表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さすらう剣士と魔物憑き  作者: Facebody
トナリ・ノシバハ双王国 常闇の森
21/108

第二十一話「各々の道」

 春の雨は、森の木々にとって芽吹くための前奏。夏の初めに枝先は一斉に彩りを飾り、恋の季節と浮かれる小鳥などが集いて求愛の詩をさえずる。未だ寒々しい雨上がりの空には、流される雲が目紛るしく姿を変え、晴れ間から覗く虹の弦を弾いていく。


 何処となく気乗りしないレギオンは、石造りの関門に寄りかかり佇んでいた。アレクサンドラの旅立ちを見送るためだ。常闇の森で仲間の亡骸から遺髪を持ち帰り、彼らの故郷にいる家族へ届けて回るという。早ければ秋までには戻る旅路と言うが定かではない。


「レギオン。あたしがいない間は、無茶しちゃだめよ」


「母親みたいなことを言うな。だが、道中には気を付けていけ」


「うふふっ、そうね。気をつける。危ないときは近場の男にでも守ってもらうわ。ってね」


「アレク姉~早く帰ってきてっ! 男ばかりでむさ苦しいんだもん」

「ばかを言え。遊びじゃないんじゃ。もう少しマシなことが言えんのかっ」


「アレクサンドラさん。お帰りになる頃には、お店もかまえているかもしれません。その時は部屋を空けてお待ちしていますよ。どうか道中ご無事で」


「みんなありがとう。これでも傭兵だから大丈夫よ。じゃあ……行ってくるね」


 関門の衛兵に銀貨一枚、放り投げるアレクサンドラ。振り返ることもなく大剣を背に負い街道へと歩を運ぶ。隙のない足捌きで商隊の荷馬車の列に歩み寄り、いつもの調子で話しかけている。


「乗せてくんない? そこのお兄さん。隣りにいいでしょ?」


 素早く御者台に乗り込むと、大剣を膝に抱えて荷馬車と供に旅立っていく女大剣使い。相変わらず要領のよい立ち振る舞いに、なるほど各地を戦い歩く傭兵らしいと思うのであった。

 

「さあて、俺たちも狩りに行くとしよう」


 今生の別れではないのだから野暮な感傷はない。関門の側に待たせておいた駄馬と二輪馬車、それと番狼ばんけんのペーネロペを引き連れると関門を抜けていく。衛兵に税金を払い手を振るベルタラン。暫くのお別れだ。帰ってきたときには雑貨商か、防具商のお店を構えているかもしれない。


 レギオンは魔法銀のガレアを被る。春もそろそろ終わりで蒸し暑くなる季節、銀灰の髪が蒸れて親父シグルドのてっぺんみたいになりそうだ。森の中ではそうでもないが炎天下での戦いでは辛い。


 二輪馬車にはやぐらを組み角灯を取り付けるように拵えてきたが、その櫓の枠に大判の麻布を括り付けることにする。御者台にも日陰がかかるように工夫すると随分と日差しが違ってくるようだ。


「見栄えは悪いが日は当たらない。雨も少しは避けれそうだ」


「こりゃあ、ええ按配じゃ。スープも乾涸びんで良かったのう。ずっと御者ができそうじゃわい」

「え~っ、ずっと御者ぁ~? せめて、もっといい馬車にしようよ~」


「そうだな。もっと稼いで買うか。次の町に行くにも便利だしな。うん、もっと深く森に入ってみよう」


「レギオン。おぬし、少しは金を貯めたらどうじゃ? 使いすぎじゃ」


 オーインの言うことはもっともだったが、なくなればまた稼ぐ気でいるレギオンには響かなかったようだ。養う家族もなく、年老いて稼げなくなると思い巡ることもない。齢を重ねることによって分別と言うものが形成されるが、今の齢では到底理解することは無理であろう。


 空荷の二輪馬車は駄馬と共に軽快に車輪を滑らせる。一行の行く先を邪魔するものはなく単調な揺れがひたすら続く。御者台では髭戦士が船を漕ぎ、小粒わな師も目を擦り欠伸を噛み締めていていた。


 レギオンは狼娘に短弓を持たせ、矢を放つ真似事をさせていた。見かけによらず膂力は強く、らくらく弓を引くことができる。狩りの合間に射させておけば、いずれは獲物を仕留めるかもしれない。


 一揃いの装束を身に纏うペーネロペ。仕立て屋のローリエに背格好に合わせて革鎧の寸法を直してもらい、銀髪から突き出す狼耳にも額金を誂えて、髪飾りに見えるように細工してもらったのだ。なかなかの出来栄えである。篭手は弓が射れるように握りを誂え直し、脚は鶯色の膝上丈まである編上靴を買い与えた。腰帯には狩猟小刀と矢筒、幾つかの皮袋と手拭い、そして小振りな魔法鞄を吊り下げている。傍から見ると、剣士に付き従う若い女従者に見えないこともない。


