・第5話
二人が懐中電灯の明かりを向けた先には一人の眼鏡をかけた少女がいた。
そう、その少女こそ、キャロルがいるクラスの副委員長の少女だったのである。
「…な、何言ってるのよ。何かの間違いじゃないの?」
「ほお、じゃあ、なぜ君はこんな時間に学校にいるんだ? まさかこんな夜中に忘れ物を取りに来たとでもいうんじゃないだろうな?」
原田が聞くが、少女は何も答えない。
「…そうか、やはり君は組織の一員として学校に情報を流していたんだな」
それからどのくらい経っただろうか。
「…どうしてわかったの?」
少女が口を開いた。
「これよ」
そういうとキャロルはポケットからハンカチに包んだコンタクトレンズを取り出した。
「これは…?」
「そう、あたしが学校に忍び込んだ時に別の侵入者がいたのよ。その侵入者が落としていったものなんだけれど、何か手がかりになると思って」
「…でもなんで、それがあたしのだってわかったの?」
「最初は誰のだか分らなかったけどね。でもこれを拾った次の日のあなたを見てピンときたのよ」
「どういうこと?」
「あなた確か、あたしがこの学校に来たときからずっとメガネなんかかけてなかったのにここ数日はメガネをかけていたでしょ。もしかしたらあのコンタクトレンズと関係があるんじゃないかなって思って。それで調べてもらったのよ」
キャロルの言葉を受け継ぐように原田が、
「かなり調査は大変だったけどな。それでもたどっていくうちにどうやら君がこのコンタクトレンズを買った店を突き止めてな。いろいろと調べてみてようやく分かった、ということだ」
「…そう、そうだったの…。ねえ、キャロル。私からも一つ聞いていいかしら。あなたもしかして…」
「…そう、あたしもあなたと同じ立場の人間」
「やっぱりね。ウチの学校に交換留学生としてあなたが来たときなんか変だと思ったのよ」
「…あたしが、日本語が達者だから?」
「それもあるけれど、あなたがときどき私たちを見る目が普通じゃなかったのよ」
「普通じゃない、って」
「私だってわかるわよ。あなたが普通の人じゃない、ってことは。どうしても人を疑ってかかるから自然も目つきもそんな風になっちゃうのよ」
「それじゃ…」
「この間学校に行ったときに私のほかに誰かが忍び込んでいたんじゃないか、と感じてたのよ。もしかしたら、とは思っていたんだけれど…」
「…そうか、あの時も」
「でもあの時はコンタクトレンズを落としてしまった私のミスね。それがあなたに正体を知られる羽目になってしまった…」
「…教えてくれ。なぜ君はこんなことをしてるんだ?」
「…それは…」
そういった少女の目から一筋の涙が零れ落ちた。
「…泣かなくていいんだ。すべてを話してくれれば…」
と、その時だった。
「…うっ!」
少女が突然倒れてしまう。
「おい、しっかりしろ!」
そう言うと原田が抱き起す。
「…!」
思わず二人は絶句した。
そう、原田の手のひらに血がべっとりとついていたのだ。
キャロルはベレッタを取り出すと、辺りを見回す。
「…いったいどうしたの?」
「…どうやら銃で撃たれたようだな」
「でも銃声が…、そうか、サイレンサーね」
「ああ。サイレンサーで彼女を撃ったんだ。どんな時に敵がどこにいるのかわからないから注意しなければならなかったのに、迂闊だった」
と、その時だった。
「…誰?」
キャロルがベレッタを構えながら叫ぶ。
そしてキャロルがベレッタを向けた方向で何やら走り去っていく音がした。
「…あっちか!」
原田が叫ぶ。
「キャロル君、オレはあいつらを追う。君は救急車の手配をしろ」
「…でも…」
「こういう時の応急処置は君も訓練で習っているだろう。頼むぞ!」
「…わかったわ」
そう言うと原田は車に飛び乗ると、走り去っていく。
キャロルはスマートフォンで救急車を呼ぶと少女に対してしかるべき応急処置をする。
ほどなく救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
(…どうやら来たようね)
キャロルはそっと立ち上がると急いでその場を離れる。
自分がエージェントである以上、正体を知られてはまずいのである。
そして物陰から救急車に乗せられるのを見届けると、再びスマートフォンを取り出した。
「…ああ、キャロル君か。どうだ?」
電話の向こうで原田の声がした。
「大丈夫。さっき救急車に乗せられていったわ。そっちはどうなの?」
「残念ながらまかれた。やはり一筋縄ではいかないようだ」
「そう…」
「とにかく詳しい話はあとだ。今から彼女が送られた病院へ行こう」
「…そんなことやって大丈夫なの?」
「大丈夫だ。今、校長に連絡をしておいた。生徒が事件に巻き込まれたため、学校を代表として教師として事情を聞きに行くんだからな」
