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さすらう剣士と魔物憑き  作者: Facebody
トアル王国 連れ谷
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第六話「旅立ち」

 レギオンは眸をあけた。

 木窓に爆ぜる雨音を聞き、心地よい寝床のなかでまどろむ。薄日が差しているようだが、なかなか起きあがる気力が湧いてこない。いつものレギオンなら飛び起きると、長剣をたずさえ豪雨であろうとかまわず館から飛び出ていることだろう。


 もちろん理由はある。

 ひとの目が怖いのだ。


 恐怖は誰にしろある。勿論、レギオンも戦いのなかで魔物てきに恐怖を感じたことは幾らでもあった。だが、里の人々みかたに感じる恐怖ははじめてなのだ。


(どう思われているのだろう)


 如何ほどのときを悶々と妄想で耽っていると、部屋の扉を遠慮がちに開く者たちがいた。隙間から赤毛髪が覗きこみ、栗色の瞳が四つ見回すと、するりと部屋に滑り込んでくる。


「レギオン」

「レギ兄ぃ」

 

 母と妹は背格好も容姿も似通っていたが、普段の立ち振るまいはまるで正反対だ。カーリーンも、母さんキャスリーンのようにお淑やかにすれば引く手数多に違いない。少しは母さんを見習えばよいと兄は思う。


「レギオン起きてる? 大事なお話があるの」

「レギ兄ぃ。たいへんなコトが起こってるよ! ヤバいよぉ。逃げなきゃ」


「カーリーン。ちょっと黙っててちょうだい」

「だって母さん。それどころじゃないよ! ボードーだよ? 半端ないよ!」


「だから、私が話すから黙ってね」

「けど母さん。話している暇ないよ? もうすぐ押しかけてくるって言ってたじゃん?」


(おいおい、止めてくれよ。本当にまずそうじゃないか)


 見越してはいたが予想より早い。レギオンは毛布をはね退けると、衣装箪笥クローゼットにしまってある麻布の衣服に袖を通し、恐狼ダイアウルフ革鎧レザーアーマーを取りだした。


 革鎧は大粒の魔晶石でエルフ族に譲ってもらったものだが、ヘルムはなく、篭手ガントレットはドワーフ族が鍛えたクロム鋼で誂えてもらい、えらく薄く頑丈になったいた。掌の握りは弓を射やすいように五指にわかれ、エルフ族の革職人に左右別々に誂えてもらったものだ。


「レギオン? なにをしているの」

「だから母さん。レギ兄は逃げるんだって! むすこの危機よ! はやく手伝いなって」


「カーリーン、すまん。長めの猟に出るときの一式持ってきてくれ。あと水筒も。たのむ!」


「は~い。任せてぇ~」


 風のようにすっ飛んでいく末妹。

 母も慌ててそのあとを追っていく。レギオンは革鎧を着込むと床下の木箱を引っ張りだした。いままでに狩りや交易で得たもので、真新しく美しい装飾がなされた硬革の腰帯を巻くと剣吊に魔剣をはめこむ。今すぐ抜き具合を試してみたいが、いまはそんな場合じゃない。

 

 黒光りする魔法鞄ホールディングバッグは行商人から物々交換で手にいれたものだ。これはなかなか便利なもので、生きたものは入れられないが、一フィートほどの鞄の口より小さな物は大概収納できる。


 すでに鞄のなかには大小百粒あまりの魔晶石と数十枚の金銀硬貨。鏃や矢柄など部材と弓の弦、武具などの手入れ道具も。めずらしい魔獣の皮。そして、竜の牙。ドルドレイの狩り場で拾ったものだ。これまでに魔法鞄は大小二つ手に入れており、どちらも腰帯に吊り提げるようになっている。大事なものを全て詰めこむと、幼少から過ごした部屋を後にした。改めて感傷に浸るようなこともない。

 

 弓と矢筒は館の大広間にある。樹木や獣の素材で作られており湿気に弱い。できうる限り乾燥させるため、館で一番に日がはいる大広間の壁にかけているのだ。レギオンは、使い慣れた弓と矢筒を手にとると左肩に背負った。できれば目にした者を刺激したくはない。念のため弓弦ゆみづるはかけないでおく。


