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異界のソラ  作者: ミケイト
第1章 少年時代
15/25

第15話 五魔の儀

いつもありがとうございます^^

地面の近くの空気が、ユラユラと歪んで見える。

うだるような熱気は俺の体の水分を奪っていった。


時おり吹く強い風が、どこかから砂埃を運んでくる。

服をパンと叩くと、砂がパラパラと落ちた。




――季節は夏。




太陽がジリジリと照りつける真昼、俺は高い木の上で身を隠していた。



「にしても、今日は暑いな……」



水袋に口をつけ、喉を湿らせた。

ただの水が、なんだか甘く感じる。



……ここは貴族街の一角、ミルフォート家の屋敷が見える高い木がある公園だ。


俺がここにいる理由は1つ。




今日がレイアの誕生日――"五魔の儀"が行われる日だからだ。




屋敷の庭にある池のそばは、何もない広場のようになっている。

そしてそこを囲むように、たくさんのテーブルが半円状に配置されていた。


ここで今日、衆人環視の中、レイアが魔術の発動を試みる。

成功すればレイアは家に残ることになるが……黒い光に冒されたレイアには、魔術を成功させる事は難しい。


俺の出番は、レイアが魔術の発動に失敗した後だ。

変態貴族に売り飛ばされる前に、レイアを連れ出す。



念のため朝から木の上にいるが、おそらく五魔の儀が始まるのは昼過ぎてからだろう。


鞄から取り出したパンをかじりながら、俺はつい3週間前の事を思い出していた。






※  ※  ※





「おはよう、ソラちゃん」



ある朝。

目を覚ますと、ローラさんが旅支度(・・・)をしていた。


……どこかに出かけるのか?



