第13話 執事と刀
さて、次話投稿します!
今回は執事の登場です。
暗い牢屋。
その鉄格子ごしに、俺は例の執事と対峙している。
「まずひとつお聞きしたい。 あなたは今でも、レイアお嬢様を助けたいと思っていらっしゃいますか?」
口を開いた老執事は、俺に対して質問をぶつけた。
……虚偽は許さない。
その思いが伝わってくるような、鋭い目だ。
一度目を閉じ、レイアの顔を思い出す。
自分の愚かさを後悔はしたが、レイアを助けたい気持ちは変わらない。
……目を見開き、執事を見た。
コクリと頷いた俺に、ふぅと息を吐き出す執事。
「お嬢様を助けたいのであれば、あなたには"保険"になって頂きたいのです。 私が今から言うことを守れるのであれば……私はあなたをここから出しましょう」
「……保険、ですか」
どういうことだろう。
保険……?
「ひとまず話を聞かせて下さい」
「ふむ。 まずは、古い魔家のしきたりについては、ご存知ですか?」
「いえ、全く。 ……というか、"魔家"とは何ですか?」
「そこからですか……まったくこれだから平民は……。 ハァ……」
なんかため息つかれた……
嫌味なジイサンだなぁ。
「いいですか、貴族は大別して次の三つ――王より魔術の功績で認められた"魔家"、武術・兵術で認められた"武家"、金銭で地位を買っている"商家"に分けられます。 この限りでない貴族もいますが、細かくは省きますよ。 平民には無駄でしょうから」
「……ミルフォート家は"魔家"ということですか?」
「えぇ、ご先祖様が優れた魔術で王に認められ、魔家として代々続いております」
……ローラさんたちも、"古い魔家"とか言ってたけど、そういうことか。
「……それでその、魔家の"しきたり"というのは……」
「最近は廃れてきた風習ですが、この家のように古い魔家では、五歳になった子どもは"五魔の儀"というモノを行うしきたりがございます」
「"五魔の儀"……?」
「そうです……簡単に言ってしまえば、五歳までに魔術を使うことが出来なければ、その子はいないものとする、というものです。 通常ですと、他の家に使用人見習いとして出されることが多いのですが……」
……つまり、レイアは五歳までに魔術を使えなければ、この家を追い出される――売られると言っていたのは、そういうことか。
「じゃあ、すぐにでもレイアを連れ出して――」
「なりません」
「でも……」
俺が見つめても、執事は首を横に振っている。
「私は生まれたときからレイアお嬢様を見てまいりました。 レイアお嬢様は成長が人より遅いだけなのでございます。 初めて歩いたのも、二歳になる少し前……"二歩の儀"の直前でございました。 最近はようやく、お嬢様の呪文で"マナの揺れ"を感じられるまでになったのでございます――必ずや、"五魔の儀"までに魔術を使えるようになるでしょう」
本当に出来るのか……?
俺は、レイアの体に黒い光が巣食っていることを知っている。
執事は気がついていないようだが。
とてもじゃないが、魔術を発動できそうにはないと思うが……
「……あなたには、レイアお嬢様が"五魔の儀"に失敗した場合の"保険"になって頂きたい。 売り飛ばされる前に、レイアお嬢様を連れて逃げてくださいませ」
「そういうことか……」
レイアが"五魔の儀"とやらに成功するかどうか。
失敗した場合、レイアが変態貴族に売られるよりも俺と逃げた方がまだマシだと判断したのだろう。
執事は知らないが、黒い光に冒されたレイアには魔術を使うことはできない。
"五魔の儀"が終わった瞬間、俺は全力でレイアを連れて逃げることになるだろう。
「分かりました。 ……俺が"保険"になります」
「……"五魔の儀"が成功に終われば、あなたをレイアお嬢様の恩人として、今回の不法侵入は不問にするよう働きかけましょう」
……執事の話に乗らなければ、レイアを助け出す機会すら作れないしな。
執事は腰の鍵束から牢の鍵を取り出すと、重そうな金属の錠を外した。
ゴトリ、と音を立て錠が床に置かれる。
俺は久々に、牢の外に出た。
――ん~……やっと出られた、な。
背伸びをしながら思う。
もう狭いところはコリゴリだ……
「本当にあなたは規格外だ。 ……一応教えておきますが、あなたが飲まされたのは"封魔の呪薬"。 手枷足枷を使わずに大の大人を"拘束"でき、魔術の発動も出来なくなる高価な薬です。 あなたはいつも通りみたいですが……」
「いえ、すごく辛いですよ……そういえば、魔術を使えなくなるということは、レイアもこの薬を飲まされているという可能性は――」
「ないでしょうな。 レイアお嬢様こそ普通に生活していらっしゃいますから」
はなから可能性すら考えていないようだ。
もしかすると、レイアがこれを飲まされたのは生まれてすぐか……?
