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「それで、これからどうするんだ」
自分の事はもういいとヴァースは先の事を尋ねて話題を変える。
「そうだな。まずは姉上がどこに付いてるのかを正確に知りたいな」
おそらくヒルディアだろうと思うのだが、カラムに付くはずだという予想を違えたばかりなので確かめてみないと言えなかった。
「それからなるべく早くヒルディアに行こう」
「ヒルディアに?」
「シルギードの傘下に入る気にはなれないだろ? 大体今のシルギードに聞く耳なんか無いし」
それはそうだとヴァースも思う。どちらかを選ぶというならヒルディアにするつもりだった。
だが――
「つまり自治は無理って事か?」
「まさか。カラムは『自由都市』だから価値がある、だろ?」
「けどヒルディアに行くんだろ?」
「そう。行くだけ。んで女王リエンと会って話して来る。それだけ」
「――は、ァ?」
確かに他の国の王と領主が会ってはならない決まりは無い。政治的、軍事的な話をする訳でもなければそれの干渉とは言わないだろうが。
「何かあったらヒルディアに付くぞ、っていう対外に対するアピールな」
「……成程」
ヴァースだけのみならず、今度はヒルディアをカラムそのものの盾として使う訳だ。
「でもそれだと喜び勇んでヒルディアから戦争仕掛けないか? 何かを起こせばカラムが自国に付くって判ったら」
「そう。だからヒルディア側にもそーゆーのは見せない」
付く気があるのかないのか、曖昧な所で濁すのだ。ただヴァースがこの状況でヒルディアを訪れる、それだけで十分意味がある。
「後――一番手っ取り早いのがお前が竜妃リエンを口説いてくる」
「……――はァ?」
にや、と人の悪い笑みを浮かべて言ったイシュタルにヴァースは驚愕の声を上げた。
「……今、なんつった」
「知らないのか? リエンは美形の男が好きなんだよ。大丈夫お前顔綺麗だから。存分に使って取り入って来い」
「ふふふっ、ふざけんなっ!」
自分を身売りするような真似も勿論だが、それ以上にヴァースの倫理観が許さない。
「ヒルディアの女王は十三歳のガキだろうがっ! そんな相手に何しろっつーんだ!」
「ナニまで出来りゃそりゃ完璧だな。そこまで気に入られりゃ間違いなく色々保証してくれる」
「真面目に考えろ少しは!」
「大真面目だ」
イシュタルの口調から話半分、冗談半分だと思っていたのだが、反して返って来たのは至極真面目な一言だった。
「別に体使えって訳じゃないが、リエンに認めさせる事は重要だ。――カラムが旨みを持った町に成長してからどれだけ経った。何故今まで食い物にされなかったと思ってる」
「何――って、条約があるからだろ」
目を瞬き、何を当然の事をとそう言ったヴァースにイシュタルは首を横に振る。
「違う。国同士の関係なんてそんな優しいもんじゃないぜ。大体その条件だけなら今だって何も変わってないだろ」
「そりゃそうだが……国力の問題とかか?」
元々のカラムの出来た理由だ。これは間違っていない。
「それもあるがそれだけじゃない。――そうだな。じゃあむしろ何で『今』なのかと言い換えた方が良いかな」
「今……」
「それはな、ヴァース。ファウストフィート公が変わったからだ」
「――?」
年を経れば代は替わる。それは当然の事だ。
それが理由だというならどうやっても避けられない事になるではないか。
「人が、じゃない。有り様が、だ。カラムは確かに条約に守られた都市だけど、それを守らせて来たのはファウストフィートだ。抜け道なんか突こうとすれば幾らでもあるんだから」
「……」
「今の代になってヒルディアとシルギードは動き出した。そしてファウストフィートは逃げてしまった」
二国の王の眼は正しかったと言える。今のファウストフィートには町を守る力どころか気概すらないと。
「すぐにでも動いてこないのはお前を見ているからだ。お前がどこまで出来る奴なのか」
「――……俺は」
そんな事、気にした事も無かった。元々ヴァースにカラムを守るつもりは無かったので当然だが――外から見ればそうなるだろう。
「……俺にだってそんな力はねえ」
「謀だけが領主じゃない。勿論出来るに越した事は無いけどそれより必要なのは人を信じさせる力だ。ついて行ってみようって、そう思わせる力。ヴァース、お前はその条件を満たしてる」
「……んな事、ねえだろ」
信じてどうする。自分などを。
「お前がそれを口にしちゃいけないんだよ、ヴァース・ファウストフィート。だって俺がこうしてカラムにいるだろ。お前にそんな事言われたらシアだって、町の人間だってどうすりゃいいか判らなくなる」
「んな事ねェ! 俺はお前が思ってる程献身的な訳じゃない。ファウストフィートの座に居るのだってお前に声掛けたのだって誠心誠意町を守ろうとしてって訳じゃねェ! そんな事シアだって町の人間だって判ってる! 俺が果たしてやんのは『盾』としての役割だけだ!」
一息に怒鳴ってはぁ、と息を付く。
怒るかもしれない、と思った。イシュタルが自分を聖人君子の様に見ていたなら裏切られた気分になるだろう。
だがイシュタルから返って来たのはごく冷静な言葉だった。
「そんな事判ってる。それで当たり前なんだ、ヴァース。人は厄介事なんて嫌がるものだから」
「だったら」
「でもお前はここに立ってる。町の人間達が一生懸命だからって、それだけの理由で個人を晒して命を掛けてる。リンデンバウムに言われたからかもしれないけど、それでもお前は俺に声を掛けたんだ」
「――……」
「力になってやろうって思ったんだろ」
ヴァースを見詰めるイシュタルの眼には優しい色が映っていた。敬意と憧れ、そんなような物に近い。
「シアはそれが嬉しかったんだ。城の人間だって同じだよ。ファウストフィートの名前じゃない。その名を持ってその場に立ってるヴァースへの好意だ」
「……っ……」