第03話 薔薇の香り
第3話です。
次からは3日おきくらいで更新していきます。
この数日間、俺は白い光についていろいろと検証してみた。
腕に光を集めた結果、腕力が強化されることは既に体験済。
じゃあ、他の場所に光を集めたらどうなるのだろう?
まず、猫人のミリアのように脚に光を集めてみた。
すると――
「ソラ、ミリアが呼んでるよ」
「またかよ……」
「ソラを連れてこないとぼくが殴られるんだもん……」
「あの負けず嫌いめ~……」
脚に光を集めると、走る速さでミリアを圧倒してしまったのだ。
今まで駆けっこでは負け知らずだったミリアは、それはそれは悔しがり――
――結局、何度も何度も勝負を申し込まれることになった。
とても面倒くさい。
ちなみに、わざと負けるのはダメらしい。
なぜか分からんが即座にバレた。
「……俺はいなかったって言っといてくれ」
とりあえず、俺は逃げるように孤児院を後にした。
脚に光を集め、飛ぶような速さで街に向かう。
少し孤児院を離れてから、俺は光を元に戻した。
あまり長い間あの状態だと、疲れるからな。
平民街の中心部は、ガヤガヤといろんな人が行き来している。
ここは交易で有名な街。
各地から集った商人が、馬車で移動しているし。
それを守る傭兵たちが、周りをギラギラと威嚇している。
通りの向こうのダナン精肉店も、賑わっている。
ダナンさんの作る干し肉は味も絶妙で、旅の商人や傭兵に人気があるのだ。
幅の広い水路には、太い丸太を積んだ船がいくつも停まっている。
馬車で運ぶのが難しい重い荷物は、こうやって船で運ぶことが多いらしい。
飯屋、宿屋、酒場や娼館も昼間から騒がしい。
"交易都市ガラント"
ここは人・モノ・金が大きく動く街である。
さて、話は戻るけど、白い光についてだ。
この数日で試したのは、脚力だけではない。
俺は民家の壁に寄りかかると、試しに"耳"に光を集め始めた――
『ご主人様、いけませんこんな事……』
『大丈夫だ、妻なら買い物に出かけ――』
『あら、私ならここにいるわよ』
『ゲッ……いやあのこれは違うんだ』
『覚悟はできてるんでしょうね……?』
『あ、ちょ、まって、ぁ、あぁぁぁぁぁ』
……変なの聞こえてきた。
とまぁ、こんな感じで、筋力だけではなく感覚も強化できることが分かった。
目に光を集めれば、望遠鏡のようにも顕微鏡のようにも使えるし。
そしてもうひとつ、分かったことがある。
使えば使うほど、体の中の光の量が増える、ということだ。
筋トレをして筋肉痛になり、回復すると筋力が増えるように。
白い光を使って疲労し、休んで回復すると光の量が増えているのだ。
この力は、一体何なのだろう。
俺は考えてながら街をブラブラしていた。
うーん……
……ん?
ある建物が目に留まる。
『サカナヤ書店』
――魚屋なのか書店なのか。
だが、本で調べるというのは悪くないかもしれない。
考えても埒が明かないからな。
俺は意気揚々と書店に入っていった。
書店の中に入った最初の印象は、「本少ないな……」というものだった。
ま、そりゃ日本と比べてしまうのは良くないけどな。
にしても、孤児院には結構本あるよな……と思ったが、そういえばよく貴族が、使わなくなった古い本を寄贈してくれていたのを思い出した。
何気なく、値段を見てみる。
「10日でマスター!宮廷作法 3000000R」
髙っ!!!!
