異世界行きになった僕が真相に立ち会う小咄
僕はどうも自殺したらしい。そして、それを成功させたらしい。らしい、というのは、僕自身が僕自身によって殺された光景を僕自身で確認したわけではないから、とってつけた伝聞の助動詞。
「そういうわけで、あなたには異世界へ行く権利があるんですが、どうします?」
僕は木製の椅子に腰掛け、漆塗りのペンを机にカチカチ打ち付ける執行官と対峙している。目の粗いグリッドで構成された執行官は、僕の返事如何ですぐさま溶解して、空間そのものとなりおおせてしまいそうだった。
僕はほぼノータイムで、返答する。
「行きます……行かせて下さい」
「そう言うでしょうね。あなたは自殺者ということで、形式的に訊いただけです。自ら生を放棄したあなたが、異世界の生を拒む可能性は高いわけですから……一応ね」
執行官はガリガリと紙を削って書類をしたためていく。
まあ、つまり、そういうことで。
「あなたは異世界に行く権利を得ました……が、一応、忠告しておきますと、これから行く世界のことをくれぐれも異世界なんて言わないでくださいね」
「何故です?」
「異世界じゃないからです」
突き放されて、僕の意識は途絶える。
ふと気が付くと、僕は弁明していた。
「ですから、前の世界では僕は確かに自殺したが、それは僕という主体じゃなかったんだ。今の僕とはまるきり別の僕が衝動的にやったんだ、きっとこう思ってたんだろうな、僕一人が死ぬだけで大勢の人が損をする可能性があるシステム自体が欠陥なんだって。ひねくれてたからな。誰かひとりのヒューマンエラーで、あるいは欠損でさ、大勢の人が困惑して迷惑を被るだなんてさ、地震とか台風とか津波とかならわかるよ、ただ、僕個人の身体がミンチになるだけでさ、数多のシゴトが回らなくなって、社会的に経済的に損失が出るだなんて……それで数字が悪くなるだなんてさ、それはおかしいんだってば……とか思ってたんですよ。その頃の僕はね。つまり、生きてた頃の僕は。ひねくれてたからさ。でもね、今の僕はそう思っちゃいない、少なくとも……そう、新しくこうして出立している僕は。ですから──」
「もういい」
いつの間にか並んで一緒に歩いていた、頬の痩せこけた男が言った。聞き取るのが難しいくらいヘタクソな日本語だった。僕は随分と長い間、この男と話していたらしい。
「意識が戻ったんならもう行け。ここから先は独りだ」
何のことだか分からず、僕は周囲を見渡した。今まで僕はこの男と一緒に、鬱蒼とした森を抜けてきたらしく、いま立っている場所がその出口にあたる所だった。
で、目の前に広がるのは広大な草原、というか荒野。そして視界の果てに見えるは城下町。外壁が石で積み上げられ、その奥にまた石で組み上げられた城が聳えている。
なるほど、異世界だ。たぶん。
「あの…………もしかして僕には特異な能力とかが宿っていたりするんですか?」
心象を悪くする覚悟で、僕は恐る恐る男に訊ねてみた。すると男は訊かれ慣れた、とでも言うような口調で、
「ある」
と、素っ気なく答えた。僕にとっては瓢箪から駒な回答だったので、急に胸が高鳴り始める。
「え、それって……」
「何かは、俺は知らん。お前が自分で見つけろよ、お前のことを一番知っているのはお前だ」
ぴしゃりと言い捨てて、男は森のなかへ帰っていった。僕は急に心細くなって彼についていこうと思ったが、それもなんだかみっともなく思い、結局見えている城下町の方へと向かった。
結果だけ言うと、三度死にかけ、三日後に息も絶え絶えで城下にたどり着いた。門番は、僕の顔を見て「またか」というような表情で、すんなりと門を開けてくれた。
壁の内側では背の低い建物が林立していた。もとあった街を壁で囲ったのではなく、壁を作ってからその内に街を作り始めたのだ。僕はエルサレムの街をアサシンが駆け回るゲームを思い出した。
街では本当に糸を編んだだけの布切れを着込んだ人から、ごわごわする布を得意げにまとった人まで、忙しなく行き通っている。彼らの喋っている言語はさっぱり理解できなかった。行く宛もなく、途方に暮れて街中を歩いていると、大きな看板が見えた。そこにはなんと見慣れた文字がたくさん並んでいる……英語中国語フランス語日本語ドイツ語アラビア語、ほかは分からない……。
そこは僕みたいな転生人を専門にした職業安定所だった。僕は躊躇なくその建物に飛び込む。
グローバルな看板を掲げているくせに、受付は僕の言語を理解しなかった。相槌すらせず、端を切りそろえていない不格好な書類を突きつけてくる。意味がわからなかったので、とりあえずそれらしい欄に自分の名前を書きつけて突き返した。受付は興味なさそうに僕のサインを見てから、何気ない動作で火にくべる。その暴挙に僕は流石に怒ろうかと思ったが、不思議な事に書類は燃えずに火に持ち上げられるように浮かび続け、やがて見えない風に飛ばされるように下へ落っこちた。落下地点には書類が山程入ったカゴが置いてあった。
