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さすらう剣士と魔物憑き  作者: Facebody
トアル王国 連れ谷
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第五話「目覚めしもの」

 レギオンの傍で、それは人らしき姿を取り戻しつつあった。身の丈は六フィートを大きく超え、煌く虹色の螺旋に立つ魔法衣マジックローブ姿の男。齢は四十ほどであろうか。白金に波うつ長髪、琥珀色の双眸は血にまみれる瀕死のレギオンを悠然と見下ろしていた。その惨状にも傍からは感情の揺らめきは感じることはできない。


「驕傲ゆえの永き縛めであった。我のよき戒めとなろう」


 魔法衣の男は、おもむろにレギオンの胸に突きたつ剣をひき抜き、忌々しげに呟く。塵芥の如く剣を放り、息が尽きかけ横たわるレギオンに膝を折った。剣は派手な音をたてること無く止まると、風に舞う綿くずのように部屋に漂う。


「汝には感謝せねばならん。挺身する者よ。我のため、死の淵に瀕しながら封印いましめを解くか。ふむ、その心意気たるや快いかな」


 からからと笑うと、壮大な勘違いをしている主は掌をレギオンの体躯にかざす。すらりと美しい手指にはにぶい光を放つ指輪がおさまり、彫りこまれた古代文字が妖光を放つ。


「まずは、汝のその深手を癒さねばならんな」


「汝の失われし四肢と瞳を再び甦らそう……《再生リジェネーション》」


「汝に死を呼びよせる重き傷を癒そう……《全癒キュア・オール》」

 

 魔法衣の男の朗々たる詠唱が響きわたると、レギオンの周りから光の粒が幾つも湧き立ちはじめる。粒は流れ星のように残光を引き、レギオンの痛んだ箇所に集っていく。少しずつ、少しずつ失われた体躯の一部が、糸を紡ぐように元に戻ろうとしている。また、蒼白であった頬も赤みがさし途切れかけていた心の鼓動も、平穏を取り戻そうとしていた。


「汝に報いなければ釣り合いがとれぬ。さぁ、我になにか願うがよい。


 巨人ジャイアントを凌ぐ強靭な強さか。

 賢者ワイズマンの如き知恵と知識を求むか。

 鷲獅子グリフォンを凌駕する敏捷さか。

 淫魔サキュバスすら抗えぬ魅力でもよいぞ。


 さぁ、望むがよい」


 律儀な御仁らしく是が非でも礼がしたいようで、かたい決意が感じられる。

 

 光の粒は役目を終えたようで、徐々に収まりやがては全て体躯レギオンに吸い込まれていった。古傷さえ癒えた四肢がすらりと整い、痛めつけられ手の施しようもなかった臓器に真新しい血の躍動を感じる。両の黒眸に力強い光が宿ると、レギオンは大きく息を吸いこみ身を起こした。


「これが魔法。大魔法使いウィザードのちから。信じられん! おおっ、腕が。傷もなくまっさらだ! いったいどうなっているんだ?」


 手足をしげしげと眺めると、千切れたはずの腕をブンブンと振りまわす。大魔法使いと呼ばれた初老の男は、至極当然と言わんばかりに憮然とするが、レギオンはそんなことにかまわず感謝しきりだ。


「大魔法使いどの。あなたは命の恩人だ。礼を言う」


「礼には及ばぬ。が、我は大魔法使いなどではない。我は人の理の外なる者。不死なる者イモータルに名を連ねる者だ」


「不死? 死ねない? それは、まぁ、なんだ。大変そうだな。え~と。うん。あんたは凄いひとだ」


「ふむ。知らぬか。よい。汝が高次の域を目指すなら邂逅かいこうも然もありなん」


 琥珀の双眸を未だ若者を脱していないレギオンに傾ける。不死なる者の頬には、ごく僅かではあるが温かみにも似た笑みが見てとれた。自身も遠き過去ではそうであったと言わんばかりに。