ふと、執事の方を向くと、彼は大きな袋を持って待ち構えていた。
「さて、この背負い袋に入って頂きましょう」
「げ……」
「見つからずに逃げ出したいのでしょう?」
俺は頭から袋にしまわれ、さっさと肩に担ぎ上げられた。
人さらいに会うのってこんな気分なのか……
袋、ちょっと臭いし。
狭いところは本当にもうコリゴリだ。
※ ※ ※
袋から出ると、そこは屋敷から少し離れた路地裏だった。
時刻は深夜……人通りは全くない。
「……あなたにはこれを授けましょう」
執事は背後から、黒く長いものを取り出す。
これは……
「刀……?」
「おや、ご存知でございましたか……」
この世界で刀を見たのなんて初めてだ。
「私の娘は、奥様の護衛をしておりました。 あるとき、魔物から奥様を守って死んだのですが……この刀は、その娘の形見なのでございます」
「そんな大事なものを、俺に……?」
「えぇ。 ……私は奥様を、生まれた頃からお世話して参りました。 レイアお嬢様と同様に、奥様の事も心配なのでございます。 初めて立ち上がった時も、学院で好きな男の子ができた時も…… 昔はとても優しく可憐な方だったのでございますよ」
「……」
「……私はラミルナお嬢様を――失礼、ラミルナ奥様の心を、暗闇から救い上げて差し上げたいのでございます」
「そう……ですか」
「親友だった娘の刀を目にすれば、昔のお優しい心を思い出してくれるのではないか……と、望みを託したいのです。 どうぞ、お持ちください……」
俺は、奪われていた荷物とともに刀を受け取った。
……見た目以上にずしりと重く感じる。
「俺はあの女のために動くつもりはありませんよ……むしろこれで叩き斬りたくなるかもしれません」
「それでかまいません。 私は全力で奥様をお守りしますので、次に会ったときは敵同士でございますね」
俺と執事はお互いの目を見た。
……助けてもらえるのは、ここまでだろう。
と、表通りから誰かがこちらに近づいてくる気配がする。
逃げる準備をしながら警戒していると――
「ソラちゃ……ソラちゃんっ!!!」
「ローラさん!?」
突然現れたローラさんに、ガバッと抱き締められた。
「バカっ! ソラちゃんのバカっ! 心配したんだからねっ!!!」
「ご、ごめんなさいローラさ――」
「無事でよかったわぁ~ソラちゃん、ホントにもう……チューしてあげたいっ!!!」
「結構です。 それより、どうしてここに?」
「えぇ、あの執事が急に連絡してきて…… チューさせなさいよ」
「お断りします。 あの執事って……あれ? もういなくなってる」
「本当、逃げ足ばっかり速いんだから…… さ、チューするわよ」
「断固拒否します。 他のみんなは、その……大丈夫ですか?」
一瞬、ローラさんが固まる。
「怪我人はいないけど…… ソラちゃんは一度、見てみた方がいいかもしれないわね。 自分の目で……」
「何かあったんですか……?」
「ついてきなさい」
「はい」
俺は不安な胸を押さえながら、ローラさんの後に続いた。
※ ※ ※
「ここが孤児院……」
「正確には孤児院跡ね」
目の前には、焼けた建物がひとつ。
よくみると、あの柱もあの食器も……見覚えのあるものをたくさん見つけた。
ここが孤児院だと再確認する。
俺が育った孤児院は、もうない……俺のせいだ。
ここまで走ってきた疲れもあって、その場に膝をついた。
「みんなは他の場所に避難しているわ――ってソラちゃん、大丈夫?」
「ちょっと走りすぎただけです……」
「とにかくこんな感じで、孤児院も薔薇の香り亭も私兵たちに蹂躙されたわ」
「……すみません」
「謝らなくていいし、ソラちゃんが動いたのは別に間違いってワケじゃないけど、この結果は予想すべきだったわね」
そうだな。
本当、ローラさんの言う通りだ……。
「今のソラちゃんならもう大丈夫だろうけど、もし動くのであれば、その結果誰がどうなるかまでちゃんと考えて、ちゃんと巻き込んでから動きなさい。 今回はみんな逃げ切れたからよかったけどね」
「……はい」
「フフフ、普段は大人ぶってるくせに、やっぱりまだまだ子どもね」
「……うぅ」
反論できない……!