300万R……金貨(100万R)で3枚とか。
こちらでは製紙技術が発達していないからだろう。
本はとても高価なものらしい。
本棚の前で唖然としていると、店員が話しかけてきた。
「お坊ちゃん、貴族様のお使いかな?」
「あ、はい、でも目当ての本はなかったようなので……」
失礼いたします、と丁寧におじぎをすると、さすが貴族様の使用人だと褒められた。
そのまま書店を後にする。
本は今はまだ無理かなぁ……
あくまで本を読む、という目的にこだわるのならば、
① 他に本がありそうな場所で見せてもらう
② 働いてお金を貯める
ってところかな。
②は時間がかかるから置いておくとして、①の"他に本がありそうな場所"ってどこかあるかな。
うーん、悩ましい。
考えながら歩いて行くと、別の店が目に入った。
『ジェラード魔具店』
あぁ……ここなら。
この世界には、魔具、という道具がある。
どういう原理で作られているものなのか興味はあるものの、これもまた高価なため俺は見たことがない。
聞いた話だと、魔術師の使う魔術の小さい版を行使できるそうだ。
火種を出す魔道具や、光源の魔道具は旅人に人気があるらしい。
魔具職人は、基本的に平民の職業だが、貴族を客にすることも多い。
魔具が高価なこともあって、基本的にはお金持ち――つまり、本を持っている可能性が高いのだ。
なんとか蔵書を見せてもらえないかなぁ……
と、店の前で考えていると。
「おい、ガキがうちの店に何の用だ?」
話しかけられ、振り向くとそこには。
5歳の俺と同じくらいの身長のおじさんがいた。
ホビット族だ。
この種族の人は、みな手先がものすごく器用なことで有名で、魔具師になる人の8割はホビット族である。
「あ、こんにちは。 えっと実は今、本を探していて――」
「うちの本は見せんぞ」
先に釘を差してくるおじさん。
実に面倒くさそうな表情だ。
おじさんを見てみると……ん?
指先に白い光が集まっているようだ。
もしかして、ホビット族が器用なのって……
「商売の邪魔だ。 さっさと帰れ」
目の前でピシャっと扉を閉められた。
まぁ、経済力もない5歳のガキなんか、確かに商売の邪魔なんだけどさ。
仕方ない、他を当たるとしようか。
本の場所だけじゃなくて、お金を稼ぐ方法も探してみよう。
収穫もあったしな……
あの指先の光。
魔具師のおじさんの指はすごく強い光を放っていたから、今の俺には同じレベルの事はできないだろうけど。
ただ、指先に光を集めれば、器用さが上がることが分かった。
これは使えそうだ。
さらに街を進んでいく。
うーん、あまりいい方法が思い浮かばないな……
時間はかかるけど、お金を稼ぐしかないか。
でも、5歳児を雇ってくれるところなんて――
と思っていると、何やら前のほうが騒がしい。
「キャーっ!!!」
悲鳴のようなものも聞こえてくる。
何かあったのかと見てみると――
車輪の壊れた馬車。
その馬車に押さえつけられるように、動けなくなっている女の人が1人。
明らかに積載量をオーバーしている積荷が、今にも崩れそうにグラグラしていた。
女の人は叫びながら身をよじって逃げようとするが、馬車はビクともしない。
周りの野次馬も、今にも崩れそうな積荷に手を出せないでいるようだった。
……あ、崩れる!!
グラっと積荷が傾いた瞬間、俺は足に光を集め、大きく跳んだ。
考えている余裕などなかった。
女性のそばに寄り、腕に光を集める。
そして、積荷を両手で受け止めた。
――重い……!
背骨がギシっと歪むのを感じ、慌てて背中にも光を集める。
今度は腰と膝がガクガクして来たので、下半身全体にも光を集める。
ほぼ全身に強い光を流しながら、倒れてくる積荷を支えていた。
……疲労感がすさまじい。頭がボーっとする。
もう、数秒も持たない――
その瞬間だった。
「行くぞっ!」
「「「「おぅっ!!!」」」」
たくさんの男たちが、俺のそばにかけより、全員で馬車を押し返す。
横を見ると、太い棒をテコのように馬車の下に差し入れている人もいた。
「せーのっ!!!」
――ドーン
大きな音を立て、積荷は反対側へと倒れていった。
……あぁ、よかった。
そう思った瞬間、俺は疲労感に抵抗できず、そのまま意識を失った。
※ ※ ※
目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
孤児院のものよりフカフカで、居心地のいいベッド。
俺が目をさますのとほぼ同時くらいに、部屋の中に兵士が入ってきた。
まだ若い……15歳かそこらへんだろう。
「やぁ、目を覚ましたかい?」
兵士ははじめに自己紹介をしてくれた。
名前はオチャモさんで、所属は治安部隊――日本で言うところの警察だ。
傲慢な兵士は多いのだが、この人は物腰の柔らかい人だった。
「あの、ここはどこですか?」
「あぁ、ここはローラさんの経営する宿屋、"薔薇の香り亭"だ」
「ローラさん?っていうのは……」
「ほら、君が助けた人……危うく、積荷の下敷きになりそうだった人がいただろう? あの人がローラさんだ」
なるほど。
助けたお礼に、倒れた俺を宿で休ませてくれたんだろう。
「あの女性は無事だったんですね!」
「えっ? あ、うーん、と……」
……ん? 無事じゃなかったんだろうか。
「どこか大きな怪我でもしてしまったんですか?」
「いや、幸い怪我は軽症で、何も問題はないよ」
じゃあなんでさっき言い淀んでいたんだ?
