第12話 無謀の代償
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俺は屋敷の塀を静かに飛び越えた。
……風に揺れる木々の、葉が擦れる音だけが耳に響く。
侵入に気付かれた様子はない。
夜の闇の中、素早く移動する。
もちろん、目と耳を強化して、だ。
……それにしても、貴族の屋敷の庭は広いな。
この庭だけで、こじんまりした商店街でも作れてしまいそうだ。
黒い外套を羽織り、隠れながら塀にそって走る。
方向は精霊のネスカが案内してくれるから、迷うことはない。
犬をやり過ごし、警備をくぐり抜け、
一息つく間もなく足早に移動する。
慎重に、見つからないよう庭を抜けると、建物の壁までたどり着いた。
――さて。
壁沿いに木戸に近づく。
レイアが出入りしていた木戸だ。
ドアノブを捻るが、鍵がかかっているようだ。
……って当然か。
俺は布袋から針金を取り出す。
前世も含めてピッキングは初めてだけど、ドアノブと針金にマナを流し込めば――
カチャ
――っと。
自分の手の延長のような感覚で鍵穴と針金を扱えるため、簡単に開くことができる。
こりゃ盗賊としても活躍できるな。
ゆっくりと木戸を押す。
ギィ……
立て付けが悪いのだろう、小さく音が立ってしまったが。
少しだけあたりを警戒してから、屋敷の中に滑り込んだ。
「(ネスカ、先導して誰か来たら合図をしてくれ……)」
了解、と親指を立てる。
便りになる精霊だ。
足音を殺しながら、石の廊下をひたすら歩く。
寝静まった夜の屋敷は、不気味なほど無音だ。
廊下の途中途中には様々なモノが飾ってある。
それは絵であったり、甲冑であったり、胸像であったりする。
……ちなみに、甲冑の中に人はいない。
というのも、マナの見える俺には、甲冑の中に人がいるかどうかなど一目瞭然だからだ。
そうじゃなければ、ちょっとビビってただろうな。
ふと丁字路になっている突き当たりの手前でネスカが俺を止めた。
俺は、装飾品の陰に隠れる。
目の前の道を通りすぎたのは、黄色く光って見える風だ。
殺傷力は無さそうだが、マナを含んでいる。
……警備用の何かだろうか。
風が通りすぎてしばらくすると、ネスカが俺を手招きした。
――行くか。
ネスカに先導されながら、ひたすら夜の廊下を進んだ。
※ ※ ※
……ここか。
俺は静かにドアを開ける。
……カチャ
部屋に滑り込み、ベッドへ向かった。
部屋は割と質素だが、もしかしてと予想していたほど酷い部屋でもなさそうだ。
ここまで見つからずに侵入できたのは、間違いなくネスカのお陰である。
俺はベッドのある窓際へ、ゆっくりと向かう。
「……誰、ですか?」
――ビクッと体が反応するが、すぐにホッと胸を撫で下ろす。
いつも聞いている声だからだ。
「レイア、助けに来たぞ」
「ソラっ……!?」
「シッ……静かに。 今から逃げるから、準備してくれ」
レイアはまだ眠いのだろうか、ボーッとした目で俺を見た後、コクリと頷いた。
ベッドから降りると、タンスのある方へ向かう。
「……夢がほんとになっちゃった」
「レイア……?」
「ねぇソラ……これから、どこににげるの?」
「そうだな。 ……森の中なんてどうだ? 誰も知らない、綺麗な場所を知ってるんだ。 そこに行って二人で暮らそう」
「二人……? ローラさんは一緒じゃない……の?」
「うん……いつかまた会える」
「そっか……」
そろそろレイアの着替えも終わる。
……ん?
ネスカが焦った様子で何かを訴えようとしている。
まさか見つかった――
「――ソラっ!!! 危ないっ!!!」
――ガンッ!
突然頭を襲った衝撃に、俺は立っていられず床に崩れる。
朦朧とした意識で見上げれば、そこにいるのは腕章を着けた私兵。
「残念だが、ここまでだ」
くっ……もう少しだったのに。
どこでバレたのだろう……。
頭が痛い……
レイアは目に涙をためながら俺を見ていた。
「ソラ! ……ソラ!!!」
その声を聞きながら、俺は意識を失った。
※ ※ ※
『あなたの――――されます』
『それは――――?』
……変な夢を見ていた。
それは、遠い遠い、いつかの記憶。
何もない空間と、どことなく人間離れした女性と、前世の俺。
『選びなさい――』
途切れた記憶。
思い出せる部分は僅かだが、これは一体……
※ ※ ※
ゆっくりと目を開けた。
体が重いな……
体を起こすと、ここは――
「牢屋、か……」
光が射し込まないため、今が何時かも分からない。
体が拘束されている訳ではなさそうだが、なんだか動かし辛いな。
ふと横を見ると、消えそうなネスカが床に倒れていた。
「ネスカ、大丈夫か!?」
俺は急いでネスカに手を伸ばすと、マナを流そうとする――が。
「――っ!?」
マナを動かせない……?
俺は自分のへその下を見た。
そこに見えたのは、"黒い光"に包まれ、押し潰されて小さくなっている白いマナ……。
レイアと同じ状態……か?
