第17話 その後の生活
今回で第1章は終了になります。
応援していただいた皆様、ありがとうございました!
第2章も近々書きはじめるので、楽しみにしていて下さい。
レイアを助けて、王都に来てから早1ヶ月。
最近は夏も本番といった感じで、朝から焼けるような日差しがジリジリと降り注いでいた。
俺は応接室から外を眺め、ふぅっと息を吐く。
外に見えるのは中年の夫婦……服装から、おそらく貴族だろう。
思い詰めたような表情で、汗を流しながら歩いてきた。
……この暑いのに、よくこんな所まで歩いてきたもんだ。
しばらく待っていると、コンコン、と応接室の扉を叩く音が聞こえる。
「ソラ、お客様よ」
貴族夫婦を案内してきてくれたのはタニア姉だ。
この屋敷で、住み込みの使用人として働いている。
貴族夫婦が部屋に入ってくると、タニア姉はペコリとお辞儀をしてその場を去っていった。
「あの……あなたがソラくん?」
貴族の女性の方が話しかけてくる。
俺がコクリと頷くと、男性がこちらに近づいてきた。
俺の肩をガシッと掴む。
「うむ……私の父の幼い頃にそっくりだ。 おそらく、間違いない……」
……何が、間違いないんだろう。
「あなた、じゃあ……」
「うむ……」
男性が俺に熱い視線を向けた。
「君は私たちが、とある事情で孤児院の前に置いていかざるをえなかった、私たちの息子だ……!!!」
……その場を沈黙が支配した。
女性が俺に抱きついてくる。
「あぁ……アルバス……ごめんね……今まで迎えに来れなくて……!!!」
そっと俺を離すと、ハンカチで涙をふく女性。
男性も、目に涙を溜めている。
俺はふぅっと息を吐き出し、口をひらいた。
「いくつか、お聞きしたい事があります。 まず――」
あらかじめ用意していた質問を、貴族夫婦に投げかけた。
※ ※ ※
俺一人になった応接室に、タニア姉がお茶を持って現れた。
「お疲れ様、今日の人たちはどうだった?」
「うーん、20点かな。 演技は頑張ってたけど、設定でボロが出まくりだったよ。 俺と同い年の娘までいるみたいだし……」
「あら、最近当たりが少ないわねぇ」
ここに引っ越してきてから1ヶ月。
「6歳の子どもがものすごい魔術を使った、しかも平民の孤児だ」という噂が流れているようで……ほぼ毎日のように、貴族たちが現れていた。
やれ、お金をあげよう、土地をあげよう、という貴族たちがいたり。
君は私の息子だ、孫だ、甥だという自称"親戚"たちがいたり。
俺たちを自分の子どもにしようと、次から次へと現れる。
中には強引な手段に出ようとして、謎のオカマに粛清された貴族もいた。
まったくよくやるよ……
最近では、俺やレイアのところに来た貴族のリストを作って、点数を書き込んで楽しんでいる。
ちなみに、レイアがつける点数の方が辛口だ。
「レイアは?」
「あぁ、"薔薇の香り亭"に行ってるわよ」
「わかった、俺も行ってくる」
俺はお茶を飲み干し、立ち上がる。
さて出発しようかと思ったところで、コンコンと扉がノックされた。
ガチャッと扉が開き、入ってきたのは……
「ヘンティさん、おはよう」
「おはようでござる! ソラくん」
ヘンティさんはニコニコと楽しげな様子で、ひとつの魔具を手にしていた。
あ、これはまさか……
「ソラくんが前に言ってた"掃除機"というのを作ってみたでござるよ! デュフフ、難しかったのはこの吸引力調整の――」
ヘンティさんの長い語りが始まる。
俺は半分くらい聞き流しているのだが、意外にもタニア姉は真剣にそれを聞いていて、ちょいちょい質問をはさんだりしていた。
説明が一段落すると、タニア姉は楽しそうにヘンティさんに話しかける。
「ヘンティさん、それ使ってみてもいいかしら?」
「もちろんでござる。 そのために作ったのでござるよ、タニア殿」
ヘンティさんがタニア姉に使い方を説明する。
ふむ、さっそく今日から使い始めるようだ。
広い屋敷だから、みんなで分担しても掃除はひと苦労なのである。
というか、なんか二人の雰囲気が……?