「まぁ、よい。我を救ったのだ。さぁ、望みを言うがよい。武具などの品でもかまわぬ。望むならこの部屋を黄金で満たしてやってもよい」


 レギオンは両腕を組むと暫く考え込んだ。ちらっとシグルドを見遣ると、凍りついたまま立ち竦んでいるように見える。不思議なことに妹たちも同様で微動だにしていないのだ。


(なにがよいだろう。欲しいもの。うん。凄いことらしいが)


「……俺はいらない。何も成していないから」


 レギオンはきっぱりと断った。

 結果だけ聞くと大魔法使いを助けたらしいが、特別なことは何もしていない。その上、命を助けてもらったのはこっちレギオンの方だから礼をするのはまず、こっちからするのが当然なのだ。レギオンは膝を折りあらためて礼を尽くす。


「助けられたのは俺のほうです。俺、いや私の名はレギオン。連れ谷の長シグルドの息子。大魔法使い殿に、なにかお礼ができれば良いのですが。俺にできることがあれば何なりと」


 不死なる者はあらためてレギオンと名乗る若者を見やる。その様からは戦士然としているが定かではない。わかっていることは、この者が頑固なほど恭謙かつ律儀であることだ。


(嘘など一向にかまわん。僅かなことなど見過ごすつもりであったのだ。それだけ我は封印から逃れらたことを喜んでいたのだ)


 ていのいい望みを叶えてやれば、この者は満足するだろうと高を括っていた浅慮を不死なる者は恥じた。

 

(我は未だ、驕傲ぎょうこうが抜けぬ。同然な過ちを犯そうとは。暗愚なり。我に罰を与え理力を削ぎ、この者に与えねばならん。戒めを設けねばいずれ、我は滅びる運命になるであろう)


「あい分かった。であるが、さきほど述べた通り礼には及ばぬ。また、汝への礼も不問としよう。ところで、幾分か汝に祝福などを送りたいと思う。なに、せめてもの感謝のしるしと受けとってもらいたい」


 返答の暇を与えず、膝を折り礼の姿勢をとるレギオンの額に、不死なる者は掌をおく。


 「汝のゆく末に僥倖ぎょうこうがあらんことを。我の理力と魔眼を授けよう……《願望ウイッシュ》」


 突如、レギオンの左眼がするどい激痛に襲われる。体躯を覆う筋肉がミシミシと軋み悲鳴をあげ視界は歪み、まともに姿勢を保つことができずその場に蹲ったのだ。弱き肉や骨は身中より喰い尽くされ、新たなより強靭かつ、しなやかなものに生まれ変わりそれを埋めていく。


(ぐっ。こ、これは! いったいなにが)


 眸を固く閉ざして歯を食いしばり、想像を絶する痛みに耐えるレギオン。頑固さでも定評のある荒くれ者だが、両の眼から涙が勝手に溢れ出ていた。やがて、潮が引いていくように痛みは薄れ、異様な感覚が消え失せていく。



「聞くがよいレギオン。

汝は人としては到達できぬ高みを僅かだが越えた。我がその始りきっかけを授けたのだ。今はわからぬであろうが、何れ、知る機会ときもあるであろう」


「そして心せよレギオン。

人の世と言うものを。人は、聡く愚かでうつろうもの。汝が武勇だけで無双を極めようとも安寧は訪れぬ。放浪さすらい運命さだめなのだ。ゆめゆめ忘れるではないぞ」


 涙でかすむ眸をこじ開けると、巨大な門前に立つ不死なる者が視野にはいる。古代文字が刻み込まれた扉が重々しい響きを放つと、その先には想像したこともない世界が広がっていた。


 不死なる者は、忽然と現れた鞘に剣を収めレギオンに差しだすと、魔法衣をひるがえし踵を返す。やはり、剣は中空に括り付けられたように止まったままだ。


「その剣は汝に与えよう。すでに呪いいましめは解けたゆえ心配はいらぬ。銘は、雷電ライトニング。古の魔剣の一振り」



「レギオンよ。見事、使いこなしてみよ」



「さらば」



 不死なる者と共に門は掻き消えた。跡形もなく。


「何ごとか! うっ、どうなっておるのだ?」

「おとうさん!」

「きゃー! って、あれぇ?」


 床に墜ちた剣が跳ね金属音を響かすと、それを合図にふたたび時は刻むことを始める。眼を白黒させるシグルドは事態をうまく飲み込めていなかった。先ほどの眩しい光はなく、死の床にあった息子はどうしたものだろう、失ったはずの手足が生えそろい生気あふれる顔で佇んでいるではないか。


