第03話 初めての学院
次話投稿します。
ソラとミリアが遂に学院に入学することに……!
新しい登場人物が若干多めの回になります。
サロランディア王立学院の入学式が行われるのは、年が明けてから10日後である。
半年前に行われる試験に合格するか、大金を積むか……
いずれの場合も、その年に10歳になる子どもが入学することになる。
そして、今日がその入学式の日。
授業が始まるのは3日後からなので、入学式とクラスの顔合わせだけで今日は終了である。
俺は真新しい制服に着替えて顔を洗うと、工房までやって来た。
学院に行く前に、挨拶していこう。
「ヘンティさん、おはようござ――」
工房の扉を開けると、土下座してるヘンティさんと、片足でヘンティさんの背中を踏みつけるタニア姉がいた。
えっと……
ゆ、床の上にあるのは試作の洗濯機かな?
円筒形の鍋のようなものが横倒しになり中身がこぼれていて、その水の中に"細切れになった布"が浮いている。
――洗濯機の完成はまだ遠そうだ。
うーん……
俺はヘンティさんを踏みつけているタニア姉に話しかけた。
「ごめん、プレイの邪魔し――」
「棚の上のものを取ろうとしてただけよ!」
タニア姉はパッと足を戻すと「何言ってるのよ、もう」と言った。
……よし決めた、この二人はもう放っておこう。
「ソラ、制服似合ってるじゃない」
「デュフフ、入学式から帰ってきたら"薔薇の香り亭"でパーティーでござるよ」
俺は二人に「行ってきます」と挨拶すると、工房の扉を閉めた。
ちょうど、後ろからミリアが現れる。
「二人は?」
「プレイ中だった」
「じゃーいいや。 ソラ、行こ!」
ミリアも制服に身を包んでいる。
制服は、前世で言うところのブレザータイプの制服に近いかな。
シャツに上着。
ネクタイは学院で渡される予定だ。
ミリアはスカート、俺はズボン。
学院の紋が入った外套を羽織っている。
「ねーソラ、どう!?」
「うん、似合ってるんじゃないか」
クルッと回るミリアを見て、正直な感想を述べた。
ミリアは猫耳をピクピクさせてうれしそうだ。
門の所まで行くと、レイアとエイラスさんが見送りに出ていてくれた。
レイアのポニーテールにしがみついていた精霊のネスカが俺の肩に飛んでくる。
「ソラ、ミリア、いってらっしゃい」
「あぁ、行ってくるよレイア」
「お祝いの料理……楽しみにしてて」
「私には肉たっぷりでお願いねっ!!!」
「……わかった」
横にいるエイラスさんは、先日生まれたばかりの娘を抱っこしている。
実はエイラスさん、去年の春に結婚していたのだ。
奥さんはクワガタの虫人で、エイラスさんとは子ども時代の遊び友達だったそうな。
屋敷の前を通りがかった時に"樹液のいい匂い"に誘われて、フラッと訪ねてきたところでエイラスさんと再会し、そのまま結婚してしまった。
結婚してから奥さんはクロウリー家で使用人をしていて、忙しいタニア姉と一緒に屋敷を切り盛りしてくれている。
「はいララ、ソラお兄ちゃんとミリアお姉ちゃんにいってらっしゃいだよ?」
「おぎゃぁぁ!! おぎゃぁぁ!!」
「おや賢い、ちゃんと"いってらっしゃい"が言えたね」
「おぎゃぁぁぁん!!!」
「おぅよーしよし、ララは天才だねぇ」
"ただ泣いているだけだ"という主張は、親バカの前には無意味だ。
ララちゃんは奥さんと同じ、2本の小さいクワガタのツノをひくひくさせながら大泣きしている。
……レイアもミリアも、その親バカの様子を少し眩しそうな顔で眺めていた。
「さて、行くか」
「……うんっ!!!」
俺とミリアは学院に向けて歩きはじめた。
※ ※ ※
「魔術科の生徒はこちらです!」
「武術科はここだぁ!!」
学院前はすごい混雑だった。
特に貴族の生徒が大半を占める「魔術科」「武術科」「家政科」の前は人の流れが滞り、なかなか前に進んでいかない。
毎年の事なのだろう、他の科の受付よりもスペースが広めに取ってあるが、それでも人が流れない状態だ。
「これじゃ進めないな……」
「まったくもう! これだから貴族は……」
……ミリア、俺も一応貴族だぞ?
