・第6話
翌日。
「それで、彼女はどうなの?」
キャロルが原田に聞く。
「ああ。弾丸摘出手術はしたそうだが、まだ意識は戻っていないらしい」
「それじゃあ…」
「いや、事態は一刻を争う、というほどでもないんだが、まだ予断を許さないらしい」
「そう…」
そういうとキャロルは黙り込んでしまった。
「それより、クラスのほうはどうなってるんだ?」
原田がキャロルに聞いた。
「ああ、そのことね。事故にあった、ということになったらしいわ」
「そうか、校長がそうしたのか。まあ事態が事態なだけに本当のことを言うわけにもいかないからな」
「それで、調査のほうはどうなってるの?」
「今調べている途中だが、なかなか尻尾がつかめていないらしいんだ」
「まあ、そうでしょうね」
「ただいくつかの断片的な手掛かりと思える情報もつかんでいる。それがはっきりすれば彼女のバックにある組織もわかってくると思うんだが」
「…つかぬ事聞くけど、それってあたしが日本に派遣されたことと関係があるの?」
「その可能性は高いと思うが。まあ、いずれにせよ新しい情報待ちというところだな。それまでに君のほうも調査を続けてくれ」
「わかったわ」
そしてキャロルは調査を続けたのだが、これといった進展がないまま、数日が過ぎて行った。
あの狙撃があった後もキャロルは病院に行き、組織の人間に聞いてみるのだが、彼女の様子を見張っている者によると彼女の状況は一進一退だという。
そしてあの狙撃事件があってから1週間ほどが過ぎたある日曜日の朝のこと。
「うーん…」
キャロルがベッドから身を起こすと、傍らに置いてあるスマートフォンが着メロを鳴らした。
キャロルはそれに気が付くや否やサッとスマホをとっていた。
「…もしもし」
「あ、キャロル君か? 悪いな、こんな朝から」
原田の声だった。
「どうしたの?」
「有力な情報が入ってきたようだ。今から大丈夫か」
「わかった。すぐ行くわ」
「頼むぞ」
そしてキャロルは手早く着替えを済ませるとバイクに乗って原田が指定した場所に向かった。
「お、待ってたぞ」
待ち合わせの場所に行くとすでに一台の車が停まっており、運転席から原田が顔を出した。
「それで情報っていうのは何?」
キャロルが聞くと、
「まあ慌てるな。まだ朝飯食ってないんだろ? そこで食いながら話をしようじゃないか」
そういうと原田は近くにあるハンバーガーショップを指差した。
*
「それで、情報っていうのは何?」
窓際の席に座るとキャロルが聞いた。
「ああ、そのことか、これを見ろ」
原田は周りを確認するとそう英語で言い、キャロルに写真を2枚見せた。
「望遠で撮ったものを引き延ばしたのでちょっと画像が荒いかもしれないが、それは勘弁してくれ」
「…この人たちは何者なの?」
キャロルが2枚の写真を見て言う。
「どうやら学校に出入りしている業者だと名乗っているらしいが、どうも怪しいんだ」
「どういうこと?」
「うん。出入りの業者という割にはどうも人の目につかないようなところに移動しているという話だし、それにいろいろと行動そのものも不審なところがあるというんだ。それにな」
「それに?」
「どうも彼女と接触していた形跡があるんだよ」
「彼女…って副委員長のこと?」
「ああ。どういったことを聞いていたのかとかはよくわからないが、その写真の男と彼女らしい人物を見かけた、といういくつかの目撃証言があるんだ」
「それじゃあ…」
「まだ断定はできかねるが、少々気になることがあってな」
「気になること?」
「後で君にデータを送るが、君が日本に来る前から学校のデータや情報が何者かによって盗まれている、という話は聞いたことがあるな」
「それは聞いているわ。それがなければあたしが日本に来ることなんてなかったんだし」
「それで調べてみたんだが…、どうやらこの二人が何やら関係があるみたいなんだ」
「でしょうね。そうでもなければ彼女とも接触はしていないでしょうし」
「まあ、そうだな。それで今この二人についても調査中なんだが…」
「まさか、彼女を撃ったのも彼らということになるの?」
「それはわからん。いくらなんでも向こうだってそう尻尾をつかませるとも思えないからな」
「それじゃあ…」
「この件に関して、校長は連絡を待ってほしいと言っていた。何かあったらすぐに知らせる、とのことだ」
「OK」
*
それから数日が過ぎた日のこと。
キャロルが学校から帰ってパソコンを開いた時だった。
「あ…」
そう、キャロル宛にメールが入っているのを見つけたのだった。
「…いったい何かしら?」
キャロルはメールソフトを見てみる。と、2通のメールがあった。
一通は原田から、そしてもう一通はロンドンの本部からだった。
まずは原田からのメールを見る。
それには今回の件に関してロンドンの本部にも先日報告したところ、本部でも協力を約束し調査中のこと、そしてその資料がまとまったので添付ファイルで送られる手はずになっている、ということが書かれてあった、
「じゃあ、本文から送ってきた資料ってのは…」
そう思いながらキャロルはメールを開いてみる。
そう、日本から連絡を受けたからか、今回の事件に関して、本部で調べたことの内容が書かれたファイルを添付してある資料だったのだ。
