第06話 治療の条件
なんと、日間ランキングで2位になってました!!!
応援してくれる皆さんのおかげです。
ので、ちょっと予定を早め次話投稿します!
孤児院へ帰るとすぐに、俺はランドが隔離されている病室へ向かった。
基本的にボロボロな孤児院であったが、この部屋だけは隙間風が入らないよう改築されている。
暖められた部屋の中でさらに毛布をかけられたランドは、うっすら汗ばんでいた。
俺に気づいたようだ。
少し目を開き、こちらを見る。
「ソラ……? おかえり……ゴホッ」
「――無理に喋らなくていいからな?」
ランドに近寄り、その体を見た。
初めて見る光だ。
白い光の流れの中に、黒い光の粒が混ざっているのが見える。
それは、生き物のように蠢きながらランドの体中を循環していて、特に肺のあたりに多く集まっている。
禍々しい――と感じた。
本能的に嫌悪感を感じる。
これが病気の正体だろうか……。
……そういえばレイアの体にも、少し感じは違うが黒い光があった。
レイアも何かの病気、なのか?
とにかく、どうにかしてこの光を取り除く事が、病気の治療になると思うのだが。
「ゴホッ…… もしかして、ミリアもそこにいるの?」
「うん、いるよ! ランド。 私はここに――」
「ダメ!!! ミリ――ゴホッ……近づいたら、病気がうつっちゃう」
近づこうとするミリアをランドが制止する。
咳をするたび、黒い光の粒が少しずつ吐き出され、空中に溶けていく。
……確かに、あまり近づかないほうがいいのだろう。
「薬は飲んだのか?」
「ううん…… 流行り病で、薬が売り切れてるんだってタニア姉が」
「そうか。 ミリア…… ここにいて解決するわけじゃない。 一旦部屋の外に出るぞ」
「嫌! ここにいる!!!」
「馬鹿、ミリアまで病気になったら――」
「嫌よ! ここにいるの!!」
猫耳がピンと張り詰めている。
くっ……この状態のミリアは頑固だぞ……
と思っていると、ランドがこちらを向いた。
「ミリア、大丈夫。 ぼくは頑張って治すから。 だって、まだミリアに駆けっこで勝ってないもん」
「ランド……?」
「ゴホッ……勝ったらなんでも言うこと聞いてくれるんでしょ?」
「……うん」
「ミリアには絶対チューしてもらうんだから、早く治さなきゃ」
「バ、バカっ! 何言ってんのよこんな時に!!」
ミリアが猫耳をピクピクさせ、赤い顔をして怒る。
……なんとなく、いつものランドの発言じゃないな。
無理して強がってるような感じだ。
「ゴホッ……ぼくは大丈夫だから、外でまってて」
「……はぁ、分かったわよ。 一旦外に出るわ。
……頑張って治しなさいよね」
ミリアはランドに背を向けると、そのままテクテクと出口まで歩き、扉を開けて――
「私のチューは安くないわよ」
バン、と思いっきり扉を閉めて出て行った。
「ゴホッゴホッ…… ソラ。 ミリアが無茶しないように、よろしくね」
「……あぁ、分かった。 なんかお前、ミリアの扱い上手いな」
「そうかな?」
そう答えるランドの顔は少し嬉しそうだ。
「お前も、頑張って耐えてくれよ。 俺が薬を持ってきてやる」
「……うん」
「ランドがいないと、ミリアを止める奴がいなくなって困るんだ」
俺はランドの頭をひと撫ですると、病室を出た。
絶対に治してみせる。
……まずは、タニア姉だ。
俺は急いで孤児院の調理場に向かった。
思った通り、タニア姉は調理場で病人食を作ってるようだ。
予想外だったのはミリアだ。
タニア姉の横に座り込み、何かに耐えるように唇を噛み締めている。
――どうしたんだろう?
