・第2話
翌朝。
「…これが日本の高校生か…」
自分が今日から通う高校のブレザーの制服を身にまとったキャロルが鏡に映る自分の姿を見てつぶやく。
いくら自分の血の半分が日本人だといっても、これまで学校には私服で行っていたし、外見は金髪にブルーの瞳、という父親のそれを受け継いだであろう彼女にとってはなんだか奇異な感じがするのも確かである。
「あ、そろそろいかなきゃ」
時計を見たキャロルはマンションを出た。
*
そして学校で諸々の手続きを終えたキャロルは自分が授業を受けるクラスに行った。
「…今日から、このクラスで授業を学ぶことになった交換留学生だ。それじゃ、自己紹介を」
担任が言うと、
「…初めまして、キャロル・久米です」
キャロルの挨拶に思わず生徒たちが「?」という表情をする。
それはそうだろう、どう見ても外国人の顔立ちをした少女がいきなり日本語で挨拶をしたのだから。
「あ、ごめんなさい。あたし、お母さんが日本人なので日本語が話せるんです」
それを聞いて生徒たちが安心した表情をした。
*
そして授業が終わり、休み時間となった。
幸いキャロルは日本語の読み書きができるから授業のほうは理解できたが、まだまだこの学校に来てわからないことだらけである。
キャロルは学校の中を少し歩くと、校庭に出て、少し離れたところにある木のそばに立つ。
「…見たところ、これと言っておかしなところはないようだけれど…」
と、キャロルがつぶやいた時だった。
「…ほほお、制服姿もなかなか可愛いねえ。でも、紫は高校生らしくないと思うよ」
聞き覚えのある声がし、その声のした方向を見るキャロル。
「あ…」
そう、原田剛三がキャロルの前にしゃがみ込み、持っていた竹刀でキャロルの制服のスカートをめくって中をのぞいていたのだ。
数分後、そこにはつばの部分でへし折れた竹刀を持っているキャロルと、その竹刀でさんざんに打ち据えられた原田がいた。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待て!」
「人のスカートを2回もめくっておいて何を言う! 大体、なんであんたがここにいるのよ!」
「…な、なんでとはご挨拶だな。私は普段はこの学校に体育の教師として勤務しているのだよ」
「なんですって?」
思わず聞き返すキャロル。
「ま、受け持ちが男子というのがちょっと気に入らないがな」
そう言いながら原田が立ち上がる。
「…当たり前でしょ。あんたが女子の体育なんか受け持ったらセクハラのしまくりじゃない」
「何か言ったか?」
「何も言ってないわよ。…それより何の用なのよ」
「どうだ、学校のほうは?」
「…まあ、見た限りこれといっておかしなところではないけれどね」
「そうか。それならいいんだが。実は昨日の夜にロンドンの本部から連絡があってね」
「本部から?」
すると、原田があたりを見回すと英語で話しかけた。
「ここからは英語で話すが、君のことをよろしく、というメッセージだったんだが、ちょっと気になる情報が入ってきたというのだ」
「その情報って何よ?」
キャロルも英語で聞き返す。
「うん。シンジケートが日本で活動を始めたらしいということは知っているな?」
「それは知ってるわよ。だからあたしが日本に派遣されたんでしょ?」
「うん。詳しいことは調査中だが、そのシンジケートも活動拠点を東京に置き、すでに動き始めたというのだが、どうやらこのあたりでも活動を始めているらしい」
「本当なの?」
「まだ日本支部や本部のほうも調査を始めたばかりなのだが…。この件に関しては後でまた話す。それじゃ調査を続けておいてくれ」
「了解」
そして原田がその場を離れるとほぼ同じく、
「…何原田先生と話してたの?」
キャロルのクラスにいる二人の女子生徒が駆け寄ってきて話しかけてきた。
「え? あ、なんでもないわよ」
キャロルが日本語で返す。
そう、キャロルはあくまでも交換留学生としてこの学校にやってきたのだ。何も知らない一般生徒を巻き込むわけにはいかない。
「でも本当にキャロルって日本語上手いわね」
「ありがと」
「でも気を付けてね、キャロル。あの原田先生って、いやらしい目で女子を見ることがあるんだから」
「あ、やっぱり」
そのことはキャロルもよく知っている。
「…でも、原田先生ってあれでなんで結構人気があるんだろう」
「どういうこと?」
「ああ見えて結構原田先生が好き、って生徒多いのよ。頼りがいのある兄貴分、って感じがするんだって」
「ふーん」
キャロルはそれはそれでちょっと意外な気がした。ただ、キャロルが見た限りではああ見えて原田はカラッとした性格のようだから、確かにそういった面で人気があるようにも見える。
「ただちょっと原田先生、って不思議なところがあるのよ」
