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イデアール  作者: 長月遥
16/29

 3―6

「ようこそいらっしゃいました。ファウストフィート公。そしてシェアディール殿」

 城の門近くでヴァースとイシュタルを認めた門番はそう言ってあっさり二人を中に通した。そのまま先に立ち案内されたのは大陸随一の王国に相応しい歴史を感じる荘厳な造りの王城の中でも更に一段重々しい雰囲気を醸し出す扉の前。

「どうぞ。竜妃リエンがお会いしたいと申しております」

 重厚な扉に手を掛け、警備していた兵二人が観音開きに押し開く。

大きく広く取られた謁見の間。その最奥に設えられた王座と、周囲の兵。

近づいてみれば王座に座る女王が紛れもなく幼い少女と知れる。

「ようこそ参られた、ファウストフィート公。わらわがヒルディアが王、リエン・ベルディティスニー・ヒルディアじゃ。まあ、楽にするが良い」

 少女らしい幼く高い声音に似合わぬゆったりとした物言い。桃色の髪を左右に分けて大きなリボンで結っている。つり気味の大きな瞳は勝気な光に輝いており、可愛らしいと言って問題ないその容姿と反する力強さを湛えていた。

幼い頃から徹底的に覚悟を決め、そして今重圧を支える柱としての、王の瞳。

「ふぅむ。本当に金髪なのじゃな。実に美しい、太陽のようじゃ」

「たかが色です。何も変わりはしません」

「気に障ったかのう? まあ許せよ。わらわは美しい男が好きなのじゃ」

 明け透けに言われた言葉に、情報として知ってはいたものの何を答えるべきなのかヴァースは絶句して返せなかった。そのヴァースにリエンは楽しそうに目を細めくつくつと笑う。

「存外初心なのじゃな? 実にわらわの好みじゃ。どうじゃファウストフィート公。カラムの事はわらわに任せヒルディアに来ぬか? 悪い様にはせぬ。勿論自治権も含めてな」

「……お戯れを」

 十三の子供に何故初心だのなんだの言われなくてはならないのかと心の内には苛立ちが生まれたが相手は王だ。言葉を抑えて少なく答える。

「ふん、確かにの。ではお主等の要件を聞こうか。領主と軍師が揃って出向いて顔見せの挨拶という事もあるまい」

「いいえ、仰る通りです、陛下」

「……ほう」

 微笑して言ったイシュタルの言葉にリエンはぴくりと片眉を上げる。

「今この時期に――か?」

「今この時期だからこそとは思われませんか」

「……ふうむ」

 しばらく考えるように静かな沈黙がその場に流れた。だがリエンの表情は決して不快そうなものではない。

「面白い事を言うのう。お前の姉は猛々しい女じゃがお前は絡め手の方が好みのようじゃな」

「シェアディールの知は無力な民の為の物。陛下とて無辜の民を思えばこそ、今王座に居られるのでしょう」

 ざわりっ、と小さく広間がざわめくがリエンが腕を上げるとそれはすぐに収まった。

「正にその通りよ。しかしわらわは王じゃ。人一人の為には動かぬ。判っておるな」

「勿論」

「……」

 もう一度――順番にヴァースとイシュタルを見てからリエンはニィと唇に笑みを作った。

「よかろう! 数日わらわの城に留まる許可を与えよう!」

「有難うございます」

「ふふ。構わぬ。わらわは美形には弱いのじゃ。――二人を客間に案内致せ。大切な客人じゃ、丁重にな」

 側にいた側近らしい女性にそう告げてリエンは玉座から降り立つと後ろの控室へと戻ってしまった。終わり、だ。

「ではこちらへ。ご案内致します」

 リエンに命じられた女性の案内に従って謁見の間を後にする。長く広い通路を渡って通されたのは別館にある一室だった。イシュタルとは向かい合わせに部屋を宛がわれる。

「何かございましたらご遠慮なく仰って下さいませ。では、失礼します」

 堅苦しく態度を崩さない物言いが少し前までのシアを思い出させる。……やはり、強い女性は苦手だ。リエンもそうだったが。

「どうだ? 感想は」

 訪れたばかりの部屋にも関わらず既に慣れて寛いだ様子で上質のソファに体を沈め、イシュタルはそう聞いてヴァースを見た。

「感想?」

「竜妃だよ」

「竜妃って言うか竜姫って感じだけどな。……まあ、普通じゃないか?」

 年齢にしては勿論落ち着き過ぎているし性格もヴァースの苦手な部類に入るがそれだけだ。そのヴァースにくすくすとイシュタルは楽しそうに笑う。

「十三歳の女王が普通か。ま、お前らしい見方かな」

「……お前の言い方って何っか鼻に付くんだよな」

「まあいいからいいから。――リエンはな、十歳の時に自分の親である女王を殺して王位を奪ったらしい」

「――なっ?」

 リエンが十歳で王位を継いだ事は、大きなニュースだったから勿論ヴァースの耳にも風の噂で入って来ていた。しかし前女王は病で無くなったというのが公式発表であるし、たかが十歳の子供に謀など出来る訳もないと思っていた。