「タニア姉!」
「ソラ! おかえり。 ランドの事は?」
「ミリアから聞いた。 さっき様子を見てきたところ」
「そう……」
俺は自分の腰からお金の入った革袋を取ると、タニア姉に突き出した。
「27万R。 これでなんとかならない?」
タニア姉は静かに首を横にふる。
……やはり、お金の問題ではないか。
ミリアは俺の財布を驚いたように見ていた。
そりゃ、同い年の俺にこんな蓄えがあれば、驚きもするだろう。
「街中の薬術師さんに聞いてみたけど、今はとにかく材料が足りなくて……そもそも薬がないらしいの」
「そっか……」
「ウチにもお金の蓄えはあるから、ソラのお金はしまっておいて」
薬術師は無理だったか。
それじゃあ……
「教会の聖術師は――」
「……ワシが行ってきたが、話を聞いてもくれんかったわい」
院長が調理場に入ってきた。
老体に鞭打って走ってきたのだろう、ひどく疲れた顔をしている。
「どこかのバカ貴族の息子とやらが、流行り病にかかったらしくてな。
大金積んで、これから聖術師を全員連れて行くらしい」
馬鹿な。
聖術師なんて、一人いれば十分治療できるだろ!?
全員連れていく意味が分からない。
「……俺も交渉してみる」
俺の言葉に、タニア姉と院長は顔を見合わせる。
「ソラなら、あるいは……」
「いろいろと規格外じゃからのぉ……」
なんだか失礼なことを言われたような気がするが。
聖術師、薬術師、全部の可能性を当たってみよう。
……考えうる限り、全ての可能性に、何度でもだ。
「無理はしちゃだめよ」
そういうと、タニア姉は俺に財布を手渡した。
俺の財布より、ずいぶんとずっしり重い。
「私のお金。 今使える分だけど……110万Rあるわ」
「いいの? タニア姉……」
「もちろん。 今のために貯めてきたようなものだもの」
普段シビアに食費を切り詰めていたのも、こういう非常時のためか……
まだ11歳なのに、ものすごく頼りになる人だ。
「ほれ、ワシのへそくりもじゃ! 持っていけ!」
院長がさらに大きな袋を俺に渡した。
「その袋の中だけで、500万Rくらいはあるぞい」
「そんなに!?」
「ランドの……わしの"可愛い息子"のためじゃ。 気にせず使え」
「……ありがとうございます!」
「うむ。 頑張るんじゃぞ」
院長……
普段は頼りないと思うことのほうが多いが。
やはり、いざという時は俺達の"父親"だ。
「……院長、お話が」
「どうしたんじゃ? タニア……」
「……そんなヘソクリ、どうやって貯めたんですか……?」
「あ……」
「……フフフ、私がやりくりしている横でどうやってこんなに貯めたんでしょうね?」
「――ま、待つのじゃタニア――」
「じーっくり聞かせていただきましょうか!!!」
「――待って待って、包丁は反則! ちょ――」
院長まだまだ若いなぁ。
あんなに元気に逃げまわって。
……長生きしろよ。
そんな事を思っていると、
「ソラ! 私も行くっ!!!」
声が聞こえてきた。
……振り返ると――
ミリアが自分の財布を持って立っていた。
「私、お金はあんまり持ってないけど」
ミリアは、薄い財布に彼女の全財産を入れて握っている。
中身は、銅貨一枚も入っていないだろうが。
でも――
「私も……何もしないのは、嫌!!!」
――気持ちは、俺と同じだ。
「行こう、ミリア」
「うん……!」
俺たちは二人で孤児院を飛び出した。
※ ※ ※
日はほとんど沈もうとしていた。
街まで、ひたすら無言で走る。
俺もかなりの速度を出しているのだが、ミリアもなかなかに速い。
見ると、ミリアの足の光がいつもより多くなっている。
工事現場で働いた時もそうだったが、白い光が見えない人達も、知らず知らずのうちにこの光を使っている。
訓練を重ねた人や強い思いを持った人は、一時的にでも強い力を宿すことがあるのだ。
今のミリアの足の速さは、それだけ必死だということの現れだ。
俺も、ランドを救うために全力を尽くそう。
「まず、教会に行ってみよう」
ダメ元だが、まずは聖術師をあたってみる事にした。
この世界には宗教が幾つかある。
この国では国教を「カトサン教」としており、今向かっているのもその教会だ。
聖術師というのはこの「カトサン教」の教徒であり、聖魔術を専門に扱っている人達を指す。
