第04話 貴族の誇り
今回から学院の授業が始まります^^
さて、ソラはどんなことを学んで行くのでしょうか。
入学式から3日。
今日から本格的に学院の授業が始まる。
授業は、午前に共通科目2つ、午後に専門科目2つで、計4つの授業が行われる。
まずは1時限目、王国史だ。
俺はまだ慣れない教室で、歴史学の先生の講義を聞く。
おじいさん先生で、声は若干聞き取りづらい。
「"サロランディア"とは、古語で"白く光る大地"という意味になります。 初代国王がこの名前をつけた理由には諸説ありますが――」
授業を聞きながら、みんなカリカリとメモを取る。
横をみれば、ミリアも寝ないで真剣に聞いている――前世では学校に通うのが当たり前過ぎたが、こちらでは特別なことなのだ。
感覚の違いか、一生懸命な生徒が多いと思う。
貴族も含め、割と真面目に授業を受けていた。
先生は大きな白い木の板に、黒炭で文字を書いていく。
一方の俺たちは、手元の小さめの白板に要点を書き記した。
この世界では、紙と言えば動物の皮から作ったものであり、"講義ノート"などというもったいない使い方はしない。
白板に筆記用の黒炭でメモした授業内容を、家に帰ってからインクで紙にまとめるのが一般的だ。
「700年前、"ナイトメア"の侵攻による被害が少なかったこのあたり一帯をまとめ……」
ナイトメア?
なんだろう、と思っていると、麦わら帽子の少女――リーゼがスッと手を上げる。
「先生、ナイトメアって何ですか?」
このように、分からない時にはちょこちょこと質問が入る。
……まぁなんだ、これが本来あるべき学校の姿なんだろうなぁ。
「そうだのう……ここ最近はすっかり駆逐されたから、知っている者も少なかろう。 100年近く前は、まだ時折見かけることがあったが」
……この人何歳だろ?
先生は手に持った本を置いて目を閉じた。
「ナイトメアとはの――黒くウネウネとした、気持ちの悪い生き物達を総称してそう呼ぶ」
そういうと、先生は軽く身震いする。
「魔物とは違うんですか?」
「うむ、全くの別物じゃよ……こればかりは、実際に見ないとなんとも説明しづらいが……。 お、そうじゃ、この中で"スライム"を見たことのあるやつはおるか?」
数人が手を上げる。
俺は話でしか聞いたことがないが……
「スライムは魔物じゃないんですか?」
「いや、ナイトメアじゃよ。 繁殖力が強いため現存してる種じゃ……奴らからは"核石"が取れるじゃろう? それがナイトメアの特徴なんじゃよ」
ほう……核石は魔具を作るのに重要な"集魔石"の材料だ。
何処から入手できるかなんて知らなかったな。
「"ナイトメア"は、人だろうと魔物だろうと容赦なく襲ってくる得体の知れない生き物じゃ……っと、少し脱線したのう。 そんな訳で、この国ではナイトメアと戦える人材――魔家や武家が貴族として重用されたのじゃよ」
ほう、なるほどな。
前世では歴史とか大嫌いな科目だったんだが、こうやって理解しながら聞くとなかなか面白いものだ。
周りのみんなもカリカリとメモを取っている。
ちなみに、本は非常に高価なため教科書を持っている生徒は少数だ。
俺自身、購入した教科書は魔具科の科目のもの……ヘンティさんが「この本は卒業してからも役立つでござるよ」と言っていたものだけである。
――カラーン カラーン
授業終了の鐘が鳴り響く。
「それでは、今日はここまでじゃ。 分からない所があれば聞きにくるように」
先生が教室を去って、一気にざわつく教室内。
ミリアを見ると、ぺターンと机の上に伸びていた――集中してたもんな。
日直のリーゼが、教室の白板の文字を"消しパン"で消していく。
消しパンとは、食べても美味しくない、文字を消すために作られたパンである。
文字を擦ると、黒いパンくずがポロポロこぼれ文字が消える。
黒炭と消しパンが、チョークと黒板消しみたいなもんだな。
落ちたパンくずを箒でかき集めるのも日直の仕事だ。
箒とチリトリを持って屈んでいるリーゼの横を、魔術科の女が通りすぎる。
――ちょん
女は、指でリーゼの麦わら帽子を弾いた。
ハラリと落ちる麦わら帽子。
