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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ファーストミッション

作者: 林 りょう


 響き渡る銃声。爆発音。立ち込める硝煙と色々なものが焼ける臭い。

 悲鳴、怒声、血――死体。


 あれは、向かいに住んでいた美緒小母さんとこの、確か……勝君。まだ幼稚園だったっけ。その近くには、商店街のおばあちゃんが倒れてる。


 見知った人も、知らない人も。倒れてる人達は皆一様に、動かない。

 ここはもう、知ってる場所じゃない。


 見慣れた風景は奪われ、壊され。

 日常が、非日常になり。

 日本は、戦場と化した。


 それは、本当に突然だった。

 その名も『Human Sorting Project(人類選別計画)』

 あまりに増えすぎた人類の管理と、もうどうしようもなく破壊してしまった自然環境の改善を目的とした愚挙。


 ――3108年3月1日19時00分。


 それが全世界に発表されると同時に、日本の空は戦闘機で埋まった。

 そして、そこから降下してきたのが『International Execution Forces(国際執行軍)』と呼ばれる敵。

 私達日本人は無価値と判断され、その計画により死を余儀なくされる。

 さらに日本は、同じように世界の塵と判断された各国の人間たちが送り込まれる、処理場となった。


 それから1週間。日本人は半分も生きていないだろう。

 警察も軍隊も、もう何もかもが機能していない。外に出ればIEFに即効処分され、身を隠していたとしても手当たり次第爆破されて死ぬ。

 皆自分が生き残るのに必死になるか、若しくは諦めるしかなかった。

 私は前者を選んだ。ただ、家族はもういない。

 父は2日目に、食料を確保しにいって死んだ。その次の日に妹が母に。母は――私に。

 妹は母の提案を受け入れたけど、私は生きたかった。どうしても。


 それから今日まで、とにかく知識と情報を求めて過ごした。

 幸いな事に家が爆破されることは無かったから、まだ生きていたネット回線を使って武器の扱い方から世界の情報まで。英語が得意で本当に良かった。


 武器は夜の内に死体から奪い。食料は直ぐ近くのコンビニから。非力ながらも、とにかく必死だった。

 不気味な事に、この計画の遂行に異論する人間は一人もいなかった。立案者は驚くべきことに日本の首相らしく、賛同者は世界の要人全員。当然そんな事、信じられるはずも無い。

 しかも、要、不要の判断は自律型のコンピューターまかせらしく、日本人でも首相だけは生き残ることを許可されたらしい。――日本を、処理場として提供することで。


 確かに人は増えすぎていたし、環境破壊の殆どは人類の所業が原因だ。だけど私は、この計画が一番の原因になると感じる。


 日本はもう終わる。人も終わるだろう。

 それでも、どうしても生きたいと思う私は狂っているんだろうか。


 パタン、とパソコンを閉じて大きなため息を一つ。割れた窓から見える景色は、地獄そのものだった。


「ここにはもう、居られないね」


 ポツリと溢し、腰を上げた。

 外の銃声のお陰でばれることはないだろうからと、遠慮なく今まで触っていたパソコンへと銃口を向けて放つ。

 たぶん、ちっぽけな私に出来ることはやり遂げられただろう。

 誰も何も言わない中で、あらゆる場所に日本人としての叫びとこの計画のおかしさをまとめたファイルを公開した。

 本当の目的と思える仮説をいくつも並べ、生きたいと叫んだ。所詮、餓鬼の浅知恵でしかないけど、それでも私にとってはそれが全力だ。

 これを見た要人はすぐさまIEFの上層に連絡し、何がなんでも私を見つけ出そうとするかもしれない。ただ捨て置くだけだろうか。


 ともかく覚悟を決めて、支度をしよう。


 最後にと、残しておいた水にタオルを浸して身体を拭いた。髪を洗い、奪っておいた防弾チョッキを着る。服は迷ったけれど、結局制服にした。

 スカートの下には一応レギンスを履き、肩から大きなマシンガンをかける。腰に巻いたベルトには、弾とハンドガン。他にも手榴弾にナイフ。

 扱い方が分かっていても、何度か練習したといっても、付け焼刃にしかならないだろう。行く宛てだって無い。

 でも、ここには居られないから。


 静かに階段をおりた私は、まず書斎に行った。

 そこで、父が吸っていた煙草に火をつける。初めてのそれは苦くて苦しくて、これをおいしいと吸っていたのを理解することは出来ないけど、その香りに隠してひっそりと父を想った。

 次に、母と妹の寝室へ。そこでは、二人だったものが見るも無残な状態で横たわっていた。

 腐敗し異臭を放ち、土に帰ることも叶わずに。


「これ、もらってくね」


 吐き気を堪えながら、妹が携帯に付けていたお気に入りの可愛いストラップを揺らして笑う。母には一言――謝罪と感謝を。


「行ってきます」


 外を一歩出れば、目の前には瓦礫の山と、少し前まで教科書や映画の中でしか知らなかった光景が広がっている。だけど、泣きはしなかった。

 そして私は、とうとう戦場に身を落した。生きる為に。









 走る、走る、走る。たまに後ろを振り返り、マシンガンを乱射する。

 耳はもう、大して役に立たない。爆音を聞きすぎた。

 腕の感覚もほとんどない。非力だというのに撃ちすぎた。


 それでもなんとか――生きていた。


「っ、はぁ……はっ……はぁ……」


 荒い息を落ち着けようと必死になりながら、携帯で時刻を確認する。家を出てからまだ1日。その間に学んだのは、誰も味方にはならないってこと。それと、躊躇ったら終わるということ。

