きみのふうせんかずら。
幼い頃の君との思い出。……思い出すと恥ずかしいのは、世の常だよな! 饕餮様企画「風船葛」参加作品です^^
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「ほんとうに、ここにうえていいの? じんじゃって、かってにうえていいの?」
「うん、だいじょうぶだよ。ぼくんちだもん、かみさまもゆるしてくれるよ!」
戸惑うように辺りを見る君をむりやり納得させて、その手を引いてしゃがみ込む。
「すげーかわいいはながさくんだって。んで、すげーおもしろいみがなるんだって! ほんにかいてあったんだ!」
「たねもかわいいね。はーとがかいてある」
そう言いながら、二人で埋めたハートの種。
一粒じゃ不安だから、君の誕生日と同じ数だけ埋めた。
三月三日に生まれた君と、六つのハートの種。
「これは、つるしょくぶつだから、すっげーのびて、すっげーそだつんだ!」
「つるしょくぶつ?」
不思議そうに聞き返してくる君に、僕は大きく頷いた。
「びよーんていっぱいのびて、”ふう”をおっかけてくからな!」
「なにそれー! おっかけてくるの!?」
「ボクといっしょに、”ふう”をおっかけるんだ!」
”ふう”はひとしきり笑った後、きゅっと僕の袖を掴んだ。
「まってるね」
僕を見上げて言ってくれた言葉に胸がぎゅっとして、僕はその手を掴んだ。
「……ふうせんかずらって、言うんだ」
「ふうせんかずら?」
一生懸命、昨日読んだ本を思い浮かべる。
「”ふう”と、おなじかんじなんだよ」
そう言って、木の枝を手に地面にがりがりと漢字を書く。
昨日、母親に手伝ってもらって、何とか覚えた漢字。
一個しか覚えられなかったけど。
地面に書いたのは――風せんかずら――
船と葛は、練習したけど覚えられなかった。
それを見た”ふう”は、僕の書いた隣に木の枝で自分の名前を書く。
――風せんかずら
――ののはら 風
「へへ」
書き終えた”風”は、嬉しそうに笑って僕の袖をまた掴んだ。
「風のふうせんかずらだね」
「あーーーーーーーーーっっ! もうすっげー恥ずかしい!! 今なら軽く死ねる、いや一気に逝ける!!」
軍手をはめた手でガシガシ頭を書きながらしゃがみ込んだ俺を、後ろから竹ぼうきの柄が小突いた。
「神社で不謹慎な事言うんじゃない。お前の脳味噌が逝ってることなんざ、大昔からわかってるっての。いいから手を動かせ手を!」
「いてぇな、親父!」
「痛くてよかったな、死んでねーよ。上々上々」
がっはっはという笑いがお似合いな甚平着たおっさん……いや親父って事は将来俺もああなるって事かorz……が、竹ぼうきを担ぐ。
「お前、毎年毎年恥ずかしがって、楽しいやっちゃなー。見てるこっちは面白いけどな」
そう言いながら、ほいっと俺の手に渡されたのは剪定ばさみ。
「いちゃいちゃな記憶とか思い出してねーで、さっさと手を動かせ。悪ガキ」
「いちゃいちゃいうな、おっさん!」
途端飛んでくる拳骨。
「おっさんじゃなくて、お父さん。お兄さんでも可」
「お前のような兄を持った覚えはない!」
じんじん痛む頭を手で押さえながら睨みつけたけれど、実際手伝ってもらっている身としてはあまり強く出れないのが本当で。
俺は剪定ばさみを持ち直すと、目の前の緑の壁を見上げた。
「……育ったよなぁ……、風船葛」
今では夏の緑のカーテンに使われているという風船葛が、うちの神社ではもう十年以上前からカーテンどころか夏には壁の様に育っている。
一年草らしいけど、毎年種が地面に零れてそこから新たに育っていくらしい。
そして最初はたった六粒から始まった風船葛は、いつの間にか神社の壁一面に広がっていた。
秋には枯れてしまうけれど、再び翌年には芽が出てそりゃーもう笑えるくらいに繁る。
バレた当初は引っこ抜こうとした親父だったけれど、近所の人に「涼しげで素敵ですね」といわれてから、「皆さんの為に植えてみたんですよ」とかなんとか上手い事言って、きちんと育ててくれた。
……声かけてきた近所の人ってのが、ぼーんでばいーんな綺麗なおねーさんだったからに違いない。
それ以来、ずっとうちで育ててる。
出来た種を恋愛成就のお守りとして売ろうとした親父に、とび蹴りかましたのはいい思い出だ。
商魂たくましい親父が神社の神主とか、ある意味終わってると思う俺んち。
「あっちぃな……」
最近は七月でも気温が高くて、夏休みに入ってからやる剪定作業は結構しんどい。
それでも蔓の合間から見える白い花に癒されるのは、俺が草食男子だからか?