いやいや、気のせいだ、うん。
ふと、タニア姉が何か思いついたようにヘンティさんの方を向く。
「ところでヘンティさん……」
「タニア殿どうされました? デュフフ……」
「昨日お渡しした書類は、ちゃんと目を通したんですよね……?」
「あ……」
ヘンティさんの目が泳ぐ。
……あちゃあ、これは完全に忘れてたな。
「魔具師ギルドへの提出書類と、シアルン家からの孤児院への出資の件、それから来月の運営会の委任状は少なくとも今日中にくださいね」
「拙者……気楽に魔具を作る生活がしたいでござる……」
「貴族の義務です。 諦めてください」
「嫌でござる……拙者もう働きたくないでござる……」
「今日の夕飯はピーマン尽くし――」
「は、働くでござる! 拙者、誠心誠意働くでござるからピーマンだけは!!!」
貴族の威厳など欠片もないな……。
俺は二人を置いて、屋敷を出た。
この屋敷は貴族街の外れにある。
新興貴族のため、あまり中心部に近い屋敷にして変に目をつけられたくないからだ。
没落した魔家の屋敷を買い取ったもので、ミルフォート家ほどではないが庭もそれなりに広い。
屋敷を出て歩いて行くと、庭では子どもたちがキャッキャと遊ぶ声が響いている。
「あ、ソラだー! 貴族はどうだったー!?」
「おはようランド。 今日もダメダメだったぞ。 ミリアはいるか?」
「呼んでくるー!」
現在は、敷地内の建物のひとつを臨時の孤児院として利用している。
本来は使用人たちが寝泊まりするための建物であり……
他にも、ローラさんたちの従業員宿舎として併用していたりする。
「あ、院長」
「おぉ、今日も元気そうだのう」
「孤児院の方は?」
「これから現場に向かうところじゃ……着々と建設が進んでおるよ」
そうそう、ヘンティさんの出資で、平民街の一角を買い取って新しい孤児院を建設しているのだ。
ここにいればいいのに、と俺は思うのだが、院長にも思うところがある様子。
……しばらく院長と話していると、向こうから猛スピードで走ってくる人影がひとつ。
「ソラーっ!」
「ミリア、おはよ」
「貴族は!?」
「20点」
「最近いいの来ないね……」
「そんなもんじゃないか?」
ミリアの猫耳は、つまらなそうにペタンとなっている。
俺はミリアと連れ立って歩き出した。
「あ、そうだ! エイラス師匠が、"森に行くならナル草を10株と、ルカナの実を5つ採ってきてくれ"だってさ」
「ルカナの実……ってどんなやつ?」
「私が分かるから大丈夫っ!」
ミリアは得意満面の顔で胸を張る。
ミリアの横に浮かぶネスカも、一緒になって勝ち誇ったような仕草をしている。
――絶対突っ込まないからな!
「ソラ、門を出たところから競争ね!!!」
「またかよ……」
「今日こそは勝ってやるんだから……!!!」
ミリアは目を閉じると、足にマナを集め始めた。
「どう? 出来てる?」
「あぁ……右足をもう少し強く」
「……こうかな?」
「そうそう」
ミリアはあっという間に足を強化するコツを掴んでしまったようだ。
……もともと足のマナが強かったのもあるのだろう。
腕の強化など他のマナ操作は、現在練習中である。
「さーて行くわよ……よーい……ドンっ!!!」
俺たちは門を出ると、風のような速さで"薔薇の香り亭"へ向かった。
※ ※ ※
歓楽街の一角、それなりに目立つ場所に、リフォームされ真新しくなった建物がある。
普段は宿屋、昼はレストラン、夜は綺麗なオニイサンのお店――
新しくなった"薔薇の香り亭"である。
俺とミリアは、軽い木で作られた扉をあけた。
目の前にはレイアと、その肩を掴む貴族っぽい女性がいる。
「レイアさん……おばさんはね、あなたのお爺さんの妹の友達のいとこの親戚の――」
「2点……」
……レイアは辛口である。
貴族の女性が出て行ったところで、ローラさんが現れた。
「あらソラちゃんにミリアちゃん、今日も修行?」
「はい」
「お昼は食べて行くんでしょ?」
「そのつもりですよ」
最近は、午前中に薔薇の香り亭を手伝い、午後は三人で修行をしている。
今日もお昼までは、ここを手伝っていくつもりだ。
「あ、そうそう、新規オープンのお祝いで、昔の常連さんから珍しいものを貰ってね――」
そう言うと、ローラさんは奥から植木鉢を持ってくる。
ほう、不思議な木だな。
「精霊の宿り木っていう木の苗木らしいんだけど、名前からしてネスカちゃんにどうかと思って……」
窓際にローラさんがその木を置いた。
日光を浴びたその木は、マナの粒をふわっと空中に放出してキラキラと輝いている。
俺の肩の上で、ネスカがさっと飛び上がった。
「どうかしら?」
「……すっごい喜んでますよ」
ネスカは即座に木に飛びつくと、匂いをかいだり頬をスリスリしたりしている。
これは、だいぶお気に召したようだな。
