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イデアール  作者: 長月遥
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 1―4

「どうだっていっ、ぐっ」

 言葉の途中で問答無用で殴られ続きは失われる。

「答えろ。これを持っていたのは十七ぐらいの赤毛のガキだろう」

「っ……?」

 すぐさま脳裏に裏路地で助けた少年が思い浮かんで、それが表情に出てしまった。途端ぐっとヴァースの首を押さえつけるリンデンバウムの腕に力がこもる。

「どうやって手にした。そいつは今どうしてる!」

(何だ……?)

 先程までは表情だけが病んだ笑みを造る無感情に等しいぐらいだったのに、今のリンデンバウムには明らかに感情があった。動向を気にする、という事は『探し人』とやらだろうか。

探し人、イコール殺す相手、だと思っていたのだがどう見てもそんな感じではない。

「答えろ」

「……何で盗ったみてェになってんだ。確かにテメェの言う通りこれは赤毛のガキの物だったよ。貰っただけだ」

「……」

 じっとヴァースを観察しながら言葉を聞いて――ややあって僅かに力を抜く。勿論抜けられる程緩くはないが。

「そのようだな。お前はあまり嘘が上手くなさそうだ」

 ゆっくりと手を伸ばし、再びリンデンバウムはヴァースの髪を弄う。

「ふぅん……イシュタルが、な……」

(イシュタル……)

 流れからするにそれはあの少年の名前だろう。呟いた声にはやはり優しい響きがあって、こんな事をしていても人は人かと乾いた笑いが込み上げてくる。

「基本的に俺は自分が殺す相手が大好きだ。俺に至上の快楽を与えてくれるからな」

「……一般的にそれは『好き』とは言わねえ」

「クク、そう言うな。それが性なんだ。愛情を識ってる俺が言ってるんだから俺の中では歪んでない。――別にただ殺すだけでもそれはそれで楽しいが」

 先程イシュタルの名を出した時とは別人のようにリンデンバウムの表情は狂った愉悦に歪んでいる。表情筋だけを滑る、感情の見えない笑い方。

「折角なら、美味しくなるものはより美味しい状態で食べたいと思わないか?」

「……俺はさっさと楽に殺って欲しいんだが」

「それは有り得ないな。お前みたいな傷つけ甲斐のある綺麗な奴を短時間で失うのは勿体ない。ゆっくり声と顔は楽しませてもらうが」

 くつくつと笑ってヴァースを見るリンデンバウムの眼はそこだけ本物の喜色が見て取れた。

――よりによって嫌な相手に捕まった。ヴァースの希望とこの男は正反対だ。

「――リンデンバウム。この名前に心当たりはないか」

「ある訳ねえだろ」

 暗殺者の内でどれだけ有名だろうと知った事か。出来れば一生関わりたくないし、これからも出来る限り突っ込みたくない世界だ。

「個体名にはそりゃないだろうが『名前』を聞いた事はないのか? 俺の仕事と併せて考えてみろ」

 リンデンバウムは菩提樹の意を持つ。そしてその仕事はどう考えても暗殺だろう。

「――っ!」

 思い当たるものが一つあって、ヴァースはぎょっとして眼を見開く。そのヴァースの反応に満足したようにリンデンバウムはゆったりと頷いて見せた。

「そうだ。軍師一族シェアディールに飼われた護り樹だよ」

 軍師一族シェアディール――与した側に必ず勝利をもたらすと言われる戦場の軍神。

彼等は決して利害では動かず、ただ民の声と己の正義に忠実で、故に権力者達から重用され、同時に恐れられている存在だった。

自然その命と知識は狙われる事が多く、その身を守る為に作り上げられるのが護り樹と呼ばれる人間の盾だった。

「この意味、判るな?」

「……シェアディールが、ヒルディアかシルギードについたのか……」

「そういう事だ」

 ニィと毒々しい笑みを唇に浮かべリンデンバウムは肯定した。

――判っても構わないという事か。

「イシュタル・シェアディールを探せ、ヴァース・ファウストフィート。お前がカラムを守るにはそれしかない」

(イシュタル……あいつが、シェアディール……)

「お前は必ずこの町を守る」

「何……?」

 確信したリンデンバウムの物言いに、当人であるヴァースの方が戸惑って聞き返した。当然だ。誠心誠意で守るつもりなどないと自分が一番判っている。

それを何故、会ったばかり――どころか殺しに来たような相手にそんな事を言われなくてはならないのか。

「折角だ。生きる為に足掻くお前を殺してみたい」

 する、と首を押さえつけていた手を離すと、立ち上がって窓まで歩み寄り縁に手を掛けた。

「それまでその首、預けてやる」

 ひゅっ、と腕を一閃して風を切るとそのまま窓から姿を消す。あぁ帰ったのかと床に転がったままぼんやりと頭が理解してからとっくに自由になっている体を起こした。

「……痛て」

 そうして動き始めて、初めて自分の首が横一線に斬られているのに気が付いた。最後の風がそうだったのだろう。

「……馬鹿馬鹿しい」

 シェアディールがどこに付こうがカラムがどうなろうが知った事か。

(守りたがってんのは俺じゃねえ)

 ぴりとひり付く喉を押さえ、治癒魔術を掛けながら息を吐く。

(どうだっていいっつってんだろうが。別に……)

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