花、綺麗だよね。
風のふうせんかずらだしね。
……
「ぎゃーーーーっ! 恥ずかしい!!」
思わず悶えた俺めがけて、親父のサンダルが飛んでくる。←良い子はマネしない様に
「叫ぶお前が恥ずかしいわ!!」
「うるせー、くそ親父!」
「まぁまぁ、今年もそんな時期なのねぇ」
ぎゃーぎゃー言い合いっていた俺達を見ながら、近所の人がお疲れさまと笑って通り過ぎて行った。
どちらともなく口を閉じて、密集しすぎた葉を取り除いたり広がろうとする蔓を支柱に巻き付けていく。
風は、幼馴染。
幼稚園まで一緒に通っていたんだけど、卒園と同時に父親の仕事の都合で遠い場所に引っ越してしまった。
当時の俺は何か記念を残したくて、母親が多分植えようと思って買っていたハート柄のタネをくすねて一緒に植えたんだ。
まぁ、くすねた後に種の名前を聞いたから、バレバレだったと思うけど。
子供なんてそんなもんだよな。
嬉しそうに笑っていた風から何度か来た便りは、小学校に上がってしばらくして途切れた。
まぁ、当たり前だよな。
俺も、夏になって風船葛を見ると思い出すって感じだったし。
「淡い初恋ってとこ?」
「っっ!」
突然耳元で囁かれた声に、びくっと後ずさる。
口に手を当てた親父が、にやにやと笑いながら俺を見ていた。
「なんたって、”ボクとふうの、ふうせんかずらなんだから、ぬいちゃだめだ!”だもんなぁ」
「煩い黙れくそ親父!!」
大声で怒鳴ると、親父は肩を竦めてうひゃうひゃ笑うと壁に竹ぼうきを立てかける。
「今日はこの後お客さんくるんだよ。だからよろしく、年齢=彼女いない歴くん?」
そう言っててをひらひらさせながら、母屋の方へ歩いて行ってしまった。
「うるせーよ、お前に関係ないだろーっ!!」
「俺様の息子のくせに情けない、あぁ情けない情けない」
肩を揺らして歩いていく後ろ姿を見遣って、俺はがっくりとしゃがみ込んだ。
確かに彼女いない歴=年齢だよ、悪いかこの野郎。
毎年毎年、ヤロー共と遊び倒して夏は終わるんだよ。
あと、親父の手伝いとか手伝いとか……手伝いとか!
深く息を吐き出す。
なんか……傍から見ると、つまんねー夏休みだなオイ。
ぶつぶつ言いながら地面にのの字を書いていたら、それまで暑かった陽射しが遮られて影が差した。
「随分と伸びたんだねー」
背後に、人の気配。
しかも、声は若い女の人。
思わずしゃがんだまま顔を後ろに向ける。
「あ、え……っと」
後ろに立っていたのは、日傘を差したわりと小さ目な女の子。
と言っても、俺と同じくらいの年齢だと思うけど……。
まじまじと見上げていたら、風船葛を見ていたその子が俺の視線に気づいてこっちを見た。
肩より伸びた長い黒髪を、首もとで一括りにして横に流して。
薄い水色のワンピースが、風にふわりと揺れる。
何も言えずに見上げてる俺に、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「追いかけてきてくれないから、来ちゃったよ。風のふうせんかずらを見に」
――今年の夏は、今までと違うみたい
……そんな事を考えた、俺、十六歳の夏。
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その後のおまけ
「ホント懐かしいね」
隣にしゃがんだ風から目を逸らせなくて、何も言わずに頷くだけで何とか答える。
「こんなに伸びてるなんて思わなかったなぁ、遼さんのメールじゃそこまで分かんなかったし」
……。今、不穏な言葉を聞いたが。
「……メール?」
思わず聞き返すと、風は小さく頷いて風船葛の花を見つめる。
「遼さんが写メも送ってくれたんだけど、それだけじゃここまでとは思わなかったから」
遼さんのメール。
遼さん。
=うちの馬鹿親父。
「……うちの親父とメール、してたんだ」
「うん、椿さんとも」
=うちの母親。
……俺だけのけもんかよ!
がくりと肩を落とした俺に、風は気付くことなく花を見ている。
「でも、よく話には聞いてたよ」
「……え! 話!?」
母親と親父から!?
嫌な予感しかしない嫌な予感しかしない嫌なよか――
それまで花を見ていた風が、俺へと顔を向けた。
にんまり。
その言葉が似合いそうなくらい、にやりとした笑みを浮かべて。
「俺の息子が、彼女いない歴=年齢だなんて情けなさすぎるって、遼さん嘆いてた」
なさけなーい♪
少しだけ面影のあるその顔で、無邪気なその声で、彼女はがっつり抉ってくれました。
――甘い展開考えてた俺の妄想を、そっくりそのままどこかに捨ててきてぇっ
……俺の望まない展開で、今までとは違う夏になりそうですorz
風船葛が零れ種でも育つっていうのを見かけて、思いついたお話。
どーしても笑いを入れないと書けないみたいです、書き手(笑
……神社に勝手に植えちゃ、駄目ですよ。名前の出てこなかった主人公と風ちゃん(笑