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さすらう剣士と魔物憑き  作者: Facebody
グラシオス王国 発展の地
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第七十六話「解呪の条件」

 飛竜ワイバーンの獣肉はなかなかの歯応えだ。野に棲む猪や鹿のような脂身がほとんどなく、大空を飛びまわるだけに筋ばる肉で顎が疲れる。焼けば焼くほど固くなり文字通り歯が立たない。


 この肉を柔らかくするには幾つかの方法がある。

 そのひとつは硬肉の筋を断ち、酸味のある果汁などに浸して、旨みを損なわずに軟らかくすることだ。ひとの歯で噛み千切れるほどにするまでときを要すが、手間暇かけて下拵えした柔肉は絶品の味わいを齎す。


「もう、いいんじゃないのか?」


「レギオンさん、まだ駄目です! もっと浸けておかないと美味しくないですよ」


「さっき齧ってみましたが、もう少し軟らかいほうがいいと思います」


 うんうんと頷く大狼娘たち。もとから獣肉には目がないのだが、滅多に口にできない飛竜ということもあって、ペーネロペと一緒につまみ食いをしたらしい。どおりで肉が減っているはずだ。


「シッシッ! あっちに行っててください。皆さんがいると美味しくなるまでになくなってしまいます」


 いつの間にか料理人シェフとなっているエアルウェンがレギオンたちを追い払う。疎かにできぬ物事には確かなお膳立てが必要である。心を砕き、丹精こめた一品は、その労力に見合うだけの味で報いることだろう。

 濁りのない透明な肉汁が溢れ、食欲をかきたてる香ばしい飛竜肉がほどよい焼き色になる。涎をたらさんばかり待ち焦がれる主従らは、エルフの料理人が頷くと至宝を奪い合うように先を争って頬張った。

 

「うっ、美味い! これっ! さすがはエアルウェンだ!」


「えへへー。それほどでも……」


 あまり褒められることがなかったエルフ巫女は、照れ隠しにブンブンと小刀を振舞わす。もしかして刃物を持つと怖い女の部類かもしれない。レギオンは抉るように掠める刃をかわして新たな肉へと掌を伸ばす。いつも魔物を相手に死線をかい潜っているのだ。これくらいどうってことはない。


「はあー、食べきれん。これだけあるとさすがに飽きた」


「新鮮でないと駄目ですから、みんなで食べられるだけお腹いっぱい食べましょう。あとは干し肉にするか燻製にするかですが、これだけあると一冬ぐらい楽に過ごせますよ」


 ひとりも欠けることなく、ザナを始めとする飛竜の討伐隊はテイルパースへと帰還していた。荷馬車には剥ぎとった魔獣の素材の他に切り分けられた肉塊が山と積まれている。飛竜はたまに狩られることもあり、得られる素材も極めて希少というほどでもないが、新鮮な魔獣の肉を口にすること自体は稀であった。


 たとえ血抜きをしていたとしても一両日もすれば傷んでしまう。苦労して仕留めた獲物も狩場から持ち帰るまでに腐ってしまうのだ。もちろん大気が凍える冬の季なら獣肉の傷みも違ってくるのだが、嵩張る上に売り物としては用をなさないため、好き好んで持ち帰る狩猟者など普段であれば皆無であった。


「ザナも気前がいい。この町に住むすべての者に無償ただで配っているんだ。いい王さまなんだなぁ」


「ほっとけば腐っちゃうからでしょ? どうせお金にもなんないし、ぜんぶ退治したのがザナになるように配ったんじゃない? あのシーラってひとの差し金に間違いないわ」


「アイシスさんは悪く考えすぎです。シーラさんはそんな風な人に見えないですよ」


「エアルウェン。あんた、考えが甘いのよ」


 小城の庭木を焚き火にくべる、レギオンと仲間たちに夕暮れが迫る。

 夕餉を終い部屋に戻るとシーラの使いと名乗る男が待っていた。頭からすっぽりと魔法衣を被り面様は窺えない。その掌には杖が握られており、どうやら火の国に仕える魔法使いかなにからしい。


「レギオン殿とお見受けするが」


「そう言うあんたは? 人に名を尋ねるときは、自分から名乗るもんじゃないの?」


「おおっ、これは失敬した。そこもとはなかなか手厳しいな」


 魔法衣の頭巾フードをはぐる男には、エルフの名残らしきものが見受けられる。やはりザナの配下と同じ境遇の者なのだろう。若々しい顔立ちには醜い傷が幾条にも走り、左眼はすべての光を失っていた。