「不思議なところ?」
「うん。大学出てからこの学校に来るまでの間に何していたのか、よくわからないらしいのよ」
「わからない?」
「うん。いろいろ噂はあるんだけどね」
「それに原田先生、って数多くの武勇伝持っているらしんだよね」
「あー、それあたしも聞いたことある。原田先生が暴漢に襲われたとき、金属バットで殴られたんだけれど、原田先生は何ともなくって金属バットのほうが折れた、って言われてるんだよね」
「まさか、そんなことあるわけないでしょ」
キャロルが言うが、
「でも、原田先生だったらそれくらいのことあってもおかしくないんだよね」
「そうそう。本当原田先生ってよくわからない人物なのよ」
その話を聞きながらキャロルは、
「もしかしたら…」
そう、原田はキャロルとの連絡係という一面もある。キャロルに初めて会ったとき、体格に似あわず流暢なイギリス英語を使っていたことなどや、生徒たちの話から考えると、彼自身も自分と同じように訓練を受けた人物であることは間違いがないだろう。もしかしたら生徒の言う「大学を出てからこの学校に赴任するまでの間にも」何か特殊な訓練を受けていたのかもしれない。
「…キャロル、何考え込んじゃってるの?」
そんなキャロルを見て女生徒が話しかけてきた。
「あ? え? いや、なんでもないわよ」
「そう。何か困ったことがあったら気軽にしてね」
「わかったわ」
*
そして放課後のことだった。
キャロルが帰宅している途中、ある通りに入ったとき、彼女のすぐ脇に1台の車が停まった。
「…?」
すると、助手席側のウインドウが開き、
「キャロル君!」
原田が顔を出した。
「…いったい何の用?」
「話はあとだ。後ろに乗れ」
「え?」
「だから詳しいことは車に乗ったら話すから、乗れ!」
「え…ええ」
そしてキャロルは後部座席に乗り込んだ。
「それで、話って何?」
「どうだね、日本の高校は?」
キャロルの隣の席で声がした。
「え?」
その声に隣を向くキャロル。
「あ、あなたは確か校長先生…」
そう、キャロルの隣に座っていたのは、今朝校長室に呼ばれたときに見かけた校長だったのだ。
「…それがどうかしましたか? キャロル・ナオミ・ハインズ君」
「な、何故あたしの本名を知っているんですか?」
「いや、実は本部から君のことをよろしく、って連絡があってね」
「本部から?」
「実は私も元エージェントでね」
「エージェント、って…」
「実はそうなんだよ。実はオレにエージェントの訓練を受けていた時の教官というのが校長だったんだよ」
運転席の原田が言う。
「本当なんですか?」
「ああ、実に出来が悪い生徒だったけどな」
「それを言わんでください、校長」
「ははは。まあ、それはそうと彼を教えた後に私は引退したので、原田君が実は私の最後の生徒なのだよ」
「でもなんで高校の校長なんかに…?」
「もともと教員免許を持っていたからね。それで教育現場に戻っていたのだが、引退後もいろいろと日本支部のほうから話が来てねえ。実は今でも日本支部から情報が入ってきてるのだよ」
「それじゃあ、あたしを交換留学生として入学させたのも…」
「いや、その話は本部から来たんだよ。実は日本支部のほうでわが校が日本に来てくれる交換留学生を募集しているから、それを使って何かできないか、という話をしたらしいんだ。そしたら本部が君を推薦してきたので協力してくれないか、と頼まれたんだよ」
「…そうだったんですか…」
「まあ、私も昔エージェントだったからな。君のような後輩が出てきたというのは頼もしく思っているよ。ただし、このことを知っているのは私と原田君だけだから、君もくれぐれも注意してほしいんだ」
「それはわかってます」
「…それでは、君に指令を伝えよう」
「指令?」
「君が日本にいる間は原田君から指令を受けることになっているようだが、今回は私も関係があるからな」
「関係?」
「実は最近学校の情報が、何者かによって漏れているという話があるのだ。原田君に頼んでいろいろと調べてもらったのだが、原田君は教師ということもあってか、なかなか生徒の情報をつかみ切れていないのだ。そこで君に原田君に替わって生徒の情報収集をしてもらいたい」
「情報収集ですか?」
「君は日本語が使える、ということで早くもクラスの話題になっているようだからね。それに交換留学生、ということで君と生徒たちが接触する機会も多くなると思うから、そういった情報は君のほうが収集しやすいだろう。…キャロル君、これは君が日本で最初にやるミッションだ、できるね?」
「はい」
キャロルのその言葉は力強かった。
(第3話に続く)
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