第02話 白い光
第2話です。
初回は第3話まで投稿しますので、お付き合い下さい。
前世の記憶を取り戻してから、俺は少しずつ仕事を始めた。
普通、孤児が本格的に仕事をし始めるのは、10歳になってから。
早い子でも、8歳ぐらいでやりたい事を見つけて始める子はいるが……
5歳の俺が働くなんて、フライングもいいとこだ。
これは、俺の勤勉な性格が――
なんてのは嘘です、はい。
仕事を始める前の俺の生活は、だいたい次のような感じだった。
「ソラ、あなたパパ役ね。 ランドは犬役」
「えーぼくパパ役がいいなぁ」
「あぁ、俺は犬でいいからランドがパパ役やれよ」
「だめーっ!!!」
「まったくミリアはソラのことホント――ブルァっ」
「違うのよ(チラッ)、今のは違うのよ(チラッ)」
「ハイハイ、じゃー俺がパパ役やればいいんだな」
……ちなみに言っておくが、俺には幼女趣味も猫耳趣味もないし、ドMでもない。
また、別の日はこんな感じだった。
「ソラ、今から鬼ごっこやるぞ!」
「え~、俺は本読みた――」
「タッチ! ソラが鬼だ!」
「……(本読むか)」
「……」
「……(ふんふん)」
「……ふぇ……」
「……ん?」
「ふぇぇぇぇっ~ お゛にごっごじよーよぉぉぉぉ」
「え、えぇぇ……」
「ぅぅっ……ん……グスン……」
「(俺が悪いのか? これは俺が悪いのか) よ、よーし、今から追いかけるぞ~!」
「グスっ……よ、よっしゃ、捕まえてみやがれ!!!」
「分かったけど先に鼻かもうな?」
――こんなのが、毎日である。
記憶が戻る前はこれが普通だったんだよなぁ~……恐ろしい。
子ども達との毎日があまりにも過酷だったから、仕事に逃げたというのが実際のところ。
っても、5歳児に出来ることなんて、ホントに軽い"お手伝い"程度だけどね。
……というわけで、今日は朝からタニア姉の手伝いだ。
「ソラ、買い物お願いしてもいいかしら?」
「うん、いいよ」
「じゃあコレ。 お釣りはお小遣いにしていいからね~」
タニア姉は、財布から銅貨を15枚ほど取り出すと、俺に渡してきた。
銅貨一枚で100R。
パンが一個か二個ほど買える金額だ。
「買ってきてほしいのは――」
この世界、紙は高価だから、こういうお使いの時は記憶力勝負だ。
ふむ。
肉に野菜にヤギ乳、油に塩に――けっこーあるな。
1500Rじゃ、本当にギリギリってとこだ。
お釣りは小遣いにって……ほとんど余らないんじゃ……
むしろ足りないんじゃないか?
タニア姉、マジ鬼畜。
俺はお金を受け取ると腰の布袋に入れた。
ちなみにタニア姉は、"白い光"――例の、俺だけに見える、体を循環する光――の量が、他の人より少しだけ多い。
この白い光は、いったい何なんだろう。
その答えはまだ見つかっていない。
「じゃ、行ってくるよ」
「よろしくね!」
というわけで、俺は朝市に繰り出した。
孤児院から市場までは、平民街を一度突っ切る必要がある。
こっちは小金を持った5歳の孤児。
運が悪いと悪ガキに絡まれるんだよなぁ~……
って言ってるとフラグになりそうなので、小走りで駆け抜けた。
朝市はすごく活気がある。
いろんな店の屋台がひしめき合っていて、いろんな人種の人が密集している。
そして、街の食料品店で買うよりも圧倒的に安くモノが手に入るのだ。
今日の買い物も、街で買えば最低でも3000Rはしただろうな。
「おーうソラ、お使いか?」
「あ、おはよう! ダナンさん。 今日もいろいろ買い込みに来ました!」
「元気そうだな。 それで、今日は肉は買うのか?」
「はい、お肉も必要なので、ダナンさんのトコにあとで行きますよ」
俺は肉屋のダナンさんに手をふると、まず他の買い物を済ませようと市場を進んでいった。
実は、こうやって慣れた様子で買い物出来るのも、ダナンさんのおかげだったりする。
初めて市場に来たときは、本当に酷かった。
何も知らない5歳のガキなんていいカモなのだろう。相場の倍を吹っ掛けられても値切らず買ったり……としてるうちに、気付いたら残金は鉄貨3枚――3Rだけ。
これで肉買えるのか……? と、肉屋へ行き、出会ったのがダナンさんだった。
「はぁっ!? 3Rってお前…… ちょっと今まで買ったモノと値段を教えろ」
俺が今までの買い物履歴を教える度に、ため息をつくダナンさん。
相場を教えてもらったり、悪くなってる果物をこっそり隣の店のと交換したり(いいの!?)しながら、俺は今回の買い物が大失敗であったと知る。
……この世界の"はじめてのおつかい"はハード過ぎだ。
「次来るときはまずウチの店に来な。 買い物の仕方を教えてやる。 あとは、肉が3R分だったな……」
と、渡された肉。
明らかに量が多い……
当時はどれくらいの肉の量かまでは分からなかったが、今思い返してみると200R分くらいだったように思う。
ダ……ダナンさん、まじエンジェル!
