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異界のソラ  作者: ミケイト
第1章 少年時代
10/25

第10話 襲撃の夜

ご感想・ご意見、ありがとうございます!


第10話更新します。

春も中旬を過ぎた頃。

ランチタイム後の「薔薇の香り亭」では、今日もレイアが料理の練習をしている。



「ソラ……」


「ん? どうしたんだレイア?」


「今日は……デザートも作ってみたでござ……る?」


「なんで"ござる"言葉なんだ……?」


「で、でゅふふ……笑い方、難しい……」


「頼むからヘンティさんの真似をするのはやめてくれ」



切実にやめていただきたい。


魔具店を解雇されたヘンティさんは、住む場所もないのだろう、ここ「薔薇の香り亭」に宿泊している。

ずっと宿暮らしなんてお金が足りないんじゃない?と聞くと「拙者お金だけはそれなりに持ってるでござるよ」と言っていた。


本当に大丈夫だろうか……次の就職先、決まるといいけど。


向こうの方からは、そのヘンティさんとローラさんの会話が聞こえてくる。



「デュフフ、ローラ殿は本当に楽しいお方でござるなぁ」


「あっら~ん☆ ヘンティちゃんは私に惚れちゃった~?」


「いやいや、拙者が受け付けるのは15歳未満でござる」


「そうなの? でも、レイアちゃんに手を出したらソラちゃんに殺されるわよぉ?」


「拙者は紳士でござる。 ロリは触れずに愛でるもの、でござるよ、デュフフフ……」


「あらそ~う♪ じゃあ成人するまでは襲ったりしないってことなのね」


「クポー、成人したら興味を失いますゆえ、拙者は世界一安全な男でござる」


「ウフフ☆ ヘンティちゃん救いようがないわねぇ~!」


「デュフフ! ローラ殿も似たり寄ったりでござるよ~!」



……盛り上がってんなぁ。

二人、ものすごく仲良くなっている。


ん?

レイアが俺の肘をツンツン突いている。



「なに?」


「……"普通の家族"って、こんな感じなのかな……?」


「ん?」


「ヘンティさんがお父さんで……ローラさんがお母さんで……ソラが旦那さん?」



俺が旦那さんなのは置いといて、あの二人が両親……


うーん……?