教会は平民街と貴族街の境目にある。
この街の教会はここだけなので、平民も貴族も利用できるようになっているのだ。
俺とミリアが教会前に着くと、聖術師らしき人たちが4人ほど教会の前にいた。
さっそく声をかけてみよう。
「すみません!」
「……ん? 子どもか」
白いローブに身を包んだ中年の男性が、俺たちに応対する。
「うちの孤児院で、流行り病の病人が出て――」
この人たちの白い光は、俺やレイアと同じように、へその下あたりに強く溜まっている。
そしてその量は俺たちとは比べ物にならないほど強い。
おそらく、なんらかの力を持った者……聖術師で、間違いないのだろう。
「お願いします! 助けてください!」
「ランドを助けてっ!!!」
ミリアは聖術師にすがりつくように訴える。
そんな俺たちの顔を見て、本当に申し訳ない、と聖術師は頭を下げる。
見ると、この聖術師も唇を噛んで悔しそうにしていた。
聖術師になる人は基本的に心根の優しい人が多い。
なにせ「人を治療したい」という思いを持って日夜活動している人達だ。
この人も一見良い人そうだ。
なんとか説得できないだろうか。
「今から貴族の屋敷に行かねばならない……のだ。 本当にすまない」
「なんで! なんでよ!?」
ミリアはなおも食らいつくが、聖術師は申し訳なさそうにするばかりだ。
この国では、貴族の力はとても強い。
さらに、街の教会は貴族の"寄付"で運営している……。
説得を続ける俺たちの後ろから馬車が現れた。
中から、綺麗な服を着た老人が出てくる。
「聖術師様方、ミルフォート家の執事でございます。 馬車の用意ができましたので、どうぞお乗りください」
……ミルフォート家、だと?
たしか、レイアの家名は、ミルフォートだったはず……
交渉の余地があるかもしれない。
「執事さん。 私はレイアお嬢様の友人のソラと申します」
その言葉に、執事は驚いたような顔をする。
「……どうか、お一人でいいのです。 聖術師様を必要としている患者が――」
「大変申し訳ございませんが」
俺の言葉は遮られる。
「ご主人様のご意向ですので、お一人であっても聖術師様を譲ることは叶いません。 お引き取り下さい」
ミリアは顔を真っ赤にする。
「ケチっ!!!」
「……そちらのレディは礼儀作法を身につける必要があるかと」
「……」
取りつく島もないな……
「……これでどうですか?」
俺はお金を突き出す。
「このようなはした金でどうしろと?」
俺たちは手もなく立ち尽くす。
ミリアは黙って俯いていた。
執事は聖術師たちを馬車に乗せ、最後にこちらを向いた。
「平民は安価な薬でも買い求めればいいでしょう。 それでは――」
「こんの――!!!」
その言葉を聞いた瞬間、ミリアが俺の横から飛び出した。
執事に殴りかかる――が、
「粗雑な……」
執事は背後から木の棒を取り出すと、一瞬でミリアを押さえ込んだ。
なおも抵抗するミリア。
「こいつ! こいつはっ!!!」
「やめろミリア! 殴っても何も解決しない!!!」
執事の持つ棒には、白い光が流れている。
工事現場の作業員と同じような技術だ。
「お嬢さん、よかったですねぇ…… 剣じゃなくて」
ミリアの体から力が抜けると、執事は棒をしまって馬車に乗り込んだ。
「ちなみに、レイアお嬢様には平民の友人などおりません。 滅多なことは口外なさいませんよう……」
そう言い放つと、優雅に馬車の扉を閉める。
馬車は俺たちを残して遠ざかっていった。
立ち上がったミリアが唇を噛む。
「……あのレイアって子、貴族だったの?」
「あぁ」
「貴族……嫌いっ!!!」
「待てよ、レイアは――」
「うるさい!!!」
……何を言っても聞かないな、これは。
「さっさとあの馬車追いかけるわよ!!!」
「いや、ミリアこっちだ」
「なんで!? 馬車は――」
「薬術師の所へ行く」
聖術師は半分はダメ元だったのだ。
本命は薬術師の方。
実は少しだけ"アテ"がある。
「行くぞミリア」
「うん……」
俺たちは再び、街を突っ切るように走り始めた。
平民街の端の方、あまり日の当たらない場所に、一軒の小さな小屋がある。
普通であれば、街の中心部まで若干距離があるこの場所に、好んで住む者はいないだろう。