「ちょっとやることが出来たの。 レイアちゃんを助ける日まで、帰って来れないと思うわ」


「え……」


「ヘンティちゃんから連絡があってね……ソラちゃんのおかげで、新しい策が生まれたわ。 上手くいけば、当初の予定よりもかなりいい状況になるはずよ」


「新しい策?」


「えぇ……上手く行くか分からないから、詳しくは言えないけど。 レイアちゃんを買うって言ってる"カイラス家"を、なんとか出来るかもしれないの」


「そうですか……。 ところで、俺の修行は?」


「現段階で教えられることは教えたわ。 いい? 歩法と守りの型を中心に、魔物で実践経験を積んでおきなさい」


「……わかりました。 その"新しい策"が上手くいったら、俺はどうしたらいいですか?」


「ソラちゃんがやることは変わらないわ。 レイアちゃんを連れ出して、王都に向かいなさい」


「分かりました」


「最後にアドバイス☆ レイアちゃんを助けるという"目的"を忘れないこと。 戦うことは"手段"でしかないわ。 それをはき違えると……」



ローラさんはいきなり刀を抜くと、俺の首筋に当てた。



「死ぬわよ。 気を付けなさい」


「はい……。 肝に銘じておきます」



力に、戦いに溺れた者の末路は、ローラさんから常々吹き込まれていた。


大切なのは戦うことではなく、目的を果たすこと。

強くなるのは戦うためではなく、選択肢を増やすためである、と。



「3週間も会えないなんて寂しいわ~! 別れの前に、いつものようにイチャイチャしましょう☆」


「いまだかつてイチャイチャしたことはありません。 お断りします」


「ソラちゃんって防御が上手くなったわよね……物理的にも精神的にも」


「ローラさんのおかげですよ……物理的にも精神的にも」



ローラさんは豪快に笑いながら、荷物を持って出ていった。


その後、エイラスさんとミリアも後を追うように旅立ち、俺は一人でレイアを救う準備を始めた。


……いや、精霊のネスカと二人で、だな。


刀の修行と平行して、魔術の修行も始めた。

といっても、レイアと同じで俺も魔術は封印されてるけど……

ネスカに教えてもらって、役立ちそうなルーンだけ、いくつか練習した。



でもまぁ、解呪薬はギリギリ間に合うかどうか。


……あまりアテにしないでおこう。



そしてそれから3週間、逃亡の準備と修行を続けてきたのだった。





※  ※  ※





木の上で屋敷を観察しながらパンを頬張っていると、使用人たちに動きがあった。

門の付近まで来ると、一列に並び始めたのだ。


時間は昼過ぎ、そろそろ何かあってもいい頃合いだ。



しばらくすると、貴族街を横切りミルフォート家の屋敷に近づく馬車が現れた。

かなり豪華な馬車だ。

馬を操るのは、フードで顔を隠した小柄な男。



馬車が門を通ると、一列に並んだ使用人たちが一斉に頭を下げた。



「いらっしゃいませ、領主様」



……なるほど、今夜は夕食会もあるらしいから、この街でそれなりに地位のある貴族も呼んでいるのだろう。



領主の馬車を皮切りに、続々と馬車が到着する。



「いらっしゃいませ、ザンテツ様」

「いらっしゃいませ、クロウリー様」

「おかえりなさいませ、ご主人様」



貴族たちに混ざり、ミルフォート家の主も王都から帰ってきたようだ。


……王都との往復は、片道1週間。


主が帰ってくるのは、特別なことがなければ半年に一度ほどらしい。



使用人たちの挨拶を聞く限り、レイアを買うと言っていた"カイラス家"はこの場にいないようだが……


ローラさんたちの策は上手く行ったのだろうか。



しばらく観察を続けていると、貴族たちは館から出てきて、庭のテーブルに集まり始めた。


日差しが強いからか、半数くらいはフードを被ったまま。

もう半数は、使用人が後ろで日傘を差している。



こんな劣悪な環境に、貴族が耐えられるのかな……と思っていると、一人の男が姿を現した。


深い藍色の髪をした男で、キリッと鼻筋が通った顔はイケメンと呼んで差し支えないだろう。



「皆様、本日は私の娘のためにご足労いただきまして、ありがとうございます。 失礼ながら、ご挨拶の前にひと仕事させて頂ければと……」



そう言うと、男は会場の端の方へ行き、呪文を唱え始める。


男の体からルーンが出てきて――



――それは、大人一人分ほどの大きさがある"氷の塊"に変化した。



会場の数ヵ所に男が氷を設置すると、その度にワァっと歓声が上がる。



「お噂通りの魔術の腕ですなぁ……あんなに魔術を使っても、息切れひとつ起こさないとは」


「その氷塊からひとかけら、このお茶に入れて頂戴」



