一日目(後半)
『椿矢 凌』
そう名乗るアンドロイドである。その大部分は炭素繊維とチタン合金による機械であり、電力は頭部内に設置された脳による生体電流を、心臓部の『エンジェルハート』と呼ばれる器官で増幅させたものである。
『私立禊高校』2-Eの生徒の導き役としてこの物語では現れる。
『椿矢 凌』そう名乗ったロボットは、僕に手を差し伸べて言った。
「立てますか? ああ、左腕……」
僕は自分の左腕がかなり酷い状態だと見なくても分かった。痺れたように鈍い痛み、冷たいのに熱いような感覚、そしてそれらが刻一刻と無くなっていく感覚……。
目の前のロボットのつぶやきを僕は聞いた。それは聞こえるか聞こえないか分からないほど小さな声だった。
「これは……手だてがないかもしれない」
剣に肩を借り、目の前のロボットに手を借りて僕は立ち上がった。しゃがむ時はそんなことなかったのに、立ち上がるために力むと左腕は肩からもげるんじゃないかと思うほど傷んだ。
痛みでうめく僕に、目の前のロボットは言った。
「ごめんなさい。ボクがもう少し早く来ていたら、事態はもう少し違ったかもしれないのに」
そうくぐもった声で言って、落ち込んだように顔を伏せる。外形は全身黒のライダースーツのようにも見え、そう見ると頭はフルフェイスメットの様にも見える。
剣がロボットに聞いた。
「もう少し早く来てたら、って……どういうことだ?」
剣の質問の意味が最初は分からなかった。だが、そんな僕らを前に剣が続ける。
「来ることが分かってたのか? あるいは……見てたのか?」
ロボットは少し黙った後、ぽつりと、
「ごめんなさい」
「ごめんで済むか! こっちとら怪我人が出てんだぞ! それに死んだ奴も居る!」
剣の質問の意図を僕はその時知った。けれど……僕は剣に言った。
「剣、今彼に怒っても何も変わらないよ」
剣は僕にも何か言おうとして、そして困った顔をしたあと、僕から顔をそむけた。
僕はロボット、椿矢 凌に話しかけた。
「他のみんなはどうなってますか? それから、あなたはいったい? そもそも今のはなんですか? ここは、どこですか?」
椿矢さんはまず頷いて、続いて僕らを一人一人見てから質問をしてきた。
「その前に、名前を教えてくれません? ボクしか名乗ってないですし」
僕はその質問に答えた。
「僕は『幸徳井 ヨシュア(こうとくい よしゅあ)』こっちは友人の『相沢 剣』それからそちらは『瀬折 香』さんです」
彼は今も立ち上がれない瀬折さんを立ち上がらせながら、前の質問に答えた。
「他の方々は安全な場所に退避してもらってます。僕は元人間、今は元戦闘兵器です。ここがどこかは……見てもらった方が早いですね」
そして、外へ共に出るように促し、ふらつく瀬折さんに手を貸しながら先行した。
教室の壊れたドアから出た光景は、学校など微塵も無かった。赤い海、赤黒い空、目の前にはかなり巨大な廃墟群。その廃墟たちの中でひときわ大きく、この空間の中心に位置する廃墟は、渦を巻くように天に伸び、雲を突き破っていた。その廃墟は、一番高い中心部から山裾のように広がる壁は、とこどころ穴が開き、その内部からは何か植物の枯れたような物が突き出している。ここからその廃墟までは約100mほどの距離があるだろうか? ここは廃墟たちを乗せた島の端のようで、すぐ数m先には赤い海の波が来ていた。空気は錆びた臭いが充満し、渚の音と僕らの発する音意外、とても静かな場所だった。
「この建物、というか街というか……海の上に立ってるんですか?」
僕のこの質問に椿矢さんは乾いた笑いで答えた。
「あはは、君はよくこの周りが海だと思ったね。いや、海で正しいんだけどね。でも、この海も空も……もう生き物らしい生き物は存在しない。ここはそういう世界になってしまった」
「なってしまった、ってことは前は違ったのか?」
これは剣だ。剣は何か思ったように、僕の方を見ない。意識して目線をそらしてる気がする。きっと左腕の一件が原因だ。
椿矢さんが答える。
「えぇ、どうやら、ここは鉄の箱で覆われた大きな都市だったようです。この建物自体が。しかし、宇宙から飛来した生命体が、地球上のすべての生物の“精神だけ”を抜き去り、この世界の生き物は本能でしか生きられなくなったみたいですよ」
