネは会話を試みたが聞く耳持たぬと妖花は嘲笑う。
「…返せ!【奏止針】」
アイゼルネは槍投げの如く針を投擲した、が…、
「キクカ、キクカヨ」
鞭のようにしなる妖花の根で叩き落とされる。
「このままじゃスライムくんが死んじゃう…! こうなったらっ!」
アイゼルネは両手を突きだし力を込める。
…その時、
「【酸弾汁】」
「えっ?」
妖花の内側から汁が飛び散った。
「キ…クッ!」
スポッ!と音を立てスライムが宙に撃ち出された。
ヒュー、べちゃっ
「スライムくん!」
「へ、へへっ、中でぶちまけてやったよ」
アイゼルネは飛び寄りスライムの様子を覗きこむ。
「あぁ、少し溶けてる!」
スライムは元から溶けている。
「キクカキクキクカカカ…」
「アイちゃん、あいつ、まだ生きてる!」
半壊した身体を引き摺りブラッディープが立ち上がる。
恐るべき草花の生命力。
「下がってスライム君!」
妖精はスライムを押し退け飛翔する。
妖花を斜めに見下ろし再び両手を突きだした。
「【針葬回天】」
アイゼルネが産み出した光る球体から無数の針が飛び出す。
「キクカカカカーッ!!!」
まさに針千本。銀色の針達は螺旋を描き妖花へ降り注いだ。
「バラ…バラ…カァ…?」 赤い花弁を粉々に散らし妖花ブラッディープは崩れ落ちた。
『スライムのレベルが上がった。』
『【LV5】→【LV6】』
『アイゼルネのレベルが上がった。』
『【LV7】→【LV8】』
「助かったよアイちゃん。」
「ううん、スライムくんが弱らせてなかったら先に私のスタミナ切れだった…。」
「二人の勝利ってことで。」
「だね!」
二人は手を交わしあった。
異世界の道中は敵だらけ、生き残る為にはスキルを磨かないとなぁ…。
「アイちゃんはどんなスキル持ってるの?」
と、友達だから特別に教えてあげるんだからね! と言いながら簡単に教えてくれた。
アイちゃんのスキルは【鉄】【燐粉】【悪戯】【針】【投擲】の五つ。
へー、スライムと妖精じゃ構成が全然違うね。
主力は【鉄LV5】【針LV3】それ以外は平均【LV1〜2】だそうだ。
【燐粉】様々な状態異常を引き起こす粉を撒くスキル。
【悪戯】落書きなど子供の悪戯を戦闘用に昇華したスキル。
【針】【投擲】は対応武器装備時に補正がかかるスキル。
そして【鉄】は自在に鉄を産み出し自らの身体も鉄へと変えるスキルらしい。
火の妖精なら【火】、水の妖精なら【水】。それぞれが司るスキルを持つ。
アイちゃんは鉄の妖精なので【鉄】のスキルを持っているそうだ。
アイちゃんはスキル【鉄】で産み出した【針】を使うので武器にはまず困らないらしい。
スキルを複合して自己流の戦闘法を編み出すか…。これはボクも学ぶべき点だろう。
それにしても
「鉄の妖精…、なんだかカッコいい響きだね」
戦艦か何かみたいで。
…ザンッ!
ボクの目の前で散りゆく葉っぱが真っ二つに切れた。
「………」
アイちゃんは目を伏せる…。
「えっ…? えっ…アイちゃん?」
「て………か…ら…」
しゃくりあげ、瞳に涙を溜めて
「私が…鉄だから…鉄の妖精だから…」
銀色の妖精はその場で泣き崩れた。
元々、妖精には金属を嫌う性質がある。
嫌悪の矛先の最たる物が【鉄】。 そして彼女は【鉄】の妖精だった。
石を投げられた。
罵声を浴びた。
料理をひっくり返された。
服を盗まれた。
家具を壊された。
家に火をつけられた。
放火の罪で里を追い出された。
妖精はみんな彼女を嫌う。
大人も子供も、妖精を統治する女王でさえ!
「うあああん!わだしはなにもじでな゛いのに〜」
アイちゃんはその小さな身体にとても哀しい過去を抱えていた。
謂れもない感情で同族に疎まれ排斥される。
そんな彼女に初めて出来た友達。それがボクだった。
その友達の命を先程奪われそうになった。彼女の心中は察する物がある。
「アイちゃん…」
ボクは触手を使い木によじ登った。
「辛いことを思い出させたみたいだね…ごめん…」
ボクはアイちゃんの隣に座ると触手で軽く頭を撫でてあげた。
「アイちゃん、これからはずっと一緒だよ」
「ズライム゛ぐんー…」
今はボクの胸で泣くといい。
キミの涙は染みわたり明日は汁へと変わるから…。
第四話でした。
次回予告
森を抜けるとそこにはパン屋さんだった。
ゲテモノパンを扱う店主マスタードおじさんは新作パンの材料としてスライムに目をつけた!
「パンとパンに挟んでサンドイッチにしてくれるわ!」
「うわー、挟まれる!」
「スライムくん、新しい技よ!」
第五話 美味い! スライムサンドイッチ
「今なら汁もついてくるよ!」
※なお次回の内容は都合により変更となります。