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「ふーはー。近くで見るとやっぱ凄いなぁ。カラムの財力の豊かさを感じるよなぁ」
ヴァースと共に城へと戻ってイシュタルは感心した口調でそう評価した。芸術性を優先した荘厳な城の造りはヒルディアやシルギードの王城と比べても遜色なく美しい。勿論規模まで、という訳にはいかないが。
外観だけでは無い。内装も手を抜かれておらず、それだけで一見の価値がある。
「でも所々趣味の悪いのがあるな」
「……あれは親父と兄貴の趣味だ」
その時ヴァースはまだ幼かったが父や兄がカラムの財力を使って片っ端から色々な物を購入しているのは知っていた。
とかく派手な物が好きで、それそのものが悪い訳ではないのだが並べられると趣味が悪く見える。センスの問題だろう。
「へえ。地位と品性ってのは比例しないもんだね。どれも悪い物じゃないのに勿体ない」
その通りだとは思うし血は繋がっていないとはいえ、人の家族を捕まえて随分な言いようだ。
……『家族』とは――言えないのだろうが。ヴァースとしても家族などとは思っていないのだし。
「――ファウストフィート公! 良かった、お帰りなさいませ」
どこかへ移動中だったのだろう、私室に戻る途中でばったり会ったシアからほっとしたように声を掛けられた。ヴァースの帰りがこう早いとは思っていなかったのだろう、表情が明らかにそれを言っている。
「……ええと。こちらの方は」
続いて見た事のない少年が一緒なのに気が付き戸惑った視線を向けた。
カラムの人間では無い。――と思う。
見た事がないし、明らかな旅衣装は居住を持つ人間のそれでは無い。
という事は、シアから見るとヴァースが町で知り合い連れて来た、という事になりそれは決して間違っていないのだが。
(……らしくない……)
ヴァースはカラムに出来る限り個人として付き合わないようにしている。シアの戸惑った視線を受け、ヴァース本人がどう言おうか、と迷っているうちにイシュタルが気さくに笑い掛けて来た。
「どうも初めまして。イシュタル・シェアディールだ。ヴァースに頼まれてカラムを守る手伝いをする事になったんで、以後よろしく」
「おいっ」
シェアディールの名前は伏せてた方が安全じゃないかとか色々考えていたのに、あっさりイシュタル自ら名乗ってしまった。
(――大体っ)
「俺がいつ頼んだ! お前が気になったらからって言って来たんだろうが!」
「まあそれが第一だけど。『頼む』って言った。ヴァースも確かに『頼む』って言った」
「――っ」
言った。確かに言ったが――
「ファウストフィート公……?」
シアの声には露骨に驚きが滲み出ていた。
「――……貴方、が?」
「――っ。流れだ! それから俺の為だッ」
お前等の為じゃない。町の為ではないと声を荒げてヴァースは否定するが動揺は全く隠せていない。
「何お前以外と照れ屋さん? 自分の命賭けて大した所縁がある訳でもない町をその住人が『頑張ってるから』なんて理由で守ってんだ。今更照れるような事じゃないだろ?」
「だ――からっ。違……っ」
そんな風に掻い摘んで言われると、もの凄く立派な人みたいだろう!
(そんなんじゃねえっ)
自分の中にあるのはそんな立派なものじゃない。無気力なのと――リンデンバウムに殺されるのは苦しいだろうから遠慮したいという、それだけだ。
「……ファウストフィート公」
(……知らなかった)
しくり、とシアは自分の胸が痛むのを感じた。
別にヴァースに不満は無かった。イシュタルの言う通り、ヴァースにとっては殆ど所縁の無い場所なのだから。
(居てくれるだけで充分だ、なんて)
何故居てくれるのかすら、見てもいなかったのに。
自分の命が然程惜しくないとか、それもきっと嘘じゃない。嘘じゃないだろうが――
それでここに居てくれた理由が、そんな事だったなんて。
ヴァースにとってはさしたる事ではないのだろう。
たまたま出来る事が目の前に転がっていたから、やった。きっとただそれだけの事で。
「――……ヴァース様」
「あ?」
「すみませんでした。そして――有難うございます」
そうシアは頭を下げ、初めて『ファウストフィート』の名前ではなくヴァース本人へと礼を告げた。
「止めろ。……んなんじゃねえ」
「まァいいじゃんいいじゃん。人の好意は貰っとくもんだ。お前がどう思ってても彼女はそれに感謝してる。それに実際町の為にもなる。悪い事なんて何も無いだろ?」
そう言って笑ったイシュタルの方が嬉しそうで、ヴァース本人は首を傾げる。
「で、彼女は?」
促され、ようやくシアはイシュタルに名乗っていないのに気が付き頭を下げる。
「シア・ミディアラです。カラムの庶務全般を預かっています」
「そっか。じゃ、あんたにも来てもらった方が良いかな」
「? どこにです?」
首を傾げるシアに代わってヴァースの方が頷いた。
「そうしてくれ。俺は政治にも何にも本当に関わってないから」
出来るならシアとイシュタルで話を進めて行って欲しいぐらいである。イシュタルに話を振った手前流石にそれはやらないが。
「忙しい?」
シアが腕に抱えたそれなりの量の書類を見てイシュタルはそう尋ねてみる。
「いえ、ご用が御有りでしたらそちらから伺いますが」
「ん、長くなるだろうからこっちが後でいい。纏まった時間が取れたらヴァースの部屋に来てくれ」
「判りました」
「じゃ。――行こう、ヴァース」
「ああ」
シアと別れ、後は擦れ違う人に会釈されるだけで三階の私室へ辿り着く。
「適当に座ってくれ」
「あぁ。――敵意じゃないけど一歩引かれてる感じだな。ま、ヴァースの容姿は綺麗だしちょっと委縮してんだろーな」
「とっつきづらいだけだろ」
そうして来たのがヴァースなのだから当然だ。だがくくと笑ってイシュタルはヴァースを指差した。
「お前は見栄えするよ、ヴァース。どこに出しても人目を引く気品がある。これは上に立つ者には重要なファクターだぞ」
「……そりゃ悪いよりゃいい方が良いだろうが」
そこまで言われると恥ずかしい。
――まあ、確かに義理の父や兄には女だったら、という事は散々言われた。その度に男に生まれた事に感謝したものだ。