「みたい、って……?」
「ああ、ボク、最近まで海中に沈んでたんで……ああ、安心してください。機能不全とかは無いですから」
元人間、そして人間の様な名前。彼が何のなのかその後も聞いたが、彼はまともに答えてくれなかった。
巨大な廃墟のその端に着いて、僕らはある扉の前に案内された。
「ここから先は『ゾンビ』は居ません。あ、『ゾンビ』っていうのは、先ほど居た奴ですね。理性を失って欲求の為だけに生存する人の形をした怪物です」
椿矢さんが瀬折さんから離れ、自身の首元に手をやると、そのフルフェイスヘルメットは布地で有るかのように折りたたまれ、首元にしまわれていく。出てきたのは、金髪碧眼色白の美少年だった。正直、テレビアイドルなんて目じゃないほどの美形だ。
「ちょっと待ってください。網膜スキャンがたしかこの辺に……」
そういって、椿矢さんはごそごそしている。それをよそに剣が耳打ちすしてきた。
「おい、なんか怪しくねぇ?」
「え? そう?」
「お前はイケメンだから分かんねぇんだろうけど、俺みたいな平凡には分かんだよ。あのイケメンはただのイケメンじゃねぇ気がする」
「……瀬折さんの手を引い……」
「瀬折さんは関係ないだろうが!」
当人の前で剣が叫ぶ。瀬折さんも、疑われているイケメンもこっちを向く。椿矢さんは眉をひそめて人差し指を口元に持ってくる。一個一個の行動が王子様の様で、自分が惚れている女性に見せたくない気持ちは分からないではないけれど……。
「ゾンビは音にも敏感です。僕が居る間は良いですが、基本はお静かに」
そういう間に扉は開き、椿矢さんは僕らを中に誘導した。
そこは大きなドーム状の場所だった。微かに物の腐った臭い、土の臭いがしている。そこには僕らのクラスメイト『私立禊高校』の二年E組の面々が居た。僕らが入ってくるや否や、待遇が悪いと抗議の声を上げようとした生徒が居たが、女性陣は椿矢さんの姿を見るなり押し黙った。一部の男子、たとえば『安西 獅子』など不良生徒は尚も突っかかったが……
「ふざけんな! なんでこんなくせぇ場所に俺が居なきゃいけねんだよ! 武器よこせ! 『ゾンビ』どもぶっ殺してやるぜ! さもなきゃお前から……」
そういって椿矢さんの首元を掴んだ安西は次の瞬間には捻りあげられていた。そして痛がる安西を他所に、椿矢さんは言った。
「すみません。今はこの待遇が限界です。『ゾンビ』あふれる外が良いという方もいらっしゃるようですが、もうしばらく我慢してください。それと道を譲っていただけますか? 怪我人が居るもので」
と僕の方を見る。
僕は椿矢さんに連れられ、ドームの奥へと移動する。狭い通路の先に小さな個室があり、そこには血だらけの手術台と手術道具、そして工具……
「あ、あの、これって……」
椿矢さんは僕に向きなおり頭を勢いよく下げた。
「ごめんなさい! 君の左腕がそうなったのはボクが原因です。できれば治してあげたいんだけど……僕に出来ることなら、このあとなんでもするから、本当にごめんなさい。その、左腕はもう……」
僕は事態を察した。いや、少し前からなんとなくわかっていた。左腕は……
「それしか、仕方ないなら……」
僕は何か鼻の奥が痛くなるのを感じた。
椿矢さんは、ドクターを呼んですぐに手術をしてもらうように頼むと言い、手術室内の電話でどこかへ電話をかけている。
とにかく、僕は輸血と傷口の縫合、そして、左腕の切断をすることになった。
Q:鬱話ですか?
A:今更ですか?
説明が足りない!
なんとかこの話は毎回2000字以上3000字以内に収めて書こうと思っているので、
如何せん説明に文字数を多く割けないのが悩みですね。
今回は大きな動きも無く進みます。
もう少しの間、アクションは地味でやられっぱなしが続きます。
で、その後どうなるかって?
急遽、瀬折さんが北○神拳覇者みたく筋肉モリモリになり、
世紀末覇者の拳でゾンビを千切っては投げ千切っては投げの……
相沢「やめろおおおおおお!」
瀬折「ないから! あんまりにもないから!」
……はい、無いそうです。
ちぇっ