「レギオン? お前なのか? それともわしは夢を見ているのだろうか」


 母親も娘も気が動転していたが、レギオンが生きているのを目にすると、抱きつき二人がかりで傷があった箇所を丹念に撫でまわしている。息子レギオンも少々めいわく顔をしているのを見ると、どうやら魔物や悪魔の類と入れ替わったわけではなさそうだ。


「母さん。くすぐったいよ。もう大丈夫だから」


「でも。さっきまで死にかけてたのよ! なのにどうして?」

 

「あれ? 見てなかったんだ。傷を治して……」


 母と妹は不思議そうに顔を見合わせる。


(どうやら目に映らなかったのか? いや、そうじゃない。あれは止まっているように見えた。もしかすると、あの大魔法使いは時の狭間すら自由に操れるのかもしれない。とすると、親父たちには俺がなぜ生きているのか、なぜ傷が元どおりに治っているのか理解できないことになる)


 レギオンは幾分、機転が利くようになったことには気付かなかった。真実を告げたとしても信じてもらえるはずもない。ここは、適当な事がらで切り抜けようと思案した。


「妹を助けたことで、俺に神の奇跡が起きたのだと思う。うん」


 白々しくも突拍子もないことを伝えると、シグルドは怪訝な顔色で他に言いようがないのか無言のままだ。鞘に収められた魔剣をそっと拾い、考え込む父親を部屋に置き去りすると足早に館から飛びだした。


(誰も信じてくれないだろう。俺だって信じられないのだから)


 ひとり、月明かりもない静寂の中、レギオンは石垣の上に寝ころんでいた。家族を囲む灯もすでに消え、里は眠りの床についている。時折、里の真ん中にある物見台で、護人が煙草をふかす火の揺らめきと人影が目にはいる。いつもの夜更けの情景。先ほどまでの出来事はまるで夢を見ていたかのようだ。


 唯、胸に抱く魔剣がそうではないと物語っている。


「レギオン兄さん」


 末妹が、先ほどから石垣の際で蹲っていることは知っていた。暗闇にいる兄をどうやって見つけたのか、遠慮がちに近寄る小さな足音が聞こえていたからだ。


「母さんは?」


「うん。だいじょうぶ。さっき気絶したように寝てたから。兄さんが無事だから安心したみたい」


「そうか」


 石垣をよじ登ると妹は灰銀髪の隣に、ちょこんと腰かける。こうやって、兄妹ふたりで夜空を過ごすのは幾年月ぶりだろうか。幼きころより仲のよい兄妹は、年頃を迎えるころになると、いままでのような気持ちではいられない。


 いつしか兄は、気持ちを離せざるおえなかった。


「俺が怖くないのか」


「うん。ぜんぜん」


「魔物憑きかもよ」


「お兄ちゃんは、お兄ちゃんだもん」


 いつもと変わらぬ妹がいた。

 そう思ってくれる者は家族を除けばたぶんいないだろう。呪いで死にかけたはずが、一晩もかからず傷が癒えているのだ。奇跡と思う者もいることにはいるだろうが、悪魔と契約しただの魔物が憑いたなどと騒ぎ立てる者が大勢であろう。


(人は聡く、愚かで、うつろうもの)


 不死なる者と名のる大魔法使いはそう説いた。


(願わくば俺のまわりで起こらねばよいのだろうが。そうもいかないだろうな)

 

 今宵の空は星ひとつない。

 連れ谷では、夜空に舞う星たちに人は願いを託すと言う。


 そう遠くない時期に、この連れ谷から離れなければならないことをレギオンは悟っていた。


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