頬へkiss
ドゴッとかバキッとか何だか危ない音。
骨の一本や二本くらい逝ってるんじゃないかと心配になってくる。
ご愁傷さま、なんて心の中で呟いて合掌。
荒れに荒れております戦場こと、ヤンキー方の溜まり場と言うやつ。
私はそこから少し離れた木の上で、文字通りの高みの見物。
木の下じゃないよ、木の上だよ。
だって下にいたら巻き込まれるじゃないか、そんな面倒な。
私が見下ろす先に存在感の強い少女がいる。
長い髪を美しく舞い踊らせ、その細身から叩き出される蹴りは重そうだ。
鬼神のごとき強さってやつだね、なんて木の上から見下ろしてあくびを一つ。
腐れ縁の私と彼女。
彼女が中学に上がった頃からゆっくりと、でも確かに堕落しているのはわかっていた。
そしてそれは血筋から来るものだということも理解していた。
彼女の母もそれはそれは強く美しい不良でしたよ、さらに言うと私の母も同じくですね。
いやぁ、お恥ずかしい。
でも残念ながら私は面倒くさいことが苦手なので、喧嘩とかそういうのはノータッチの傍観者。
軽く羽織っている刺繍とか何もされていない、そのままの黒の学ランが翻り、ミニスカートから伸びる白く綺麗な筋肉のついた足が、目の前の男の鳩尾に見事に叩き込まれている。
「終わった」
たった一言、凛とした響きを持つ声が私の鼓膜を震わせる。
はいはい、なんて適当に返事をしながら自分の座っていた木の枝に手をかけ、下の枝に足を下ろす。
1mくらいなら飛び降りても平気だと考えて、ふわり、と体の力を抜く。
思ったほどの衝撃はなく綺麗にバランスを崩さずに着地。
スカートで、みたいな目をする彼女を見て「いや、ミニスカで蹴り入れるよりマシだよ」と答える。
それに私は規定の長さを守っていて膝下のスカートですよ。
長い髪を払いながら、キチンと学ランの袖を通す彼女を見て私は密かに眉を寄せた。
彼女の右頬が僅かばかり青くなっている。
唇も切れていて血の赤が滲んでいた。
あーあ、痛そう。
そっと手を伸ばして彼女の傷に触れる。
「っ!」
ビクンッと体をこわばらせて私の方をすごい勢いで振り向く彼女。
その反応を見て相当痛いのかと一人で納得してしまう。
とりあえずごめん、なんて謝ってポケットから絆創膏を取り出し唇の方へ貼ってやる。
頬の方は冷やさないとどうにもならないか。
彼女は何とも言えない瞳の色をして私を見ていた。
彼女のお母さんは本当に素敵な人だった。
元ヤンだけど、私の母も元ヤンだけど。
彼女は今、お母さんの背中を追いかけている。
今は亡きあの人を追っている。
どれだけ過去を遡ろうとも、もう会うことなど出来るはずもないのに。
大丈夫。
私は傍にいてあげる。
代わりになれなくても見守っていてあげる。
そんな泣きそうな顔で私を見ないで。
私はアナタの少し離れたところで見つめられるだけで、満足しているんだから。
頬の痣を撫でていた手を止め、そこに自らの唇を這わせた。
彼女の眉間にシワが刻まれたのは見ないふり。
大丈夫、傍にいるよ、なんて心の中で言いながら。