第02話 麦わら帽子の少女
なんかアクセスが増えたなと思っていたら、月間ランキングに乗ってました。
この1ヶ月、本当にたくさんの人に読んでもらえたようです^^
さて、次話投稿します。
厳しかった冬も、暦の上ではもうすぐ終わりを告げようとしている。
この世界では春から1年をカウントしはじめるので、あと10日もすれば年明けだ。
少しずつ暖かくなってきたとはいえ、まだまだ寒い日が続いているが……
今日俺は、学院の入学準備で朝から商店街に来ていた。
一緒にいるのはネスカだけだ。
文具店や服屋、本屋にも行く必要があるな。
入学までに買いそろえなければならないものはたくさんある。
ちなみにミリアはというと、クロウリー魔具商会が発表したこの冬の大ヒット商品「コタツ」の魔力により、家で丸くなっている。
「暖かくなってから頑張る~……」
と言ってグダグダしていたので、そろそろタニア姉に怒られている頃だろう。
商店街は、俺と同じように学院入学に向けて買い物をしている子や家族連れ、貴族の使用人などがちらほら見られる。
入学式まであと20日ほどだから、"薔薇の香り亭"もこの時期は学院関係のお客さんでいっぱいだ。
そんな客をターゲットにしているのだろう。露天では、いつもはこの辺で見かけないおじさんが叫んでいた。
「学院に入学するお坊っちゃんお嬢ちゃんはこっちー!」
などと言って、学院のマークを型どったピンバッジを売ったりしている。
いかにも必要そうな感じで客引きをしているが……学院から提示された買い物リストにはそんなものはない。
それでも、騙されて買ってしまう子もちらほらいるようだ。
しばらく歩いていると、文具店の奥さんが話しかけてきた。
「おやソラくんじゃないかい! あんたも今年入学だったっけ!?」
「はい、ミリアも一緒ですよ」
「そうかい! じゃあ……白板と木炭は、うんと安くしとくよ。 ミリアちゃんによろしく伝えといておくれっ! 息子もすっかり元気になって……」
今年の冬、ほんの1ヶ月ほど前になるか。
この奥さんが、突然屋敷を訪れた。
どうやら2歳の息子さんが病気になったようなのだが、薬屋も取り合ってくれないし聖術師を呼ぶお金もない。
今話題のクロウリー魔具商会の屋敷が目に入り、ダメ元で駆け込んできたのだ。
「あんたたち儲けてるんだろう!? なんとか出来ないのかい?」
「……私が薬を作るっ!!!」
ミリアが即答し、一晩で材料を集めて薬を作ってしまったのだ。
ヘンティさんが「この事は口外してはいけないでござるよ……うちに病人が殺到したら困るのでござる」と奥さんに言ったのを、今は忠実に守ってくれてるみたいだが……
いつかポロッと話してしまうんではないかと、俺は少しヒヤヒヤしている。
「はい、白板と木炭と消しパンと……全部で5000Rね」
「そ、そんな安くしてもらっちゃっていいんですか!?」
「ははは……本当はタダにしたいところだけどねぇ」
「十分ですよ、ありがとうございます」
その後も買い物をしながらブラブラしていると、ふと道端に人だかりが出来ているのを見かけた。
なんだ?
俺も野次馬根性で、人ごみの隙間から様子を覗いた。
見えたのは、この街で度々問題を起こしている不良の二人組と、麦わら帽子を被った女の子……?
「なんだてめぇ!?」
「やめなさいと言っているんです。 こんな小さい子に手をあげるなんて」
見ると、麦わら帽子の少女の後ろに隠れるようにして、小さい男の子が震えていた。
そして、それよりも気になるものが、麦わら帽子の上に――
「へへへ、よくみたら可愛い顔してんじゃねぇか……」
「どうする兄貴、売り飛ばして奴隷にでもしてやろうか」
「……救いようがありませんね。 シルフィ、風」
少女の麦わら帽子の上に座っていた精霊が浮かび上がり、ルーンを作る。
風の魔術みたいだが……あの大きさじゃ、まわりにも被害が出るんじゃないか?
