・第4話
朝、キャロルが校門の近くに来た時だった
「おはよう、キャロル君」
キャロルの姿を見かけたか、原田が駆け寄ってきた。
「あ、あはよう」
原田はあたりを見回すと、
「…4時ごろまで調査をやっていた、というそうだが大丈夫か?」
英語で話しかけてきた。
「大丈夫よ、一晩くらい寝なくたって」
「それならいいんだが、君は日本にやってきてまだ1ヶ月もたっていないんだ。あまり無理はしないほうがいい」
「わかってるわよ」
「それで、調査の結果はどうだった?」
「うん、確かに何者かによって情報が読まれている形跡はあるわね」
そしてキャロルは学校での調査のことについて話す。
「…そうか」
「それで、これを見つけたんだけれど」
そういうとキャロルはポケットから例のコンタクトレンズを取り出した。
「…コンタクトレンズ?」
原田はそれを受け取ると自分も砕いたり、指紋をつけないように慎重に見る。
「あたしは別にコンタクトとかメガネを必要としないしね。…そりゃあ変装するときはコンタクトをすることがあるけれど、あたしがやるのはカラーコンタクトだし、そもそも日本には持ってきていないし」
「…となると、これは手掛かりの一つになる、ということか」
「あたしもそう思うのよ」
「…わかった。調べてみよう。細かいところまではわからないが、どこの店でだれが買ったことくらいはわかるからな」
「それだけわかれば十分よ」
「君も調査は続けるんだぞ」
「わかってるわよ」
「それじゃな、授業が始まるぞ」
「OK」
*
そしてキャロルが教室に入ってきた時だった。
「あ、おはよう、キャロル」
一人の少女がキャロルに駆け寄ってきた。
「…何かあたしに用?」
「キャロルって確か、この学校の近くに部屋借りて住んでるわよね?」
「ええ。それがどうかした?」
「昨日の夜、だれか怪しい人が通りがからなかった?」
「通りがからなかったか、って…。あたしが住んでいるのは高いところだし、あたしだってまだ日本に来て間もなくて、ここには不慣れなんだから出歩いたりはしないわよ」
実際は今朝の4時まで出歩いていたのだが、さすがにクラスメイトの前ではそんなことは言えない。
「そうか、そうだよね…」
「何かあったの?」
「うん。夕べもまた学校に何者かが侵入したんだって」
(…まさか、それってあたしのこと?)
あれだけ気づかれないように侵入したというのに何かミスをしてしまったのだろうか?
「…そ、それって何時頃のこと?」
キャロルが恐る恐る聞いてみると、
「うん。夜の10時ごろのことだったんだって」
(…よかった。あたしが行動を開始したのは12時過ぎだったからあたしじゃないってことね。でもやっぱりあたしの他に…)
「どうしたの、キャロル?」
「ん? な、なんでもないわ」
と、その時だった。
「あなたたち、もうすぐホームルームが始まるわよ」
以前も彼女たちに話しかけてきた副委員長が話しかけてきた。
「わかってるわよ」
そういうとそこにいた女生徒たちは自分の席に戻った。
キャロルも自分の席に戻ったが、
「…?」
そう、キャロルは今の副委員長の姿に何か違和感を感じたのだ。
(…なんだろう、この違和感は?)
キャロルは彼女のほうをじっと見る。
すると、彼女はハンカチを取り出すと眼鏡をはずして、レンズを拭き始めた。
(…そうか、そうだったんだ!)
キャロルはさっきから感じていた違和感の正体に気が付いた。
(…彼女、昨日はまではしていなかった眼鏡をしていたんだ。今まで眼鏡をかけていなかった人が眼鏡をかけたり、その逆だった場合はしばらく違和感を感じるあれだったんだ!)
そう、キャロルが来日し、交換留学生として学校に通うようになってから1週間ほどが過ぎたが、その間、副委員長は確かに昨日までは眼鏡をかけていなかったのに、今日は眼鏡をかけていたのだ。
(…でもどうして…?)
その時、キャロルには一つのことに思い当たった。
(…もしかして! でも、確証がないわ。とにかく今は調査結果を待たなきゃ…)
*
そして休み時間の時だった。
「…?」
キャロルのマナーモードにして胸ポケットに入れてあるスマートフォンが振動した。取り出すと、
『昼休み 学校裏庭にて待つ。 GK』
とメールが入っていた。
(…彼からのメールだわ。何か分かったのかしら?)