「…そういうことね、原田先生」
「そういう言い方は参るな。とにかく今からそちらに行く。十分に気をつけろよ」
「了解」
*
それから1時間ほど経った時、病院の手術室の前。
キャロルのそばに一人の男が駆け寄ってきた
「…キャロル君」
「あ、校長先生」
そう、原田の元上司であり、キャロルが通う高校の校長だったのだ。
「事情は原田君から聞いたが、まだ手術は終わらないのか」
「はい」
「そうか、どうなるか心配だな…」
と、
「あ、校長!」
校長の姿を見つけた原田は駆け寄る。
「それで、彼女が襲われた状況というのは?」
校長が聞くと、そしてキャロルと原田はかわるがわる状況を説明する。
「…そうか」
「すみません、自分の不注意でこんなことに…」
そういうと深々と頭を下げる。
「まあまあ、顔をあげたまえ。どんな状況においても敵はどのようにして襲ってくるかわからないのは君も十分承知の上だろう」
「しかし…」
「わかっている。敵もどうやら君たちの動きを探っているようだな」
それからしばらく経って「手術中」の表示が消え、中から医師たちが出てきた。
「…あなたは?」
「あ、先ほど連絡をもらいました、彼女の通っている高校の校長です」
「そうでしたか」
「…ところでそちらのお二人は?」
医師は二人に気が付くと
「あ、この近くに住んでいるウチの学校に交換留学生としてやって来てる子ですよ。たまたま事件を目撃したらしいんですが、日本語がよくわからないので英語ができるウチの教師の原田君に来てもらって話を聞いていたんです」
(…今まで日本語で話していたんだけどね…)
キャロルはそう思ったが、余計なことは話すまいと思い、黙っていることにした
「それで、彼女の容体は?」
校長が改めて聞くと
「何とか一命は取り留めましたが、もうしばらく様子を見なければいけないでしょうね」
「そうですか…」
「とりあえず集中治療室に入れます」
「お願いします」
「ところで彼女の身内の方はいらっしゃいますか?」
医師が聞くと一瞬校長の顔が曇った。
「…どうかなさいまして?」
「あ、い、いえ。こちらのほうから後で連絡を入れますよ」
「お願いします」
そして原田の車に3人が戻った時だった。
「…校長、彼女の身内に聞かれた時のことですが…」
「ああ、君も気づいていたかね。彼女には身内と呼べる人がいないのだよ」
「どういうことですか?」
キャロルが聞く。
「…なんでも彼女は小さいころにご両親が離婚して、母親と一緒に暮らしてそうなんだが、その母親も彼女が中学生の時に亡くなられたらしいんだよ」
「…それで、彼女のお父さんは?」
「どこへ行ったものやら連絡が全く取れなくなったということだ」
「…そうなんですか」
すると運転席の原田が
「となると彼女は…」
「それからも母親と一緒に住んでいたアパートに一人暮らしをしていたそうなんだが、あまり友人もいなくてな。詳しいことがよくわからなったのだよ」
「…となると」
「ああ。おそらく生活費などを稼ぐためにああいったことをやらざるを得なくなったんだろうな」
「そうですか…」
「しかし校長、となると…」
「ああ。そして敵もいろいろと知られてはならないことがあるんだろうな。それで彼女を狙った…」
「…それで、これからどうするんですか?」
「…おそらく、敵はこれからも彼女を口封じのために狙ってくるだろうな。となると我々も見張らなければいけないだろうな…」
「でも…」
キャロルが言いかけると原田が、
「心配するな。我々の組織は何も君と私だけではないんだ」
「そうだ、心配することはないぞ、キャロル君。我々の中から信頼のおける者たちを派遣して彼女を見張ってもらう」
「…お願いします」
キャロルは頭を下げる。
そしてキャロルの住んでいるマンションの前に車が停まり、キャロルが中から降りる。
「それじゃ連絡のほうは私からしておく。後で原田君のほうから君に連絡をよこすように言っておくよ」
「ありがとうございます」
「…それで、これからどうするんですか?」
原田が言う。と、校長が、
「申し訳ないが原田君、君は報告を頼む。この件に関してはもう少し調べてみる必要がありそうだ。私のほうからも頼んでおくよ。それからキャロル君は学校で情報収集だ」
「はい」
そして車が去っていく。
「…うまくいってくれるといいけど…」
キャロルはそうつぶやくととマンションに入っていった。
(第6話に続く)
(作者より)この作品に対する感想等がありましたら「ともゆきのホームページ」BBS(http://www5e.biglobe.ne.jp/~t-azuma/bbs-chui.htm)の方にお願いします。