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イデアール  作者: 長月遥
20/29

 4―2

 見た物が信じられずに仰け反るとリエンはヴァースの反応に気を良くしてカラカラと笑う。

「おぉ、久し振りの反応じゃ。近頃はわらわが特別なのは普通になってしまったからの」

「あ、貴女は、一体」

「わらわは神子(かみこ)じゃ。信じられぬか?」

 ふんと挑発的に笑ってリエンは腕を組む。

「未だに暗殺などという馬鹿げた真似をする者がいるのじゃ。そろそろ無駄だと気付かぬものかのう。大体わらわの代わりに誰を立ててヒルディアを治めようというのか」

 成程、どうやら先程の兵は――兵の格好をしていただけか本物かは判らないが、とにかくリエンを殺害に来たらしい。

(って……こんな子供が一人で……?)

 まさかとは思うのだが、ヴァースが下を覗いたのは音がしてすぐだ。その時は確かにリエンしかいなかった。

「小娘一人がことごとく刺客を返り討ちにすれば、竜妃の名も少しは真実味が出ると思わぬか?」

 にっと凄みのある笑みを浮かべたリエンだが、逆にヴァースはほっとした。

(そうだよな。ドラゴンマスターとか何とか、本当な訳)

「とか言っとけば安心かのう」

「はっ?」

「お主は政治家にしては顔に出過ぎじゃ。わらわは嫌いではないがな」

(……結局どっちなんだ)

 しかし今リエンに訊ねてもどうせ正しい答えは返って来ない気がして問い掛けはしなかった。

「お主も勿論知っておろうが、わらわ達の生きるこの世界では真実などよりもどう見せるか、これに尽きる」

 それは判る。ヴァース達がヒルディアに来たのもそもそも『側からそう見せる為』という理由でしかなかったのだから。

「貴女が竜妃である事が周囲に見せるヒルディアの『知』という事ですか」

「『知』というよりも『力』そのものじゃな。まあ、カラムよりは難しくはない」

「……」

 すいとリエンの瞳から笑みが消え、空気が一段静かに張り詰めた。来るなと悟って自然体が緊張する。

「のう、ファウストフィート公。お主は今回の件をどう収めたい」

「どう、とは?」

「わらわは構わぬよ。シルギードは正直目障りじゃ。このままいつ仕掛けられるかとジリジリするよりもずっと気も楽になろう」

「……っ」

 平然と言ったリエンの言葉にヴァースはごくりと唾を飲み込む。

ここでイエスと言ってしまえば戦の始まりだ。リエンはおそらくカラムの自治を認めてくれるだろう。いや、そうでなければヴァースが頷かない。

だから――ここで頷いても、カラムとしては最悪ではない。

「どうじゃファウストフィート公」

「……俺は」

 これを言ってしまえばリエンを不快にさせるだろうか。しかし自分の心は誤魔化して頷く事を拒んでいる。

「俺は戦を起こしたくはありません」

「ほう。向こうがその気で、隙あらば狙ってこようとされていてもか」

「それでもです。貴女がカラムと繋がっていて下さればそれは十分な抑止力になるはずです」

 正式にリエンが自治を保証してくれれば、自分が死んだ後の段取りを付けておいていい。

「何故他国を踏み躙る事でしか利を得ようと出来ないのか俺には理解出来ないしする気も無い。どんな理由があったって人が人の命を自由になど、許されるわけがない……ッ」

「……ふふん」

 一瞬リエンは眼を見張ったが、すぐに表情を造って鼻で笑う。

「戦を選んだわらわに言うとは、中々の度胸じゃ」

「あ」

 言い方は選ぶべきだった。指摘されて慌てたがリエンは怒るどころかくすくすと楽しそうに笑っている。

「リエン様」

「じゃが全てを守る事など不可能よ。なればこそ、王は犠牲を最小に抑えねばならぬし犠牲となった全ての責を死の後までも持って行く。その覚悟無き者が王となれば無駄に犠牲が増えるばかりよ。わらわはお主が嫌いではないが、王としては付き合えぬ」

 どくり、と胸が狼狽に高鳴った。リエンの宣言は疑いようなくヴァースを認めないものだったから。

「まあ安心するが良い。とりあえずカラムへの手出しはするつもりはないし、シルギードが動かぬ限りこちらも動かぬ。まずはそれで満足であろう」

「……はい」

 正しくそれがヴァースやイシュタルの望んだ答えだ。ヒルディアにしてみれば当初からそう変わる路線でもない。

望みの答えは与えられたが、ヴァースの心は重かった。

王としては付き合えないと明言されてしまえば当然だ。

「戻られよファウストフィート公。お主の民を守る為にな」

 ふわりと身を翻し、今度は窓からではなくちゃんと扉から出て行った。

パタンと扉が静かに閉められ、ヴァースはその場で脱力して座り込む。

(何か、初っ端から出鼻挫かれた感じだ)

 やってみようと決めた直後だったから余計自分の適性を疑ってしまう。まあその方が当然なのだ。イシュタルやオシリスの方が親しくなってしまったが故の欲目なのだろう。

(ま、ヘコんでる場合でもねえんだけど)