 街道には、徒歩で闇森に向かう狩猟者の一団や、行商に歩む若い商人などが時折見受けられる。手押し車や二輪馬車、大きな背嚢を背負いゆっくりと歩む人影を追い抜いていく。これから幾時か過ぎれば常闇の森に達するが、のんびりとした景色が暫くは続くだろう。レギオンは冑を脱ぐと暫しの休息を取ることにした。


 西に大きく日が傾く頃、古代樹の大木が聳え連なる森へとたどり着く。狩りが長引けば疲労も重なり思わぬ怪我をするかもしれない。少しでも快適に過ごす為にかなりの労力をかけて整えた、大蜘蛛を狩ったときの野営地をそのまま使い回す。下草を刈って下枝を切り払い、邪魔な潅木を切り倒しそれを用いて垣根を設けており、魔物などの接近を容易に許すことはない。垣根には二輪馬車が優に通れる出入り口を設け、辺り一面にはスープが鳴子を設置する。万全とは言わないまでも、危険な闇森の傍で少しでも護りを固めることに労力を惜しむことはなかった。


「天蓋付きの馬車に乗り換えたら、入り口を塞ぐことにも使えそうだな」


「そうですね~でも鉄の板を張るとか、盾で護るとかしないとあっさり壊されちゃいそうですけどね」


 駄馬を荷馬車から離して杭に手綱を結わいつける。魔物の来襲に驚いて逃げ出さないようにするためだ。年季がいった駄馬をそろそろ買い換えないと厳しい狩りでは潰れるだろう。大蜘蛛に追われたときは荷が軽かったから助かったが、毎度そう運がいいとはいえないのだ。


 夕餉の後片づけを済ませると焚き火を眺め物思いに耽っていた。オーインは戦斧の手入れに勤しみ、スープは吹き矢の矢針に毒を仕込む。ペーネロペは周辺の匂いを嗅いだあと、荷馬車の下に潜り込んでお休み中だ。


(これから何を成せばいいのだろうか。不死なる者が言った高次の域とは? 理力とはなんだ? 魔眼はなんのために? わからないことばかりで先行きが見えない)


 もともと深く物事を考えるたちではないレギオンは、その事柄には知る術もなく苛立ちを覚えるばかりである。力の片鱗を垣間見せる左眼も、どのように扱うのかさっぱり分からなかったのだ。


(レギオンさまは怒ってる。ペーネロペは悪いことしていない?)


 伏せの姿勢のままクーンと鳴き、上目遣いに心配する狼娘に頬を緩める。刹那に怒気は消え去りいつも通りの自分を取り戻す。分からないものは分からないのだ、知りえる者を探すしかない。


(あっ、そうか! 魔法だ! なんで気が付かなかったのだろう。不死者は驚くべき魔法を唱えていた。そう彼も元は魔法使いなのだ。そうだとすると魔法に携わる者なら知っているに違いない。そこからたどれば俺の身に降りかかったこの謎も解けるだろう。よしっ! ベルタランの店が持てるようになったら魔法使いを探そう)


 物事は単純なほど解決も早い。理力が具わったはずだが、脳天気なお頭はそう簡単には変わらないようだ。これを見たら不死なる者もきっと頭を抱えたに違いない。魔法使いを見つけることで悩みを解決できると勘違いしたレギオンの顔色は晴れ晴れとしていた。それをずっと観察していたオーインなどは、こりゃ駄目だと頭を振り斧の手入れに戻る。


(レギオンめ。遊郭の女と別れて気もそぞろじゃわい。痛い目に合わんとええがのう)


 駄目だこりゃ。こっちも勘違いしている。小粒わな師は、当の昔に狼娘の毛皮外套に潜り込んでいた。暖かいのと助平な思惑、そして姿も消える。各々思うところは違えど同じように夜は更けていくのであった。


 焚き火の残り火を見つめながら狩りの初日を迎えた。夜の冷え込みも和らぎ、暑かったのだろう小粒わな師は狼娘の毛皮外套をはだけて寝ている。狼娘は迷惑そうに裾を引っ張り追い出すと包まり直す。魔法具なのだがペーネロペが気に入ってしまい、今や高価な上掛けとなっていた。


 火を熾し直して炙り肉のいい香りが漂うと、ぞろぞろと仲間が集い始め朝餉を囲む。野営地の食事は朝晩の二回。狩りで精を出すのだから、しっかりと腹に掻きこむ。


「狩りの目的は、巣を替えた大蜘蛛と女王蜘蛛を捜しだし仕留めること。狩りの手順は前と同じだ。スープは御者で、オーインは荷馬車の護りについてくれ。俺は長弓で射手を務める。ペーネロペは戦いの間は荷馬車から降りるな。降りない。分かったな? 戦いが終わってから獲物を剥ぎ取るんだぞ」