キャロルの言う「彼」――原田からのメールだったのだ。
そしてキャロルは、
『了解。 CNH』
とだけ返信をした。
そう、二人でメールのやり取りをする際に原田は「GK」、キャロルは「CNH」(Carol Naomi Hinesの略)とお互いのイニシャルで取り合うことを決めていたのだった。
*
そして昼休み。
「…そうか、そう感じたのか」
キャロルからの話を聞いた原田はそうつぶやいた。
「でも、まだ確固たる証拠がないのよ」
「確かにそうだな。例のコンタクトも調査はしているが、その結果が出るのがもう少しかかるらしいし」
「それで、ちょっと確かめたいことがあるのよ」
「確かめたいこと?」
そしてキャロルは自分の考えを原田に話す。
原田はしばらく考えていたが、
「…わかった。やってみよう。このことに関してはこっちに任せて、君は感づかれないように気を引いてくれ」
「わかってるわよ」
「うまくいったら後で連絡をよこす。それじゃな」
*
そして放課後。キャロルのスマホに原田からのメールが入った。
『例のものセット完了。確認されたし GK』
とだけ入っていた。
それを見たキャロルはスマホの画面を呼び出すと何か所かをタッチする。
数十秒後、画面に地図が表示され、その中の一点が点滅する。
(…大丈夫。うまく仕掛けられてるわ)
キャロルがエージェントとして教育を受けたときから、機関から数多くのアイテムを貸与されてきた。そしてその中でいくつものアイテムを日本に持ってきたのだが、そのスマートフォンもその一つだった。
スマホ自体の普及はここ数年のため、彼女自身がそれを受け取ったのは日本に来る少し前だったが、見た目は普通のスマートフォンであり、もちろん普段は彼女自身が携帯電話として使っているのだが、機関が開発した特殊なアプリが組み込まれており、GPS機能が強化されていて、狙ったターゲットをほぼ確実に追跡することができるのだった。
そして原田はその発信機を目指すターゲットに設置したのだった。
(…あとは相手に気づかれないようにしなきゃ…)
それからキャロルがマンションに戻って数時間たった時だった。
不意に傍らに置いたスマホが音を鳴らした。
(…来た!)
そしてキャロルはスマホを通話状態にする。
「…もしもし」
「準備できたか?」
原田の声だった。
「こっちはいつでも大丈夫よ」
「よし、それじゃ今から5分後、マンションの前で待っている」
「了解」
*
そして5分後。
キャロルがマンションの前で待っていると1台の車が停まった。
そして助手席のウィンドウが開き、原田が顔を出す。
「急げ!」
「了解」
そしてキャロルが乗り込む。
キャロルが助手席のシートベルトを締めているとき、膝の上に封筒がぽん、と投げ込まれた。
「これは?」
「例のコンタクトレンズの調査結果が出た」
そしてキャロルはその調査結果に目を通す。
「…これは…」
調査結果を見て思わずキャロルがつぶやいた。
「どうやら君の考えが当たっていたようだな」
「それで、これからどうするの?」
「今からそのターゲットが向かっているところに行くんだ」
「ターゲット、ってどこだかわかってるの?」
「ある程度予想はついている。詳しくは自分のスマホを見てみろ」
そしてキャロルはスマホを取り出した。
「…これは…」
「そうだ、学校に向かっているようだ」
「それじゃあ…」
「ああ。おそらく君が昨日見た人影と同じ人物だ」
やがて車が学校に到着した。
「…どうやら先についたようだな」
「それじゃあ」
「ああ、ここで待っていよう」
*
そしてしばらくたった時だった。
「…来た!」
不意に原田が叫んだ。
「本当?」
「ああ。オレは校門のほうに回る。君はここにいてくれ」
「OK」
それから程なく何者かが学校に入ってきた気配がした。
キャロルが目を凝らすと確かに人影が見えた。
「やっぱり来たのね」
そういうとキャロルは右手に持っていた懐中電灯を人影のほうに向ける。
相手もキャロルに気が付いたか、あわてて向きを変えると校門のほうに駆けだした。
しかし、そこには原田が立っていて、その人物に懐中電灯の光を当てていた。
その人物は二人の間で立ち止まった。
そして、ゆっくりと二人は間隔を狭めていく。
「…やっぱり、君だったのか」
原田がその人物に懐中電灯を向けて言う。
そしてキャロルも光を向けながら、
「…どうしてこんなことをするの? 副委員長」
(第5話に続く)
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