「それがしはグラシオスを支持する者。サマンガンと申す。改めて問うがレギオン殿であるか?」


「あぁ、俺だ。何のようだ?」


「なに、大した用事ではない。約束を果たすにあたり、そこもとが用意するものを伝えにきたのだ」


 立ち話も失礼にあたると大部屋へと招きお茶などでもてなすと、ハーフエルフの魔法使いはそれを啜りどっかりと腰を据えて話し始めた。聞くとアイシスにかけられた呪文は生易しいものではなく、解こうとする術者を殺す仕掛けがあるらしい。そのまま解こうとしても殺されるだけで呪文を解くには至らないのだ。それをかわすには細工が必要で、解いて欲しければその材料を探してこいというものだ。


「約束は果たすと仰せだ。身代わりとなる妖草マンドラゴラは少なくとも三つはいるだろう」


「妖草? なんだそれは? どこに行けばあるんだ?」


「黙っててマスター。どうせ聞いてもわかんないでしょ?」


「うぅ、そうだな」


「無論、はなから伝えるつもりであった。この国の森にも生えておるから安心なされい」


 妖草マンドラゴラは暗き森の奥深くに生息する草木を元とする魔物である。

 背丈は一フィートから二フィートほど、幅広の葉を繁らせ擬人とする塊根を宿す。魔素を豊富に含む土壌を好み充分に吸いあげ成熟すると、地中から這いだし繁殖のために豊かな大地を求めて徘徊するという。


 また、この妖草は見た目にそぐわぬ魔力を宿す。魔法具や魔道具などの素材や、呪文の媒体としても魔法使いたちに広く活用される。希少な亜種として妖花アルラウネもあり高値で取引されているのだ。


「グラシオスの北に暗き森が広がっておる。妖草は暗くじめじめとした湿地の傍ら、魔素が色濃い地を好むのだ。なかなか広い森であるが、そこもとの健脚ならそうはかかるまい」


「わかった。そいつを捕まえてくれば、アイシスの呪いというやつが何とかなるんだな?」


「いかにも。シーラ殿の術を施せば、そこな女魔法使いも解き放たれるだろう」


 北の外れには原始の森が広がる。

 人が立ち入ることもなく多様な魔物らが巣食う未開の地なのだ。ここ十年ほど、移住してきた者たちが狩猟のために暗き梢をくぐるが、行方知れずとなる者が幾人とでている魔の森でもあった。 


「並の者なら危険を伴うが、勇猛と聞くレギオン殿ならひとりでも難なくこなせよう」


 そう言って一枚の獣皮紙をレギオンへと差しだす。そこにはへったくそな似絵イラストが描かれており、俺のほうが上手いのではないかと眉をひそめる。天は二物を与えぬというがその通りらしい。


「おお、忘れとった。そこもとにかけられた疑いは晴れた。もはや、この城にいる必要もない。いや、なにとぞ出て行ってくれとシーラ殿から伝言を預かっておる。食事などの代金がばかにならぬらしい」


「えっ?」


 

 翌朝の朝早く、ザナの居城より追い出されるレギオン。貴族のような快適な住まいをとうとう失ったのだ。仕方がないのでアイシスの木傀儡へと身をよせることにする。一軒も宿屋がないのだから仕方がないのだ。


「ちょっと、聞いてんの! ここはあたしんちなんだから勝手に触っちゃだめ! そこっ! あんたよあんた! それ、大事なもんなんだから触らない! それもだめ! あー、もうっ! いやっ!」


 オリガにジゼル、エアルウェンにレギオン。する事もなく暇なものだから、物珍しそうにうろつく仲間に手を焼くアイシス。へとへとになって揺り椅子に座りこむ。なんとか下層の大部屋へと押し込んだのだ。


「あっ! あいつらのこと、言い忘れちゃった」


 まだ肌寒い早朝。過酷な任務の疲れを癒すクラウディアが朝の微睡みを楽しんでいた。人使いの荒い魔女娘の配下となって良い面もないわけではない。木傀儡のなかは過ごすのにすこぶる快適で、ぐっすりと休めるふかふかの塒はとてもありがたいことだ。さらに寝首をかかれる心配も極僅かでしかない。それは、身を以って痛感しているのだから間違いはなかった。


「やっぱり一番はこの寝台ベッドね。ぐっすり寝れるもの。ところで……私になにか用かしら?」


「あのときの女ダークエルフ! またレギオンさんを狙って来たのですね!」


「何でここにいるんだ? ほんと、しつこいなおまえ」


 寝台でのんびりと伸びをする闇のエルフ。気怠げに欠伸をすると下穿きだけでトコトコとレギオンの面前へと立つ。秀美に整った褐色の容姿にすらりとした四肢。女らしい緩急のある曲線を描く姿態に、レギオンの胸の鼓動が僅かに高まる。腰まである白髪はほどかれ、艶めかしく半裸に絡んでいた。


「もう、あなたの敵ではなくなったの。始めから話すのが面倒だし、詳しいことはアイシスにでも聞いてみてね。なんなら、捕まえてふたりきりで尋問でもしてみる? 私、いま暇だから付き合うわよ」


