芽吹いたのは...6
「柊介、あんた初詣位行ってきなさいよ」
「なんで自分ちが神社なのに、他の神様祈らないかん。しかも、もうお参り終わってるし」
「あんたがうっとおしいから。偵察だと思って、さっさと行って来い、バカ息子」
そう言って追い出されたのは、三十分前。
既に体は冷え切っていた。
「大体、偵察ってなんだよ偵察って」
そんな世俗にまみれた事言っていいのかよ、宮司の嫁が。
大体、バイトを雇っているとはいえ、午後からは俺も手伝う予定だっての。自分ちの神社。
ぶつぶつ文句を言いながらも、とりあえず周囲を観察してしまう俺って一体……。
風船葛の種を恋愛成就のお守りとして売り出そうと考えた親父と、あまり変わらないんじゃないかと思いついて凹む。
既に世間は初詣を終えて、新学期に向けて着々と準備を進めていく時期。
松の内を過ぎようとする神社は、それでも出店もでていて正月の名残を残していた。
それなりにある人混みをすり抜けて参拝を済ませると、回れ右してそのまま歩き出す。
追い出されたとはいえ自分ちが気になるのもあるし、なんとなく知り合いに会うのも気まずい。
気持ち早足で神社を出ようとすると、今から参拝するグループとすれ違った。
「柊介?」
いきなり声を掛けられて俯けていた顔を上げれば、そこには驚いた顔でこっちを見る石黒。
地元の友達なのか数人の男といた石黒は、何かそいつらに断ると俺の背中をぽんっと叩いた。
「柊介、ちょっと付き合えよ」
「は?」
突然の行動に頭が付いていかず瞬きを繰り返す俺をしり目に、石黒はぐいぐいと俺の背中をおして歩き出す。
「神社の息子だろー。新年くらい、お願い聞いてよー」
「神社の息子関係ないし、お前の言い方気持ち悪いし」
思わず即答した俺は、間違ってない。
石黒は苦笑いしながら、俺を神社の傍にある川の土手に連れてきた。
さすがに冬の土手、風が冷たくて体が凍える。
俺は両腕をポケットに突っこんだまま、横目で石黒を見た。
「石黒、何?」
こんなとこで、何の話?
石黒も寒いのかバタバタと足を動かしていたけれど、やがてゆっくりとした足踏みにかわってそして止まった。
「あのさ、柊介。俺ね、風ちゃんに振られたんだよね」
「……は?」
いきなり何を言い出すのか、思わず声が漏れて石黒を見つめた。
石黒は俺の視線にバツ悪そうに顔を顰めながら、俯く。
「お前が風ちゃんの事好きなのバレバレだったしさ、いつも二人いたの知ってて横やりいれるとかさ。なんとなく悪いかなとか思いつつ、やっぱ引っ越すって聞いたら言いたくてさ」
さ、ばかりが続く石黒の言葉を、俺は目を丸くしたまま聞いている。
「いきなり終業式で引っ越すとか聞かされて、やっぱこう、勢いっての? うん、勢い。でまぁ、勢いそのままフラれたんだけどさ」
恥ずかしそうに、でもちょっとすっきりした様に頭に手をやった石黒は俯けていた顔をあげた。
「まぁ、こんな事言わなくてもいいの分かってるんだけど、やっぱこう……変な罪悪感? みたいなのがあってさ。だから、適当に聞き流してくれればいいよ」
「え、いや……えっと」
「だってお前ら、ずっと一緒だったじゃん」
だから、ホントは告白とかもよそうと思ってたんだよね。
そう言って、石黒はその場を立ち去った。
暫くぼうっとそのまま立ち尽くしていたけれど、いい加減体が凍えて自宅へと足早に戻った。
戻った途端、親父に神社の手伝いに駆り出されてばたばたとせわしなく働いた。
その間。
石黒の言葉が、ぐるぐるとまわっていて。
幼馴染だから、登下校もほぼ一緒だった。
クラスも同じだったから、班行動とか男女で何かする時は大体一緒の班で行動していた。
手伝ってくれるから、神社の掃除や雑務を一緒にやってた。
幼馴染だから。
ただそれだけを免罪符にして、風とずっと一緒にいた。
これからも、傍にいられると思ってた。
――何の努力もせずに。
「柊介、そろそろ戻りな」
「あ、すみません」
いつも手伝いに来てくれる親父の知人の神職が、ぽんっと俺の背中を軽く叩く。
まだ日が暮れてそんなに経っていないけれど、俺が受験生という事もあって今年はいつもより早めに上がらせてくれる。
国立を受けるわけじゃないからセンターを重視しているわけじゃないけれど、それでもセンター利用ができる入試だから力を入れていて。
一応神職後継者としての学部に進む予定だけれど、実際は迷っていて。
経営とか経済とかを学んでから、専攻科に通うのもいいんじゃないかって思ってる。
自分としては後を継ぐつもりだけれど両親からは好きにすればいいと言われているし、まだまだ親父も健在だから急がなくてもいい。
考え中といえばまだ聞こえはいいが、すでに年明け。
どうしようと悩んだまま、ずるずるとここまで来てしまっただけの事。
「ホント、優柔不断だよな……」
最終的に神職になるにしても、世間をもっと知りたいとも思う。
そう思うのはいいけれど、さすがに決めろよ。受験目前の俺。
人の多い場所を避けながら足が向いたのは……
「すっかり枯れたな」
茶色い蔓がそこかしこに残っている、風船葛。
そろそろ絡まった蔓を取らなきゃいけない。
まだ蔓の絡まっている壁によれば、ふと、足元に転がっているものに気付いた。
腰をかがめて手に取れば、それは茶色く枯れた風船蔓の実。
「まだ、残ってたんだ」
枯れてたし、観光客が勝手に持っていってたし……何よりも零れ種で毎年芽が出るから、種を取ったことがほとんどなかった。
風船を破いて、中から種を取り出す。
三つの、小さな白いハートが暗闇にうっすら見えた。
はじまりは、六粒の種だった。
三月三日、風の誕生日と同じ数の、六粒の種。
それがいつの間にか、壁を埋め尽くすほどに毎年芽が出るようになった。
それはただ、零れた種から芽が出たから、そんな単純な事じゃない。
風船葛が、精一杯、育とうとしたから。
生きようとしたから。
俺は、何をしてきたんだろう。
思い出すのは、ここに恋愛成就を目的に来ていた人達。
観光がてら、見に来ていた人達。
風船葛に、何かしら惹かれるものがあるから見に来ていたんだと思う。
俺は、何をしてきたんだろう。
――きまっとるやないか、恋愛成就やで! 持ってればきっとオトンのおる時に若返れる! もー、この姿オトンに見せたいんや!
不思議なカップルだった、俺とタメ年位の子。
どう見ても同世代なのに、男子にオカンて呼ばれてた。
――男は優しく強引に、だよ
おねぇ言葉のおにーさん。
凄く男らしい眼差しと言葉を、俺にくれた。
手のひらの種を、ぎゅっと握りしめる。
――俺は、何をしてきた?
――俺は、何をしたい?
へたれ柊ちゃんの逆襲なるか……(笑