女はなに食わぬ顔で教室から出ていった。
……せ、性格悪ぃ……。
リーゼは指で弾かれたことに気付かなかったようで、麦わら帽子を拾うと大事そうに埃をはらい、掃除を続けた。
シルフィだけが、出ていった女をキツく睨んでいるのだった。
※ ※ ※
算術の授業が終わると昼休みだ。
算術はものすごく簡単な計算からだった。
正直、俺やミリアやリーゼなどの「テスト受験組」はアクビを噛み殺すばかりだ。
……汗をかいていたのは貴族だけだったな。
俺はミリアと一緒に食堂に行く。
食堂のメニューは安いものから高級なものまで様々で、生徒はそれぞれ身分に合わせた料理を頼んでいるようだ。
……さて、俺とミリアはというと、鞄の中から弁当を取り出していた。
お金があまりない生徒たちは弁当を持ってくることがあるが、俺たちの場合は事情が違う。
わざわざ頼んで、朝からレイアに作ってもらったのだ。
ヘンティさんの情報どおり、食堂のご飯は見るからに美味しくなさそうだし……作ってもらって正解だな。
「ソラ見て見てっ! 肉たっぷり!!」
ミリアが嬉しそうに弁当箱を開けて、俺に見せてくる。
うぉ……全体的に茶色いおかずばかりだ。
所々こっそり野菜が入ってるところにレイアの気遣いを感じるが、にしてもミリアが好きそうな弁当だなぁ……
どれどれ、俺の弁当は――
「ハートっ!?」
鮭フレークみたいなヤツでハートが作ってある、いかにもな"愛妻弁当"が登場した。
おかずも色使いがカラフルで、目にも楽しい弁当になっている。
弁当を渡すときになんかモジモジしてると思ったら……
そんなこんなで、俺たちがレイアの特製弁当に舌鼓を打っていると、食堂の向こうで何やら言い争っている声が聞こえてきた。
「おぅてめぇ、放課後残れ! 決闘じゃワレ!!!」
「望む所じゃボケ!! ちびって逃げるなっ!!!」
授業初日からさっそく決闘か。
どっちも2年生みたいだが……
「ソラ、どうする?」
「せっかくだから見に行ってみようか……図書館はまた明日行こう」
俺とミリアは喧騒を眺めながら弁当を食べ続けた。
※ ※ ※
午後からは専門科目の授業が行われる。
ミリアは薬術科、俺は魔具科の授業が行われる教室へと向かった。
先生はなんと――担任のウリー先生だ。
……ウリー先生、魔具が専門だったのか。
教室には30人ほどの魔具科の生徒がいる。
半分ほどはホビット族、あとは虫人や熊人など様々だ。
もちろんエルフのリーゼもいる。
ウリー先生は今回もみんなの視線と好意を鷲掴みにしたあと、授業を始めた。
「魔具の発明は今から約500年前、一人の人間族の女性が生み出したわ。 彼女は現在"始祖の魔具師"と呼ばれ――」
授業自体はまともなものだった。
ま、どうも集中できてない男たちはいるようだが……
「魔具の発明により、魔術や武術の使えない人にも"ナイトメア"と戦うことが出来るようになったの。 "ナイトメア"は知ってるかしら?」
「さっき王国史で聞きました!」
「うふふ、そう……さて、魔具の登場でナイトメアとの戦の状況は大きく変わったわ。 今の暮らしがあるのも、魔具のおかげということね」
「先生! ナイトメアと戦えるなら……なんで魔具師は武家や魔家と違って貴族じゃないんですか?」
「"ウリーちゃん"と呼んでね。 "始祖の魔具師"も、魔具師が貴族として認められない事を憂いたのでしょう。 彼女は魔具師を中心とした1つの国家を作ったわ」
「ウリーちゃん! その国は?」
「長い時間をかけて弱体化し、10年前――あなたたちが生まれた頃に、この国に併合されましたよ」
「……なーんだ」
質問した生徒は残念そうだ。
にしても、魔具師が貴族であるという国が最近まで存続していたのか。
えらそうな魔具師が多いのも、そのせいかもしれないな。
「ウリーちゃん!」
「うふふ、何かしら」
「ウリーちゃんは、生活魔具は邪道だと思いますか?」
何人かの視線が、俺の方に集まる。
生徒たちの中には、親の影響なのか"生活魔具は邪道だ"と思ってる者も少なくないのだ。
ウリー先生はヘンティさんのことを知っているみたいだが、生活魔具についてはどう思っているんだろう?