「レギオンさん離れてください! いろんな意味でこのひと危険です!」


 長身の鍛えた体躯にしなだれ、すらりとした指でレギオンのあごを嬲る。豊かな双峰すら隠さず丸腰でおちょくっているのだ。ペーネロペたち上位の人狼が唸りをあげ、鋭い目線を放つエルフ巫女を横目にすり抜ける。振り返るレギオンたちへ一瞳を瞬くと、他人事のように涼しい顔で大部屋の扉を閉めた。


 ときを置かずにエルフの魔法剣士とも遭遇することになった。ヴィンセントがブツブツと呟きながらレギオンたちが押し込まれた大部屋に入ってきたのだ。幾つもの獣皮紙を小脇に抱え、部屋の隅に置いてあった魔法鞄から魔法の筆記具を選びだす。レギオンたちなどひとつも目に映らぬようだ。こぼれ落ちた獣皮紙を拾って渡すと、にっこり微笑み会釈してまた来た扉から立ち去った。


「あれ。誰だったのでしょうか? 同族みたいでしたが……」


「さあ? 俺にもわからん」


 興味が湧かないことを詮索してもしょうがない。幾多と並ぶ寝台のひとつにどっかと腰を据えると、腰帯を外して武具を一纏めに置き防具を脱ぎ散らかす。片付けだけは母親キャスリーンすら断念していた。

 銀狼妃は主人の傍でお世話に勤しみ、大狼娘たちは装備を脱いで寝台に寝そべる。もちろん、レギオンのように雑然とばら撒くことはない。少し離れたところで、几帳面に片付けたエルフ巫女も寛いでいた。


《 聞いてるマスター? マスターだけ上がってきて これからのことをお話したいの 》


 起き上がろうとする銀狼妃の銀髪を撫で、ここで休息しているように申し付ける。気が短い魔女娘のこと、あまり待たせると機嫌を損ねて大変なのだ。不満げなペーネロペを宥め賺し、展望の書斎へと足を運ぶ。


 金剛水晶の小窓から木漏れ日の如く陽光が降り注ぐ。暑くも寒くもない室内には、白黒一対のエルフが思い思いに書物や筒杯を掌に過ごしている。さきほど居住棟の下層で遭遇した者たちだ。揺り椅子で寛ぐアイシスも気にすることもなく、ヴィンセントが認めた幾つかの獣皮紙に目を通していた。


「ごめんねマスター。あたしだけのことだから言い辛かったの」


「わかってる。それでどうするんだ?」


「ええ。北の森へあたしも行くわ。ライブラリアンで行き帰りすれば早いしね。それに生えている妖草を土から引っこ抜くにはコツがいるのよ。そのまま抜けば金切り声で命を奪われることになるわ」


 火の国の魔法使いが伝えていないことがある。大地から生え蠢いている魔草を得るために、命を賭けて引き抜かなければならない。噛みついたり危害を加えることはないのだが、土から離れる際に聞く者に死をもたらす叫び声をあげるのだ。無害であると舐めてかかれば死を招く厄介な魔物であった。


「生かして持って帰るんだろ? かなり面倒そうだが簡単にいくかな?」


「そんなの大丈夫よ。あたしがいるもん! 草むらに隠れている妖草を探しだすのに苦労はするけど、ペーネロペたちがいればあっという間に探しだしちゃうわよ」


 えっへんと、薄っすい胸を反らせるアイシス姉さん。得意な領分ならお任せあれなのだ。レギオンやその主人の恋敵どもには、到底なしえない芸当を容易く叶えられる。魔女娘が唱える沈黙の呪文なら、危険を冒さずに得られることだろう。乞うご期待なのである。

 

「ついでだけど。あたしの補佐アシスタントをマスターに紹介するわね」


「初めてお目にかかります。栄えあるカシナートの氏族がひとり。魔法剣士のヴィンセントです。アイシスさまには及ばませんが、異なる魔法を幾つか習得しています。きっと何かお役に立てるでしょう」


「今更だけどクラウディアっていうのよ。あなたを殺す気で剣を交えたけど、もうその気持ちは持ち合わせてないの。これからあなたの下で働くことになるけど、裏方の役目が必要なら任されてもいいわ」


「安心していいわマスター。どっちも裏切るなんて無理だから大丈夫よ」


「そっか。おまえが大丈夫というならいいんだろ。よくわからんがよろしく頼む」


 魔法の類において、全幅の信頼をおくアイシスの太鼓判があるのだ。レギオンに拒む謂れなどあるはずもなかった。さして気にする風でもなく、北の森に向けての段取りを魔女娘らと話し合うことにする。


 たどり着くまでに幾日もかかることはないが、常闇の森のようにさまようことになるやもしれない。ここは目論見より余裕ある食糧と飲み水の確保をしておくべきだろう。揃えるべきものが定まると、レギオンはザナの居城へと足を運び、アイシスは下層で待機する仲間たちへ買い付けを依頼するため向かうのだった。


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