「レギ兄ぃ。持ってきたよぅ」


 十日分の食料品と水。調理に使う小鍋やほくち箱。その他もろもろ野営するための道具。受けとるや否や、次々と魔法鞄に放り込む。いま確認する暇は当然ないのだ。


「レギオン。体を大切にしなさい。ちゃんと食事を取るのですよ」


 母親であるキャスリーンは、小さな袋をレギオンに手渡しながら心配そうに瞳を潤ませる。幾つになって子は子。心配で仕方がないのだ。


「父さん。大丈夫かな」


 話しでは、里の占い師がレギオンが魔物憑だと騒ぎだし、不安を煽られた人々が広場に集いはじめているらしい。聞きつけたシグルドが大兄とともに出向いるようだ。


(親父は短気でまるで話しにならない。兄さんなら、なんとか里の人々を丸め込むだろう)


 剣術はからっきし駄目な大兄も、こと交渉事になると実に頼りになるのだ。レギオンが目の前から暫く消えれば、里の人々の不安も霧散するだろう。


「わたしも。一緒に行っちゃだめかなぁ」


(これは、予想してなかった)


 消え入りそうな声でぽつりとつぶやく妹。愛くるしい栗色の瞳がうるうるとしている。連れていけば間違いなく足手纏いになると断言できるレギオン。いろんな意味で。


「カーリーン。おまえは連れて行けない。理由わけはわかるな?」


「……うん」


「おまえが大事なんだ。俺ひとりでは護り通せる自信がない」


「えっ?」


「母さんを頼む。そして、いつか共に旅立てるように魔法とか修行して身につけなさい」


「……はい」


 なぜか、ばら色に頬を染めしおらしく頷く妹が気になったが、とりあえずこれで良しとする。嘘は言ってはいない。なぜなら、カーリーンが魔法を会得することが前提の話のはずだ。できなければ里から出ることはできない。よって、レギオンに付きまとうことは叶わぬことになるのだ。

 

(万が一、カーリーンが魔法を会得したなら考えよう。まぁ、できればの話しだ)


 館の周りがどうも騒がしい。大勢の気配を感じ無秩序な喧騒が響いてくる。なかにはレギオンの名を呼ぶ声もあり、どうやら見つからずに逃げだす機会を失ったようだ。

 

(まぁ、仕方ないか。ただに逃げるのも嫌だしな)


 灰銀髪を振ると気持ちを切りかえ館から出るレギオン。占い師が目ざとく見つけ糾弾の声を高らかにあげる。


「そうら見るのじゃ、皆の衆! 怪我ひとつないわ。おお怖や。やはり魔物に憑かれたのじゃ」


 辺りには五十ほども里人が押しかけ、手にはそれぞれ物騒な得物をかまえている。にやりと笑う占い師に煽られ、口々に驚き恐れ、そして呪詛まじないを口ずさむ。朴訥だが単純で騙されやすい里人ゆえ余計たちが悪いのだ。


 騒ぎを聞きつけた護人たちも遠巻きに見ているだけで、長やその息子たちを手助けしようとはしなかった。


「この馬鹿どもが! 先ほどから申しているではないか! 神の奇跡が傷を癒したのだ」


「長よ。馬鹿はどっちだ? 神などおらぬわ」「そうだ! そうだ!」

「ああこわい」「神さま……お導きを」

「魔物に憑かれると人の生き血を啜るそうよ」「やだわ……あの眼の色」

「……退治しないと」「……捕まえろ!」「里が滅んでしまうよ」

「……殺せ!」


 殺気だつ喧騒に次第におされるシグルド。ベルガリオンも必死に声を張り上げているが、凝り固まった彼らには届きそうにもない。群集に苛立つレギオンは、とうとう我慢の限界を感じていた。


「うるさーい!!」


 レギオンは大きく息を吸い込み、獅子の如き大音声で吼えた。群集の囀りは止み、気の小さき者はその場にへたり込んだ。当の占い師も腰が抜けたように座り込んでいる。


「傷が治らなかったら死んでいた。俺に黙って死ねということかー!」


 えらい剣幕で歩みよるレギオンに人垣が割れていく。占い師も後退ろうともがいていたが腰が抜けて力がはいらない。首根っこをむんずと摑まえると、レギオンは占い師いんちきヤローを目線まで掴み揚げた。