そんな場所に住みたがる変わり者が、ここで薬屋を営んでいる。
日も完全に落ちた頃、俺はミリアを連れて小屋の扉を叩いた。
コンコン
――ガチャッ
「こんにちわ、エイラスさん」
「おやおや、ソラくん? こんな時間にどうしたんだい?」
小屋の中から出てきたのは、身長30センチくらいの人影。
虫人のエイラスさんだ。
カブトムシの虫人で、頭の上には立派なツノと小さな触覚が生えている。
体の所々を覆う外殻と背中の羽。
それ以外は普通の人と変わらない外見をしている。
なかなかイケメンのお兄さんである。
――小さいけど。
何を隠そう、エイラスさんは「薔薇の香り亭」の常連の1人だ。
薬を手にいれようと思った時に、真っ先に頭に浮かんだ人である。
エイラスさんは俺たちを薬屋に迎え入れた。
「どうしたんだい? 酷い顔をしているけれど……」
そんなに疲弊した顔をしていたのだろうか。
エイラスさんは俺たちに温かいお茶を出してくれた。
床に腰を落ち着けてお茶を一口。
ふっと、体の重さが楽になる。
ゆっくりとお茶を飲みながら、俺はランドの現状を伝え、薬を作ってもらえないか相談してみた。
うーん、と、難しそうな顔。
「今はね、材料が足りないんだよ」
「材料って……?」
「ナル草という薬草に、ブラウンウルフの肝。 光輝石という石だ。 どれも品薄になっていてね」
薬術師たちもみんな、現状にヤキモキしているらしい。
「その材料って、俺たちでも準備できますか?」
「無理ではないけれど、やめといた方がいいね。 危険すぎるよ」
ミリアが前に出てくる。
また叫ぶのかな? と思ったが、少し違った。
「お願いします。 材料のことを教えて下さい」
深々と頭を下げる。
俺は正直ビックリした。
いつも子どもらしく勢いで突っ走るミリアが、こんなに丁寧になるなんて。
「ダメです。 気持ちはわからなくもないですが、薬を作るために怪我をしては本末転倒でしょう?」
エイラスさんはパタパタと羽を鳴らして空中を飛び、ミリアの肩の上に座る。
手を伸ばし、よしよしとミリアの頭を撫でている。
「俺の力は知っているでしょう?」
「えぇ。 でも大人としては、子どもの危険を見過ごすわけには行きません」
「私は……!!!」
ミリアはエイラスさんを両手で掴んだ。
――エイラスさんの体が潰れないか、ちょっと心配だ。
そのままエイラスさんをギュッと掴むと、絞りだすような声で話し始めた。
「私はランドに何もしてあげられないの…… 料理も作れないし、お金もないし――」
……調理場で落ち込んでいたミリアの姿。
悔しそうな表情。
「聖術師も呼べない。 貴族に勝つ力もない。 助けてくれる人も知らない――」
……教会で唇を噛んでいたミリアの顔。
震えていた拳。
「そばにいてあげることもできない――」
……病室で、ここにいると叫んだミリアの声。
ランドには見せないようにしていた、涙。
こんなにも必死で、頑張って、歯を食いしばってここまで来た。
その気持ちが痛いほど伝わってくる。
「ソラみたいに、いろいろ考えられない。 でも私も、ランドを治したいの!!!」
「――そうかい……」
エイラスさんは、ふぅ、という風に息を吐き出した。
少しだけ、遠くの何かを見つめるような目をしている。
何か、思うところがあるのだろうか。
「いいだろう。 いろいろと条件がある。 それを守ってくれるのなら、材料のことを教えるよ」
ミリアの顔がパァっと明るくなった。
ついに見つけた希望の一端。
それを離すまいと、ミリアの体に力が入る。
「絶対に守るわっ! 条件ってなに?」
「そうだね、まず――」
エイラスさんは少し顔をしかめると、身をよじりながら言った。
「僕の体を離してくれないかい? 内蔵が飛び出てしまうよ……」
あ!
――と言いながら、ミリアはエイラスさんを開放した。
けっこー強く掴んでたもんなぁ……
「君たちに守ってもらいたい条件は――」
絶対にランドを助ける。
その想いを胸に、俺とミリアは街へと駆け出した。
外はもう完全に暗くなってしまったな……
俺たちの長い夜が始まった。
たくさんの方に読んでいただけて、本当に嬉しいです!
感想をいただいた皆さんも、すごく感激しています^^