芽吹くのは...5
本日4.5の2話更新
風に何か言うわけでもなく、告白することも何も出来ないまま終業式が終わった。
冬休みに突入すれば、風はこの地からいなくなる。
基本的に三学期は自由登校になるうちの高校に籍を置いたまま、風は東京へと越していく。
卒業式だけ顔を見せるらしいが、その日のみで、すぐに東京へとって返すらしい。
要するに。
風と顔を合わせるのは、今日と引っ越しの日と、卒業式だけ。
「柊ちゃん、最近眉間に皺よせてばかりだねぇ。あと付いちゃうよ」
「よけーなお世話だ」
隣を歩く風にぶっきらぼうに答えれば、彼女は怖い怖いと肩をすくめる。
風の引っ越しの話は、今日、彼女から直接クラスに伝えられた。
ざわめく教室内と、涙声の女子。
もっと早く言ってよと、詰め寄られるのも仲の良さからか。
それでも俺は、石黒が目をまん丸くして風を見た後肩を落としていたのが心に引っかかった。
本当に、風の事が好きだったのかと、その時になってやっと実感した。
「引っ越しって、いつだっけ」
持ち帰る荷物や宿題で膨れたカバンを持ち直しながら問いかけると、風は人差し指を口元に当てて少し考えると小さく首を傾げた。
「多分、明後日かな」
「なんで多分」
そんな曖昧な引っ越し日があるかい。
風は苦笑い気味に表情を崩すと、お母さんがねぇ……と呟いた。
「引っ越し準備、間に合ってないんだよね。でも、引っ越し業者さんとは契約しちゃってるから、その日までに準備が終わらなかったらお母さんだけ置いてっちゃおうってお父さんと言ってる」
「……おばさんらしいというか、なんというか」
「大雑把だからねぇ、そして楽観的。あの様子だと、当日に一番頑張るんじゃないかなぁ」
……どれだけ終わってないの、それ。
「手伝いに行こうか?」
風と一緒にいられるし、……その言葉はすんでのところで飲み込んだ。
まだ、何も伝えていない。
せめて、その引っ越しまでにと思いつつ、きっと今日も何も出来ないと確信できるヘタレな俺。
そんな俺の心中を全く知らない風は、けらけらと笑いながら否定の意で手をふった。
「ううん、そんなことしたらお母さん柊ちゃんに甘えてもっと働かないから。私達も、手伝ってないもの」
「スパルタだな……」
「あのお母さんにはこれくらいでいいのよ、反省してもらわなきゃね」
うん、スパルタだ。
ある意味、風らしい。
ゆっくり歩いてもそんなにかからない、高校から自宅までの道のり。
うちの神社についてしまえば、風はそこから数分歩いて自宅に戻る。
早く何か言わなきゃと思うけれど、焦れば焦るほど何も言葉が出てこない。
神社の前に差し掛かった俺達の眼に映るのは、茶色く枯れた風船葛。
「枯れちゃったねぇ」
ふと立ち止まった風が、マフラーに顔を埋めたまま風船葛を見つめた。
「枯れちゃったな」
風が戻ってきて、何回も咲いた風船葛。
風はどこか寂しそうに茶色くなった蔓を見遣ると、小さくため息をついた。
「風のふうせんかずら、枯れちゃった、かぁ」
「……え?」
くぐもった声は言葉として聞き取れず思わず聞き返すと、風は目を細めてにこりと笑った。
「柊ちゃん、私、戻ってこれて楽しかったよ。引っ越し当日は忙しいから、見送りとかいいからね」
「え? いや、手伝い位行くよ」
「いらないいらない、無心にお母さんの手伝いしないといけないと思うから」
風船葛を見ていた風が、くるりと俺を見上げた。
「柊ちゃん、今までありがとうね」
そう言って笑った風が、今年見た最後の彼女の姿だった。