・第3話
翌朝。
キャロルが教室の扉を開いて教室に入ったとき、教室の片隅で3~4人の女生徒が何か話をしているのが目に入った。
「…でさあ、そのことなんだけれど…」
「…本当?」
「…うん。…ということなんだって…」
キャロルはその話を聞いて、どうやら普通の会話ではなさそうなことを感じ取った。
エージェントとしては何気ない会話の中にも重要な情報が隠されていることがあるから、そういったものも見分ける能力が必要なのだ。
「グッド・モーニング。どうしたの、みんな」
キャロルがさりげなく、といった感じで話しかける。
「あ、キャロル。おはよう」
「いったいどうしたの、みんな」
「…うん…」
その女生徒はあまり話をしたくないようだった。すると、
「話してみようよ。キャロルはイギリス人の血が混ざってるんだから、日本人じゃわからないことがわかるかもしれないわよ」
「…どういうことなの、話してみてよ」
「うん、実はね…」
「…ふーん。そういうことがあったんだ」
「うん、それが何人も見ているっていう話なのよ」
「でも何も盗まれたものはないんでしょ?」
「うん。だから見間違いじゃないか、って意見もあるんだけどね」
そう、キャロルが交換留学生として来日する前から、夜に学校が何者かが侵入しているのを見た、という証言があるのだった。
そして昨日の夜もそういうことがあったという。
(…これは調べてみる必要があるかな…)
「…キャロル、どうしたの? 真剣な顔しちゃって」
「ん? なんでもないわ。ところで…」
とキャロルが言いかけた時だった。
「あなたたち、何やってるの?」
ショートカットの髪の毛の一人の女生徒が話しかけてきた。
「いや、別に何もやってないわよ」
「そう。それならいいけれど、もうすぐ朝のホームルームが自分の席にお戻りなさい」
そういうとその女生徒は自分の席に戻る。
「…ねえ、彼女誰?」
キャロルが今の女生徒について聞いた。
「ああ、ウチのクラスの副委員長よ」
「副委員長?」
「そう。確かに勉強はよくできるんだけど、いかにも堅物って感じでさ。絵にかいたような学級委員、ってやつよ」
「ふーん…」
キャロルはそんな彼女の後姿を見ていたが、
「キャロル、何してるの? もうすぐホームルーム始まるわよ」
「あ、サンキュー」
そしてキャロルは席に着く。
そしてキャロルは休み時間や昼休みにもそれとなく、といった感じでいろいろと生徒に話を聞いた。
その結果、同じような証言をする生徒が出てきたのだった。
*
そして放課後。
キャロルが学校からマンションに戻ろうと廊下を歩いていた。
(…これだけ証言が取れるとなると…)
キャロルは頭の中で今朝から聞いた情報を整理した
(…一人や二人の証言だったらなにかの見間違いだった、ということも考えられるけれど、何人もの生徒が同じ証言をしているなんて…。やっぱり何かあるとしか思えないわ・だとしたらもう少し調べてみないと…)
そして玄関に向かう渡り廊下を歩いていたとき、キャロルの前に、ジャージ姿の原田が現れた。
「…? 何その恰好?」
「今から部活の練習に行くところだ」
「部活? …クラブ活動のこと?」
「ああ。これでも顧問なんでね。…ところでどうだった?」
「どうって?」
キャロルが聞くと原田が英語で、
「例の件だよ」
「…プッ」
キャロルは思わず噴き出した。
「何がおかしい?」
「あ、ごめんなさい。だってその格好で綺麗なキングスイングリッシュで話すんだもん。何となくおかしく感じるわよ」
「君だってどこから見ても外国人の女の子が日本語を自由に扱うだろ? それと一緒だ」
「確かに言われればそうだけれどね。…で、例の件だったわね。いろいろと聞いてみたけれど…」
そしてキャロルは朝からの出来事を話した。
「そうか、そういう話が多いか」
「…何か知ってるの?」
「いや、君がここに来る少し前からそういう噂話があったんだが、君がここに来る少し前からそういう噂が目立って聞こえてきたのだよ」
「あたしが来る前から?」
「おそらくシンジケートのほうも何かしら情報をつかんでいるのだろう。こういう情報というのはどんなにうまく隠したとして長くは隠せるものではないからな。それで君、というか我々のほうから誰かが派遣されてくる、と聞いて向こうも情報を急いで掴もうとしているのかもしれないな」
「…それじゃ…」
「心配するな。校長に話しておく。あとで連絡が来るかもしておくから準備だけはしておけ」
「了解」
「それじゃな、これから部があるんだ。気を付けて帰れよ」
そして二人は別れた。
*
その夜。
シャワーを浴びたキャロルは手早く黒地の服に着替える。
夜に行動するとなるとやはり黒字の服が目立たなくていいのだ。
先ほど原田のほうから「今夜さっそく学校のほうで調査にあたってくれ」という情報が入ったのだっ た。そのための準備をしている、というわけである。
そして机の鍵を取り出すと、鍵を外し引き出しをあける。
その中には革に包まれた箱があった。
キャロルはその箱を開く。
「…驚いちゃうわね。こんなものまで用意できたなんて」
そこに入っていたのは一丁の自動拳銃・ベレッタM1919だった。
キャロルがエージェントとなった時に与えられた25口径の拳銃だが、今回キャロルの日本派遣が決まった際の最大の問題が「どうやって日本に拳銃を持ち込むか」だったがどうやら組織のほうでうまくやったことだけは確かなようだ。