「……間違いなく"普通の家族"ではないな、ソレ」


「でも楽しそう……」


「まぁ楽しいけどさ」



楽しそうだけど、その家族像はどうかと思う。


あ、そういえば……



「夏になったら、レイアも5歳の誕生日じゃないか?」


「……うん」



レイアの表情が一瞬曇る。

誕生日関係で、何か嫌なことでもあったのだろうか。



「みんなでお祝いしような」


「ぅ、うん……」



レイアの表情が曇ったままである原因を、この時は聞き出すことができなかった。






※  ※  ※






ある日の事。


俺がレイアの作ったご飯を食べていると、昼の営業を終えた「薔薇の香り亭」にお客さんが現れた。

虫人のエイラスさんとミリアだ。



「ローラさん、頼まれていた薬を届けにきましたよ」


「あっら~エイラス、ありがと~☆」



ミリアはエイラスさんの後について荷運びをしている。

しっかり働いているようだな。


と、そこにヘンティさんが現れた。



「これはこれは、かわいい猫人の子でござるなぁ、デュフフ……」


「……!!!」


「そんなに警戒しなくてもよいでござるよ~」


「よ、寄るなヘンタイ!!!」


「ヘンティでござる」


「離れなさい! このヘンタイ!!!」


「デュフフフ、これ以上近寄る気はないでござるよ」



なぜか少し嬉しそうにしているヘンティさんと、荒々しい様子のミリア。



「ミリアちゃん……待って……」



二人の間に割り込んだのは、レイアだった。



「……な、なによ! レイア、ちゃん」


「私は……えっと……」



ミリアは貴族を酷く嫌っている。

でもレイアには、ランドの薬の材料をひとつ持ってきてくれた恩がある。

なんとなく、強くも出れないし認めたくもない、微妙な感情を持っているようだ。



「ヘンティさんは……ヘンタイだけど、いいヘンタイ……なの。 紳士、だから……大丈夫」


「大丈夫な要素がないわよ!!!」



ごめんレイア、こればかりはミリアに同意だ。

仕方ない、俺も助け舟を出すか。



「ミリア、ヘンティさんは俺の友達なんだ。 そう悪く言うなって」


「……うぅ~ん……」


「とりあえず、仲直りの握手だ」



ミリアは猫耳をピンと立てて警戒している。

ゆっくりと近づいてきて、右手を差し出した。



「い、いきなり叫んだりして悪かったわね……」


「気にする必要ないでござる。 デュフフ、ミリアちゃんの手はスベスベでござ――」


「――ヘンタイ! 離れなさいよ!!!」



ミリアは手を離すと、バシバシとヘンティさんを叩いた。



「いたたっ! でももっと強く叩いても――」


「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



……いや、ヘンティさん、アンタ救えねぇよ……



ミリアはすごい速さで部屋中を逃げ回っている。

……頑張れ。


ちなみに、精霊のネスカはその様子に腹を抱えて爆笑していた。



そんなやりとりをしていると――




――ん?


店の外がなんだか急に騒がしくなった……?






――カーン カーン カーン カーン






鐘の音が鳴り響く。

その音に、周りの大人達は一斉に反応した。



「ソラちゃん、入り口の戸を閉めて」


「何が――」


「早く!」



俺はローラさんの指示通りに扉を閉め、鍵をかける。


振り返ると、みんな散り散りにいろんな場所の窓や戸を閉めているところだった。



「拙者は客室の窓を見てくるでござるよ」



ヘンティさんも事情を察しているようで、その場から立ち去った。


ふと、ミリアを見る。



……どうしたんだろう。

青い顔をしてガタガタ震えているが……?



その後、戸締りをした後に全員で食堂に集まった。


今ここにいるのは、「薔薇の香り亭」の従業員とレイア、エイラスさんとミリア、宿泊客のヘンティさん他数名だ。



宿泊客のうちの1人が口を開く。



「私はこのまま街に行って、仲間と合流しようと思います」


「気をつけてね~……無事帰ってきたら、ご・ほ・う・びをあげるわよん☆」


「う……いえ、狩人として当然のことですので……」



宿泊客が、店を出ていった。

いったい、どういうことだろう。



「ローラさん、あの鐘の音はどういう意味があるんですか?」


「そっか、ソラちゃんは知らないのね…… あの鐘は"魔物警報"。 今、この街の中に魔物が侵入しているみたいなの」


「そ……それは大変じゃないですか!!!」


「まぁね。 だから、普段から魔物の相手をしている狩人や傭兵以外の一般人は、戸締りをして絶対に外に出ちゃいけないことになってるわ…… もちろん、ソラちゃんもね?」


「わざわざ出ませんよ」


「ならいいけど☆」



意味もなく危険に突っ込むことなんてしないよ。

まったく。


ふと、ミリアの方を見る。

青くなって震えているミリアの手を、レイアが横で握っている。



「ミリアちゃん……大丈夫……?」


「わかんない……けど、体が、震えるの……」



そういえば――


ミリアが孤児院にやってきたのは2歳の頃。

魔物の襲撃で全壊した農村で、生き残った所を拾われてきたんだったな。


……記憶の奥底にある恐怖、なのか。





――ドンドンドン





店の扉が叩かれる。


ビクッ――っと体に緊張が走った。





「治安部隊の者です。 開けていただけますか?」





その声で、みんなの顔に安堵が戻った。

ローラさんが宿の扉をあける。



「近くに逃げ遅れた人が数人いまして、ここに置いて欲しいんですが」


「えぇ、かまわないわよ♪」



治安部隊の兵士の後ろから、数人が「薔薇の香り亭」に入ってくる。

みんな建物に入ることができてホッとした顔をしていた。



「ありがとうございます。 "あの"ローラさんと"あの"ソラくんがいるなら、ここが一番安全ですからね」


「も~う♪ 買いかぶりすぎよぉ~」



なんで兵士さんが俺のことを知っているんだろう……?