団扇で風を送る使用人と、涼しげな貴族たち。




それを、俺とネスカは冷めた目で見ていた。



「なぁネスカ、あれ……魔具だよな」



コクリ、と頷くネスカ。

体内のマナに全然動きがないから、俺とネスカには丸分かりなのだ。


大気中のマナが集まる様子からして、たぶん身体にたくさんの氷の魔具を隠しているのだろう。



「ま、貴族の見栄なんてどーでもいいけどさ」



ネスカは両手の手のひらを上に向けて、肩をヒョイッと上げた。

……アメリカ人か。



男が挨拶をした後、庭のそばに楽団が現れて優雅な音楽を奏で始めた。


そのまま歓談時間となり、それぞれ自分の使用人に氷を取らせたり、お茶とお菓子を楽しみながら過ごす。


俺はネスカにマナを与えながら、その時を待っていた。




……しばらく貴族の談笑が続いた後、屋敷の中から人影が現れた。




水色の髪を長く伸ばしたレイアの母親と、彼女に日傘をさす執事のセバス。


母親のミニチュア版に見えるレイアの姉と、同じく日傘をさすメイドの娘。


フードを被っているのは、レイアの兄だろう。

顔はよく見えないが、俺と同じくらいの身長だ。



……その後ろから、綺麗な黒髪と、髪と同じように綺麗な黒いドレスを着た少女が――




――レイアが、現れた。




俺の心臓が跳ねる。


レイアの服はいつものほつれたモノとは違い、ヒラヒラとしたレースで飾られた細身のドレスだ。


……ま、貴族の見栄もたまには役に立つじゃないか。



「頑張れ、レイア……」



俺は突入の準備をしながら、こっそりとレイアにエールを送った。





※  ※  ※





レイアが池のそばまで到着すると、家族はその付近に用意された椅子に座った。


領主と、例の男――レイアの父親が、レイアのそばに近寄る。



始めに口を開いたのは、父親だ。



「只今から、わが娘レイアの"五魔の儀"を始める。 ……レイアよ、よいな」



レイアは口を開くと、父親に言った。



「その前に……おねがいが、あります」



少し驚いたように、父親が返答する。



「レイアからお願いとな、珍しい……申してみよ」


「はい。 ……お父様もしってると思いますが、2ヶ月ほど前に私の友達の"ソラ"がこの屋敷に来ました」


「……うむ、存じておる」


「かってに家に入ったソラをどうするか……は、お父様が決めることになってます」


「そうだな」



平民が貴族の家に不法侵入した場合……主に盗賊などであるが、その身柄は貴族が自由にしてよいことになっている。



「私が"五魔の儀"に成功したら、ソラを許してあげて下さい……お願いしますっ!!!」



レイアが頭を下げる。


……そもそも、普段どちらかというと引っ込み思案なレイアが、こんなに流暢にお願いするのもビックリだが……



周りの貴族たちは、レイアの一生懸命な姿に心を打たれたのか"許してあげたら?"という雰囲気を出している。


この状況では父親も「ダメ」とは言えないだろう……




ふと執事のセバスを見てみると、口元が笑っている。


……お前が仕込んだな。


たぶん「ソラを許してもらう」というのを、レイアに魔術の訓練を頑張らせるための"人参"として利用したんだろう。



「いいだろう。 お前が成功したら、友達とやらの侵入は不問にする! ……優しい父親でよかっただろう、レイアよ」


「はい……!!!」



……自分で優しいとか言っちゃってるよ。


でも、本当に驚いた。

今日のレイアは、いつもより本当にしっかりしていて、頑張っている。




「それでは、"五魔の儀"を始めさせていただこう。 立ち会い人には、このガラントの街周辺の領主を務めていらっしゃいます、マクニンキン家のグルス様にお願い致します」


「うむ。 私がグルスだ。 今日の"五魔の儀"について確認する」


領主のグルスは、なかなかにいい体つきの大男だ。

筋肉の大きさで言えば、ローラさんよりもすごいかも……



「トミー、書類をもて」



グルスは使用人に書類を持ってこさせると、みなに聞こえるようそれを読み上げた。




「レイア・ミルフォートの五魔の儀は、次の条件で執り行う。 1つ、レイア嬢が魔術を使用できた場合、引き続きミルフォート家の令嬢としてこれを認めること。 また、先程追加された条件であるが、平民"ソラ"の不法侵入の件を不問とすること……ミルフォートよ、間違いないな」


「はい……」


「2つ、レイア嬢が魔術の行使に失敗した場合、以降レイア嬢はミルフォート家より除名するものとし……その身柄は、そこにいらっしゃる商家のクロウリー家のものとすること」


「はい、間違いありません」



……なっ!?