 とにかく望みの回答は貰えたのだ。今はそれで良しとしよう。

技術はこれからでも急いで学んで、次交渉できるようになっていればいい。

(……ってか、そうか。もう出て行けって言われてんだな)

 今すぐ急いでという訳ではないだろうがここに留まる意味は無くなった。そうとなればヴァースとて時間が惜しい。

立ち上がり部屋を出て、向かい側のイシュタルの部屋をノックする。以前の事を思い出して寝てるかと一瞬思ったがすぐに扉は開けられた。

「ヴァース。どうした?」

「中、いいか」

「ああ」

 体をずらして道を開け、ヴァースを通してから後ろ手に扉を閉める。

「どうしたんだ?」

「さっきリエンと話した」

「早いな。どうだった?」

「――一応、カラムには手を出さないと言ってくれた。シルギードが動かない限り動くつもりは無い、とも。後は俺が死んだ後の方向性を大々的に決めておけば良し――だよな?」

 死ぬつもりはないが、シルギードへのアピールは重要だ。万一の事があった時でもすぐに動けるようにもしておきたい。

「ああ。……ってか、暗いな? 求めた通りの結果だろ、何沈んでるんだ」

「お前に言う事じゃねえかも知れねえけど。リエンに王としては付き合えないって言われた」

 今のシルギードの存在はカラムにとって明らかに脅威だ。もしヴァースが死んで後手に回った時、例えどんな準備をしていたとしても今ヒルディアと共に先制するよりは確実に大きな被害が出るだろう。

災いの芽は早いうちに摘む。それは判らなくは無いのだ。

「そして多分、リエンが正しいんだろ」

「……」

 ヴァースのそれは心情を誰かに吐露したいだけの独白に近い。だからという訳でもないがイシュタルは黙って先を聞いた。その表情は若干厳しいものだったが話しているヴァースは気が付かない。

「俺にシルギードに殺されないだけの力がありゃいい。けど俺には確かにそこまでの力は無い。――けど、だからって防げるかもしれない人死にを許容するなんて――」

 それが出来ない者が王となれば、無駄に犠牲が増えるばかり――

「……多分、俺は」

「ヴァース」

 きつく、やや怒ったようなイシュタルの声にヴァースはびくりとして顔を上げる。

「その先は聞きたくない。自分を軽んじるなって言ったはずだ。俺はお前の判断を信じてる。――リエンはそれを望まれてなった王なんだ。けどお前は違う。お前は今のまま人の命を慈しめる王でいろ。人一人こそを見捨てずにいる王に」

「……それで町を殺させたら最悪だろう」

 歴代の領主の中でも相当の悪名を負う事になるだろう。いや、自分の評価は終わった後なら何も気にする事は無いのだ。

だが命だけは取り返しのつかないものだから。

「起こさせないさ。起こるのを恐れて逃げて妥協すれば、確かに最悪は防げるだろうさ。それは確かに間違っちゃない。でもそれじゃあ笑えないんだ」

 心の中にある、ああしていればという想いがあればある程、後悔はいつまでも重くのしかかって来る。

「俺を信じろ。その為の軍師だろう」

「……イシュタル」

(――ああ、そうか)

 リエンはこのままならいつか――遠からずヴァースは死ぬと思っている。しかしそれにヴァースが揺さぶられる事はイシュタルを信じない事に繋がってしまう。

「悪かった……」

「いいさ。不安になって当然なんだ。人の命の重さなんだから。そうやって俺も逃げたんだし」

「でも戻るんだろ」

「ああ、いつか、な」

「いつか?」

 今すぐにでも戻りそうな口振りだったのに、歯切れ悪くイシュタルはそう曖昧に濁した。

しかしこの騒乱の解決はもうすぐそこまで迫っている。濁していても仕方ないと覚悟を決めたのか、きっと顔を上げてヴァースを見た。

「――っ、の、な、ヴァース。出来れば――しばらくカラムに滞在させてもらえないか」

「は?」

 ヴァースにしてみれば唐突なイシュタルの申し出。唖然とした様子のヴァースに焦ったようにイシュタルは言葉を重ねる。

「そりゃいつまでもシェアディールが居座ってたら迷惑なのは判ってるさ。けど俺はまだシェアディールじゃないし、ってコレは駄目だな、その、だから」

「ちょ――ちょっと待て。だってお前、帰るんだろ」

 言い募るイシュタルを遮ってヴァースは自分が困惑している根本的な部分を問う。迷惑その他は今のヴァースの頭には無い。

「いずれは帰るさ。でも、もう少し――」

(お前の強さと共に在りたい)

 本当の言葉は寸での所で飲み込んだ。そう思われる事はあまりいい気分ではないだろう。『強い』自分を期待されるのは重荷だ。だから口に出したのは違う言葉。

「見聞を広めておきたい。それにはカラムは絶好の場所だし」

「別に俺は構わねえけど。元々カラムは自由都市なんだし、お前が居てくれるなら安心だ」

「――そっか」

 あっさりと頷いたヴァースにほっとしてイシュタルは緊張が緩んで笑顔になった。

「――って、と。じゃあそろそろ帰ろうかと思うんだが」

「そうだな。シルギードの出方も見たいし、竜妃と姉上達に挨拶して帰るとするか」

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