「あいっ!」


「は~い」

「わかった。おぬしも、そう気落ちせずに気を付けるんじゃ」


「あぁ? わかった。危ないと思えば無理せず退こう。闇の中では何にかち合うか分からん」


 各々戦装束を検めると、角灯に火を灯して二輪馬車は駆けだす。常闇の森は奥に分け入るにつれ足場が悪くなる。うねる塊根を避けるように車輪は回るが森の外のようにはいかないのだ。たいまつを替えながら奥へ、奥へと引き込まれるように闇森に踏み込んでいく。


 時折、恐狼が姿を見せるが襲う気配はなくいつの間にか消え去っている。よく目を凝らすと前方に火の揺らめきを認めることができた。焚き火のようだ。油断なく近づくと、崩れかけた石造りの壁の向こうに火を囲んでいる巨大な人影が見てとれる。


大鬼オーガだ! それも二体もいる。なにかを捕らえているな)


 火の傍には縛られた獲物が幾つか転がされており、丁度やつらの飯時に遭遇したようだ。一旦、仲間の元へ戻ると手筈を打ち合わせる。にやりと笑うオーインが不気味だったが、ここは彼に任せることにする。ペーネロペは魔法の外套で身を隠させ、それぞれ配置についた。


 忍び寄るスープの手には吹き矢が握られている。大蜘蛛の痺れ毒が仕込まれており、大鬼すらただではすまない。オーインは石壁に背を預けると戦斧を構えて頃合を待つ。音も無く突き立つ矢針がふたつ。大鬼たちは虫に刺されたように首筋を叩き撫でさする。暫くすると毒が回り、身動きが取れなくなったことを見定めると、髭戦士はふらりと壁を越えて歩み寄っていった。


「わしゃ、おまえら人喰い鬼が大嫌いでのう。なます切りにするのが常なんじゃ。覚悟せいッ!」


 戦斧を振り上げると、大鬼の両腕と両脚を迷いなく、それぞれ根元からぶった斬る。苦痛にゆがむ顔を満足げに見下ろすと首を刎ねて止めを刺した。そして、狩猟小刀で胸を切り裂くと大粒の魔晶石を抉りだす。


 小粒わな師は簡単な任務を済ませると、狼娘が潜む二輪馬車を崩れかけた石壁まで回す。ペーネロペが荷台から降りて姿を現すのを認めると、レギオンは縛られた者達に歩み寄った。どうやら人ではない。上半身は人のようだが下半身は馬のそれのようだ。数は三頭で、一頭は子供のようである。


「そこの人よ。この縄を解いてはくれまいか? もちろん、無料ただとはいわん。精一杯の礼は尽くすつもりだ。俺の妻と子供なのだ。頼む」


「安心しろ。最初からそのつもりで助けた。礼はいい」


 魔獣角の小刀で縄を断ち切ると、身を起こす彼らに背を向け大鬼の棲みかを探り始める。魔眼では、魔を帯びぬものを探すことは向かぬようで、感を頼りに隠されたものを見つけるしかない。


「レギオンさ~ん。お宝が在ったよ~」


 物探しを得意とするスープが、瓦礫に埋められた木箱を探し当てた。その他にも餌食になった狩猟者の遺物が幾つも見つかり、木箱と一緒に二輪馬車へと積み込んでいく。半人半馬のものらしき武具や防具もあったので彼らに返すことにした。


「助けてもらい礼を言う。俺はナヴィーン。栄えある半人半馬ケンタウロスの戦士にして森の民」


「連れ谷の戦士レギオン。故あってこの地にきた。礼など不要だ」


「そうもいかん。助けられた恩を返さずして何が戦士か。妻と子の命も助けられたのだ。あのままでは大鬼の腹の中に親子共々収まる運命であった。俺にできることがあれば何なりと言ってくれ」


「気にするな。俺が捕らわれていたならば、おまえも助けただろう。お互い様だ」


「それはそうだが……そうだっ! 我が一族の村に招こう。命の恩人となれば皆も無下にはしないはずだ。そう遠くはないので是非にも来てもらいたい。何ならこの地にいる間は滞在しても構わない」


「あぁ、わかった。その申し出をありがたく受けよう」


「おおっ、心得た! では俺の後について来てくれ」


 レギオンはこのままでは埒が明かないと悟り従うことにした。この半人半馬に悪気はないのだが、やはり戦士としての誇りに傷がつくことが許せないのは何処も同じらしい。狩りを早々に切り上げると、後について闇森の中をさらに奥へと入り込んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