マズいな――
精霊の魔術が発動する。
不良二人はなすすべもなく吹っ飛ばされ、地面に後頭部をぶつけて白目をむいた。
その風の余波が野次馬たちに吹いてくるが……
「間に合った……」
俺の作った風の壁が、それを防いだ。
ふと、精霊と目が合う。
ネスカ以外の精霊を見たのなんて初めてだな。
精霊がペコリとこちらにおじぎをしてきた。
なんだか感謝されたようだ……
麦わら帽子の少女は指を一本立て、マナを集中させはじめる。
その指に精霊が飛び付いた。
「シルフィ、ありがとうございます」
精霊は何かパクパク口を動かしているようだが……
「えっ? シルフィそれ、本当ですか?」
少女はパッと振り返り、俺の方を見た。
そのまま、俺の方に向かって歩いてくる。
少女の被っていた麦わら帽子がハラッと落ちる。
ショートカットにした金髪と、特徴的な耳が現れた。
「はじめまして。 私はリーゼロッテと申します。 あなたも精霊とお友達なのですか?」
それが、俺とエルフの少女――リーゼロッテとの出会いだった。
※ ※ ※
野次馬に注目されるのも嫌なので、俺とリーゼロッテは近くの喫茶店に来ていた。
昼の少し前くらいで、客も少しずつ入り始めたところだ。
「じゃあ、ソラさんは精霊の声が聞こえるわけじゃないんですか?」
「"ソラ"でいいよ。 俺は精霊の姿が見えるだけなんだ……リーゼロッテは、精霊の声が聞こえるの?」
「はい……あ、私の事は"リーゼ"と呼んで下さい。 にしても、精霊が見える人なんているんですね。 初めて聞きました……」
リーゼは俺と違い、精霊の声が聞こえるらしい。
なんでも、エルフの耳は他の種族と違い、マナの揺れを"耳で聞く"ことができるのだとか……
なるほど、前に本で読んだ「精霊と会話できるのはエルフだけ」というのはそういうことだったのか。
ネスカの様子を見てみると、仲間に会えたのがものすごく嬉しいらしく、精霊シルフィの周りを躍りながらクルクル回っていた。
シルフィはネスカよりもひとまわり大きく、子どもっぽいネスカと比べると少しクールな印象だが……今はネスカの様子に困惑気味だ。
「ネスカさんは陽気な精霊なのですね。 綺麗な声で楽しそうに歌っています」
「俺からは変な躍りを踊ってるのしか見えないけどな」
「まぁ、そうなんですか? フフフ……」
リーゼは穏やかな表情で笑う。
柔らかい印象のある顔で、レイアとはまた違った種類の美人だ。
「ソラも今年から学院なんですか?」
「リーゼも?」
「はい……でも、王都で買い物なんて大変で。 私、ここから南東の"コナック"っていう農村に住んでたんですけど、買い物といえばたまに来る行商人だけで……」
リーゼは買ったものを次から次へと机の上に出していく。
「こんなピンバッジが必要だなんて知りませんでしたし、この髪留めをしてないと上級生に目をつけられるとか、知らないことだらけで……」
「これ……全部買ったの?」
「はい、そうですよ。 予想外の出費で宿代が払えなくなりそうなので、どこか安い宿も探さないと」
「言いにくいんだけど……これ、全部いらないモノだよ」
「え?」
リーゼは、露天で売っていた偽入学グッズをほぼ完全制覇していた。
俺が一つずつ説明していくと……リーゼの表情が曇っていき……
下を向いたリーゼは、小声でボソボソと呟き始めた。
「……なんなんですかあの露店商は私が田舎娘だからって騙していらないものをアレやコレや売り付けてお金のない小娘からさらに絞り取ろうとするなんて悪行にもほどがあります本当にありえない握り潰してあげましょうかそれともシルフィに頼んで細切れにしてやりましょうか再起不能にしてあげますから覚悟しといて――」
ど、どうするかなぁコレ……
ふと精霊のシルフィを見ると、ネスカにすがり付いてガタガタ震えていた。
な、何かトラウマでも思い出したのだろうか……?