とはいえ、キャロル本人はこれまで訓練でしか拳銃を撃ったことがないから、ほとんどお守り代わりに持っているようなものである。
そしてキャロルはタンスの中からバイク用のヘルメットを取出し、その傍らにかかっていたキーを持って地下の駐車場に行く。
*
地下駐車場の端のほうまで歩いていくと1台の50ccバイクが置いてあった。
実はキャロルは17歳になると――組織がそのようにしていることもあるのだが――すぐ自動車と50ccバイクの免許を取った。
イギリスでは17歳になると自動車もバイクも免許を取ることができるが、日本行きが決まって間もなくのころに、彼女はバイクはとにかく自動車は18歳にならないと運転できないことを聞いていた。さらに国際運転免許証は18歳以上にならないと取れないという話だから、彼女が日本にいる間は無免許運転になってしまうのだ。そのためか組織のほうからは「自動車やバイクの運転は必要最小限に抑えるように」とは言われてはいたが、今回は原田や校長から運転の許可をもらっていた。
「…無免許なのがバレなきゃいいけどね」
ふとそんなことを考えたキャロルは苦笑した。
「…ふふっ、こんなこと気にするなんて。やっぱりあたしには日本人の血が半分あるんだな。…それじゃ行こうか」
そしてキャロルはヘルメットをかぶるとバイクにまたがった。
*
数分後。キャロルが通っている学校の前にバイクが止まった。
キャロルはヘルメットのシールドを上げると校舎を見上げた。
「…夜に見る学校ってどこもちょっと不気味なところがあるわね」
キャロルはそうつぶやくと裏門に回った。
原田が言っていた通り、裏門の鍵が開いていたので学校には入ることができた。
バイクを人目につかないところに停め、キャロルはヘルメットを脱いでバイクから降りた。
しばらくすると夜の暗さにも目が慣れてきたか、あたりの様子がわかってきた。
そしてキャロルは懐中電灯を構えると足音を立てないように学校の中へ入っていった。
*
学校の中をしばらく進んでいくと「職員室」という看板が目に付いた。
「…確かここで人影の目撃情報が多かったけれど…」
キャロルはあたりの様子をうかがいながらドアを開け、中に入っていった。
職員室の中は暗く、辺りも明かりがさしこむところがないのか、他の場所と比べても一段と暗い印象を受ける。
と、キャロルは職員室の片隅に金庫があるのを見つけた。
「…もしかしたら…」
キャロルは金庫に近寄ると扉に耳を当て、ダイヤルをまわし始める。
エージェントの教育を受けていた際、金庫の開け方についても教わっていたので、このくらいの金庫だったらキャロルでも十分に開けられるのだった。
(…開いた!)
そしてキャロルは慎重に音をたてないように扉を開けると、中に入っていた書類などを調べる。
「…これは…」
キャロルはある封筒で目が止まった。
「…丁寧に貼ってはあるけれど、一度糊をはがした跡があるわ」
そしてキャロルは封筒を開けると書類を眺める。
「大した情報ではないけれど、学校関係者のことがいろいろと書いてあるわね」
こういう時に日本語の読み書きができる、というのは大きな武器であることは変わりがない。
「…でもこれが重要な情報だとは思えないわ、もっと他にあるんじゃ…」
その時だった。
「…?」
キャロルは不意に物音を聞いた気がした。
(…誰かいる!)
キャロルは金庫を手早く閉め、そっと部屋を出ると胸のホルスターからベレッタを取り出した。
そして足音を立てないようにゆっくりと歩いていく。
*
そして正面玄関の近くに来たときだった。
不意に誰かが人影を見た気がした。
「…誰かいるの!」
キャロルで叫ぶと、外へ向かって走っていく足音が聞こえた。
キャロルは後を追ったが、正門を出た時すでにその人影は見えなくなっていた。
「…いったいどこへ行ったのかしら…」
キャロルがあたりを見回し、何の気なしに下を向いた時だった。
一瞬、キラッと足元が何か光ったように見えた。
「…? 何かしら」
キャロルは懐中電灯の光をそれに向けると拾い上げる。
「これは…、コンタクトレンズじゃない」
キャロルは裸眼で十分にものが見えるため、コンタクトとか眼鏡を必要としないからこれは誰かが落としたものだろうか?
「…いずれにせよ重要な証拠物件であることは変わりないわね」
キャロルはポケットからハンカチを取り出すと、慎重にコンタクトレンズを包み着ていた服の胸ポケットに入れた。
「…どうやら少しわかってきたわ」
この学校にはやはり以前から何者かが侵入していたのだった。
そして生徒たちが見た、というのはその姿だったのだ、ということも。
しかし、だれが何のために侵入しているのか、それはまだよくわからないが、キャロルが拾ったコンタクトレンズは何らかの手がかりになるかもしれない、ということも。
「…これはもっと調べてみる必要がありそうね…」
そしてキャロルは別のポケットからスマートフォンを取り出した。
もうすでに午前4時を過ぎていた。
(…もうこんな時間か)
もう少し調べたかったが、もうすぐ夜が明ける時間である。
今日はいったん引き揚げるしかない。
キャロルはバイクにまたがると学校を去って行った。
(第4話に続く)
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