彼女はゆっくりと口を開いた。
「歴史的に見て、確かに戦うために作られたのが魔具……強力な魔術を模したものが由緒正しい魔具と呼ばれているわ。 しかし一方で、ここ最近は強力なナイトメアをさほど見かけなくなった……」
ウリー先生は怪しく微笑みながらみんなを見渡すと、ふぅっと息を吐く。
「魔具はあくまで道具、戦うための"手段"でしかない。 でも、大切なのは"手段"ではなくて"目的"。 ちゃんとした目的がある生活魔具は、目的を失った古い魔具よりむしろ――」
先生は俺の事をまっすぐ見つめる。
「こちらのほうが正道。 そう、私は思うわよ♪」
先生は俺の目を見て離さない。
この前と違い、今はからかうような目をしていなくて……なんだか初めて、少しだけウリー先生の本心に触れた気がした。
「さて、続けるわ。 最初に作られた魔具は、火の魔術を模した――」
意外にまともだったウリー先生の授業はその後も続いた。
今年からの新任教師だと言っていたけど、しっかりと先生してるな。
ヘンティさんとウリー先生。
本当、二人はどういう関係なんだろう……
※ ※ ※
本日最後の授業は、魔術科と魔具科合同で行われる「基礎魔術概論」だ。
校庭に全員で集まると……ざっくりで、100人いないくらいか?
なかなかの数がいる。
魔具科の生徒はなんとなく肩身が狭い感じで一ヶ所に座っていた。
意図せず隣にリーゼが座っているが、こちらに目を合わせる気はないようだ。
教師は魔術科の専門だろう。
えらそうにふんぞり返って、根っからの貴族って感じだ。
スラッとしている中年の男である。
「それでは基礎魔術概論を始める。 はじめに……本来であれば魔術を使う才能のある"優秀な生徒"を相手にした授業をしたいところだが、どうしても一緒に学びたいということで、仕方なくこちらの魔具科の生徒たちが参加することになっている。 皆、仲良くするように」
仲良くする気ないだろ……。
嫌な奴だなぁ。
「さて、魔術には4種類の基本属性がある。 そこの魔具科のお前! そうお前だ。 その4つの属性とはなんだ!?」
「……分かりません」
「ふん、これだから魔具科は……この中で誰か分かるものは?」
手を挙げるものが何人かいる。
魔具科の中にも分かるものがいるようだが、教師はこちらを見向きもしない。
「火、水、風、土です」
「よく言えた、さすが有望な魔術科の生徒だな」
……思わず隣のリーゼと目が合い、お互いにタメ息をついて共感し合う。
リーゼはハッとしてそっぽを向くが……別に、無理に避けなくてもいいじゃないか。
「まずは実際に見てもらった方が早いだろう。 そうだな――」
「先生っ!」
「ん? どうした……」
手を挙げたのは、同じクラスの魔術科の女。
たしか、リーゼの麦わら帽子を指で弾いていた奴だ。
「そこの"麦わら帽子"がエルフです」
「そうか……ククク、ではエルフ様に魔術を教えて頂こうか……そこの麦わら帽子、前に出てこい」
リーゼは困惑した様子で前に出ていく。
――滅茶苦茶だ。
「そこに立ててある鎧に向かって魔術を使え。 基本4属性のどれかだ」
リーゼは緊張した様子で指を一本立てる。
「どうした? エルフならこれくらい軽いだろう……」
リーゼは息を吐き出すと、ボソッと呟いた。
「シルフィ……お願い」
先程からイライラしている様子だったシルフィが、風の魔術を発動する。
――バシュッ
鎧に風球が当たる。
シルフィはリーゼが立てた指からマナを補給した。
ホッと胸を撫で下ろしていると、教師がリーゼのもとに向かう。
「……誰が精霊を使っていいと言った?」
「えっ……」
パンッ
一瞬のことに反応できなかったが……教師がリーゼを平手打ちした。
麦わら帽子が地面に落ち、リーゼは唖然とした表情。
精霊のシルフィはわなわな震えている。
「シルフィ……だめ……」
教師に手を出したら退学になってもおかしくない。
シルフィもそれが分かっているのか、何もできずに悔しそうにしていた。
ふと、魔術の気配を感じる……
先程の女が、呪文を唱えながら火の魔術を作り出していた。
視線の先には、地面に落ちた麦わら帽子――まさか。
周りの貴族はニヤニヤしている。
シルフィは教師を睨んでいて気付いていない。
リーゼが振り返り、驚愕の表情を見せる。
女が火球を放った。
――ジュッ……
女が放った火の魔術は途中で阻まれ、麦わら帽子に届くことはなかった。
その場にいた誰もが静止している中、リーゼが呟いた。
「……ソラ・クロウリー」
女が火球を放った瞬間、俺は麦わら帽子と女の間に割り込んでいたのだ。
火傷ひとつない俺の姿を不思議そうに眺める奴もいるが……体を包んだ薄い水の膜で火をかき消していたのである。
俺の体を、頭を、沸々と怒りが支配している。