これからはあんまり目立たないようにしようかな。


……え? もう手遅れ?



「状況なんですが、グレイウルフの群れが街に入り込んだようで……」


「そう……。 じゃあ、討伐まではちょっと時間がかかるわね」


「だと思います。 今夜はみなさんここにいてもらうしかないかと」



兵士さんが慌ただしく去っていく。

ローラさんは扉をしっかりと閉めると、裏から毛布を持ってきて全員に配った。


震えるミリアと隣で励ますレイアには、後ろから包むように毛布をかける。



「長くなりそうだから、自由にくつろいでね☆」



みんな思い思いの場所に腰掛け、時間がすぎるのを待った。





※  ※  ※





あたりも薄暗くなってきた頃、カレンさんが大鍋を持って現れた。



「季節は春になったけど、まだ夜は冷えるからね…… 暖炉用の薪も残り少ないし、ひとまずシチューでも食べながら温まりましょう」



お腹も空いてきた所だったので、ありがたい。


野菜がたっぷり入った、ホワイトソースのシチューだ。

立ち上る湯気、漂ってくる匂いが食欲をそそる。


ぐったりしていたミリアも、シチューを一口食べて目を丸くしていた。



「……おいしい」



ミリアの言葉に、満足した様子のカレンさん。

レイアはいろいろな人から料理を教わっているが、カレンさんから教わることが割と多い。

このシチューも、今度作ってもらおう。


宿泊客たちも、後から避難してきた人たちも、同じように美味しそうにシチューを食べていた。

こんな風に食べてもらえるなら、料理が好きな人の気持ちが少しわかるかもしれない。



「本当においしいでござるなぁ…… ふむ、では拙者も美味しいご飯のお礼をしなければならないでござる」



ヘンティさんはそう言うと、自分の部屋に戻っていった。


しばらくして帰ってきたヘンティさんが持っていたのは、ひとつの魔具。



「まだ試作段階なのでござるが、これは暖炉の魔具でござるよ」



前世の記憶で言うなら、扇風機のような形だ。

ただ、扇風機のように羽があるのではなく、上の部分はただの輪っかである。


ヘンティさんが上部の石を押すと、ルーンが起動する。



「マナストーブ」



起動文言をつぶやくと、暖炉の魔具が起動した。

上部の輪を通り、暖かい風がゆっくりと部屋を満たしていく。



「ヘンティちゃん! すごいじゃない! こんなの見たことないわ」


「デュフフ、拙者が最近作ったものでござるからな…… ただ、試作品でござるから、マナの消費量と回復量が釣り合ってないのでござる。 この様子だと、今晩一晩もつか、といったところでござるよ」


「十分すごいわよぉ~。 でも、なにも高価な魔具で暖炉を作らなくても……普通の暖炉でも同じことなんじゃないのかしら?」


「ま、そうでござるな。 今日みたいに薪が少ない状況でもなければ、無用の長物もいいところでござる。 これは純然たる拙者の趣味――自己満足でござるよ。 デュフフ……」