「なにか言いたいことがあるのだろう? 聞いてやる。話すがいい」


「いえ。とくには。ちょっと、その、お怪我が気になりまして」


「魔物が憑いたのは誰だって? うん?」


「いえ。気のせいでした」


「じゃ、俺に関係はないな」


 念押しすると、占い師を放り投げて、辺りが見まわせる館の大扉に立つ。里の人々に先ほどまでの勢いはなく、ばつが悪そうに下を向く者が多かった。


「俺の嫌疑は晴れた。

 長シグルドと大兄のベルガリオンは真実を述べたのだ。そこで聞いてくれ。俺はある神の奇跡に助けられた。里にふらりと立ち寄った大魔法使いさまだ。まさに天恵、俺はたまたま助かったのだ。


 俺が妹を助けて剣の呪いを浴びたのは知っていると思う。みんなが心配してくれたとも聞いた。ありがとう。感謝にたえない。これからも里のために力を尽くすと誓おう。


 だが、助けられた恩が俺にはある。この里に生まれし男なら当然のことだが、受けた恩は必ず返さねばならない。これから俺はこの剣を持ち、大魔法使いさまの依頼をこなさねばならない。過酷な旅の果てに道半ばで命尽きるかもしれない。それでも俺は行こうと思う。連れ谷のおとことして」

 

 力強く訴えかけるレギオンに歓声が沸いた。


 誇り高き里の男たちは激しく頷く。よく言った、それでこそ長の息子と褒めたたえ、女たちも美女(カーリーン?)を助け試練に立ち向かうなどと言う美談にうっとりしているのだった。里の人々は、先ほどまでの魔物憑き話しなどすっかり忘れ去り、勇者レギオンの恩返しなどと浮かれている。


(この人たち……なんて単純なんだ……)


 なかば呆れながら改めて辺りを見回す。群集はさらに増え館の広場には収まりきれず、屋根や石垣にも人だかりができている。父親も云々と頷き涙ぐんでいたが、大兄だけはお手上げと身を竦めレギオンに微笑んでいた。


(さすが兄さんベルガリオン。あなたじゃないと、この里は先行き不安だ)


「それと皆に伝えたい。武勇に優れるシグルドの跡を継ぐのは、智者ベルガリオン。兄は交易という戦いで連れ谷全体に貢献してきた。俺らの里はより豊かになりつつあるが、これは誰もができることではない。俺がいない間、兄を盛りたててくれ」


 周囲の関心はレギオンからベルガリオンにかわり、甚だ迷惑そうな顔が印象に残る。親父と大兄は壇上に上げられ、これから親父の武勇伝が長々と披露されることになるだろう。ああ見えて妹とは馬が合うのだ。


(さあ、行こう。邪魔が入らないうちに)


 レギオンはこっそり喧騒を抜けると里の鉄門にたどり着く。どうやらついてくる者は皆無のようだ。息をつき、肩の荷を下ろして弓弦をかけると、いつもの狩りに出かけるように装備の点検を念入りに行なう。今回からは腰に二つある魔法鞄ホールディングバックたちが、背に負うはずの背嚢バックパックを用済みにしてくれるのだ。今までと比べて随分と楽になるだろう。


(エルフとドワーフの里で足りないものを揃えたら、連れ谷とも暫くお別れか)


 点検を終えたばかりの装備を身につけると、使い慣れた弓を手に鉄門をくぐる。声をかけてきた櫓の護人たちに手をひと振りすると、レギオンはいつものように旅立つ。しがらみもなく、目的もなく、故郷を後にするレギオン。


 ただ自由だけは、ある。


(なんか、わくわくするなぁ)


 もう、振りかえることはない。


名前:レギオン 

渾名:

称号:戦士・狩人

武具:魔剣ライトニング、ロングボウ、ハンティングナイフ

  :

防具:頭部)

  :胸部)レザーアーマー 

  :腕部)鋼のガントレット

  :胴部)レザーアーマー

  :脚部)編上靴

装具:魔法鞄x2、竜の牙


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