キャロルはその添付資料を開く。
さすがに英語で書かれてあったが、日本語と英語を自由に操れる彼女にとっては苦でもなかった。
そしてある程度読み進めた時に、キャロルのスマートフォンに電話が入ってきた。
「ハロー。…ええ、ええ。今見てるわよ。それで? …わかったわ。それじゃ今夜、マンションの前で待ってるわよ」
*
そしてその夜のこと。
キャロルは目立たないように黒っぽい服を着て、マンションの前に立っていた。
と、一台の車が停まり、運転先から原田が顔を出した。
「…準備はできてるか?」
「もちろん」
「よし、それじゃ行くぞ」
そしてキャロルが助手席に乗り込むと、車は発進した。
「資料は読んだか?」
「ええ、勿論。どうやらあたしたちが追っていた組織があたしたちより一足早く日本で活動していたらしいわね」
「ああ。こっちにとっても向こうは邪魔な存在だが、向こうにとってもこっちは邪魔な存在でしかない、ということだ」
「でも、だからと言ってあいつらのやってることを許すわけにはいかないでしょう」
「それはもちろんだ。連中のやり方を許すと世の中が混乱してしまうからな。我々はそれを阻止しなければいけないんだ」
「それにしても日本にまでやってきているなんて…」
「まあ、正直言って欧米と比べると、日本を中心としたアジアではこの手の問題に関して若干遅れていることは否めないんだが」
「それだけ狙い目、ってこと?」
「そういうことだろうな。…ところで、例のものは持ってきてるのか?」
「ここにあるわ」
そういうとキャロルは胸ポケットからベレッタを取り出した。マガジン(弾倉)に弾丸が入っていることはマンションを出る前に確かめている。
「…あんまり使いたくないんだけど。そもそもあたし、射撃はあまり自信ないし」
「まあ、使わないに越したことはないが、相手がどう出るか分かったものではないからな。常に最悪の事態に備えろ、と教わらなかったか?」
「まあ、それは教わったけどね」
「…そろそろつくぞ、準備しろ」
そして病院の前に車が停まった。
「…あら、病院じゃない」
「ああ。彼女が入院している病院だ。降りるぞ」
「了解」
「…あ、サイレンサーは持ってるか?」
「一応用意はしておいたわ」
*
「…お二人とも、お疲れ様です」
原田の姿を確認した一人の男が近づいてきた。
「…それで、彼女の様子は?」
「今のところは何もありません」
「…わかった。君は後方に回ってくれ。1時間たってオレや彼女から何も連絡がなかったら頼むぞ」
「はい」
そして男は病院を離れた。
*
二人は辺りをうかがいながら病院の廊下を進んでいった。
そしてある階の踊り場に来た時だった。
「…あそこのナースステーションのすぐ前の部屋が彼女の病室だ」
そういうと原田がナースステーションのほうを指さす。
「…もし彼女の組織が口封じを図るとしたら、あのナースステーションを通らなければいけないんじゃないの?」
「その通りだ。しかし、連中だって馬鹿ではない。看護師の目に付かずに部屋に入る方法なんかいくらでもある」
「まあ、それはそうだけど、もし彼女が…」
「しっ、静かにしろ!」
原田はそう叫ぶとじっと廊下のほうを見る。
「…どうしたの?」
「誰かがこっちに向かっているようだ」
「巡回じゃないの?」
「…いや、看護師の巡回はさっきあったばっかりだそうだ」
と、その時だった。
一瞬影が見えたかと思ったが、その影が再び消えた。
「誰かいる!」
「そのようだな」
「…どうするの?」
「二手に分かれよう。君はこの階段を下りていけ。オレは向こうのほうから行く」
「OK!」
そしてキャロルは階段を降りて行った。
*
そして外に出た時だった。
キャロルはベレッタを構えながらあたりを見回す。と、何やら暗闇の中で何者かが走り去っていくのが見えた。
「誰?」
キャロルが叫ぶが、相手は後ろも見ずに走っていく。
キャロルはその後ろをつけていこうとした時だった。
「!」
キャロルは何者かの視線を感じた。
そしてその方向を向くと、一人の男が襲いかかってきた。
よく見ると何か凶器のようなものを持っている。
キャロルは男の凶器をすんでのところでかわすと、ベレッタの台尻で思い切り男の右腕に峰打ちを食らわす。
男が持っていた凶器――それはナイフだったが――を落とすのを確認したキャロルはあっという間に男を組み伏せた。
「…キャロル君、大丈夫か!」
ほどなく一人の男を担ぎ上げた格好で原田が駆けつけてきた。
「こっちは大丈夫よ」
「それにしてもあっという間に組み伏せてしまうとはな。君の格闘技の腕もなかなかのものだな」
「伊達に訓練は受けてないわよ。…それよりその男はもしかして?」
「ああ。お察しの通りだ。あの病院に忍び込んでいた男たちだ」
キャロルは自分が今組み伏せた男の顔を見る。間違いなく原田が見せてくれた写真の男だった。
「それで、どうするの?」
「今応援を頼んだ。これから本部に連れて行って話を聞く。ここから先は我々の仕事だから君はもう帰りたまえ。詳しいことは追って教える」
「わかったわ」
(最終話に続く)
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