落ち着け――
教師が俺に話しかける。
「おや、エルフの友達かな? 君がお手本を見せてくれるのか?」
ニヤニヤ笑う教師。
……もう、いいよな。
「……4属性の魔術でしたね」
俺は両手を前につき出すと、右手と左手で別々にルーンを作りはじめた。
右手で作るのは圧縮した水の筒。
左手で作るのは硬い石の弾丸。
水の筒は鎧の方を向いて空中に浮かんでいて、弾丸はその筒の中に出来上がっていた。
「……は?」
教師が口をあんぐり開けて驚愕している。
さてと……
俺は再び両手別々に魔術を作りはじめた。
右手で作るのは激しくうねる風の渦。
左手で作るのは圧縮した火の球。
風の渦は水の筒の前方に出来上がり、火の球は筒の後ろから入っていく。
水の筒を変化させ、筒の後方に蓋をした。
魔術科の生徒も魔具科の生徒も、何が起こっているのか理解していない表情だ。
俺は、火球の圧縮を解放した。
――ドガーン
筒の中から弾丸が射出された。
弾丸は風の渦の中を通る。
――キュイン
弾丸に回転が加わり、貫通力が増す。
そのまま鎧の方へと飛んでいき……
――ズドンッ
「こんなもんかな」
鎧をグシャグシャにした弾丸は、地面に深くめり込んで止まった。
俺は落ちていた麦わら帽子を拾い上げると、優しく土を払う。
「はい、リーゼ。 少し汚れちゃったな……」
「ソラ……ありがとうございます。 後で綺麗にするから大丈夫ですよ」
静まり返る生徒たちの間を縫って、俺とリーゼはもとの場所に帰っていく。
教師は魂が半分抜けたようになったまま、授業を再開した。
やっちゃったけど……まぁ、いいよな。
リーゼを見ると、少し遠慮気味だが俺に笑いかけてくれていた。
※ ※ ※
授業が全て終わった後、俺とミリアは学院内の"闘技場"まで来ていた。
周りはたくさんの生徒で賑わっている。
今日は貴族の誇りをかけた「決闘」が行われるので、みんな野次馬的に観戦しに来たのだった。
この決闘システムはパッと聞くと野蛮に感じるものの、実はけっこう良くできたシステムだったりする。
まず、上級生から下級生へ、貴族から平民への決闘申し込みは禁止とされている。
また、実施には両者の合意と教員の許可が必要だ。
事前にルールも取り決め、命の危険がないよう聖術師まで用意して万全な策を取っている。
もともと決闘は貴族の伝統なのだが、それを制度として用意することで"より安全に"、"ちゃんと管理された"決闘が行われるようになったのだ。
今日の決闘は二人の武術科の生徒。
一体、何を争うのか……
と、会場に二人が現れた。
いがみ合いながら、険悪なムードだ……審判として教員も一人同行している。
二人は大声で話しはじめた。
「俺は"山キノコ"なんて絶対に認めんっ!」
「"里タケノコ"など邪道の極みじゃボケ……負けたらキノコさんに謝れっ!!!」
山キノコと里タケノコは、この世界で有名な駄菓子だ……が……
教員が宣言する。
「今日の決闘は"早食い勝負"とするっ! さぁ、ありったけの"山キノコ""里タケノコ"を持ってこいっ!」
……なんだかなぁ。
「ミリア、なんか想像と違うな……」
「うん……」
「帰るか」
「……うん」
会場のボルテージが最高潮になる中、俺とミリアはそっと抜け出した。
……帰ろうと校門まで向かう俺たちを、追いかけてくる気配がある。
振り返ると――
「ウリー先生?」
「"ウリーちゃん"よソラくん。 朝もらった手紙の返事を、またヘンティまで届けてほしいの~。 お願いできる?」
「いいですよ」
俺は手紙を受けとると、鞄にしまった。
「さようなら」
ウリー先生の胸を凝視するミリアを正気に戻しながら、俺は学院を後にしたのだった。
※ ※ ※
家に帰ると、ヘンティさんが何やらエラい人たちと話をしているようで、いつまで待っても会うことが出来なかった。
「誰と話してるの?」
「うーん、何かのギルドの人らしいんだけど、よく分からないわ」
仕方ないか……
俺は鞄から手紙を出すと、タニア姉に渡した。
「これ、ヘンティさんに渡しといてもらえる?」
「これは……?」
手紙を受け取ったタニア姉に向かって、ミリアが説明する。
「学院の担任の先生から、ヘンティさんに手紙渡してくれって」
「先生……どんな人?」
「うーんと、おっぱいがバインバイン!!!ってしてて――」
ミリアが身振り手振りでウリー先生の体つきを説明する。
……タニア姉の顔が変わっていく。
「そ、そう。 ふふふ、ちゃんと渡しておくからまかせて……ふふふ」
手紙を持ったままフラッと消えるタニア姉。
その夜。
晩ご飯の野菜スープにはなぜか大量の砂糖が入っていたり、サラダの野菜が全部みじん切りになっていたりした。
あなたはキノコ派?タケノコ派?