人ゴミにうんざりしていると、突然目の前に人影が現れた。
「待っていたわ……」
目の前にいたのは、水色の髪を肩まで伸ばした少女。
ネクタイの模様から、学年は2つ上らしいと分かる。
少しキツい印象のある顔。
この顔は、見覚えがある。
「ソラ・クロウリー……覚悟しておきなさい。 魔術科の実習はとっても厳しいでしょうから――」
意地悪そうにニヤニヤしている。
変わってないな……こいつはレイアの姉、ミルフォート家の長女だ。
「今までのお礼に、たっぷり可愛がってあげるわ……アハハハハ」
高笑いしながら去っていく姉。
噂には聞いていたけど……制服の生地は少しほつれ、よれていた。
今では貴族社会の中でも"名前だけの貴族"と笑われているようだ。
……他の貴族も似たり寄ったりだと思うんだけどな。
「よかったねソラ、魔術科やめといて」
「まったくだ」
俺とミリアは人混みでごった返す受付の脇をなんとかすり抜けると、別の受付までやって来た。
「じゃ、後でねっ!!!」
ミリアが進むのは「薬術科」、俺は「魔具科」だ。
先ほどの3つ「魔術科」「武術科」「家政科」は、筆記試験の他にそれぞれ「魔術」「武術」「礼儀作法」の実技試験があるため、ほとんどが貴族か準貴族(使用人)だ。
ちなみに、お金を積んでパスできるのは筆記試験のみである。
……といっても、基本的なことができれば実技で落とされることはないらしいが。
一方で、「魔具科」「薬術科」「獣師科」はほとんどが平民か準貴族、もしくは商家の子どもだ。
こちらは筆記試験だけで合格できる。
この3つは別に学院に通わなくてもなれる職業だが、"学院卒業生"というだけで社会的信用度が高くなり働き口が増えるため、頑張って勉強して入学する平民も少なくない。
ふと魔具科の受付の前の方を見ると……
何人か先に、見覚えのある"麦わら帽子"が揺れている。
リーゼも魔具科なのか……?
農村だと農作業用に牛を使ったりするから、てっきり獣師科かと思ってた。
受付はスムーズに進み、俺の番が来た。
受付をしているのは、ホビット族の小柄なおじさんだ。
長いアゴヒゲを蓄えている。
「ソラ・クロウリー……魔具科です」
「ほう、君があのクロウリーの……ヘンティは元気か?」
「はい、ヘンティさんをご存知で?」
「あぁ、教え子なんだ。 昔は"生活魔具なんて邪道だ"と辛く当たってしまったものだが……」
おじさんは遠い目をしている。
魔具科の教員か……俺もお世話になるかもな。
「ヘンティに伝えておいてくれるかい? "私が間違っていた、コタツは至高の魔具だ"とね」
……そこはかとなくダメな人の香りがする。
「私はダルタニアン。 魔具科の主任をしている。 入学おめでとう、ソラ・クロウリー」
ダルタニアン先生は俺の手をガシッと掴み、力強く握手をした。
ヘンティさんの先生、ね。
その後、俺は魔具科用のネクタイを受け取ると、入学式が行われるホールへ向かったのだった。
※ ※ ※
壇上では、拡声魔具を使って学院長が話をしている。
「貴族のガキはその軟弱な根性を叩き直してやる。 平民のガキは礼儀ってモンを叩き込んでやる。 あたしゃ甘くないからね、覚悟しなっ!」
……ずいぶんファンキーな学院長挨拶だ。
学院長は高齢のエルフのお婆さん。
一体何歳なのかは分からないが、俺の目に映る学院長のマナはものすごく多い。
……まだまだ長生きしそうだな。
周りを見てみると、ポカーンと口を開けてる者、緊張している者、ビクビクしている者など様々である。
と、学院長の雰囲気が急に変わる。
「……おい、あたしのありがた~い話の最中に居眠りぶっこいてんのは、どこのどいつだい?」
学院長の視線の先には……って、おい、ミリア……
学院長は無詠唱で小さい水球を作ると、高速でミリアの方に打ち出した。
――ミリアの猫耳がピクッと反応する。
ミリアはパッと目を覚ますと、さっと体を反転させて水球を避けた。
後ろの少年の顔に水球が当たり、少年が吹っ飛ぶ。
「え? なんで魔術?」
全校生徒から注目の的になってるミリアだが、本人は何が何やら分かっていない様子でキョロキョロしている。
……静まり返るホール。
すると、突然大きな笑い声が聞こえてきた。
学院長だ。
「あっはっはっは、今年は活きが良いのが入ってきたじゃないかい。 そこの猫人の娘、学科と名前は!?」
「わ、私!? 薬術科のミリアよ!!!」
「ほう、今の動きで武術科じゃないのかい……ククク、今年は面白くなりそうじゃないか。 じゃあ皆の者、しっかり勉学に励むように」
とばっちりを受けた後ろの少年が運ばれていく。
ざわつくホール。
こうして入学式は、ミリアの名前を全校生徒に知らしめる形で幕を閉じた。
※ ※ ※
俺とミリアは同じ教室内で、横の席に座っていた。
周りの同級生たちは、どことなく俺たちを遠巻きに見ている。
ミリアは猫耳をペタンと畳んで凹み気味だ。
「ミリア、ずいぶん目立っちまったな……まぁ自業自得だけど」
「なんで? 私別に悪いことしてな――」
「寝てただろ! 思いっきり」
クラスの中には、いろんな学科の生徒が入り交じっている。
1,2年生は共通の科目が多いため、各科混合のクラス構成になっているのだ。
3~5年生になると、学科毎にクラスが分かれるらしい。
ちなみに所属は、制服のネクタイの色で学科が、ネクタイの模様の線の数で学年が分かるようになっている。
教室を見渡すと、一番多いのが「家政科」の生徒。
貴族の使用人や、魔術科や武術科に入らなかった(入れなかった)貴族たちが多い。
次いで、魔術科と武術科が同じくらいの人数か。
魔術科の生徒はいかにもお坊っちゃんお嬢ちゃん、武術科の生徒はやはりゴツいのが多い印象だな。
中にはミリアを睨んでる武術科の生徒がいたり――ん?