「リ、リーゼ?」
「決めたアイツぶち殺――え? あ、すみません、ちょっとボーッとしてました。 どうしたんですか?」
「いや、あのさ。 よかったら、お昼を食べた後で一緒に買い物しないか? ほら、また騙されても嫌だろうから、俺がちゃんとした店に案内するよ」
俺が一緒にいれば、そうそう物騒な事件も起こさないだろう……たぶん。
「いいんですか!? 嬉しいです!」
リーゼは屈託のない笑顔を俺に向けた。
うん……この顔だけ見ると、とてもいい子だよな、うん。
ひとまずは昼ご飯、その後は買い物だな。
※ ※ ※
「本当にありがとうございました。 ソラのおかげでこんなに安くいろいろ手に入って……」
「大したことはしてないけど……リーゼの役に立ててよかったよ」
「フフフ、これなら宿を変える必要もなさそうです」
ひととおり買い物が終わったので、今はリーゼを宿まで送っていくところだ。
商店街から程近い安宿を取っているようで、ここより安い所を探すことになっていたら大変だっただろう。
露店商は早々といなくなっていたので、黒リーゼが途中すごいことになりそうだったが。
ひとまず、なんとか事なきを得た。
シルフィ……お疲れ様。
「入学してからも、仲良くして下さいね!」
「あぁ、こちらこそ」
「同級生にソラがいるなら、学院生活も少しは安心できますね」
「あはは、そうかな。 ミリアって猫人の子も同級生だから、仲良くしてあげてくれ」
「もちろんです!」
家が遠い人は、入学式のあとに寮生活が始まる。
親もとから離れて慣れない土地での新生活に、不安があるのだろう。
リーゼは麦わら帽子をキュッとかぶり直した。
「そういえば、ソラは王都に住んでいるんですよね?」
ニコッと優しく微笑みながら、リーゼが尋ねてくる。
「そうだけど、どうしたの?」
「実は、ある貴族の男の情報を教えてほしいんです」
「貴族の男?」
「はい……その悪魔のような男のせいで、うちの村が潰されそうに……」
また貴族が無茶なことをしてるのか。
嫌になるな、まったく。
「……その男の名前は?」
リーゼは目に涙をためながら俺を見る。
「クロウリー……ヘンティ・クロウリーです。 ご存知ですか?」
……えっ?
「せっかく王都に来たんです。 なんとか一泡吹かせてやりたくて……どんな事でもいいんです。 教えてください!」
「……何かの間違いじゃないんですか?」
「いえ、間違いありません」
「あの、生活魔具で有名な?」
「そのクロウリーです」
ヘンティさんが農村を潰すようなことをするとは思えないが……
ヘンティさんの名をかたる、誰かがいるのか?
「俺には、何かの間違いとしか思えないんだ」
「……信じてくれないんですか?」
俺は息を吐き、リーゼをまっすぐ見つめる。
「俺の名前はソラ・クロウリー。 ヘンティは俺の養父だ」
リーゼは信じられないといった顔で固まった。
少し迷ったが、いずれ分かるのなら俺の身分は早めに明かしておいた方がいいだろう……。
「嘘……じゃないんですね?」
「……そうだ」
麦わら帽子がパサッと落ちた。
リーゼは息を吐き、睨むように俺を見つめる。
「前言撤回です……学院では話しかけないで下さいね、ソラ・クロウリーさん」
「ちょっと待ってくれリーゼ……」
「気安く"リーゼ"だなんて呼ばないで下さい」
リーゼは落ちた麦わら帽子を拾うと、大事そうに砂を払った。
それをキュッとかぶり直す。
「行きますよ、シルフィ」
クルッと後ろを向くと、逃げるように走って行ったリーゼ。
……そんなに恨まれるようなことがあったのか。
精霊のシルフィはリーゼの後ろについてパタパタと飛んで行き、ネスカは無邪気に手を振っていた。
※ ※ ※
買い物したモノを持って、"薔薇の香り亭"にやって来た。
今日の夕飯はレイアと一緒にここで食べていく予定なのだ。
店の扉を開けると――
「ソラ……」
店の奥から、レイアが俺の方に走ってきた。
そして俺の横に来ると、俺の上着をキュッと掴んだ。
「レイア、どうしたんだ?」
「なんでもない」
なんでもないと言いながら、俺の服を離そうとしないレイア。
なんだろう?
首をかしげていると、奥からローラさんが現れた。
「あっら~ん☆ 来たわねプレイボーイ! デートはどうだったかしら?」
デート……?
って、まさかリーゼとの買い物か……?
「ウフフ、レイアちゃんとミリアちゃんだけじゃ飽きたらず……行きずりの女にも手を出すなんて、どこで教育を間違えたのかしら♪」
「……誤解ですローラさ――」
「ソラの第一夫人は……私」
「レイア、待とうな、いろいろと――」
「ソラちゃんが誰かに刺される前にキッチリ教育してア・ゲ・る☆」
ローラさんが刀を抜いた。
腕をマナで強化している……!?
「ちょっと待ってくだ――」
「問答無用っ!」
鋭い斬撃が襲ってくる。
――危なっ!
「っ……レイア、服を離せ!」
「嫌……!」
レイアが俺の腕をガッチリ抱き込んだ。
くっ……無理、死ぬ……!!!
その後、追いかけら続けた俺がようやく話を聞いてもらえたのは、夜もすっかり更けた後の事だった。
さて、新しい子の登場です。
学院編なのにまだ入学していないという(笑)