 そして気付いたのは、IEFも私と同じということだ。

 いや、私は生きているべきじゃないと判断されてるんだっけか。だったらIEFの人間は、どっちでも良いと判断されたというべきかも。


 つまり都合の良い存在。だから向こうだって必死だ。生き残れば、生きることができる。

 だって、こうやって処理場と称して不必要な人間を集めたのであれば、核兵器でもなんでも落せば良い。その方が、経費削減にも実験にもなるだろう。


 だから尚更、おかしい。おかしいと思っている人間は、何億といるはずなのに。残念ながら、調べるのはもう難しいけれど。


 どうやら殺したIEFが持っていた無線から、私はユダと呼ばれて特に狙われているみたいだった。

 あのファイルの中身に、確信に迫るものがあったのか。それとも単に、異論を唱えること自体許されないのか。

 無線の言葉から察するに、他にも数人ユダがいるらしいから、後者が正解かもしれない。


 それにしても、私が人類のユダとするならば、さしずめ人類は生命のユダだろう。立案者である首相は日本のユダだし、何だかもう。


「ユダ、ばっかじゃん」


 背を凭れているほぼ崩れたコンクリートの壁には、いくつもの銃弾が浴びせられているというのに、その状況で私は乾いた笑いを漏らしていた。


『糞餓鬼がっ!』


 たぶん、英語でそう言われてる。それがさらに可笑しくて、笑いながら銃口だけを壁の外に出して乱射する。変な声が聞こえたから、誰かが被弾したんだろう。

 手榴弾が投げられないところからして、物資の補給なんてものはないのかもしれない。IEFですら、訓練されてきた軍人では無いんだから。

 夜になれば戦闘機は飛んでいないし、何て適当な処理。


 何てお遊びだ。


「生き残ってやる。絶対に」


 自分を奮い立たせる為に、改めてそう呟いた時だった。それが目に入ったのは。

 真っ黒な小さな固まり。銃弾を防ぐものが何もない場所で蹲っていた子猫。


 この1週間と1日。窓から人が撃たれて倒れる姿を見ても、自分が誰かを撃っても、真横にいた人間が撃たれる瞬間にも動かなかった心が――動いた。


 馬鹿みたいに無意識だった。


「……っ……あ」


 まず肩に被弾した。次に太もも。背中、腕、首。

 腕に抱いたその小さな命を守れない悔しさが、涙となって零れる。


 悔しくて、悔しくて、悔しくて。

 生きたくて、生きたくて、生きたくて。


「……生き……た……」


 それでも身体は、被弾した反動を乗せながら瓦礫の上へと落ちていった。

 動かしたくても動かせず、痛すぎて――痛くない。

 なんとか首を横に動かせば、咳きと共に血が瓦礫を染め上げる。

 死んだと思ったのか背中の銃声が止んでいて、さらに人の足が視界に映り、そいつはたった一発を私に放った。


「死んだ方が、ましだろう?」


 そう言って、脳天へ向けて。

 本当にそう思っていたのか、それとも、生殺し状態を不憫に思った末の優しさだったのか。それを知る術はもう無い。


 シャットアウトする視界。断たれた身体とのリンク。


 私は、あれだけ生きたいと叫んでいたにも関わらず、一匹の猫の為に死んだ。

 でも、そうしたら、この私(・・・)は何なのだろう。


 それが、始まり。

 長い長い戦いの、始まりだった。







 3108年3月15日。HSPが始動してから2週間後。

 札幌、東京、福岡、沖縄。そこで核兵器が落されたのを最後に、日本人と主立った不必要人間の処理の終了が宣言された。


 この2週間の戦いは、後に『Lavender Tragedy』と呼ばれるようになる。その名を付けたのは、ユダと呼ばれた一人の日本人であった。


 年齢、素性は不明とされたが、その人が全世界に向けて残そうとしたファイルは、確かに多くの人の目に触れた。

 公には全てを消去されたとしても、必要と判断され生きている人間達がそれぞれにそのファイルを保存し、水面下で広めて、隠された悲劇は浸透していく。





――私は、この戦いを『Lavender Tragedy』と名付けよう。どうか、想いに答え不信を抱き続けて欲しい。

この悲劇に隠された真実から、目を背けるな。生きてまた、何かしらの形で叫べれば良いが。3108.3.8 Y




 3年後、壮絶な戦いが幕を開け、1人の少女が前線に立つ。






お読み頂きありがとうございました。

PCのファイルを整理してれば、何時書いたのかも覚えていない短編が出てきまして。せっかくなので投稿しちゃえと、改めて少し手を加えたお話です。

SFの定義があやふやなので、もしかしたらジャンルミスかもしれませんが、その際にはお知らせ頂ければ幸いです。


よければご意見ご感想お待ちしております。



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[一言] その背からお邪魔しました。 主人公の行動力に、不謹慎にもわくわくしてしまいました。とてもおもしろかったです! 最後の一文が気になります… そのあたりにNerine様の良さがでていると思いま…
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