まぁでも、今回のことで痛いほど思い知ったよ。
「さて、薔薇の香り亭もここと似たり寄ったりだから、別の場所に行くわよ」
「別の場所……?」
「とにかく来なさい」
再びローラさんの後ろをついて、夜の街を移動していった。
※ ※ ※
ここは……
「エイラスさんの薬屋……」
「そうよ~ん。 ひとまずここに匿ってもらうから」
連れられてきたのは、エイラスさんの住んでいる小屋だ。
ローラさんはその木造小屋の扉をノックもせずに開けた。
中に入ると、空中をパタパタ飛ぶ虫人の姿が……
「やあソラくん、無事だったんだね。 ……ミリアもさっきまで頑張って起きてたんだが、堪えきれなくて寝てしまったようだ」
「ご心配をおかけしました」
エイラスさんは俺たちを中に通すと、小さめのソファを勧めた。
ローラさんと二人で身を寄せ合うように座る。
……はぁ、やっと一息つけそうだ。
ほどなくして、エイラスさんは自前の薬草茶を持ってきてくれた。
「ところで、ソラくんの顔色が悪いのだが……何かされたのかい?」
「えぇ、どうやら薬を飲まされたようで……。 えっと"封魔の呪薬"だったか――」
「はぁ!? ソ、ソラちゃんあなた……」
「ソラくん、ちょっと症状を教えてもらえるかい?」
俺は自分の体に起きた変化について、エイラスさんに話をした。
エイラスさんもローラさんも、目を丸くして驚いている。
「何か驚くようなものなのですか?」
「……いや、ソラちゃんなんでそんな普通に動けるのよ……」
……やっぱり動けるのは普通じゃないんだ……。
「ソラくん、解呪薬は今から作ってもレイアちゃんを助けるギリギリになってしまうと思うけど、大丈夫かい?」
「はい……かまいません。 あと、出来たら二人分の薬を作っておいてもらえますか?」
「ふむ、まぁ一度に数人分は出来るから、それは問題ないけど……どうしてだい?」
「たぶん……レイアも俺と同じ状態でしょうから」
二人は口をポカーンと開いて静止した。
にわかには信じられない、といった様子だ。
にしても、エイラスさんには世話になりっぱなしだな……。
今度また、蜂蜜をたくさん持ってこなきゃ。
俺はローラさんの方を向いた。
「ローラさん、お願いがあります」
「何かしら……?」
俺は執事から受け取った刀を取り出した。
2ヶ月でどこまでやれるか分からないが……
「俺に剣を教えて下さい」
俺の目を見たローラさんは、諦めたようにため息をつくと、静かに頷く。
決意をした俺を励ますように、精霊のネスカが俺の回りを飛んでいた。
……今度こそ、レイアを助ける。
その決意を込めて、刀を握りしめる。
「私の指導は甘くないわよ、ソラちゃん」
……修行の日々の幕開けであった。
無事貴族の家を抜け出して来ました。
さて……今度こそ、レイアを助けられるといいですね^^