「じゃあこれは、屋敷の庭にでも植えましょう。 喜んでる様子が見えないのが、残念だわ〜☆」
馬車の中にいたメンバーには、俺の過去の記憶のことからマナが見えること、ネスカの事まで洗いざらい白状した。
みんなネスカのことは認識できないハズなのだが、どういうわけか比較的すんなりその存在を受け入れてくれている。
普段は「みんなもネスカを見られればいいのに」と思うが……
ま、今の変態的な頬ずりは、見られなくてよかったと思う。
「じゃ、お客様の荷運びからお願いね☆」
ローラさんからの依頼通り、俺たちは手伝いを開始した。
※ ※ ※
最近では新生「薔薇の香り亭」にもようやく固定客がつきはじめ、ランチタイムはずいぶん忙しくなった。
手伝いの俺たちもフル回転である。
昼を過ぎてようやく客入りも落ち着いた時間に、みんなで昼食をとった。
「それじゃ、行ってきます」
「気を付けるのよ~ん☆」
レイアとミリアを連れて王都の南西に広がる森へ出かける。
……この森は"幻夢の森"と呼ばれている。
と言っても、ガラントの街の南にあった白魔の森と繋がっていて、単純に場所によって呼び方が変わっただけである。
たいそうな名前が付いてるものだ。
ガラントのような交易都市とは違い、王都は門兵が厳しく出入りを見張っている。
もっとも、俺たちは貴族特権で比較的自由に外に出ているが。
「そこの! ……って、はぁ、なんだ君たちか。 ほら通れ、気を付けてな。 アメ食うか?」
と言った具合に、門兵たちからも完全に覚えられているようだ。
なぜか、よくお菓子をもらう。
門を出て30分ほど走ると、森が見えて来きた。
森の中の少し開けて広場になっている場所が、俺たちの修行場所だ。
「じゃあ今日も、マナの体内操作の訓練な」
マナが見えている俺とは違い、「どう意識を向けたらマナがどうなるか」をレイアとミリアは正確に把握できない。
俺が見て、二人にフィードバックするのが修行の主な流れだ。
「今の状態だと、レイアはここでマナを止めてしまってるな」
「うーん、こう?」
「それだとこうなって」
地面に図をかいたり、身体に触れたりしながら指導を行う。
レイアは凄まじいマナの量を持っているが、腹の下の部分にマナが溜まっているため、身体に流れている量は人より"ちょっと"多いくらいだ。
……その"ちょっと"でも、強化せずに大人1人を軽々持ち上げるくらいの力は出せるのだが。
「ソラー、こっちも見てー!」
「ほう、ミリアはうまいな」
「ふふっ、任せなさいっ!」
「む……私も、頑張る……」
ミリアはマナの量こそ普通だったが、身体強化の筋はいい。
天然で足の強化をしているから、感覚を掴みやすいのかもしれないな。
ミリアとレイアはいいライバルになっているようで、俺がミリアを褒めればレイアは頑張るし、レイアを褒めればミリアが燃える。
こんな調子で、今日も夕方まで三人で修行を続けるのであった。
※ ※ ※
三人で屋敷に帰ると、庭先でエイラスさんに会った。
「依頼したものは採ってこれたかい?」
「うん! 師匠、これ!」
「ほう、これは状態がいい……」
ミリアが薬の材料を渡すと、エイラスさんは敷地内に建てられた木製の小屋に帰っていった。
……ちなみに、エイラスさんはクロウリー家付きの薬術師になったのだが、わざわざ別に小屋を建てて住んでいる。
「木の家じゃなきゃ嫌なんです……小さめの、私サイズで」
と、なにかこだわりがあるらしい。
それだけじゃ寂しいので、ヘンティさんと相談して小屋の横に樹液のたっぷり滲み出る木を植えた。
……踊り出しそうなほど大喜びするエイラスさんの珍しい姿は、心のハードディスクに永久保存した。
「ソラ、今日のご飯なにかな」
レイアが俺に尋ねる。
「またヘンティさんがタニア姉怒らせて、ピーマン尽くしなんじゃない? 私は嫌いじゃないけど」
ミリアが妥当な予想を述べる。
「おーい、おかえりー!」
「もうご飯の時間よー!」
「ワシはもう腹ペコだぞい!」
「鬼でござる! タニア殿は鬼の化身でござる!」
みんなが賑やかに出迎えてくれた。
今日はどうやらピーマンになった様子だ。
王都に暮らし始めて、あらためて思ったが……
……家族っていいな。
二度目の人生は、一度目よりかなり波乱万丈だ。
辛いこともたくさんある。
けど――
「行こ、ソラ……」
差し出されたレイアの手を握り、走り出す。
これからも、みんなと一緒に頑張って行こう。
そう、俺は心に誓ったのだった。
というわけで、第1章はここまでです。
読んでくれた皆様、お気に入り登録をしてくれた皆様、文章評価とストーリー評価をしてくれた皆様。
そして、たくさんの感想を寄せてくれた皆様。
皆様のおかげで、無事書き切ることができました!
ありがとうございます。
第2章も、楽しみにお待ち下さい^^