ローラさんは"ガイラス家"がレイアを買うのをなんとか出来そうだと言っていたが……

今名前が出てきたのは"クロウリー家"……結局、ひとつを防いでも別の家に買われることになってたのか……


ま、結局逃げるつもりだけどな。



「またその場合、平民"ソラ"の身柄についてもクロウリー家のものとする――これは奥さまから先ほど追加された条件だが、よいか」


「ふむ……いいでしょう」



あの女は、俺のことも陥れたいみたいだな……

まぁいい、これは俺がレイアを連れて逃げられるか、向こうが俺たちを陥れられるかの勝負だ。



レイアの父親が口を開く。



「それでは、我が娘レイアの"五魔の儀"を始める。 レイア、はじめよ」



「はい……!」




レイアは目を閉じ、両手を前に付きだす。




かなり集中しているようだ。




俺も、息をのんでその様子を見守る。




レイアは口を開き、呪文を口に出す……


と思ったが――




「ソラ……」




その口から出てきたのは――




「だいすき……」




ちょっ……えぇ……




「ウザイム……」




レイアの手からルーンが飛び出す。




「ムッツァ……マト……アクセ……」




4つのルーンが形作られる。




黒い光がレイアのルーンを押し潰そうとしているが、ルーンは力強く安定していてびくともしない。




レイアの手のひらからマナが出て、ルーンを1つずつ飲み込む。




黒い光は魔術の形成を邪魔するが、それをはね飛ばしながら魔術が出来上がっていく。




――小さめの、水の球が出来上がった。




最後のルーンを飲み込むと、それが前方に射出される。




――バシャッ




水の球が水面に叩きつけられる。




――一瞬の静寂。




貴族たちからワァっという歓声と拍手が沸き起こった。


レイアは息を荒くし、膝をつく。



よくやった……よく、頑張ったよ。


並大抵の訓練じゃ、あの黒い光を振りきって魔術を使うなんて出来なかっただろう。



「なぁネスカ……レイアはすごいな」



俺の手のひらの上でピョンピョンと跳ねるネスカ。


ホント、みんなの予想の上を行ってくれた。




レイアの父親が前に出てきて、胸を張り、口を開く。



「それでは、我が娘レイアの五魔の儀は"成功"と――」


「ちょっとお待ちになって……」



と、夫を遮るように、レイアの義母が立ち上がった。



何をする気だ……?



そのままレイアの方へ歩み寄ると……レイアのドレスの隠しポケットに手を突っ込んだ。



「レイアさん、これは何かしら?」



義母が取り出したのは……


――魔具!?



「ずいぶん小さい水球だったから不自然だと思ったのよ……魔具が1つ足りない(・・・・・・)と思ったら、こんなところにあったのね……」



周りのレイアへの視線が、冷えていく。



「ち、違う――」


「黙りなさい!!! そんなに貴族の地位にしがみつきたかったの……? あぁ卑しい……」



あんのクソババア……


レイアはちゃんと魔術を使っていたのに……きっとそのために、血を吐くような努力をしただろうに。


同じ家にいたんだ、その姿を知らなかったはずはないだろう……?


それを――




「レイアの五魔の儀は失敗とする。 ……お前はもう私の娘ではない。この――ミルフォート家の恥さらしがっ!!!」



父親が宣言した。


レイアがビクッと反応し、体を抱いて震える。




――行こう。




俺は木を飛び降り、全力で屋敷に走り出した。



黒い光は俺のマナの動きを阻害する。

しかし、俺はそれを克服する方法を既に身に付けていた。


……地面を蹴る瞬間。

その瞬間だけ、足を強化するのだ。



前は走っている間は常に強化していたが、今はその時と同等かそれ以上の速度で走れるようになっている。


ローラさんの動きをヒントにした移動法だ。




……塀を飛び越え、庭を突っ切る。


後ろから警備の私兵たちの声が聞こえるが、気にしない。


レイア達が見えてきた。




「……嫌っ! 離して」


「言うことを聞きなさいっ!」



()父親が、レイアを無理矢理引っ張っている。


俺は刀を抜きながら、一気に足を強化した。




「ほらさっさと――ンゴッ!!!」



――バッシャーン




刀の背で男の後頭部を殴ると、2~3mほど吹っ飛んで池に頭から突っ込んだ。




「ご主人様っ!!!」




数人の執事やメイド達が、プカプカ浮いている男に駆け寄ろうとする。




「お前は……それにその刀は!」




レイアの元義母が、俺の姿を見て唇を噛む。

握った手がブルブル震えている。




「ソラっ……!!!」




レイアが俺に駆け寄る。


――ガシッと抱きついてきた。




「見てたぞ、すごいじゃないか。 ちゃんと魔術、使えたな!」


「……っ! うんっ! 使えた! 使えたよ!」




俺はレイアの頭を撫でると、刀を義母に向けた。


周りを囲む兵士たち。

例の執事――セバスの姿もある。




「レイアはもらっていく……もう、俺たちに構うな」




さて……と、あとは脱出するだけだ。


俺は横に浮かぶ精霊のネスカに、ニヤッと笑いかけた。



さてと、いよいよレイア救出編です。


ソラくんには頑張ってもらいましょう^^

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