胸をジーンとさせながら孤児院に帰ると、タニア姉がビックリしてた。
「はじめての買い物で、よくちゃんと買えたね…… 身ぐるみ剥がされて帰ってくるかと思ったのに」
タニア姉はマジ鬼畜。
……そんな事を思い出しながら、今日の買い物を済ませて肉屋へ向かった。
「お、重い……」
あぁ、腕がきつい……
今日は買い物の量も多く、ひとつひとつの品が重かったから、俺の荷物はすごい重量になっていた。
これでお金が足りなかったら、完全に心折れてたな……
残金は320R。
銅貨(100R)3枚に、大鉄貨(10R)2枚だ。
運良く安いヤギ乳が手に入ったのが幸いした。
200Rで肉を買っても、120Rほど残る計算だ。
ひーひー言いながら、なんとか肉屋の屋台までたどり着いた。
「ダナンさーん!」
「ようソラ……って、結構買い込んだなぁ」
「はい、ちょっと重くて、一旦ここに置かせてください――あれ、そちらは?」
俺は店の奥に、見慣れない女の子がいることに気付いた。
女の子といっても、俺よりはかなり年上だが。
俺に気付いたのか、彼女はこちらに近寄ってきた。
「おはようございます♪ 小さいお客様。 ダナンの娘のルカです。 よろしくね!」
笑顔の可愛い"熊人"だった。
熊耳をピクピクさせながら、小首を傾けている。
「この前12歳になってな……今までは店の方を手伝わせてたんだが、そろそろ朝市の方も手伝わせようかと思って連れてきたんだ」
ダナンさんは、街の中で肉屋を経営している。
じゃあなんで朝市に?とはじめは思ったんだけど、朝市で売るのは昨日本店で売れ残った肉なのだ。
本来なら廃棄になるような質の落ちた商品を、安く売る場所――それが朝市なのである。
まぁ質が落ちたと言っても、今日中に消費する食材だから問題ないしね。
それはそうと……
娘のルカさんを見ていると、気になる事がある。
ルカさんの体を流れる白い光についてだ。
腕を流れる光の量が、他の部分より明らかに多い!
……うーん、何かあるのだろうか。
「そうだルカ、こいつの荷物をこっちに避けといてやれ」
「あ、はーい♪」
そう言うと、俺が苦労していたあの重い荷物を、ルカさんはあっさり"片手で"持ち上げた。
唖然としてる俺に、ダナンさんが説明する。
「ビックリしたか? こいつは昔から、腕の力が強くてな。 重いものでもなんでも持ち上げちまうんだ。 獣人の中にはたまにいるんだがな」
腕の力ねぇ、あんな細腕でどうやって……
ん?
腕に多く流れる光と、強い腕力……
関係あるのかも。
そう言えば、足に光が多い猫人のミリアは、鬼ごっこで無類の強さを誇ってるし……
たぶん、光が多いほど、筋力や瞬発力が多いということなんだろう。
ぼーっと考えていると、ダナンさんに肩を叩かれた。
「で、肉はどれくらいほしい?」
……おっと、買い物を忘れちゃいけない。
「そうですね、猪肉を200Rほど」
「ちょっと待ってろ」
ダナンさんは肉を量り、慣れた様子で包んでいく。
少し雑談している間に出来上がってしまう。
さすがだな……。
肉を受け取り、お代を払う。
じゃ、帰るとするか、あの重い荷物を持って……。
嫌だなぁ~……
「ソラくん、はい荷物。 気を付けて帰ってね!」
うーん、ルカさん、いい笑顔だ。
彼女の表情を見ても、まるで荷物の重さを感じない。
いいな、腕の光。
あぁ、俺も同じことできないかな……
それは、半分は無意識だった。
腕に光を集めることをイメージしてみると――
――あれ?
できてしまったのだ。
"それ"が。
俺の腕に、普段よりも多くの光が集まっている。
まぁ光は、ルカさんのほど強くはないんだけど。
それでも、明らかに元の量よりは多い。
「ソラくん……? どうしたの?」
「い、いや、なんでもないです! 荷物ありがとう!!!」
つい呆けてしまった……
そのまま荷物を受け取る。
――うおっ!? 荷物が軽い!!!
あはは……なんてこった。
つまりこの白い光はイメージで動かせるし、腕や足などに集めることで、筋力を強化できるのか。
「ソラ、おめぇもなかなか力あるんだな」
「あ、いや重いんですけどね」
「涼しい顔してそれだけ持てりゃ十分すげぇよ」
誰でも出来そうなものだけどね。
ダナンさんの言葉を聞く限り、この強化方法は一般的じゃないのかもしれないな……
ダナンさん親子にお礼を言うと、俺はそのまま軽い足取りで市場を後にした。
……それからしばらく。
朝の活気づく街の中心部を抜けて、孤児院に着く頃には、俺はヘトヘトになっていた。
この疲れ方は異常だ……
全身が重く、頭がフラフラする。
考えられる理由はひとつ。
腕に光を集める、という行為によるものだ。
どうやら、体力や集中力をずいぶん消費するらしい。
ま、それでもこれだけ重い荷物を運んだんだ。
光を使った方が、そのまま運ぶよりは圧倒的に楽だったよ。
光の使い方については、練習したらもっと上手く出来そうだ。
これからは暇を見ては練習してみよう。
そう決意し、俺は孤児院のドアを開けた。
「タニア姉、ただいま!」
「あぁソラ、おかえり…… あら、その荷物持てたの? てっきり、持ち切れなくて泣きながら帰ってくると思ったのに」
……タニア姉はマジ鬼畜。
少しずつ、能力に目覚めていきたいと思います。
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