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イデアール  作者: 長月遥
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 1-3

 ザワ、と葉擦れの音に反応して目を向けて、ヴァースはパタリと読んでいた本を閉じた。

夜もすっかり更けてしまってそろそろ寝ようと思っていたから丁度きりは良かった。気分は冴えないが。

「判ってるぞ。ばれてるなら隠れてる意味はねえだろ」

 葉擦れのした方向に気配を頼りに――ではなく、ややずれた角度に向けてヴァースはそう声を掛けた。

立て掛けてあった剣を鞘から引き抜き真っ直ぐそちらを見ていると、ヴァースが当てずっぽうで言っているのではないのを認め、クク、と喉で笑った声を共に男が窓から姿を見せた。

年齢は二十の半ばから少し上、恐らく三十路には届いていまい。装いは白のコートと黒のインナーの二層。そしてダークグリーンの腰まで届く長髪と、夜目にも目立つ出で立ちだ。

にも拘らず男は今の今まで周囲と同化し姿を消していた。――幻術だ。

「よく判ったな。そう魔術適性が高いとも思えないんだが」

 不意打ちに失敗したというのに、男はむしろ楽しそうだった。

「一応聞いておくが……物盗り、じゃねえだろ」

「あァ、勿論。人探しついでの仕事だ!」

 男の足が一歩緩やかに前進した――次の瞬間、ヴァースは男の姿を見失った。沸き起こった寒気と本能に従い身を捻って剣を首の辺りに持ち上げる。

「っ!」

 ギィン、という金属同士のぶつかるような高い音を立て、しかしヴァースの眼に映ったのは刃と鍔競合う人間の手刀だった。

正確には生身ではない。手刀の周りに研がれた風の刃が纏わりつき、それが金属の刃と拮抗しているのだ。

「見えてるか? 中々だぞ!」

「がッ!」

 間髪入れず蹴り飛ばされ、受け身など取る間もなく床を転がる。それでも眼は襲撃者から逸らさなかった。

手に纏わせた風の刃を維持し、ヴァースへと走り込みながら更に彼はもう一つの魔術を構築し始めている。

普通に考えて、一つ一つが高い集中力を必要とする魔術を二つ同時に発動させながら、更に相手に斬りかかってくるなど有り得ない。だが今現在男はそれを成し、放とうと構築されていく魔力の奔流に一切の乱れも無い。確実に発動させてくる。

「リンデンバウムだ! 殺す前に名を名乗るのは久し振りだぞ!」

 喜々として瞳に凶悪な光を宿し振り降ろされるリンデンバウムの風の手刀を何とか避け、あるいは弾く。彼の動きについていけてる訳ではない。

どんな形であれ魔術を使えばそこに不自然な流れが出来る。リンデンバウムの意思に確実に沿って動くので来る場所を視て動いているだけだ。

しかし、それで何とか防御できている程度。素で戦っていたら一番初めの幻術に気付かず殺されている。

(ヤバい)

 彼の振るう手刀を捌くので精一杯だ。もう魔術が構築され終わる。その魔術そのものを知っていれば名前も判るであろう程にはっきり視える。凝縮された魔力量から見て相当に広範囲かつ、威力もある代物だろう。

間に合うか防げるか、両方とも判らないがとにかく盾を作って凌ぐしかない。

驚異的なスペックで戦っているリンデンバウムもやはり人間ではあるらしい。発動前になって意識が魔術の方へと向いたか若干斬り合いの手が緩くなる。――それもヴァースの眼が魔力を見ているからそれと判った程度の変化だが。

「――うん?」

 ヴァースが防御の為の魔術を構築し始めた途端、リンデンバウムは訝しげに呟き眉を寄せ、後は名を呼ぶだけだった魔術を惜しげも無く四散させた。

「っ?」

 平然と行っていた高位魔術の無言構築だがやはり影響は大きかったのだ。解いた途端に変わったリンデンバウムの動きを見失って、まともに間合いに踏み込まれ掌底をくらう。

速くなったとかそういう類ではない。直線的だった動きに慣れた目が純粋に彼本来の体捌きに対応出来なかっただけだ。

「が……ッ」

 掌底を打つ前に風の魔術も解除されていて、力の手加減もされていた。意識を失わせないためだ。

「どういう事だ?」

 言いながら膝を着き、這うような姿勢で咳き込むヴァースの肩を内側から蹴り上げ仰向けに倒すとそのまま体重を掛けて踏みつける。

(……三つ、だったのか)

 痛みで生理的に滲んだ涙でぼやける視界で、見上げたリンデンバウムの眼にも薄く魔術が掛っているのに今気が付いた。おそらくヴァースが視ている物と同じ、魔力の流れを見るための物。

「お前、何で発動前に俺の魔術が判った? 妖精の瞳(グラム・サイト)を使ってる訳でも無し」

 ヴァースが自分と同じく妖精の瞳を使って魔力を見ているのならリンデンバウムにはそれが視える。間違いなく使っていない。

「勘じゃあないだろ? お前の眼は間違いなく風の散刃(シェアシュナイデン)を見てたもんな?」

(良く、見てやがんな)

 リンデンバウムの瞳に掛かった魔力さえ見落としていたヴァースとは対照的だ。深夜にこれだけ騒いで誰も来ないという事は予め結界でも敷かれていたか。だとすればまず助けは来るまい。

(終わったな)

 さっさと一思いに殺ればいい。だというのに観察するようにヴァースを見下ろしたままリンデンバウムは動かない。

「お前、魔力が眼で視えるのか? だとしたら面白いが……」

 顔を近付け澄んだ紫の瞳を覗き込み、ほうと感嘆の息を吐くと手を伸ばして髪を梳く。

「凄いな。本当に金髪だ。……顔も綺麗なもんじゃないか」

 言いながらついとなぞる指先に生まれた刃が軌跡の通りに頬に赤い筋を作っていく。

「素材としては面白いが、武術も魔術も楽しめるレベルじゃないな。――やっぱり、死ぬか?」

「……そのために来たんだろうが。テメェは」

 ふいと顔を逸らしたヴァースの動きに合わせてさらりと髪が流れる。その下の耳に飾られたカフスを見て、驚いたようにリンデンバウムは目を見開いた。

「お前、これ……どこから手に入れた?」

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