「趣味ねぇ、ウフフ……素敵な趣味じゃな~い」


「なかなか人には理解されない趣味でござるからなぁ」



ヘンティさんから前に聞いた話では、魔具は主に"戦闘用"に作られることが多いそうだ。

一方で、ヘンティさんの趣味は"生活魔具"――と、ヘンティさん自身が呼んでいるモノだ。


そもそも高価な魔具を買うのは、ほぼ貴族たち。

旅の商人などがお金を貯めて購入することもあるが、割合としては少ない。

貴族たちは何不自由なく生活しているわけだし、生活に密着した道具として高価な魔具などを欲しがる人があまりいないのであるが……


ただ、俺は前世の記憶から、これらの道具がいかに世界を変えるか、想像できる。



ヘンティさんの趣味は、とてもじゃないが馬鹿にできないのである。






――カーン カーン カーン カーン






鐘の音が再び鳴り響く。



ミリアはその音に怯え、


「ママ……」


確かに、そうつぶやいた。

横ではレイアが、ミリアの背中を一生懸命さすっている。



大人たちは話をしている。

どうやら今の鐘の音は、討伐継続中の合図らしい。



「長い夜になりそうね……」



ローラさんがつぶやいた。






※  ※  ※






夜もだいぶ更けてきた。

暖房の魔具のお陰で、みんな凍えることなく過ごしている。


そろそろ寝ようか、という人が出始めた頃だった。




――ドンドンドン




扉を叩く音が聞こえる。



「ミルフォート家の者です」



その声を聞き、レイアが顔を上げた。

隣で座っていたミリアが、不安そうにレイアの顔を見る。


ローラさんは店の扉を開けると、そこにいる人に早く入るよう指示した。



「初めまして……ではない方もいらっしゃいますね。 ミルフォート家の執事のセバスと申します。 夜が遅くなってもレイアお嬢様が戻っていらっしゃらないため、まさかと思い来てみましたが……」



そこにいたのは、"あの"執事。

白髪の老人で、高貴な雰囲気を滲み出している。


聖術師を呼ぶのを邪魔された一方で、レイアに光輝石を預けてくれた人だ。


ミリアを見ると、プルプルと震えている。



「あの時は、よくも――」


「――今はそんな話をしている場合ではございません」



執事は滑るような足取りでレイアのもとに近づくと……




パンッ――




レイアの頬を叩いた。

突然のことに、俺たちはみんな驚き、思わず固まってしまう。



「レイアお嬢様。 私は何度も何度も言い聞かせましたね。 今がどんな時か、平民のところに行っている暇などないのだと。 ……もう二度と、ここに来てはいけません」



執事は抵抗するレイアの手を無理やり引いて立ち上がらせる。


――はじめに動いたのは、ミリアだった。




「レイアちゃんを……行かせないっ」




ミリアは素早く動き、執事に蹴りを繰り出す。

が、執事には届かない。



――ダンッ



執事は背後に隠していた棒を使い、ミリアを床に押さえつけた。



地面に倒れたミリアを見て、俺の思考も現実感を取り戻す。

俺は座っていた椅子を両手で持ち、白い光を流した。



「ミリアを離せ」



俺は椅子を振りかぶり、執事を殴りつける。

執事は棒で俺の攻撃をいなす。



――単純に振り回すだけじゃ、当たらないな。



白い光を流すことで、椅子は俺の手足のような感覚になっている。

その感覚で、椅子の足を使い、背もたれを使い、椅子をクルクルと回しながら変則的な攻撃を繰り出した。



一撃だけ、椅子が執事の右手に当たった。

執事は予想外の攻撃に、棒を取り落とす。



「ただの椅子をこのように使えるとは、噂通りの天才ぶりですな」



執事は棒を拾うと、足の裏に一瞬だけマナが集まった。

そして……俺は執事を見失った。



――ガンッ



反応できず、側頭部にモロに棒の一撃を食らう。

俺は立っていられなくなり、その場で膝を崩した。



「ソラッ!」



レイアの叫び声が聞こえる。

……俺はレイアの方を見た。


涙目で俺を見るレイアの向こう……店の出入り口に、ローラさんが見える。



「ウフフ、おじいさま☆ あなたウチの子達に手ぇ出すことがどういうことか分かってやってんだろうなぁ、えぇ!? てめぇ五体満足で地獄に行けると思うなクズがっ!!!」



ローラさんは、いつか俺に貸してくれた短剣を持っている。

その短剣に、尋常じゃない量のマナが流れていた。


……ローラさんの実力に怒りが追加されているようだ。



執事を見てみると、うっすらと冷や汗をかいている。



「さすがにあなたを相手にするのは分が悪い」



そう言うと、懐から何かを取り出し、地面に投げた。



「フラッシュボム」



――カッ!



眩しい閃光が放たれ、俺たちは視界を奪われた。



……数秒後、執事とレイアだけがその場からいなくなっていた。






――カーン カーン カーン カーン






誰も、何も言葉を発することができない。


ただ魔物警報の鐘の音だけが、その場に響いていた。

みなさんのコメントが本当に励みになっています^^


これからも頑張ります!!!

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