それから10分間放置されたのち、奥から大男がやってきて僕に向って言った。
「日本語族……」
これは意訳だ。正確には「ヤパーニャ」と言った。その大男は延々と、微妙なドイツ語を僕にしゃべり続け、僕は機嫌を損ねないよう、適当に相槌を打ちまくった。
話が一段落ついたところで、その建物の裏手に案内される。そこには謎の素材でできた支柱と板っきれで小さな小屋が設けられていて、中には岩のようなゴツゴツとした物体が山のようにつめ込まれていた。これは後から同僚から聞いたのだが、この世界のエネルギー源となる物質らしい。さっき受付が書類を焚べていた火のようなものの原料だ。この岩の発する特殊な熱の変動を駆使して、情報の伝達を行うらしい。
右も左もわからない僕に、大男はその岩がこんもり積まれた荷車と、このあたりの荒野の地図を押し付けた。チェックしてある場所にこの岩を持っていけ、ということだ──。
気が狂うほどに大変な仕事だった。僕は必死こいて荷車(それもテコの原理を無視した変な形をしている)を引きずって荒野を行き、村に運び込むと、村人達はさも当然というふうに、顔色一つ変えずに受け取っていく。僕は空っぽの荷車を引いて帰る。城下町で生産して、村に運んで売る、という超古典的な商売システムの媒となることが、僕の生活の軸となったわけだ。
ネオリベラリズムの世界に住んでいた僕が、今更商人主義の世界に放り出されて発狂しなかったのは、同じような仲間が居たからだ。アルバという女の子が、僕がなんとか手に入れた下宿先の、隣の部屋に住んでいた。アルバはオランダ人だったけど、ちょっと英語が話せる。僕も家庭環境が荒れて勉強どころではなくなるまでは学校で習っていたので、ちょっとは英語が話せる。ちょっと英語が話せる僕たちは同程度の英語でコミュニケーションを取った。
「産業革命の前に、情報革命が来ちゃった世界みたい……」
アルバはたどたどしくそう言った。岩と火があれば、情報が伝達できる世界。人間が生物ヒエラルキーのトップに君臨できたのは火の発見、道具の発明の功名だろうけど、その瞬間からこの世界の情報技術史もスタートしていたわけだ。
あの揺れる炎によって伝達、蓄積された情報は、無条件の信用を創出している。あの村の人々は、僕が岩を運びこんでくると信じて疑わない。僕の雇い主である大男も空っぽの荷車を見て、僕が岩を村まで運送してきたと信じて疑わない。そのくせ貨幣経済も発展していないらしく、僕たちへの賄いは全て食料品のみだ。服飾品も布しか与えられず、僕たちはポンチョみたいにしてそれらを纏う。
この世界の住民は、全て炎を介して情報をやり取りし、その眼差しの中で生きている。もはや神も国家も藝術も必要ない。僕もアルバも理解できないようなやり方、プロトコルで全世界からあらゆる情報を集めて自らの立ち回りを決める。でも、理解できない僕達はその情報社会から疎外され、せこせこと岩を運び続ける。
たぶん、一年半ほど経った。季節は経過しないので分からないが、数えて180日おきに行われる祝祭が三度目を迎えた。一年もすると、この世界の言語はある程度わかるようになってきたが、スラングがやたらと多い上に日々更新されていくので、炎の技術を知らない僕達には日常の挨拶を書面の堅苦しい文章程度しか扱えない。いくら苦労したところで、受付や村人の人間とコミュニケーションは捗らなかった。
僕の後にも、十日にいっぺんのペースで転生人が現れていた。みんな揃ってあの職業安定所に吸い込まれていき、みんな岩運びの仕事に就く。同じ世界出身なのに、母国語が通じることはほぼなく、英語が通じることも珍しい。ボディランゲージがかろうじて通じるのだけが救いだが、この情報社会では焼け石に水だ。だから、どれだけ時が経とうと転生人のコミュニティは成り立たない。僕がアルバと出会えたのは全くの幸運な偶然に過ぎなかったわけだ。
ある日、村から帰って空っぽの荷車を返却し、湯浴みがてら伸び放題になったヒゲをを剃りながら、ぼんやりと思ったものだった。転生人がこの世界に飛ばされるようになってからどれくらい経つのか知らないが、相当の期間になっているはずで、10日に1人ずつ増えるのであれば、少なくとも英語話者のコミュニティくらいはできているんじゃないか。そうでなくても、それなりの領域が(長崎の出島みたいに)成り立っててもおかしくないのでは。
その疑問の答えは、意外とすぐにもたらされる。
その日、ついにアルバが発狂して倒れこんだ。兆候はいくらかあったが、その発作は突然に過ぎた。僕が慌てて下宿の主人を連れていくと担架を出してきてくれたので、主人と一緒に彼女を診療所に運んだ。