だからもし、前女王が人為的に殺害されたのだとしても。

「……周りの大人が、だろ?」

「そっちは多分利用された側だな。ま、噂だけど」

「そうだろ、噂、だろ」

「そう、噂。火のない所に何とやらってね」

「……」

 そう言えばリエンとの会話でもイシュタルは含んだ言い方をしていた。周りの家臣達もざわついていたが。

「そんな風には見えないけどな」

 イシュタルの言葉がそれを示唆したものだったというならば、リエンは決して嫌われていない。

「いい治世って事さ」

「……それは」

 前の王よりも――という事か。

考えるとぞっとする。十歳の身の上で親を殺して――民の為に王位に付くなど。

(だからか)

 わらわは王だ、と言い切ったリエンに比べものにならない覚悟を見たのは。

考えるだけ重くなる気分にヴァースは首を振って考えを追いだして、他国の事情よりもまず自身の事へと話を戻した。

「で、だ。俺はこれからどうすりゃいいんだ」

「…………うん、良かったお前が口挟まないでいてくれて」

 少し遠い目になってイシュタルはしみじみと呟いた。

「自覚はあるからさっさと言え。腹立つんだよお前」

「何で俺達はここにいるんだと思う?」

「何でって、シルギードにカラムに手出しさせないためだろ? ……それとお前の姉貴に会う為」

 流石にそもそもの理由を忘れる程馬鹿ではない。ただ現在の状況がこれでいいのかどうかはヴァースには判らないのだが。

「それは目的。何でリエンが俺達をここに置いてるかってことだよ」

「……ヒルディアもカラムが欲しいから、だろ?」

 今度は少し考えてからそう答える。ヴァースを懐柔する手で来るかもっと強引な手段で来るかは判らないが。

「あぁ……俺もそう思ってたんだけどさ」

 釈然としない様子でイシュタルは首を傾げて、肯定は返してこなかった。

「俺はリエンが強引にでもカラムを手に入れたがってるんだと思ってた。それで姉上が動いたんじゃないかって。――けどそんな感じじゃない」

 リエンの態度に嘘は無かった。その辺りの見極めには自信がある。そして城に留まる許可を与えたという事は少なからずこちらの意を汲む心積もりがあるという事だ。

「じゃあ何もしなくてもこれで普通に回避できんじゃねえの」

 もしヒルディアがカラムに何も求めないままこうして友好を重ねる事が出来ればそれは確実にシルギードへの盾となる。ヒルディア側に戦争の意思が無いのならわざわざシルギードを使っての威圧という、より緊張を生む工程は取らなくて済むようになるのだ。

「だからそれはまだだって。だから滞在許可なんだって。こっちの意を汲んでいいか今試されてるんだよ」

「……主語は俺が、だよな」

「当然」

(それでも試してもいい、とまでは思ってもらえたわけだ)

 だとすれば来訪の第一段階としては上出来だろう。自分にしては。

「つかじゃあ、これからどうすんだ」

「うん素でいいと思うけど。お前とリエンの相性は悪くないよ。それにお前自身が信用を勝ち取った方が良い。俺すぐ帰るんだから」

「……そうだな」

 領主としてならそれが当然。イシュタルにだけ頼っている訳にはいかない。

「心配するな。絶対リエンはお前を認める。お前は俺をその気にさせたんだから自信持てって。お前は人の上に立てる人間だ」

「……」

 そう言われる度に生まれる自己嫌悪を詰めた息が出そうになるのを飲み下し、見なかった事にする。しかし胸に重く溜まり続けているそれは決して消化されないのだけど。

「でもだから――余計姉上が何考えてるのか判らないんだよな。夜になったら会いに行ってこようと思う」

「大丈夫か?」

 一応滞在を許されたとはいえ、夜中にフラフラ出歩いていたら妙な勘繰りをされるのではないだろうか。

「大丈夫だって。幻術は結構上手かったろ?」

 自分の身を守るのに護り樹だけに委ねる程シェアディールは愚かではない。多少の護身術と共に、最も適性の高い戦闘技術を磨く事になっている。武芸に関しては二の次なので実際に一流とは呼べないが、それでも特化した部分だけならば一流と呼んで差し支えない腕前を持っている。

一番初めにヴァースと会った時も別に助けてもらわずとも切り抜ける自信はあったのだ。折角助けてもらえるのだからとわざわざ労力は使わなかったが。

「だから気を付けとけよ。ま、あの様子じゃリエンが何かしてくるとは思えないけど」

「ああ、判ってる」

(リエンは確かに何もしてこねえだろうが――)

 おそらくリンデンバウムは、来る気がする。

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