俺が疑問に思っていると……
バンッ!!!
勢い良く部屋のドアが開いた。
「目を覚ましたの? 大丈夫かしら?」
「ローラさん!」
兵士さんの反応から、この人がローラさんだと分かった。
そこに立っていたのは――
綺麗な長い金色の髪に、透き通った青い瞳。
2mに届こうかという大きな体と、強靭な筋肉。
口の周りにはうっすらと青ヒゲが見える。
ガッシリとした体を包む女性物のワンピース。
「あら~ん、ソラちゃんって言うのねん♪ カ・ワ・イ・イ・コ!」
野太い声でそんなことを言われても、何もうれしくない。
チラッと兵士さんを見てみると、スッと視線をそらされた。
うん…… なんかもうね、わかったよ。
目の前の"女性"はすごいテンションでまくし立てた。
「あたしの名前はローラ! ウフフ☆ この宿屋の店主兼看板ム・ス・メよ♪ あの"ビチクソ商人"の馬車が倒れてきた時は、あたしの人生もこれまでかって思っちゃって……儚く散る花も美しいけど、あたしはもう少し長生きしたかったから、ソラちゃんに助けられたときはうれしかったわ~ん☆」
ジリジリと近寄ってくるローラさん。
思わず後ずさる俺。
兵士さんを見ると、彼は音を立てずに部屋から出ていくところだった。
まって! 逃げないで!! 一人にしないで!!!
「ソラちゃん、小さい体なのにずいぶん力持ちなのねぇ~…… お姉さん、ソラちゃん見てたらドキドキしてきちゃった。 ソラちゃんの体に興味津々なのよ~」
ローラさんは人差し指で俺の胸元をスッと撫でた。
ヒィィィィィィィィィ――――
「お礼に、今ならなーんでもお願い聞いちゃうわよ? どう? 挿したい? 挿されたい?」
挿すって何をだぁぁぁぁぁ!!!
うぅ、やばい――
前世では17年守ってきた貞操が5年で危ない!!!
「い、いえ、特にお願いはな――」
「挿したいの? 挿されたいの?」
「遠慮させて――」
「挿したいのか挿されたいのかって聞いて――!」
「お、おおおお願いがあります!!!」
回避、回避だ!!!
普段ミリアのわがままを頑張って回避していたスキルをここでフル活用するんだ!!!
できなければ――――終わるっ!!!
「お、俺をここで雇って下さい!」
「あら……」
成功……かな?
違う話題で、とにかく意識を逸らすのだ!
ま、仕事探してるのは本当だしな。
ビックリした顔で、俺を見つめるローラさん。
まじまじと俺の顔を覗き込む。
「ソラちゃんも"そっち"の子だったのね~」
そっちってどっち!?
「まぁいいけど、まだ年も幼いし、雑用からよ~?」
「は、はい。 あの、お金貯めたくて……」
「親御さんはなんて言ってるの?」
「いえ、孤児なので」
「そう…… 体と心の性別が合わなくて、理解のない親に捨てられてしまったのね……」
うぅっと涙をため、静かに頷いているローラさん。
何か盛大な勘違いをしている気がする。
「あ、あの~……」
「分かったわ! 一緒に素敵なレディを目指しましょう!!!」
「え、えぇぇぇぇぇ――」
「お金を貯めて、いつか性転換……私達の目標は同じだもの!!!」
「ちょ、まって、え……」
……それから、必死に説得し、なんとか誤解は解けた。
ローラさんは自分のした勘違いに、腹を抱えて大爆笑していた。
いろいろ話してみると、基本的にメッチャ良い人である。
ちなみにローラさんの名誉のために言っておくけど、俺を襲おうとしたのは冗談でからかっていたらしい。
さすがに5歳の少年に挿したり挿されたりする趣味はないそうだ。
……本当だよね?
なにはともあれ、俺は本を買うためのお金を稼ぐべく、ここ「薔薇の香り亭」で働くことになったのだった。
ご感想、ご意見お待ちしてます!
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