僕は以前、腹を下した時にその診療所の世話になったが、お世辞にも発達した医療体制とはいえない。その時は触診のあと、口に何かを放り込まれて診察は終わった。そんなところにアルバが連れ込まれて……と不安になったが、案の定、主治医の男はアルバの身体をべたべた触った後に、瞼を押し上げて瞳孔の様子を確認すると独特のイントネーションで唸った。
前の世界の思い出と、この世界の現実に挟まれたことによる心労だ、と僕は悟っていたが、意外なことにこの医者も精神的にやられたのだということを察したらしい。彼女を別の場所へ連れて行くぞ、と初歩的な文法で言ったので、僕はその医者についてアルバのすっかり軽くなった肉体を背負った。
医者の向かった先は、薄暗い地下洞窟だった。僕は嫌な予感を覚えながら、医者の後に続く。
多くの炎が天井を這うように燃え盛っており、乾いた熱い空気が肌を包み込む。そんな長居したくない大気の下、たくさんの人々が人形のように放り捨てられていた。医者は呆然とする僕からアルバを奪い取ると、丸薬を彼女の口にいくつも放り込み、その人々の数に彼女を加えた。
必要な措置はそれだけだった。医者と僕は手ぶらで洞窟を出た。
僕は半狂乱になって、拙い現地語で医者を問い詰めた。医者は面倒くさそうに簡単な言葉で僕に説明した。
あそこに捨てられているのは全員転生人だ。転生人はここに着いてせいぜい2年か3年でパニックを起こし、わたしたちの文明を壊そうとする(彼らが元いた世界を作り直そうとする)。それを鎮めるための措置だ。
その間、彼らは夢を見続けるだろう。
異世界で自分が。
パラドクスを凌駕した全能者だったり。
天地を震わす魔道士だったり。
世界を幾度も救う勇者だったり。
歌に命を吹き込む詩人だったり。
そういう夢を。
そういう夢を、見続けるのだ。
彼らは皆、あの炎のお膝元で、そういう夢を見続けるのだ。
目覚めた時には、俺達の仲間入り(健康になる)をする。有能な奴は城に入れるぞ──。
翌日、いつものように岩を満載した荷車を引いてでかけた僕は、途中でその荷物を全て放棄して、遁走した。狂気からではない──いや、狂気からであっても何の問題はない。むしろ都合が良い。砕いて野球ボール大にした岩を握りしめて、僕は走った。沈んでいく夕陽も、待っている友達もいやしない。必要ない。
永らく待った。さあ、覚醒の時だ。僕は岩をリンゴみたいに齧った。
あれから何年経ったのか、知れない。街は相変わらず、そこにあった。荒野を走る炎の線は、未だ消えずに走り続ける。その線を跨いで、僕らは城下に訪う。
僕は同志を得た。岩を運ぶ転生人を襲っては仲間にして、ひとつの共同体を作り上げた。その岩は、僕らを疲弊させるための道具なんだ。この荷車の形だって、いくらなんでも頭が悪すぎるだろう? そして、終いには洞窟に放り込まれて夢を見せられる。たったそれだけさ。奴らが望むことは!
同志たちが見守る中、僕は門前で発狂してみせた。もちろん演技だけれども、それはこれまで貯めこまれた狂気の発散に過ぎなかった。実際の狂気よりも狂っていたように見えたに違いない。そのまま僕は同志に担がれて門番を問題なくスルーし、あの時と同じ医者にかかる。精神に異常をきたしたと無事に診断され、あの因縁の洞窟に同志とともに連れて行かれた。
で、医者が例の丸薬を取り出したところで、1番腕っ節の良い奴が医者の腕をねじ上げ、頭突きを繰り出し、あっという間に気絶させてしまった。それから、近くに掘られていた井戸から水を汲み上げてきて、天井を覆い尽くす炎を消す。余った水は寝っ転がる転生人達にぶちまけていく。
さあ、覚醒の時だ。
僕は洞窟の奥で眠るアルバを見つけて、思い切り頬を張ってやった。いつまで眠りこけているんだ。君は賢人でも高潔な僧侶でもなんでもない──、一介の小汚いオランダ娘さ。大してかわいくもないしね。だからいい加減、出ておいで。眠る前に見ていた夢のほうが、よっぽど立派だぜ。
さあ。炎を消せ。岩を砕け。
言葉が通じなくたって構いやしない。ただ、腕を振り上げ喜ぶことができるなら!
僕らがこの世界を、異世界に変えてやるんだ。炎でなしに、僕らの言葉で。
この作品は即興小説トレーニングにて書いた「異世界行きになった僕が真相に立ち会う小咄」(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=356715)を脚色したものです。
異世界という舞台設定は、最も手っ取り早く書き手の個性を表すものなんじゃないかと思います。乱暴な言い方をすれば、無責任に世界を構築できる空間です。ルールにも時代にも価値観にも融通が効くし、だからこそ性格が出て個性が反映しやすい。
そういうわけで「僕なりの異世界ってなんやろな~」って気になって、書いてみたらこうなりました。僕は思ったよりも楽天的な内容になったと思います。




