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イデアール  作者: 長月遥
27/29

 5―3

 その日は薄く霧が掛かっていた。

とは言っても視界が邪魔される程でもなく、珍しくも無いので誰に気にされる事も無い現象だ。

ただし今日のこれは自然現象ではない。

「恐ろしいものだな。これが魔術で作り出せるのか」

「数日間下準備したって言ってたけどな」

 リンデンバウムとイシュタルが発生させた魔術による霧。流石にこれだけ広範囲に発生させる事は人の力だけでは不可能で、あらかじめその魔術を封じた魔石を各所に配置し、今魔術を解放させているだけという物なのだが。

元々強力な魔術でもないので知っている人間がやればすぐに破られる魔術ではあるのだがまずこれが魔術かどうかの判断から始まるため、今のシルギードでそれが露見する心配はまず無い。

 今のところ相手方に動く気配は無く、シルギード軍の展開が終わるまで待っていた。

そう――動く訳はない。彼等はベクストルの敷くその布陣こそが自分達の勝利への道だと疑っていないのだから。

そしてその行動は、ヴァースやベクストルにしてみればイシュタルとシアの工作が成功した事を意味している。

「上手くやったようだな」

「あぁ」

 突撃まであと数分。

その時が来たら、まずは普通に質量戦で制圧する事になっている。

何の捻りも無いが数の暴力は有効ではある。特に不審がられもしなかった。何人かはベクストルにしては甘い手だと思ったかも知れないが、つい最近カラムで後手に回ったばかりだ。ついに『狂王』も墜ちたかと、そう思われる程度だろう。

――今はいい。それで。

「時間だ」

 宣言されたベクストルの言葉にヴァースはごくりと唾を飲み込む。流れに関しては打ち合わせてあるが状況による細かな判断は自分でしていかなくてはならない。

「――進軍、始め!」


 おおぉぉおおぉおぉぉおっ!


 ベクストルの声に応え、鬨の声が上がる。一斉に駆ける騎馬兵の蹄の音と土埃の先頭を駆けるベクストルから少し離れて馬を走らせた。

小姓として入り込んでいるヴァースが戦場に出る、というのには若干の戸惑いもあったがそれほど問題にはされなかった。ベクストルがただ伽役として拾って来たというよりも、使い勝手が良いから側に置いているのだと、そう納得した見方が主流だ。それだけ彼の評価は実益主義だという事だ。

戦えなくはないレベルではあるが、自ら最前線で戦おうとは思わないし、しないようにとも言われている。

それでも共に前に出たのはベクストルの動向を追う為であり――

「お待たせ致しました」

「いや」

 これだけの大軍の一般兵にならばどうとでも紛れ込める。すぐ側に合流したシアの声にほっとした。

人の動向にそれ程注視を注ぐ者はいないが、それでも不自然にならないような位置取りでシアはヴァースを庇える位置で剣を振るう。

戦線は徐々に移動し、さしたる抵抗も受けぬままシルギード軍が押していく。このままだと更に深く、相手の懐に誘いこまれるような形で奥に踏み込む事になるが――それでいい。

(そろそろだな)

 本来ならば全軍足並みを揃えて制圧してしまえば終わる内乱。しかし今回は制圧だけが目的ではない。

踏み込んでいく中央のベクストルの部隊が餌だ。

ベクストルの部隊との足並みはこの先揃う事は無い。踏み込んでいく部隊を囲むように両脇の部隊が裏切って逆包囲する事になっている。

動き始めたらヴァースはこの部隊を乱戦に巻き込まないように誘導する必要がある。恐らく何もしなくてもその道へ進んでくれるだろうが、万一の時は軌道修正をさせなければならない。

ここはある程度ベクストルに忠実な者達で構成されている。先々の為にも傷は付けられない。

だが今は大人しく先行するベクストルを追うだけだ。ヴァース達を除いてそれを知る者はいないので部隊は当初の予定通りに前進していき――

(来た!)

 視界を遮る霧が一段濃くなった。ヴァース達の元に裏切りの連絡が来るのはもう少し後になるだろうが、これはそれが周囲に露見した事への合図だ。

徐々に濃くなっていく霧の中、軍隊にも動揺が生まれて来る。しかしまだ視界が利かない程では無く、とにかく押すにも引くにも先行するベクストルと合流しようと進軍速度を上げた。

「ヴァース殿、お退がり下さい。この霧では危険です」

 ベクストルが不在の間にその寵を受けるヴァースに何かあっては――との思いがあるのだろう、部隊を預かる将校が前線に出てきてそうヴァースへ声を掛ける。然程珍しい名前でもないのでヴァースはそのまま本名で名乗っていた。勿論ファウストフィートの方は伏せてだが。

何度かお互い面識もある相手。

「迷いそうだな」

「大丈夫です。川沿いに向かえば迷う事はありません。この霧では相手も迷うのを避けたいでしょうから川から離れて下手に動き回る事は無いと思われます」

「そうか」

 視線を落としやや離れた位置に流れる川を見ると、将校もそちらへ確認するように目を向けた。その手前に浅く水の通った跡があるのに気が付いたかどうか――

(大丈夫そうだな)

 川沿いに進めばどこともかち合わないようになっている。いずれ進軍出来ずに立ち往生する事になるだろう。そして裏切りに行動した部隊は部隊同士で遭遇する事になる。

壊滅的な被害を出す前には流石に気が付くだろうが、視界の悪さも手伝っておそらく始めは気が付かないはず。

――そろそろ報告が来てもいい頃だ。

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