魔術科の生徒で俺をチラチラ見てる奴がいるような。
気のせいだといいなぁ。
魔具科の生徒は、俺含めて3人。
俺と、ホビット族の少年と、前の方に座っている"麦わら帽子の少女"――リーゼだ。
麦わら帽子の上にいる精霊のシルフィに向かって、ネスカが激しく手を振っている。
シルフィは控え目に手を振り返しているが、リーゼはこちらを見ようともしない。
薬術科はミリア含め3人。
獣師科は2人。
やはり平民は少ないようだな。
全体で30人弱のクラス。
学年全体で10クラスほどあるが、どのクラスも比率はそう変わらないだろう。
――ガラガラガラ
教室の扉が開いた。
入ってきたのは――なんというか、大人の色気を漂わせた女性だ。
「ウフっ……この1年6組の担任の"ウリー"よ。 気軽に"ウリーちゃん"って呼んでね」
ウリー先生がウィンクした。
大きな胸がブルンブルン震えている。
……メロンでも入ってそうだ。
俺自身、正直ちょっと目を奪われてしまったが……我にかえり、周りを見渡した。
男どもは胸に釘付けになって見ていたり、恥ずかしがって俯いていたりする。
そんな男子の様子を、女子は冷ややかに観察していた。
……こればかりは、貴族も平民も関係ないな。
ミリアを見たら、ポカーンと口を開けて胸を凝視していた。
ネスカは自分の薄い胸を両手で寄せながら首を傾げてる。
お前ら……
「みんな、よろしくね~!」
プルンとした唇に人差し指をあてる。
みんなを見渡す目が笑っていて……
……この人、分かっててやってるな。
なんというか……そう、ローラさんが人をからかう時と同じ目をしてるんだ。
一度そう見えると、全ての仕草がわざとらしく見えるから不思議だ。
俺が冷めた目線で見ていると……
ウリー先生が俺の方を見て、一瞬、少しだけ怪訝そうな顔をした。
「はーい、じゃー自己紹介始めるわよ~!」
「うぉぉぉぉぉ!!!」
武術科の連中が叫ぶ。
なんだかなぁ……
※ ※ ※
一通り自己紹介が終わり、今日の予定は全て終了となった。
自己紹介を聞いていて気づいたが、貴族と使用人は同じクラスに振り分けられているようだ。
「若様、上着をどうぞ」
「うむ……」
なんてやってる。
自分で着ろよと思うが、なるほどな……各科混合なのは、こういう理由もあるのかもしれない。
あ、俺とミリアが同じクラスなのも、ミリアがクロウリー家付きの薬術師だからか。
「ウリーちゃんさようならー!」
「ごきげんよう、ウリーちゃん!」
帰る頃には、ウリー先生はクラスの人気者になっていた。
男子だけでなく、意外なことに女子からも好かれたようだ。
なんとなく、俺には"本性が見えない"って感じがするんだけど……初対面でそれは失礼かなぁ。
まぁいい、帰るか。
と、教室を出ようとした俺とミリアのもとに、ウリー先生が近づいてくる。
「ソラくんにミリアさん、ちょっといいかしら」
「……なんですか?」
「君たち、ヘンティの養子なのよね?」
「俺は養子で、ミリアは立場上は使用人になりますけど……なんでしょうか?」
「ヘンティにこれ、渡しておいてもらえるかしら」
ウリー先生は手紙を取り出すと、俺に手渡した。
紙は貴重で高いため、手紙自体珍しいものなのだが……なにか大事な用事だろうか。
「ヘンティとは古い知り合いでね……大事な手紙だから、確実に渡してちょうだいね」
「分かりました、ウリー先生。 ちゃんと渡しますから、手を離してください」
ウリー先生は、手紙を受け取った俺の手を掴み、豊満な胸に触れそうな位置まで持ち上げていた。
「今度からは"ウリーちゃん"って呼んでね、フフフ……」
先生の手が離れると、羨ましそうにしている武術科を無視して教室を出た。
後ろからミリアがついてくる。
「なぁミリア、あの先生何か変だと思わ――」
振り返ると……
……ミリアが自分の胸を両手で寄せて上げていた。
精霊のネスカはミリアの頭をポンポン撫でている。
なんだかもうどうでもよくなって、俺は残念な気持ちのまま学院を後にしたのだった。
いろんな人が増えました^^
学院編、本格始動ですっ!!