「なんだこれ……」
体を流れる白いマナが少なくなっている。
そして、マナを動かそうとすると、黒い光がまとわりついてゴムのように引き戻される。
――とにかく、まずは消えそうなネスカをなんとかしなきゃヤバいな。
俺は息をひとつ吐くと、意識を集中した。
ゆっくりとネスカにマナを流し込む。
……ネスカの体が光る。
黒い光の抵抗を押し退け、なんとか成功したようだ。
ほどなくして、ネスカがにっこりと笑ってこちらを見た。
……よかった。
「ハァ……こんなに疲れるなんて……」
たったこれだけのことに、いつにない疲れを感じる。
俺は地面に座り込み、周囲を見回した。
窓のない部屋。
光源は、この位置からは見えないが……廊下の向こうだろうか。
鉄格子は、普通の人には決して破れない太さだ。
強化した俺であれば、なんとかいけるかもしれないが……今の俺には、自分のマナを操ることは難しい。
とにかく今は、疲れた体を休めよう。
俺は座ったまま壁に寄りかかり、目を閉じた。
どれくらい時間が経っただろう。
……牢屋の外に、誰かの気配を感じた。
俺はふっと目を上げる。
目に入ったのは、水色の髪を長く伸ばした女性だ。
美人だが、きつい印象のある顔……レイアを虐待していた姉にそっくりであった。
何か少し驚いている様子だが……
「体を動かせるの?……ったく、規格外だって噂は本当みたいだねぇ……」
「……あなたは誰――」
「勝手に喋るなっ!」
彼女は腕輪を叩き、"ウォーターボール"と口にすると、水球を俺の顔に叩きつけた。
――バシャッ
「ゲホッゲホッ……」
「まぁいいわ……教えてあげましょう。 私はミルフォート家の現当主の妻、ラミルナ・ミルフォート。 本来であればあなたのようなクズでは一生会うことのできない高貴な身分の者よ」
……こちらこそ、できれば一生会いたくなかったけど。
「レイアの……母親ですか?」
「"ウォーターボール"」
――バシャッ
俺は息を止めていたが、水は容赦なく鼻から侵入してくる。
「ガハ……ゴホッゴホッ……」
「誰が誰の母親だって? ……教えてあげるわ。 あいつの母親はねぇ、ただの薄汚いアバズレの泥棒猫よっ! その娘のあいつも!! アレを庇おうとするお前も!!! 同罪のクズでしかないわ!!!! ウォーターボール! ウォーターボール!! ウォーターボール!!!」
全ての水球が俺の顔を狙ってくる。
目も開けられず、息もできず、俺は座ったまま溺れかけた。
……まだ飛んでくる。
……何発の水をくらっただろう。
意識が飛びかけたところで水球が止んだ。
「チッ、マナ切れか……」
「ガッハガッハ……ゲホッ……ガッ」
「あぁ汚い汚い……そうだわ、あなたもレイアと一緒に売り飛ばしましょう」
「オエッ……ゲホッ……」
「フフフ、私の叔父にあたる人なんだけど、カイラス家の次男がね、もうすぐ40歳になるのだけど、とてもいい人なのよ」
「ゲホッ……」
「子供なら男女問わずどちらでもイケるらしいわ。 フフフ、2ヶ月後を楽しみにしていなさい……アハハハハ――」
2ヶ月後……レイアの誕生日……?
「ウザイムムッツァマトアクセ……」
女が何かを唱えると、手からマナが出てきてルーンを形作る。
生まれたのは先程の魔具とは比べ物にならない程の大きさの水。
俺の体を包んでしまいそうな大きさだ。
「魔術を見たのは初めてかしら?」
水の球が俺の顔に迫ってきた。
息を止めなきゃ――
――バシャッ
俺は地面に倒れこむ。
「……そこで絶望してなさい」
……女の足音。
出ていったか?
俺は女がいなくなった後、隣で薄くなっているネスカを抱き上げた。
「助かったよ、ネスカ」
最後の水が放たれる直前。
俺の頭を覆うように、黄色く光る空気の球ができていた。
ネスカが咄嗟に守ってくれたのだ。
ネスカにマナを流す。
……やはり、かなりの集中力が必要、か。
ネスカにマナが戻るのを確認すると、俺は壁によりかかって目を閉じた。
水攻めとマナ操作でクタクタだ……
そのまますぐに、俺は意識を手放した。
※ ※ ※
あれから、3日ほどが過ぎた。
日数が分かるのは、1日1回申し訳程度に支給される食事――いや、餌のおかげだ。
考える時間が増えるほど、俺は自分がどれだけ馬鹿なことをしていたのかを思い知った。
逃げて、レイアが病気にかかったときに、手だてはあるのか?
社会から爪弾きにされた子ども二人が、マトモな人生を歩めるのか?
プライドを傷つけられた貴族が、孤児院や薔薇の香り亭を放っておくか?
『冷静になれ』というローラさんの言葉が、今さら頭に浮かぶ。
……俺は取り返しのつかない一線を越え、そして失敗してしまったのだ。
「無謀……」
他の人には見えないものが見えるから、出来ないことが出来るから……
ただそれだけの事で、「なんでもできる」と勘違いしていた。
それでこの有り様。
本当は出来ないことの方が多いと、頭では分かっていたつもりだったのに。
――カツ カツ カツ
足音が聞こえてきた。
顔をあげ、入ってくる人を待つ。
しばらく経って、そこに現れたのは――
「執事、さん……」
「ずいぶん弱っていますね」
無機質な声で俺に話しかける、例の執事――セバスであった。
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自分の書いているものに皆さんが反応して下さるのが嬉しくて仕方ないです^^
今後ともよろしくお願いします。




